第97話 彼女の家族に挨拶を…… 後編
カレンは自宅のリビングから出ると、慌ててマナに電話をかけた。
「もしもし、マナちゃん!?」
「カレンちゃん…」
「シュウにどんな薬を飲ませたの!? あたくしの家でシュウが大変なことになっているのだけれどっ…!」
「『鸚鵡返しの薬』飲ませた…。兄ちゃんはレオ兄の言った通りに喋るはずだったんだけど…。兄ちゃんのスーツの胸ポケットに仕掛けたカメラの映像を見る限り、どうやらうちのリビングにいる酔っ払い集団の台詞を吐くことになっちゃったみたいだね…」
「お、鸚鵡返し…? ど、どうしてシュウにそんなものを飲ませたのかしらっ?」
「あたし、兄ちゃんが心配で…。兄ちゃんいざっていうとき噛むから、カレンちゃんのご家族の前で上手く喋れないと思って…」と、マナの声に涙がまじった。「…どうしよう、兄ちゃんカレンちゃんのご家族から嫌われちゃうよ…」
「だ、大丈夫よマナちゃん! あたくしが、おじいさまたちに事情を話すから。そうすれば嫌われたりなんかしないのですわっ!」
「うん…。ありがとう、カレンちゃん…。今レオ兄が全速力でうちまで走って皆の口ふさぎに行ったから、その間がんばって…」
カレンは承諾すると、電話を切った。
そしてリビングへと戻り、シュウがおかしな台詞を吐いてしまう理由を話す。
「ほお、そういうことだったのかね」
と、カレンの祖父。
カレンの父と母が笑う。
「道理で面白いことを言うと思ったわ」
「シュウくんの周りは楽しい方たちばかりだね」
「すっ、すみませんっ! すみませんっ!」
と頭を下げるシュウ。
(と、とりあえずオレは助かったが…。もうこれ以上変なこと言わせないでくれよ、ミラ、サラ、リン・ラン、リンクさん、グレルおじさん…!? よりによってオレの愛するハニーのご家族の前で、オレたちのとんでもネエェェェェ醜態をさらさないでくれっ!!)
と願っても、シュウの口は黙ってはくれない。
「――うふふふふ♪ 洗濯物畳まなくっちゃ♪(おいミラ、それだけのことなのに何故そんなに楽しそうなんだ…!?)」
そう、黙ってくれない。
「――洗濯物なんて後にして飲めばいいのに、お姉ちゃん。って、何その洗濯物……(ど、どうしたサラ!?)」
黙ってくれない。
「――何って、パパのパンティーよぉん♪(パっ、パンティー言うな気持ちわりぃっ!!)」
黙ってくれない。
「――ミラ姉上、どうしてパンツって言わないのだ?(そうだそうだ! リン・ランの言う通りだ!)」
黙ってくれない。
「――あら、いいこと? リン・ラン。パンツは穿くもの、パンティーは脱がすものだからよ♪(なんっじゃそりゃっ!)」
黙ってくれない。
「――おおーっ! わ、わわわ、わたしたちも兄上の、パ、パパパ、パンティー畳むぞーっ!(こっ、こらリン・ラン! ミラの真似すんなっ!!)」
黙ってくれない。
「――あ。オレちょっと脱糞してくるぞーっと♪(黙ってトイレ行けよグレルおじさん!) さっきズボンとパンツ破れたから、裂け目から脱糞できるぞーっと(パンツ下ろして普通にしろっ!!)」
黙ってくれないのだ。
「――何バカなこと言ってんねん、師匠(言ってやれリンクさんっ!)。パンツとズボンにウン○つくで(お食事中の方すみませんっ!!)」
シュウだけではなく、カレンまで赤面してしまう。
カレンは咳払いをすると、手早く料理をテーブルの上に並べた。
シュウの隣に座って言う。
「さあ、お料理いただきましょ?」
承諾したシュウと、カレンの家族。
夕食を食べ始める。
「んっ?」と、笑顔になったシュウ。「おいしいです、オカーサン!」
「あらそう? 良かったわ。たくさん食べていってね、シュウくん?」
「はいっ、オカーサンっ!」
「ふふ」
と小さく笑い、カレンの母がカレンの耳に口を寄せた。
「彼、合格よ。可愛いじゃない?」
「そ…、そう、お母さまっ…。良かったのですわっ…!」と、カレンはシュウを見た。「シュウっ…!」
呼ばれてカレンの顔を見たシュウ。
カレンのウィンクで察した。
(お…おおおっ…! オレ、オカーサンには認められたぜっ……!)
と、安堵した直後。
シュウの口が再び勝手に動く。
「――あ…、あかん。さっき師匠にウィスキー一気飲みさせられたせいやろかっ…。こ、込み上げて来たわっ……」
と、リンクだろう台詞。
(こっ…、込み上げて来たって…!?)
同時に嫌な予感を感じたシュウとカレン。
「――あっ…あかん…! 胃から込み上げてくるうぅぅ!」
嫌な予感的中。
動揺する。
(やばいっ…!)
と思う。
「――あかんっ…! キタっ…キタキタキタっ…!(ちょっ、待っ、リンクさんっ…!) ――ん? おい、リンクー。どーせならコメディにゲ○吐けよなっ♪(ハァ!?) つまんない吐き方だったらもう一本ウィスキー一気飲みさせるぞーっと♪(いー加減にしろ、この天然バカじじぃっ!!) ――きゃあああっ! まっ、待ってリンクさんカーペットの上は嫌よおおおおおっ!(つまり何だミラ!? リンクさんリビングで吐く気か!?) ――ちょ、ちょっと待ってリンクさん! リン・ラン、バケツか洗面器持ってきて!(ってことはマジでリビングなんだなサラ!?) ――はっ、はいなのだサラ姉上ええぇぇっ!!(急げリン・ラン! リビングの白い高級カーペットの上は止めてくれリンクさああああああんっ)」
激しく狼狽するシュウとカレン、それからシュウ宅のリビングにいる一同。
(っていうか、リンクさんっ…!)
と、口の中の物をごくりと飲み込んだシュウ。
(たっ、頼むからなるべく声を発さずに、静かに吐いてくれよっ…! コメディに吐かないでくれよ、コメディに…! 頼むからっ……!)
再び冷や汗を掻き始める。
「――おい、リンク。バケツきたぞーっと。コメディにだからな、コメディに♪(も、もうそれ以上言わないでくれえぇぇえ!!)」
カレンが慌てたように言う。
「おっ、おじいさまお父さまお母さま、早く耳をふさ――」
「――コメディにぃ?」と遮られたカレンの声。「――コメディにゲ○…、コメディにゲ○…?(いーーーから静かに吐いてくれリンクさんっ!!) え? なんやリーナ? 某お笑い芸人風にゲ○吐いたら、おとんのこと見直すて?(リっ…、リーナ何言ってんだおまえ…!? そ、そんなこと言ったらリンクさん……!) …うぷっ…、キ、キタ……!(やっ、やばい…!) キタっ…、キタでっ…キタキタキタキタキタアァァァ!」
思わず止まってシュウに注目してしまうカレンの父と母、祖父。
「――うっ…お……!(頼むっ、静かに吐いてくれ静かにっ!)」
必死に願うシュウ。
が、
「――オっ…、オロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロっっっ!!」
ド派手に吐かれた。
(ぎっ…ぎゃああああああああああああああああああっ!!)
シュウ、心の中で絶叫。
「――オロロロロロロっ!!(やっ、やめてくれリンクさんっ!!)」
「…っ…」
「――オロロロロロロっ!!(…あれっ!? ど、どうしましたオトーサン!?)」
と、向かいに座っているカレンの父の顔を覗き込むシュウ。
カレンの父が俯き、必死に口を手で押さえている。
「――オロロロロロロっ!!(プルプルしてますよオトーサン!?)」
「…っ…!」
「――オロロロロロロっ!!(ご気分を悪くされてしまいましたかオトーサン!?)」
「…っ…!!」
「――オロロロロロロっ!!(申し訳ございませんオトーサン!)」
「…っ…!!!」
「――オロロロロロロっ!!(お許しくださいオトーサァァァァァァァァァァァン!)」
「ぶほっ!」
と堪え切れず、吹き出したカレンの父。
シュウに背を向け、ソファーの背もたれに突っ伏して大爆笑。
「あーーーっはっはっはっはっは! やっ、やめてくれシュウくんっ! 私の方を見てオロロロロ言わないでくれっ!」
「もっ、申し訳ございま――オロロロロロロっ!!(ちょ、リンクさんっ……!)」
「はっ、腹の皮がよじれっ……!!」
「だっ、大丈夫っすかオト――オロロロロロロっ!!(まだ出んのかよっ!)」
「しっ、死ぬっ……!!」
「いっ、生きてくだ――オロロロロロロっ!!(どんだけ胃に入ってんだよ!?)」
「リュ、リュウさんから聞いている通りだねシュウくん!」
「えっ? お、親父から何を――オロロロロロロっ!!(リンクさん、あんたワザと!?)」
「はっ、話通り面白すぎるよ君っ!」
「い、いや、決してオレが面白いわけでは――オロロロロロロっ!!(いい加減にしてくれっ!)」
「あーーーっはっはっはっは! もっ、もう駄目だ私はっ! 合格っ! 君、合格っ! カレンのことよろしくねっ!」
「えっ!? まじっす――オロロロロロロっ!!(前言撤回! リンクさんゲ○ありがとおぉぉぉおおぉぉぉおっ!)」
「カレンを嫁にもらってほしいくらいだよ、私は!」
「えぇっ!? オトーサン、いいんで――オロロロロロロっ!!(ウッソ! よ、よよよ、嫁えぇぇぇぇぇ!? ちょっ…! リンクさん、オレ今あなたのことすげー愛してるっ!!)」
そして止まったらしいリンクの嘔吐。
「オトーサン、ありがとうございますっ!! それからオカーサンもっ!! オレ嬉しいっす!!」
と喜々として頭を下げるシュウ。
(オレ、オトーサンオカーサンに認められたっ…! あとはっ……)
と、カレンの祖父を見る。
カレンが言っていた。
カレンの家族で厳しいのは父でも母でもなく、祖父なのだと。
カレンの父とは違って、笑う気配のないカレンの祖父。
「止まったかね、シュウくん」
「はっ、はいぃっ…!」
やばい。
と、シュウは思った。
(オジーサマの機嫌損ねちまった…!?)
シュウは再び頭を下げた。
「お…、お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。オレの周りは正直、変なのばっかりでっ…! でもオレ――あっ! レオ兄ーっ! おっかえりー!」
レオンと聞いて、カレンは安堵した。
これでやっとシュウの口が止まる。
「――どこ行ってたの? レオ兄? …え? 何……? え…えぇぇぇぇ!? 兄貴、アタシたちが喋ったこと、カレンの家で鸚鵡返しにしちゃってんの!? ――たっ、大変なのだああああっ! あっ、兄上、わたしたち兄上の、パパパ、パンティー畳んでなんかないですなのだああああっ! ――リン・ラン、そうじゃないでしょう!? カレンちゃんのご家族の皆さま、大変お見苦しいところをお見せしてしまって申し訳ございません! ――マジかいなっ…! おれゲ○吐きまくってたで…! カレンちゃんのご家族の皆さま、ごめんなさいっ! ごめんなさいごめんなさいっ! ――がっはっは! リンクおまえ、シュウにひでーことさせたなあ。 ――誰のせいやねん! このバカ師匠っ! あんたやって尻破ってたやろ!? ああもうっ、シュウごめんなああああああああ!」
分かったなら早く黙ってくれ…。
シュウ、苦笑。
「――こんにちは、カレンのオトーサンオカーサン、オジーサン、それからオニーサン……は、今日仕事だってカレンが言ってったっけ。先日ぶりの次女・サラです。カレンから聞いているでしょうが、アタシはカレンの親友をやってます。――初めまして、長女のミラと申します。先ほどは本当にお見苦しいところをお見せいたしました。申し訳ございません。カレンちゃんには大変仲良くしていただいておりまして……――はっ、初めましてですなのだ! 三女のリンですなのだ! 四女のランですなのだ! わたしたちの兄上はとってもカッコイイですなのだ! 本当ですなのだ! ――申し送れました。おれ、葉月ギルド・副ギルド長のリンクです。先ほどは醜態をお見せしてしまい申し訳ありませんでした。カレンちゃんの周りはこんな変わり者ばかりですが、皆カレンちゃんのことを大切な仲間だと思ってま――オレ、グレルだぞーっと♪ ――師匠はすっこんでろや! ――早く戻って来いよな、カーレンっ♪ ――ああもうっ! 申し訳ございません、申し訳ございま――」
リンクだろう言葉が途切れた。
そして、
(……。あ…)
シュウの口が勝手に動かなくなった。
(やっと薬切れたのか……)
と分かったところで。
シュウは真剣な顔でカレンの祖父を見た。
さっき言いかけたことを続ける。
「オレ、カレンのこと…あっ、いえ、カレンさんのこと、精一杯大切にしていますから! カレンさんの親友をやらせて頂いているサラだって、父だって母だって、弟妹たちだって、オレの家族の周りにいる皆だって、カレンさんのこと大切な仲間だと思って日々共に過ごしています。こんな変なのばっかりがいるところに、カレンさんを戻したいだなんて思えないかもしれませんが……」がばっと頭を下げるシュウ。「お願いしますオジーサマ! おっ…、おおおっ、おおおおおお孫さんをオレにくださいっ!!」
――って、オレなんか違っ…!
シュウ、赤面。
カレンの祖父がシュウを見つめ、カレンを見つめる。
「カレン」
「は、はい、おじいさま」
「彼のことは好きか」
「えっ…?」
と頬を染めたカレン。
微笑んだ。
「はい、大好きですわ、おじいさま。優しくて真っ直ぐで、あたくしのこと大切にしてくれて…。シュウだけじゃないわ。親友のサラのことも、リュウさまとキラさまのことも、ミラちゃんのことも、リンちゃんランちゃんのことも、ユナちゃんマナちゃんレナちゃんのことも、ジュリちゃんのことも、リンクさん一家のことも、グレルおじさまのことも、レオンさんのことも、みーんな大好きなのですわ」
「……そうか」
カレンの祖父の目が、シュウに移る。
「シュウくん」
「はっ、はい…」
「私も息子夫婦も、カレンの兄も……、カレンに寂しい想いばかりをさせてしまった」
「……」
顔を上げたシュウの瞳に映ったのは、
「これからもカレンをよろしくお願い致します」
優しい笑顔だった。
自宅へと戻るシュウ。
その右手にはカレンの荷物。
左手には、カレンの小さな手。
カレンはシュウの横顔を見上げた。
満面の笑みだ。
「……嬉しそうね、シュウ?」
「おうよっ! だってオレ、オトーサンにもオカーサンにも、そしてオジーサマにも合格もらっちゃったんだぜっ?」
「そうね」と、カレンも笑った。「あたくしも嬉しいのですわっ!」
「あ、でもオニーサンには会えなかったから合否の判定もらってねーな」
「お兄さまは今日お仕事だったから」
「3日前にサラがカレンを送ったときは、サラはオニーサンに会ってんのか?」
「ええ、少しだけだけれど」
「ふーん。オレはいつ会えんのかなー。いっそ葉月病院まで会いに行くかなー」
「そのうち会うことになるでしょうし、そんなことしなくていいのですわ」
嫌な予感するから。
と、カレンは心の中で続けた。
シュウから顔を逸らして苦笑する。
(まあ、シュウとお兄さまが会うのはまだ先のことだから、そんなに気に病まなくても大丈夫ですわよね)
と、カレンは再びシュウの横顔を見上げた。
「ねえ、シュウ?」
「ん?」
「おじいさまに、『お孫さんをオレにください』って――」
「ちょ、それ忘れて…」そう言ってシュウが赤面した。「オレ、すーげー恥ずかしい……」
「忘れて、ですって?」カレンの口が尖る。「口から出任せに言っただけってことなのかしら」
「そ、そーじゃねえけどさっ…!」
「あたくし、嬉しかったのに」
「…え」と漏れたシュウの笑顔。「何、おまえ、オレの嫁になりたいのかよーう!」
つんっ♪
とカレンの柔らかい頬を突いたシュウ。
無言で俯いたカレンの顔を覗き込んだ。
(――オレ、幸せ)
そして鼻から流血。
そこには顔を真っ赤にしているカレンがいた。
「あっ…あなたなら嫌じゃないと思っただけですわっ…! …って、何鼻血たらしてんのよっ…!」
「ご、ごめっ、可愛くてっ…!」
鼻に治癒魔法を掛けまくるシュウ。
血が垂れてこなくなったところで、再び口を開いた。
「いっ…、いつか、いつかっ…プププっ、ププププププププププププププロポーーーズとやらをしても、いいいいいいいいっすか」
「…っ……ひ…左手の薬指のサイズは7号よっ……」
「りょ、りょりょりょ、了解っす……!!」
再び垂れてきたシュウの鼻血。
(カレンがオレの嫁、カレンがオレの嫁、カレンがオレの嫁…! いつかカレンはオレの嫁にっ……!? えっ、何…、結婚したら朝っぱらから裸エプロンでカモオォォォォン!? まっ、まーじかああああああああああっ!!)
今夜のシュウ。
もちろん、
「フィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっっっ!!」
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