第95話 彼女の家族に挨拶を…… 前編


 超一流ハンター昇格試験を受けてから3日。
 無事に超一流ハンターとなることが出来たシュウに、次に待っているのは…。

「ス、ススス、スーツ良し、て、ててて、手土産良し、か、かかか、顔良し――」

「どこが?」と突っ込んだ三つ子。「兄ちゃん、顔すっごく変」

 30分後、カレンを迎えに行くシュウ。
 よってシュウは初めてカレンの家族に会うが故に、挨拶をしてくることに。

 超一流ハンター昇格試験に続いて、カレンの家族からも合格をもらいたいものである。

「ひ、ひどいなおまえらっ…」

「緊張しすぎ」

「そ、そそそ、そんなことねえよ…!?」と、自分の部屋の洗面所で、もう一度自分の顔を確認するシュウ。「ほ、ほほほ、ほら、いつも通り穏やかな顔つきの兄ちゃんがいるぞっ……!」

 洗面所の入り口から覗いている三つ子が、そろって溜め息を吐いた。

(薬作って正解だった…)

 としみじみ思う。
 マナが訊く。

「兄ちゃん、あたしが作った薬飲んでいく…?」

「く、薬って?」

「上手く喋れる薬…。兄ちゃん、いざっていうとき噛むでしょ…」

「な、ななな、何言ってんだっ…! に、ににに、兄ちゃんはそんな薬なくたって大丈夫だぜっ…!」

「そう、分かった…」

 でも飲ませるけどね…。

 とマナは心の中で続けた。
 今からこんな状態なのに、上手く喋れるわけがないと思う。

 マナがシュウのために作った薬は、『鸚鵡返しの薬』。
 A液とB液があり、A液を飲んだ者はB液を飲んだ者が発した言葉を鸚鵡返しに言ってしまうというもの。

 A液をシュウに飲ませ、B液をレオンに飲んでもらうことに。

 そのためレオンは本日仕事へ行くわけにもいかず、本日の分の仕事を昨日までに終わらせてくれた。
 現在1階のリビングで、仕事に行っているリュウを除く皆と一緒に正月の宴会を楽しんでいる。

(レオ兄ならちゃんとご挨拶できるし、これで兄ちゃんはカレンちゃんのご家族から合格を…)

 マナは自分の服のポケットを上から触った。

(良し…。ちゃんとA液とB液がある…)

 それからシュウのスーツの胸ポケットを見て、

(超小型無線カメラも良し…)

 と、確認。
 マナはシュウの部屋の戸口へと歩いて行きながら言った。

「兄ちゃん、リビングでみんなと一緒に楽しもうよ…。まだ出かけるまで30分もあるんだから…」

「そうだよ、兄ちゃん! みんなと騒げば緊張ほぐれるかもだし、リビングに行こう!」

 と、ユナとレナ。
 シュウの手を引っ張ってリビングへと向かう。

 リビングのドアの前。
 シュウは苦笑した。

(うーるせー…。こりゃ今年も皆そろって酔っ払ってんな。オレがこれから、3日前の試験よりある意味すーげー緊張するところに行くっていうのによ。気楽だな、オイ…)

 マナ、ユナ、レナ、そしてシュウの順にリビングへと入る。
 シュウの視界に入ったのは、レオンとリーナ、ジュリを除く見事な酔っ払い集団。

 そろって頬を赤く染めている。
 アルコール分解能力の高いモンスターも、バケモノのグレルも。

(なんっじゃこりゃ…。こりゃ昨日から飲みっぱなしだな…)

 毎年のことではあるが、シュウは顔を引きつらせずにはいられない。
 今年は全くの素面のせいもあって、いつも以上に顔が引きつってしまう。

 猫モンスターやそのハーフが大好きなビールの空き缶は、ソファーの脇にざっと600本。

 その傍らには、ウィスキーやワイン、ウォッカ、焼酎などの空き瓶がざっと400本。

 ソファーの上に寝転がり、トリップしているミラ。

「うふふ、やぁだパパってばぁぁぁんっ(ハート) もっとおぉぉぉぉおっ…♪」

 床の上、レオンを押し倒して跨っているサラ。

「ヘイヘイ、そこのカッコイーお兄さんっ♪ アタシの部屋でマッパでイイコトしなぁい? 今夜のゴム製じゃないゴムは特注したアルヨ。その厚さ驚愕の0.01ミリネ! 今夜は楽しむ一体かーーーんっ☆」

 そしてその傍らにはうるささの原因。
 舞踏会で流れる曲の一種に合わせて踊り狂っている天然バカトップ5――上からキラ、グレル、ミーナ、リン・ラン。
 ミュージック音量全開・高速自転しつつソファーの周りをぐるぐると回っている。

「良いか、グレル師匠にミーナ、リン・ラン! 何かの童話では木だか何だかの周りを駆け回ることによって猫科の動物がバターになっていたが……、加えて自転することによって早くバターになれるのだぞ!」

「おおーっ! 知らなかったぜーっと! オレはバターになるぜーっと♪」

「わたしも美味ーーーいバターになるのだあああああ!」

「わたしたちはマーガリンが良いぞー、母上」

「そうか、リン・ラン! マーガリンは曲ーがりながら回れば良いのだぞ♪」

 その会話。
 もはや意味不明、理解不能。

 おまけにその傍らには、今にも酔いつぶれそうなリンク。

「ああぁぁぁああ、目ぇぇぇが回るっちゅーねええぇぇぇぇええん。リュウたぁぁぁすけてええぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ」

 と助けを求めたところで、仕事中のリュウの姿はない。

(ほんっと気楽だな、まったく…)

 と、シュウはガラステーブルの前に正座した。

「兄ちゃんビール飲む?」

 とマナに勧められたが、シュウは断る。

「愛するカレンのご家族にお会いするのに、酒臭くなるわけにゃいかねーよ」

「じゃあ、何飲む…?」

「いらね」

 それでは困るのである。
 シュウの飲み物の中に、『鸚鵡返しの薬・A液』を入れなければならないのだから。

(困ったな…。仕方ないから兄ちゃんは後回しにして、レオ兄のグラスにB液を…)

 B液を持った手を伸ばしたマナ。
 レオンの席だろう近くにいたレナに、B液をこっそりと手渡す。

(分かった、これ(B液)をレオ兄のグラスの中に入れればいいんだね、マナ!)

 と、承諾したレナ。

 シュウや酔っ払い集団に気付かれずに、レオンのビールの入ったグラスの中に『鸚鵡返しの薬・B液』を混入成功。

 それを確認したレオン。
 うん、と頷きB液入りビールを飲もうとしたのだが。

 そのとき、

「あっ…」

 と声をあげたマナの方を見た。

 いつも無表情で感情が読みにくいマナであるが、焦っていることは分かった。
 マナがA液をユナにこっそりと手渡し、リビングから出ていく。

(マナ、どうしたんだろうっ…?)

 B液入りビールに伸ばしかけた手を引っ込め、マナを追うレオン。
 マナは自分の部屋へと向かって行った。

 レオンが部屋に入ってくるなり、マナがノートパソコンを立ち上げながら言う。

「兄ちゃんのスーツの胸ポケットには超小型無線カメラ仕掛けたけど…」

「うん?」

「受信機をパソコンにセットするの忘れてた…」

 それではシュウがカレン宅を訪ねた際、中の様子を見ることが出来ない=レオンは何を喋ればよいのか分からない。

「僕も手伝うよ…」

 レオンは苦笑しながら、急いでマナのノートパソコンに超小型無線カメラの受信機をセットし始めた。

 一方、リビングの中。
 シュウが立ち上がる。

「オ、オオオ、オレ、そろそろ行くわっ…! 何事も25分前行動だぜっ…!」

「えっ、いくら何でもまだ早いんじゃないっ?」

 とのユナ・レナの声が聞こえているのか聞こえていないのか。
 シュウが右手と右足、左手と左足を同時に動かしながら玄関へと向かっていく。

 ユナは慌ててジュリとリーナ用に用意されていたオレンジジュースをグラスに注ぐと、その中に『鸚鵡返しの薬・A液』を混入した。
 それを持って、レナと共にシュウを追って玄関へと駆けて行く。 「にっ、兄ちゃんっ!」

 と、玄関のところでユナとレナがシュウを呼び止めると、緊張でかちんこちんになっているシュウが振り返った。

「な、ななな、何だユナ、レナっ?」

「お、落ち着いて兄ちゃんっ!」

 と、ユナとレナ。
 ユナがA液入りオレンジジュースをシュウに差し出しながら続ける。

「ほら、これを飲んで兄ちゃん! 葉月島産天然オレンジ100%ジュース!」

 レナが続く。

「これを飲めば落ち着くよ兄ちゃんっ!」

「お、お、おう、そうかっ…! サンキュっ…!」

 と、一気にA液入りオレンジジュースを飲み干したシュウ。

 冷静な状態で飲んだなら味に異変を感じただろうが、緊張のあまりそれに気付かない。
 それどころか、何を飲んだのかさえ分からない。

(よし、兄ちゃんはA液を飲んだ! これでレオ兄がリビングに戻ってきてB液入りのビールを飲めば、もう完璧だよね!)

 心の中、安堵したユナとレナ。
 足の速くなる魔法を掛け、相変わらず右手と右足、左手と左足を揃えながら出て行ったシュウを笑顔で見送る。

 一方、その頃のリビングでは。

「あれぇ? アタシのビールないや…」と、空になった自分のグラスを見ながらサラ。「レオ兄のもーらいっ」

 と、レオンのグラスに入ったB液入りビールを1口飲んだ。
 そして顔をしかめる。

「あれ? なんか変な味…?」

「え? 変な味?」と、トリップを中断してサラに手を伸ばし、グラスを受け取って1口飲んだミラ。「あら…、変な味ね」

「変な味?」と、それまでしていた自転を止めて振り返ったリン・ランも、1口ずつ飲む。「む? 変な味だぞー」

「変な味ぃ? どれ、貸してみぃや」と、今度はリンクがリン・ランからグラスを受け取り、1口飲んだ。「…うわ、たしかに変やな」

「んー? どうしたおまえたち? ビールが変な味するって?」

 と、グレルも自転を中断し。
 リンクの手からグラスをぶん取り、残りの1口をごくりと飲んだ。

「ん? 美味いぞ?」

 とのグレルの言葉を聞いて、B液入りビールを飲んだ酔っ払い集団が笑う。

「なーんだ、おいしいの間違いだったか!」

 と、サラ。
 それに同意する酔っ払い集団。

 酔っ払った頭ではそういうことにされた。

「おっと、レオ兄のグラスにビール注いでおかないとね」

 サラがリビングをきょろきょろと見回し、空いていないビールの缶を探して手に取った。
 レオンのグラスにビールを注ぎなおし、ついでに皆のグラスにもビールを注ぐ。

 そして何事もなかったかのように、酔っ払い集団はまた騒ぎ始めるのだった。

 そこへ駆けながら戻ってきたユナとレナ。
 レオンのグラスを手に持ち、自分たちの部屋へと向かう。

 そして中に入るなり、レオンにグラスを差し出した。

「レオ兄、レオ兄! 早く飲んで! B液入りビール! 兄ちゃんもうA液飲んで行っちゃったよ!」

「ん、分かった」

 と落ち着いた様子のレオン。
 ちょうどマナのノートパソコンに超小型無線カメラの受信機をセットし終え、そのモニターにシュウのスーツに仕掛けた超小型無線カメラの映像が映し出される。

「シュウ、まだそんなに遠くまで行ってないね」

 と言いながら、レオンがユナとレナからグラスを受け取る。
 そしてもうB液が入っていないとは知らず、グラスに入ったその単なるビールを飲み干した。

「あれ、普通の味だね」

「あれ、そうだった?」と首をかしげるユナとレナ。「あ、ビールの苦味で薬の苦味が消えたのかも」

「あっ…」

 と、ノートパソコンのモニターを見ていたマナが短く声をあげた。
 ユナとレナ、レオンもモニターに目を向けると、

「あっ」

 と声をあげた。
 映像が途切れてしまっている。

 マナがノートパソコンを持って立ち上がる。

「受信できる距離は500mまでだから…」

「じゃあ映像届くところまで行かないとね」

 と、レオン。
 携帯電話で現在の時刻を確認した。

「薬が効くのは飲んでから約15分後だよね」

 マナが頷き、急いだ様子で部屋から出て行く。
 レオンもそれに続き、ユナとレナも続く。

 そして4匹で屋敷を後にした。
 
 
 
 屋敷を出てから12分。
 カレン宅の前へとやってきたシュウ。
 ここに来るまで、その右手と右足、左手と左足がばらけて歩くことはなかった。

(ス、ススス、スーツ良しっ…! て、ててて、手土産良しっ…! か、かかか、顔良しっ…! た、たぶんっ……)

 カレン宅の玄関前、咳払いをしたシュウ。
 小刻みに震える人差し指で、インターフォンを押した。

 ピ、ピピピピピピピピピンポーーーン…

(ふ、震えすぎだろオレっ…!)

 そしてインターフォンから聞こえてくる声。

「普通に押してちょうだい…」

「オ、オオオ、オカーーーサンですかあぁ!?」

「カレンよ」

「お、おう、そうかっ…! カ、カレンか、カレンっ…!」

「ちょっと大丈夫なの、シュウ?」

「だ、だだだ、大丈夫だぜオレはっ? ハ、ハハハ、ハニーのご家族に、ちゃ、ちゃちゃちゃんと、ご、ごごごご挨拶できちゃうんだぜっ?」

「……。今開けるわね」

「ど、どどど、どんと来いっ!」

 カレン宅のドアの向こうから、パタパタとスリッパで駆けてくる音がする。
 1人じゃない。
 2人分のスリッパの音だ。

 どっくんどっくんと波打つシュウの心臓。

(カ、カレンと誰だ…!? オ、オオオ、オカーサンか!?)

 カチャっ…

 とカギを外す音に、シュウの心臓は爆発寸前。

(く、くくく、来るっ…! か、かかか、覚悟はいいかオレっ…!)

 そして開く玄関のドア。

(キ、キキキ、キタァァァァァァァァァっ!!)

 がばっと頭を下げたシュウ。
 手土産を差し出しながら、近所迷惑なほど大きな声をあげた。

「はっ、はははっ、初めましてオカーーーサンっ!! オっ、オオオ、オレ、超一流ハンター・シュウゥゥゥウゥゥゥウウゥゥウでっすっ!!」

「ちょ、シュウ……」

 と赤面しながら手土産を取るカレンの傍ら。

「面白いのね、シュウくん」

 と、カレンとそっくりな声が聞こえた。
 くすくすと笑われ、シュウは赤面しながら顔をあげる。

「も、申す訳ごじゃいましぇんっ」

 と思いっきり噛んだシュウ。
 カレンの傍らにいる女性――カレンの母を見て目を丸くする。

「――うっわ、可愛い…」

 なんて思わず出てしまった。
 カレンの母は、カレンと声もそっくりならば顔もそっくりだったから。

「あっ、すみませんっ…! つい本音がっ…!」

「あら、ありがとう。お上手ね」

 そう言ってにっこりと笑ったカレンの母を見て、シュウはほっと安堵した。

(よ、よし、とりあえずオカーサンからの好感度は取れたかなオレっ…!)

 カレンが言う。

「あがって、シュウ。今あたくしとお母さまでご飯を作っていたのよ。おせち料理はもうたくさん食べたでしょうから、別のものを作っていたのだけれど…。よかったかしら?」

「う、うんっ…、ありがとカレン」

 とシュウは靴を脱ぎながら、カレンに笑顔を向けて言ったあと。
 顔をキリッと引き締め、カレンの母を見た。

「ありがとうございます、オカーサン」
「うふふ、カレンの彼氏が来るっていうから、張り切っちゃったのよ。お口に合うとよろしいのだけれど」

 と、キッチンの方へと向かっていくカレンの母。
 カレンと一緒に、シュウがそのあとを着いて行ったときのこと。

「ねえママ、ビール持ってきてー。はーやくー」

 と、シュウの口から漏れた台詞。

「――えっ…!?」

 シュウは手で口をふさいだ。

(何だ、今の…!? 口が勝手にサラを思わせる台詞を…!?)

 カレンの母が驚いたように振り返る。

「えっ…? マ、ママって、わたくしのことかしら?」

 慌てて首を横に振るシュウ。

「いえっ、あの――あぁん、パパどこぉーっ? ――って……!?」

 シュウはもう一度口を手でふさいだ。

(な、な、何だオイ!? 今度はミラを思わせる台詞をオレの口が勝手に……!!)

 パニック寸前のシュウ。

 シュウが『鸚鵡返しの薬・A液』を、ミラとサラ、リン・ラン、リンク、グレルが『鸚鵡返しの薬・B液』を飲んでから、約15分が経過していた。
 
 
 
 
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