第2話 ジュリの師匠
仕事や学校へと向かう家族と共に、自宅屋敷をあとにしたジュリ。
葉月町へと繋がる一本道を歩いて行き、そして葉月町に出て、興味津々と辺りを見回しながら葉月ギルドへと向かって行った。
葉月町の中央にあるキラの銅像前まで来ると、それぞれ己が向かう場所へと散らばっていく。
雑誌・月刊NYANKO&HALF☆NYANKOの編集長であるグレルは、その会社へ。
マナは魔法薬専門の大学へ。
レナ・ミヅキ夫妻は、葉月ギルドの右隣で経営しているドールショップへ。
そして残りのジュリとリュウ、シュウ、サラ、リン・ラン、ユナ、カレン、レオンはハンターなので、葉月ギルドへ。
葉月ギルドはキラの銅像前まで来たらすぐそこだ。
「んじゃ、行くぞジュリ」
と言ってジュリを見るなり、リュウは首をかしげた。
続いてジュリに顔を向けた一同も首をかしげる。
ジュリがキラの銅像をじっと見上げている。
そして何をするかと思いきや、
「母上、こんなところで何をしているのですか?」
銅像に話し掛けた。
たしかにキラの銅像ではあるが、見るからに石なのに何故キラ本人に思えるのかはジュリの頭にしか分からない。
「ちょ……」
思わず人目を気にしてきょろきょろとしてしまう一同の中、1人だけにこにこと笑っているリュウ。
「ああ、どうしたんだろうなキラはこんなところで」
とジュリに合わせながら、キラとよく似た声をしたリン・ランに顔を向けた。
リュウの顔を見て、
(わ…、分かりましたなのだ父上っ……)
暗黙の了解をしたリン・ラン。
顔を見合わせたあと、リンの方がさっとキラの銅像の後ろに回った。
ジュリがもう一度訊く。
「母上? こんなところで何をしているのですか?」
「その…、人間観察だぞジュリ」
とキラを真似て答えるリン。
「人間観察ですか、母上。楽しいのですか?」
「そ、そうでもないな……」
「そうですか。それから母上、どうして頭から足まで灰色になっているのですか?」
「え!? ……そ、そ、その…だな……、さ、さ、さ、最新ファッションだぞっ……!」
「わあ、そうなんですか! ジュリはまた1つお利口になりました!」
「と、ともかくおまえは早くギルドに向かうのだジュリ!」
「はい、分かりました母上」
と笑顔で承諾したジュリ。
リュウの左腕に抱っこされながら、ギルドへと向かって行った。
その後方数メートルを着いて行くシュウとサラ、リン・ラン、ユナ、カレン、レオン。
サラがぼそっと口を開いた。
「ねえ、みんな」
「ん?」
「ジュリがまた1つバカになったね」
「…………」
本日は新米ハンターとギルド長であるリュウが顔を合わせる日。
また、新米ハンターは1年間、普段活動している一流以上のハンターに弟子入りしなければならず、その師弟の組み合わせが発表される。
ジュリがリュウに抱っこされたままギルドの中に入ると、2代目主人公(NYANKO番外編)のリンクと、その娘のリーナの姿が目に入った。
それから一流以上のハンターと、新米ハンターがずらりと並んでいる。
それらがリュウに一斉に頭を下げる中、ジュリに駆け寄って行ったリーナ。
「ジュリちゃんっ!」とジュリをリュウの腕から引きずりおろし、ジュリの両手を握る。「なあなあ、うちの弟子がええやろっ? ジュリちゃん! そうやろっ?」
人間の父親――リンクと、ホワイトキャットという猫科モンスターの母親――ミーナの間に産まれたハーフの長女・リーナは20歳。
現在のジュリと同じ年のときにハンターになり、二流ハンターとして活躍中。
また、幼い頃にジュリと結婚の約束をしている。
その愛らしい顔立ちにグリーンの瞳、背まであるライトブラウンの髪の毛、白猫の耳、小柄な身体は母親そっくりだ。
口調は父親の地方訛りを思いっきり受け継いだが。
自分よりも5cmほど目線が上のジュリの顔を見つめ、わくわくとしながらジュリの返答を待つリーナ。
その額に、リュウがビシっとデコピンする。
「いった! 何すんねん、リュウ兄ちゃん!」
とリーナが牙を剥くと、リュウが溜め息を吐いた。
「新米ハンターは一流以上のハンターの弟子だって言ってんだろうが。おまえはまだ二流ハンターじゃねーか」
「ええやんか、一階級くらい!」
「ええわけないっちゅーねん」と、リーナの頭を後ろから軽く叩いたのはリンク。「昨日から何度も言ってるやろ。決まりは決まりや。それに何より、一流以上のハンターやないと危ないんや。二流ハンターが弟子を守りきれるかどうか……」
と、娘に対して呆れたように溜め息を吐く。
葉月ギルド副ギルド長で、リュウの親友のリンク。
リュウと同い年で現在49歳。
新米ハンターの頃はリュウと共にグレルの弟子だった。
超一流ハンターでもあるが、相変わらず忙しいリュウに代わり、日々ギルド長室で本来はギルド長がすべき仕事をこなしている。
故に裕福で良いはずなのだが、キラを姉のように慕う妻・ミーナが何でもかんでもキラと同じものをほしがるものだから、家計は火の車だった。
そしてリンクは相変わらずの童顔に金髪。
シュウの方がすっかり大人っぽく見える。
「うちジュリちゃんのこと守れるっちゅーねん! おとんのどあほうっ!」
とリーナにぽかぽかと殴られて苦笑しながら、リンクは手に持っていた紙をリュウに渡した。
それには師弟の組み合わせが書かれている。
ジュリを除くそれを発表したあと、リュウが傍らに立っていたジュリの頭に手を乗せて続けた。
「それから俺の娘たちに加えて、この俺の愛猫・キラそっくりな絶世の美少年に手ぇ出したヤロウは俺自ら死刑にしてやっから覚えておけよー」
そんなリュウの言葉に顔面蒼白してしまうハンターたち。
だが、
「えっと…、僕はジュリです。皆さん、これからよろしくお願いします」
とジュリが破顔一笑した途端、その顔らは赤く染まり。
20人以上が鼻から流血。
10人以上が魂を抜かれたように卒倒につき、K.O。
「じゃー、おまえら師弟の組み合わせ決まったんだから早速働いて来い」
なんてギルド長に命令されても、その場から動けないハンターたち。
その傍らでジュリの師匠決めが始まった。
リュウが言う。
「まず師となる者は一流ハンター以上だ。だが、副ギルド長は何かと忙しいから除く。よって、俺かシュウ、サラ、リン・ラン、カレンの中から選ぶわけだが……」
うんうんと頷く、名を呼ばれた一同。
「ま、議論するまでもなく俺に決定だな」
と言ったリュウに、カレンがすかさず突っ込んだ。
「お義父さまのところが一番ダメだと思いますわ」
「んだとコラ」
「何でもかんでもジュリちゃんにあまあまなお義父さまの弟子になってしまったら、成長するものもしませんわ。よって、ジュリちゃんはあたくしの弟子にしますわ」
「いや、待てカレン」とシュウが苦笑した。「おまえは自分の身を守るだけで精一杯だろ? まあ、切れたときは別としてさ…。だからジュリはオレの弟子にするよ」
「いやいやいや!」と、慌てたように声をあげたのはリン・ランだ。「そんな、兄上の手を煩わせませんなのだ! ジュリの世話はわたしたちが見ますなのだ!」
「いや、あんたたちじゃまだまだ心配だよリン・ラン」と、サラ。「この中じゃアタシが一番厳しくできるだろうし、アタシがジュリの師匠になるよ」
「いやいや、サラ」とリュウ。「おまえもまだまだ心配だ。ジュリを誰よりも守れるのはこの最強の父上だ。おまえは自分が怪我しないよう、細心の注意を払ってればいい。ていうかジュリに厳しいのは困る」
リュウとシュウ、サラ、リン・ラン、カレンの顔を見回すジュリ。
議論はだんだんと熱くなり、ギルドの中に怒声が響き始める。
「ああもう、うるせえっ! ジュリの師匠はこの俺だ!」
「お義父さまが一番ダメだと言っているのですわ!」
「カレン、おまえは自分の身を守ってろって! ジュリはオレの弟子でいいだろ!?」
「いやいや兄上っ! わたしたちがジュリの面倒見るから兄上は楽してくださいなのだ!」
「だからあんたたちじゃ心配だって、リン・ラン! アタシが適任だよ、アタシが!」
議論は口論となり、おろおろとするジュリ。
その大きな黄金の瞳に涙が溜まっていく。
「ち…、父上、兄上、姉上、カレンさんっ…! け、喧嘩しないでくださいっ……!」
と言ったものの、熱くなっているその者たちの耳には声が届かず。
ますます涙が込み上げ、
「ふみっ…、ふみっ……!」
と、しゃくり上げ始めたジュリ。
ここでようやくそれに気付いたリーナ。
「――ジュ、ジュリちゃっ……!」
と顔面蒼白し、慌てて喧嘩している一同の身体をどつく。
「ちょ、ちょお、もう喧嘩やめぇや! ジュリちゃんが……!!」
ジュリが?
と、眉を寄せてジュリに顔を向けた一同。
リーナに続いて顔面蒼白した。
「ジュ、ジュリ、落ち着け! ジュリ!」
と慌てて声をあげたリュウだったが、もう遅いと判断してユナとサラを腕に抱く。
続いてシュウがカレンを、レオンがリン・ランを、リンクがリーナを腕に抱いた。
そして次の瞬間、
「ふみっ…ふみっ…、ふみゃああああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあああぁぁあぁぁあぁぁぁあああんっ!!」
ギルドの外まで響き渡って行ったジュリの泣き声。
それと同時に爆発した、ジュリの中の魔力。
その破壊力、そこらの超一流ハンター顔負け。
受付の窓は粉砕され。
椅子やテーブルは破壊され。
出入り口のドアは葉月町を行き交う人々目掛けて発射され。
まだその場にいたハンターたちは構えていなかったものだから吹っ飛ばされ、そして壁にめり込む。
おまけに、ギルド内にいる者全ての耳がキンキンと痛む。
「ああもうっ、あんたらのせいやで!」と、リーナは喧嘩をしていた一同を睨み付けたあと、必死にジュリを宥める。「大丈夫やで、ジュリちゃん! みんな喧嘩なんかしてへんから! ほら見てみぃ、みんなにこにこしてんで!?」
と言われ、リュウやシュウ、サラ、リン・ラン、カレンの顔を見回すジュリ。
にこにこと笑っているその顔たちを見ながら泣き止んだ。
よって、嵐になっていたギルド内が静まる。
「わあぁぁあぁぁあ! おっ、おまえら大丈夫かいなぁぁあぁぁあぁぁあ!?」
とリンクは壁から床へと転がり落ちたハンターたちに駆け寄り、
「オレ一般人に怪我させてねーか見てくる!」
シュウは慌ててドアが吹っ飛んでいったギルドの外へと向かう。
一方、ジュリはギルドの中を見回して再びおろおろとしてしまう。
「み、皆さん血出してどうしたんですかっ? 大丈夫ですかっ?」
「そんなに心配してやらなくても大丈夫だぜ、ジュリ」と、ジュリに笑顔を向けたのはリュウ。「こいつらみぃーんな、壁にめり込んで遊んでただけだから」
「そうなんですかっ?」
「ああ、そうだぜ」と言ったあとに、ハンターたちに笑顔を向けたリュウ。「なあ、そうだろ?」
その笑顔の意味:同意しないと殺ス。
「も…、もちろんです、ギルド長」
と顔面蒼白しながら答えたハンターたち。
それを聞いたジュリが安堵して笑顔になった。
「わぁ、壁にめり込む遊びなんてあるんですね! ジュリはまた1つお利口になりました、父上!」
「ああ、そうだなジュリ」
とにこにこ笑っているリュウに溜め息を吐いたあと、リーナはジュリの手を取った。
「あんたら揉めるから、うちがジュリちゃんの師匠になるわ」
意義ありと再び騒ぎ始めるリュウとシュウ、サラ、リン・ラン、カレン。
それを見ながら、リーナが再び溜め息を吐いた。
「ほな誰の弟子にするん? 一流以上のあんたら、そうやってすぐ喧嘩しよって、またジュリちゃん泣かすだけやん」
「う……」
と、言い返せず黙るリュウたち。
「ジュリちゃんのことなら心配すんなや。うち、瞬間移動持ってんねんで? いざとなったらすぐに逃げるっちゅーねん」
「でも――」
「ほな」と、リュウたちの言葉を遮ったリーナ。「ばいなら」
にやりと笑い、ジュリを連れて瞬間移動でその場から消え去って行った。
「古っ!!」
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