第74話 長女の誕生日にて…… 後編


 ミラの手の中の小瓶から宙へと飛び散った液体――『飲ませた相手にこの世一愛されちゃう薬』。
 それがシュウとリュウの口の中へと一滴ずつ舞い込んだ。

(――やべっ…!)

 と驚いた反動で、それをごくりと飲み込んでしまったシュウとリュウ。

「うっ…」シュウは慌てて声をあげた。「うわあああああっ! やっ、やべえええええっ! 飲んじゃったよオレェェェェェっ!!」

「お、落ち着いてシュウ」

「おっ、落ち着けねーよカレンっ! おまえいいのかよ、短い間とはいえオレがミラのことこの世一愛してもっ!!」

「そ、その薬、人間相手用でしょう? シュウは大丈夫なんじゃ?」

「…あ」

 そうだった。
 人間用の薬なんだから大丈夫だよな。
 オレ、ハーフだし。

 とシュウが落ち着きを取り戻したのは、ほんの一瞬。

 はっとして傍らにいるリュウの顔を見る。

「おっ、親父!? まさか今、親父も――」

 薬飲んだのか!?

 と訊こうとしたシュウの言葉が遮られる。

「ミっ」とリュウが膝の上のキラの腰を持ち、「ラァァァァァァァっっ!」

 ポーンと、キラを投げ(捨て)た。

「ふにゃあっ!?」

 急に投げられて驚きに声をあげたキラ。
 向かいのソファーに座っていたレオンにキャッチされた。

「――あっ…ぶないなあっ! キっ、キラ大丈夫っ…!? …ちょっとリュウ、いきなり何てことすんの!?」

 そんなレオンの問いは無視され。
 リュウが背後にいたミラの身体を抱き上げてソファーの上まで引っ張り、そして自分の膝の上に乗せた。

「ミラ…、そろそろパパと結婚するか。親子で結婚できるよう、王に願い出てくるから」

 と、リュウ。

(ああ…、つまり薬飲んじゃったのね…)

 シュウとカレン、サラ、リンク、ミーナが苦笑する一方、キラとレオンが驚倒した。

「なっ…何を言ってるのだリュウ!?」

「そうだよ、いきなり何言って――」と、レオンは言葉を切り、そのあと察して苦笑した。「…ミラ、今年はリュウにどんな薬飲ませたの…」

「くっ、薬っ…!」はっとしたキラ。「そ、そうか、マナからミラへの誕生日プレゼントの薬のせいかっ! …って、さっき(前話)母上がそれは何だと訊いたとき、変な薬ではないと答えたではないかミラっ!」

「怒らないで、ママ。本当に変な薬なんかじゃないわ」

 と、ミラ。

「でも明らかにリュウの様子がおかしいではないか! どんな薬か言うのだ、ミラ!」

「この薬はぁ」とミラがにっこりと笑い、「ただの『飲ませた相手にこの世一愛されちゃう薬』よ♪」

「なっ…!?」キラ、驚愕。「じゅっ、充分変な薬ではないかっ! 何を考えているのだミラっ!」

「何って、パパにこの世一愛されてみたいんだもん♪ いーじゃない、1日くらい。ママはいっつもパパにこの世一愛されてるんだから」

「でっ、でもリュウは母上の飼い主でっ…、夫でっ……!」

「今日は私の誕生日なのよ、ママ? 1日だけパパを貸してほしいな」

「でっ、でも――」

「私だって、パパにこの世一愛されてみたいわ! ママばっかりずるい! ずるいずるいずるっ!!」

「うっ…」ミラに押されたキラ。「…わ…分かったのだ……」

 ぐっと堪え、そう呟いた。
 レオンとグレルの間に小さくなって座る。

「ありがと、ママ大好き♪」

 とミラがキラに笑顔を向けたあと、リュウの首に抱き付いてはしゃぐ。

「す、少しの間の辛抱だよ、キラ。リュウは一滴しか飲んでないんだから、ほんの少しの間だけだよ」

「分かってるのだ、レオン…」

「で、でもさ…」

 と、サラが口を挟んだ。
 薬に添えられていた紙を手に取って言う。

「こ…、今回はいつも以上に強力にできたらしいよ、薬…」と、マナを見、「そうなんでしょ?」

 マナが頷いて言う。

「一滴飲んだなら…、うーん…、3時間くらいは効いてるかな…」

「長っ…」

 思わず顔を引きつらせてしまうシュウたち。
 一方、ミラは不服そうに声をあげた。

「えー? ヤダ、3時間だけ? もうちょっと…」

 とリュウに再び薬を飲ませようとするミラの手から、すかさずリンクが薬を奪い取った。

「これ以上は絶対にあかん! ミーナ、残りの薬トイレに流してきてやっ!」

「分かったぞリンク!」

 と、リンクから薬を受け取り、急いでトイレへと駆けて行くミーナ。

「あっ! ミーナ姉っ、待っ――」

 待って!

 とミーナへと伸ばしたミラの手を、リュウが握った。

「他はいいから俺を見てろ、ミラ」

「んもうっ、パパってばぁん」ミラがリュウの首にしがみ付く。「心配しなくても私にはパパしか見えてないわっ♪」

「俺もおまえしか見えねーぜ、ミラ」

 キラの左手の中、タンブラーが震える。

「ねえ、パぁパ? 私のこと、この世一愛してる?」

「当たり前だろ、ミラ」

 バリンっ

 と割れたキラの左手の中のタンブラー。

「本当にこの世一私を愛してる? ママよりも?」

「ああ、キラよりもだ」

 グニャっ

 とキラの右手の中で曲がったフォーク。

「本当っ? 嬉しい、パパ! ママよりも私のこと愛してるなんて!」

「キラには飽きた」

 カタカタカタ…

 小さく揺れだした屋敷。

(や、やばい)

 蒼白し始めるシュウたちの顔。
 リュウが続ける。

「キラと永遠の愛を誓ったことが今になると謎だぜ。俺、今までよく天然バカ黒猫と続いたな」

 ガタガタガタ…!

 増して行く震動。

「キ、キラ、落ち着いて!」

 レオンが慌ててキラを抱き締め、

「おっ、親父もう何も言うなっ!!」

 とシュウがリュウの口を手で塞ぐ。
 が、リュウがシュウの手を離して続けた。

「ま、ミラを産んでくれたことは感謝してるぜ、キラ。俺もうおまえいなくてもいいから、おまえ好きにしていいぞ。野生に戻るなり、王子のペットになるなりすれば?」

 ガタガタガタ!!

 大きく揺れだした屋敷。

 バリリリリリーン!!

 とリビングの照明に加え、いつだったかのように全室の窓ガラス粉砕。
 真っ暗になったリビングで悲鳴があがる中、キラが立ち上がった。

「リュウ! おまえは忘れたのか!? 私に言ったではないか! 今から約18年前、私に言ったではないか! 骨になっても一緒にいようって……、言ったではないかっ!!」

「男心と秋の空って言うだろ」と溜め息を吐いたリュウ。「おまえ、また窓ガラス割りやがって…。ガラス屋に電話しとけよ」

 そう言いながら、魔法で光の玉を作って浮かべた。

 灯りが点され再び明るくなったリビング。
 一同の瞳にキラの涙が映る。

「――!?」

 リュウを覗く一同、衝撃。

 真っ先にリュウに飛び掛ったのは、トイレから戻ってきたミーナ。
 リュウの頬を引っ掻く。

「おのれっ! おのれリュウっ! たった一滴飲んだだけで、おまえはキラへの想いを忘れてしまったというのか!?」

「いってーな、ミーナ。何しやがる」

「うるさいっ! 黙れ黙れ黙れっ! わたしの愛する姉を泣かせよって、許さぬぞっ!! たかが一滴飲んだだけだというのに、何て情けないのだっ!!」

「そうだそうだっ!!」シュウが続く。「見損なったぜ親父っ!! 親父の母さんに対する愛のでかさは異常だろオイって思う反面、尊敬してたのによっ!! たかが一滴飲んだだけで、ああー情けねえっ!! 所詮タダの人間だなっ!! オレが殴って元に戻してやらああああああああっ!!」

 キラの涙を見た衝撃で、完全に頭に血が上ったシュウ。
 リュウの胸倉を掴む。

「兄ちゃん…、落ち着いて…」

 と、マナがシュウの膝に手を乗せた。

「落ち着けねえよマナっ!! この親父最低最悪だっ!! 5、6発殴らねえと気が済まねえっ!!」

「あんまり言わない方がいいよ、兄ちゃん…」

「はあ? なん――」

「兄ちゃんもこれから薬効いちゃうんだから人のこと言えなくなる…」

「おう、そうか! オレもこれから薬効いてミラをこの世一愛しちゃうのか! ――て…?」シュウは眉を寄せてマナの顔を見た。「な、何だって?」

 マナがもう一度言う。

「兄ちゃんもこれから薬効いてくるよ…」

「…そ、そんなバカな。だって人間用に作った薬なんだろ? オレ、ハーフなんだから効くわけが……って、あ、あれ……?」

 身体がおかしい…?

 突然シュウに襲い掛かってきた異常。
 どくんどくんと強い動悸がする。

 マナが続ける。

「そう、人間用の薬…。でも、ハーフにまったく効かないわけじゃないよ…」

「…ミ…ラ……」

 シュウの瞳がミラに奪われる。

「だって、あたしたちハーフはモンスターと人間の間にできた子…」

「ミ、ミラ……!」

 熱くなるシュウの胸。

「あたしたちに流れる半分の血は、パパの血――人間の血…」

「あ…、あああっ、ミラっ……!」

 ミラに伸びるシュウの手。

「人間より速効性はないものの、じわじわと効いてくるんだよね…」

「ミっ、ミラ好きだああああああああっっっ!!」

 と、襲い掛かるようにミラを抱き締めたシュウ。

「――なっ!?」

 とカレンとリン・ランが衝撃を受けると同時に、ミラが悲鳴をあげる。

「きゃっ、きゃああああっ! ちょ、おっ、お兄ちゃん何!?」

「好きだ、ミラ! 愛してる、ミラ!! この世一だっ!!」

「は、はぁ!? やっ、やだっ、ちょっと離して!!」

「嫌だっ!! 離さねえっ!! 今夜はオレとフィーバァァァァァァァァァァァァァっっっ!!」

「ふっ、ふざけないでお兄ちゃんっ!! 嫌よお兄ちゃんに抱かれるのなんかっ!!」

「えっ!? い、嫌!? 嫌なのか!? 銅メダル嫌なのか…!?」

「お兄ちゃんじゃ嫌っ!! 銅メダルも嫌っ!! 私はパパと銀メダルがいいのっ!!」

「なっ、なぬぁーーー!?」

「ふ」とリュウが短く笑い、ミラからシュウを引き剥がす。「ご愁傷様だな、シュウ。物足りねえ銅メダルはすっこんでろ。ミラを抱けるのはこの俺だけだ」

「なっ、なんだと!? 父親のクセしてミラに手ぇ出すんじゃねえっ!!」

「てめえこそ兄貴のクセしてミラに手ぇ出すんじゃねえよ」

「なん――」

「ド変態が」

「そっ…、そっくりそのままお返しするわああああああああああああっっっ!!」

「あぁ? やんのかコラ」

「上っっっ等だゴルァァァァァァァァァァっっっ!!」

 ソファーから立ち上がり、始まるシュウとリュウの殴り合い。
 シュウVSリュウとなれば、結果は見え見え。

「オラオラオラオラァっ!! この俺に喧嘩売っておきながら早々にくたばってんじゃねーぞコラァっ!!」

「ガハァッ!! ちょ、おっ、親父、し、死ぬっ……!!」

 と、リュウに半殺しにされるシュウ。
 そんなことをしているうちに、

「シュウのバカっ…!」

 カレンは自分の部屋へと駆けていってしまった。
 そして、キラは屋敷の外へと出て行ってしまった。
 
 
 
 ――3時間後。
 シュウとリュウ、ミラも、その3人を必死に押さえつける一同からも息が切れていた。

 ガラステーブルの上の料理はぐちゃぐちゃ。
 ガラスのなくなった窓から入ってくる冷たい空気が、汗だくになった一同の肌に心地良い。

「お…、治まったっ……!」

 と、シュウとリュウ。
 ぐったりしている場合ではない。

「キラっ…!」

 リュウは慌ててキラを探しに外へ飛び出し、シュウは真っ青になって2階へと駆け上った。

「カっ、カレェェェェェェェェェェェンっ!!」

 カレンの部屋のドアをどんどんと叩くシュウ。

「あっ、開けてくれカレンっ!! 許してくれカレンっ!! マナの薬が強烈すぎたんだっ!! 許してくれええええええええええええっっっ!!」

「嫌っ! 許してあげないのですわっ!」

「ゆっ、許してくれっ!! いえ、許してくださいお嬢様っ!! このとーりっ!!」

 と、カレンの部屋のドアの前で土下座するシュウ。
 が、カレンの声は変わらず怒ったまま。

「許さないったら許さないのですわっ!」

「ゆっ…、許してくれよっ! 頼むからっ…! オレがこの世一愛してんのはカレンっすっ…! 本当なんすっ……!」

「どうかしら」

「ほっ…、本当だよ、本当にっ…! 信じてくれよっ…!」シュウ、頭を下げたまま半泣き。「許してくれよ、カレン…! お願いだからっ……!」

「……」

 返ってこないカレンの返事。
 シュウは必死になって声をあげた。

「オっ、オレがこの世一愛してんのはカレンっ!! コレまじ超すーげー本当っ!! それからオレが抱きたいのはカレンだけっ!! 今夜も明日からもオレはカレンとフィーバーしてえのっ!! おまえとフィーバーっ!! フィーバァァァァァァァァァァァァっっっ!!」

「ちょ…」

「フィーーーバァァァァァァァァァァァァァァァァっっっ!! さ・せ・てえええええええええええええええええええええっっっ!!」

 と、叫びながら激しく頭をぶんぶんと上下に振って土下座するシュウに、カレンが溜まらず赤面しながらドアを開けた。

「や、やめてちょうだいっ、恥ずかしいっ…!」

「カレンっ…!」と顔をあげ、笑顔になったシュウ。「許してくれるのかっ?」

「ゆ、許してあげるからっ…」とカレンは廊下をきょろきょろと見回し、シュウを部屋の中に入れてドアを閉めた。「フィーバーフィーバー叫ばないでっ…!」

「うぃーすっ!! お許しいただきオレ超感激っすううううううううううっ!!」

 とカレンを抱き上げてベッドに向かうシュウ。
 カレンがじたばたとして暴れる。

「やっ、やだっ! まだシャワー浴びてないのですわっ!」

「それじゃ今夜は風呂場でフィーバーってことっすねお嬢さん!?」

「ちっ、ちが――」

「いつもより燃えるぜヒャッホオォォォォォォォォイっ!!」

「いっ、いやああああああああっ!!」

 ――30分後。

 カレンの部屋のバスルームの、バスタブの中。
 カレンを膝の上に抱っこしているシュウの顔がにやけている。

「ぐふふ…、いつもに増してデリシャスだったぜっ…! …ところで」

 と、シュウの顔は顔を強張らせた。
 ごくりと唾を飲み込む。

「お…、親父の方は大丈夫かなっ……」
 
 
 
 
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