第96話 彼女の家族に挨拶を…… 中編
「シュウ、足の速くなる魔法かけてるから歩くの早いね」
と、マナのノートパソコンのモニターを見ながらレオンが言った。
レオンと共に歩いているユナ・マナ・レナが同意して頷く。
シュウの着ていったスーツの胸ポケットに超小型無線カメラを仕掛けておいたのだが、受信機をセットしたパソコンのモニターに映像が映し出されない。
マナが言う。
「あたしたちより500m以上先にいるってことだね、兄ちゃん…」
正月ということで、実家に3日ほど帰ったカレンを迎えに行く際に、カレンの家族に会うことになったシュウ。
カレンの家族と上手く話せるか心配した三つ子が、シュウに『鸚鵡返しの薬』を飲ませた。
その薬にはA液とB液があり、A液を飲んだ者は、B液を飲んだ者が発した言葉を鸚鵡返しに言ってしまうというもの。
A液を知らずに飲まされ、カレン宅へと向かっているシュウ。
そして三つ子に協力してB液を飲んだと思っているレオン。
それから、レオンがB液を飲んだものだと思っている三つ子。
実際にB液を飲んだのは、シュウ宅リビングで酔っ払っているミラとサラ、リン・ラン、リンク、グレル。
そのことに三つ子とレオンはまるで気付いていなかった。
「あ、僕そろそろ口を閉ざすね」
と、レオンが携帯電話で時刻を確認しながら言った。
薬は飲んでから約15分後に効果が出る。
レオンがB液を飲んだと思ってから、そろそろ15分が経とうとしていた。
結局、足の速くなる魔法を掛けたシュウの足には追いつけず。
モニターに映像が映し出されたときは、もうシュウはカレン宅の中にいるようだった。
「わわっ、大変!」と、ユナとレナ。「兄ちゃん上手く喋れてないんじゃ…!?」
「静かに…」とマナが人差し指を口に当てた。「会話が聞こえない…」
ユナとレナが慌てて口を閉ざす。
パソコンに耳を傾け、シュウとカレンの家族の会話を聞き取る三つ子とレオン。
(え…?)
そろって眉を寄せた。
そして会話を聞きつづけているうちに驚愕した。
「――!?」
カレン宅へとやってきたシュウは、己の口を手でふさいでいた。
(ま、待て…! 何で口が勝手に動くんだ……!?)
頭が混乱する。
カレン宅に上がって早々、カレンとその母の前でおかしな台詞を己の口が勝手に吐いた。
一言目はサラを思わせる台詞。
二言目はミラを思わせる台詞。
カレンとその母が目を丸くしてシュウの顔を見ている。
カレンが言う。
「も…、もっと普通にしていいのよ? シュウ…」
「お、おうっ…」
「リビングにおじいさまとお父さまがいるわ。こっちよ」
と、カレンに連れられながら、シュウはカレン宅のリビングへと向かう。
(何かおかしい。何かおかしいぞ、オイ。何で口が勝手に動いて喋るんだ…!? そんなおかしなことなんて、マナの薬でも飲まない限り――って…!?)
シュウははっとした。
自宅から出る際、ユナとレナからオレンジジュースを飲まされたことを思い出す。
(あ・の・と・き・かああああああ!!)
シュウ、カレンの後ろを着いて行きながら狼狽。
(ま、待て、どんな薬だ!? どんな薬を飲まされたんだオレ!? さっき吐いたミラとサラを思わせる台詞は、あいつらがごく自然に吐いたような台詞だったよな…!? そう、今もやってるだろうオレん家のリビングでの宴会でっ!)
そして察する。
(そ、そうかっ! オレ、あいつらが喋った台詞と同じこと言っちまうんだ…! なんてことだ、オイ……!)
冷や汗を掻き始めるシュウ。
リビングの中に入ると、カレンが言った。
「あたくしとお母さま、お料理の続きしてくるわね。できたら持ってくるから待っててちょうだい」
「お、おうっ…!」
とシュウが承諾すると、カレンとその母がキッチンへと向かって行った。
(サラとミラの他に誰と同じ台詞を吐いちまうんだ、オレ……!?)
嫌な動悸を感じながら、シュウはリビングの中にあるソファーに顔を向けた。
そこにはカレンの父だろう人と、カレンの祖父だろう人が微笑んで立っていた。
「はっ、ははは、初めましてっ!」
と、慌てて頭を下げるシュウ。
カレンの祖父だろう人が、向かいのソファーを指して言う。
「初めまして、シュウくん。リュウさんやカレンから色々と話は聞いているよ。どうぞお掛けください」
「あっ、ありがとうございますオジーサマっ!」
と、シュウ。
頭を上げ、ここへやってきたときのように右手と右足、左手と左足をそろえてソファーのところへと歩いていく。
カレンの父だろう人が笑った。
「そんなに緊張しないで、シュウくん」
「はっ、はいぃ、オトーサンっ!」
声が裏返るシュウ。
(頼む、変なこと言わせないでくれよっ…!)
と、心の中で願ったのに。
ソファーに腰掛けた途端、
「――おっ? 尻破れたぞーっと」
シュウ、首まで赤面。
(グっ、グレルおじさんの台詞も吐いちまうのかよっ!! 最悪じゃねーかっ!! しかも、なんちゅータイミングでなんちゅー台詞吐きやがるっ……!!)
さらにシュウは、
「――あっはっはー! 師匠何してんねん!」
リンクと同じ台詞も吐いてしまうことを知る。
そしてまたさらに、
「――見事にズボンもパンツも破れてるぞーっ。兄上のが破れたなら見惚れてたところだぞーっ」
リン・ランと同じ台詞も吐いてしまうことを知った。
カレンの父と祖父が目を丸くする。
「え、ええと…、代わりの衣類を貸そうかシュウくん」
「いっ、いえ、ズボン破れてませんからオトーサン!」
「はっはっは。面白いね、シュウくん」
「はっ、はいぃ、オジーサマっ! オレお笑いでご飯食べることを夢見てたことありましてえぇっ!」
スーツの下、冷や汗をだらだらと掻くシュウ。
(ど、どうやらミラとサラ、リン・ラン、リンクさん、グレルおじさんと同じ台詞を吐いちまうようだなっ…! そしてやっぱり、現在オレん家で行われている宴会での会話だぜっ……!)
そこへカレンの母がビールを注いだグラスと、ビール瓶を持ってきた。
ビール瓶はテーブルの脇に置き、カレンの母がカレンの父と祖父、そしてシュウにビールの入ったグラスを渡す。
「はい、シュウくん」
「あっ、あああっ、ありがとうございますオカーサンっ!」
と、グラスを受け取ったシュウ。
カレンの父、祖父とカチンとグラスを鳴らしたときのこと。
「――イッキ、イッキ♪」
と、口がそんな台詞を吐いた。
なんとなくグレルだと察する。
(おっさん、ふざけんなっ!!)
戸惑ったようにシュウを見るカレンの父と祖父。
「えっ…? で、では……」
と、シュウの声に合わせてビールを一気飲み。
(も、申し訳ございません、オトーサン、オジーサマ!)
と思うのに、シュウの口は止まらない。
「――そーれイッキ、イッキ、イッキ♪ イッキだぜーーーっと♪(や、やめろ、この天然バカおっさんっ…!)」
「ぷはぁーっ」
「――ヒューーーっ! カッコイイぜーーーっと♪ そのカッコ良さ7丁目で1番♪(って、狭っ)」
「あ、ありがとう…」
「――しかも下から数えてだぞーっと♪(ビリじゃねーかっ!!)」
「は、ははは…」
と苦笑するカレンの父と祖父と同時に、顔が引きつるシュウ。
(かっ、勘弁してくれ、オイ…!)
只ならぬ冷や汗と動悸。
カレンの父と祖父のグラスにビールを注ぎながら泣きそうになる。
(なっ、何故せめてレオ兄の台詞を吐かせてくれないんだっ…! レオ兄なら変なこと言わないのにっ…! たっ、助けてくれレオ兄っ…! オレ、カレンの家族に嫌われちゃうよっ……!!)
その頃の三つ子とレオン。
カレン宅から約500m地点、シュウのスーツに仕掛けた超小型無線カメラの映像を見ながら狼狽していた。
「ちょ、僕の言った言葉、まるで鸚鵡返しにしないよ!」
と、レオン。
マナが頷いて続く。
「そうだね…。今の会話を聞いている限り、うちのリビングにいる酔っ払い集団がB液を飲んだみたい…」
「わああああっ、大変だよおおおお!」と、ユナとレナが声をあげた。「これじゃあ兄ちゃん、カレンちゃんのご家族から嫌われちゃうよおおおおおおおっ!!」
「どうやらB液の入ったビールを分けて飲んだみたいだから…」と、マナ。「その分持続時間は短くなるけど…。早く皆の口ふさがないと大変なことになるかも…」
「そ、そうだねっ…!」
と同意したレオン。
慌ててグレルに電話した。
RRRRR…
RRRRR……
RRRRR………
が、まるで出る気配なし。
キラにかけても、ミーナにかけても、リンクにかけても、サラにかけても、ミラにかけても、双子にかけても、ジュリにかけても、リーナにかけても、まるで出る気配なし。
あのひどくうるさいリビングの中では、当然といえば当然だった。
「ま、まずいな。このままじゃシュウがっ…! ごめん、ユナ・マナ・レナ! 僕、先に帰ってるね!」
レオンは全速力でシュウ宅へと踵を返した。
レオンが必死にシュウ宅へと向かう一方。
カレン宅にいるシュウの前には、カレンとその母が作ったご馳走が並べられ始めていた。
(勘弁してくれ、もう勘弁してくれっ……!!)
勝手に喋ってしまう己の口を、いっそ針と頑丈な糸で縫ってしまいたいと思うシュウ。
あまりにもおかしいシュウの様子を見ながら、カレンは首をかしげた。
(ど、どうしたのかしら、シュウ…。すごい汗なのですわ。さっきも変なことを言っていたし…。どうもおかしいわね……)
シュウがカレンの顔を見る。
(たっ、助けてくれ、カレンっ…! 助けてくれぇっ……!)
カレンはますます困惑した。
シュウが助けを求めていることだけはよく分かる。
(どうしたのよ、シュウ…!? どうしたの……!?)
一体何の助けを求めているのか。
カレンはシュウの必死な顔を見ながら、必死に考える。
(どうしたのかしらっ…、どうしたのかしらっ…!? ねえっ、シュウっ……!?)
そのとき、シュウが言葉を発した。
「――あぁーあー、カレン早く戻ってこないかなあー」
「えっ?」
と声をそろえたカレンと、その父と母、祖父。
「――アタシ寂しいなー(ちょ、ちょっと待ってろサラ…)。ああ、もおおおおおおっ(叫ぶなっ)! カレンの膝枕が恋しいっ(ず、ずるいぞおまえ…)、カレンの手作りおやつが食べたいっ(オレもっ)、カレンと遊びたいっ!(おまえのせいでときどきオレは放置される…) っていうか服のボタン取れたから縫ってよカレェェェェンっ!(自分で縫えっ、この甘ったれがっ)」
カレン、困惑。
(ど、どうしたのかしらシュウ? 今のはまるで、サラのようだったのですわっ…。…そ、そういえばさっき玄関の近くでもサラみたいな口調で…! それからミラちゃんみたいな口調でも何か言っていましたわよね…!? どういうことっ? どういうことなのかしらっ……!? ――あっ、まさか!)
そして察した。
(シュウ、もしかしなくてもマナちゃんに変な薬飲まされたのですわね……!?)
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