第73話 長女の誕生日にて…… 前編
三つ子の部屋の前、シュウとカレンの顔が驚愕する。
「それじゃ、マナ。今夜の私とレオ兄、グレルおじさんの誕生日パーティーのときを楽しみに待ってるわね」
そんなミラの声が三つ子の部屋の中から聞こえた。
(出てくる…!)
と察したシュウとカレン。
顔を見合わせたあと、シュウがカレンを脇に抱えて自分の部屋へと飛び込んだ。
聞こえてくるスリッパの音から、ミラが1階まで行ったのを確認。
そのあと、シュウはカレンを床に降ろして口を開いた。
「お、おい、聞いたかカレン」
「き、聞いたのですわ、シュウ。ミラちゃん、たしかに『大丈夫よお、パパが1日くらい私と浮気したって♪』と言ったのですわ!」
「そ、それってつまり、今日の誕生日パーティーでミラはマナからどういう薬をプレゼントされるってことだ…!?」
「『飲ませた相手の浮気相手にされちゃう薬』とか…!?」
「『飲ませた相手に欲情されちゃう薬』とか…!?」
「と、とにかくリュウさまとミラちゃんが親子の一線を越えてしまうかもしれない危機なのですわっ…!」
「お、おう…! 睦月島への出張疲れで休んでる場合じゃねえっ…! 今日のミラとレオ兄、グレルおじさんの誕生日パーティーは目を光らせてねーとっ…!」シュウは冷や汗を掻きそうになりながら、ごくりと唾を飲み込んだ。「い、いいか、カレン。今日オレたちは、ミラが親父に薬飲ませないようにするんだ! 親父をミラから守るんだ! あと、ミラが親父にヤバイ薬飲ませようとしてること、母さんには言わないようにっ! 一昨年、去年に引き続き今年もミラがそういうことしようと考えてるとなると、さすがに母さんとミラの母娘関係にヒビが入るかもしれねーしっ…!」
「が、合点承知なのですわ師匠っ!」
「って言っても、オレたちだけじゃ守れるか不安だから協力を……」
シュウは携帯電話を手に取った。
夕方。
シュウとカレン、キラが作ったご馳走がリビングのガラステーブルの上に並ぶ。
リビングの入り口から向かって左側の3人掛けソファーの上。
左からカレン、シュウ、リュウ、リンク、ミーナがぎゅうぎゅう詰めになって座っている。
そしてリュウの膝の上にはキラ、その足元――ガラステーブルの前にはユナ・マナ・レナ。
(よし。これだけ親父の周りに集まってりゃ、ミラの奴、親父に近づけねーから大丈夫だよな)
と判断したシュウ。
キラがぱちぱちと瞬きをして言う。
「今日のリュウは人気者だな。みんなどうかしたのか?」
「ど、どうもしねーよ母さん」とシュウがリュウの肩を組み、「オレ息子なんだから、親父が好きでも何にもおかしくねーだろっ?」
「そそ。ど、どうもしてへんで、キラ?」とリンクもリュウの肩を組み、「おれリュウの親友なんやから、リュウの隣にくっ付いて座ったっておかしくあらへんやろっ?」
「そ、それに、あたくしが恋人のシュウの隣に座りたいのは当たり前ですしっ…?」
とカレンが続き、
「わ、わたしも旦那の隣に座りたくて仕方ないぞーっ」
とミーナも続いた。
シュウが協力を頼んだのはカレンに加えてリンクとミーナ。
それからカレンがサラにも協力を頼んだ。
また、シュウとリンクという男にべったりと引っ付かれておきながら、リュウが何1つ言わないのは、前もって伝えられているから。
今日のパーティーで、ミラから護衛すると。
それはリュウにとって、正直有難い。
(悪いな、ミラ。パパは父娘の一線を越えられねえんだぜっ…!)
リュウの足元に座らされた三つ子のうちの、レナが眉を寄せて言う。
「あたしたちがここに座らされた理由が分かんないよ、兄ちゃん」
「いいじゃん、理由なんか」と言い、ユナが甘えてリュウの膝に凭れ掛かった。「あたしパパ大好きだからここでいーもん♪」
「あたしは何となく分かるけどね…」と、マナ。「兄ちゃんたちの考えてること…」
「ほお、それは一体何――」
「そ、それじゃあっ」とシュウは慌ててキラの言葉を遮った。「サラ、リン・ラン、本日の主役たちを呼んでくれ」
「了解ですなのだ、兄上!」
とリン・ランがミラの待つ2階へと向かい、サラはレオンに電話をかける。
「もしもしレオ兄? パーティーの準備できたよー」
電話を切って数秒後、リビングの中にリーナの瞬間移動でレオンとグレルが現れた。
「瞬間移動上手になったね、リーナ」とレオンがリーナの頭を撫でたあと、シュウたちに顔を向けてぱちぱちと瞬きをした。「どうしたの? そんなに密集して…」
「き、気にしないでいいから本日の主役はパーティーを楽しんでくれ、レオ兄。それからグレルおじさんも」
とシュウが言うと、リビングの入り口から向かって右側の3人掛けソファーにグレルが腰掛けた。
その隣にレオンが腰掛け、またその隣にサラが腰掛ける。
リーナは、ガラステーブルを挟んで三つ子と向かい合って座っていたジュリの隣に腰掛けた。
「レオ兄、もっとグレルおじさんの方に詰めて」
と、サラ。
自分の隣にもう1人分のスペースを作る。
(お姉ちゃんはココ、アタシの隣っと…。んで見張ってないとね、親父のとこ行かないように…)
少しして、リン・ランがミラを連れて戻ってきた。
「わあ、すごいご馳走! ありがとう、ママ、お兄ちゃん、カレンちゃん!」
と笑顔になったミラだったが。
リュウとその周りを見て、眉を寄せた。
「どうしてお兄ちゃんたち、パパにくっ付いて座ってるの…? それじゃ私がパパの近くに座れな――」
「まあまあ、お姉ちゃん」
サラがミラの言葉を遮った。
自分の隣に作ったスペースを手でぽんぽんと叩きながら言う。
「お姉ちゃんはココだよ。アタシのとーなーりっ♪」
ミラの手をぐいっと引き、サラが半ば強引にミラを自分の隣に座らせた。
「リン・ランはそこ座ってな」
とサラが空いていた自分の足元――リーナの隣を指すと、リン・ランがそれに従った。
全員が席に着いたところで、いつも通りリュウが口を開く。
今日は緊張した面持ちだ。
「んじゃあ、ミ、ミラとレオン、師匠の誕生日始めんぞ。プ、プレゼント渡せー」
との命令で、皆がミラとレオン、グレルに誕生日プレゼントを渡す。
「全員渡したな? よし、く、食え」
皆が乾杯をして料理を食べ始める。
だが、ミラだけはもらったプレゼントたちに目を落とした。
そしてマナからのプレゼントを手に取る。
隣に座るサラが横目に見つめる中、ミラがそれをわくわくとした様子で開けた。
箱の蓋を開けてまず目に入るのは一枚の紙。
マナの字で祝いのメッセージが書かれてある。
『ミラ姉ちゃん17歳のお誕生日おめでとう』
サラが注目したのはその下に書かれてあるメッセージ。
『約束の「飲ませた相手にこの世一愛されちゃう薬(人間相手用)」を贈ります。今年はいつもより強力に出来上がりました』
ビールを飲んでいたサラは、噴出しそうになりながらリュウの顔を見た。
心の中で叫ぶ。
(や、やばいよ親父ぃぃぃぃぃっ!)
サラの驚愕した表情を見たリュウ。
顔には出さないが、心の中で動揺する。
(オ、オイ、どうしたサラ…!? どんな薬を見たんだ、オイ…!?)
(いつも以上に強力って、やばすぎるよ親父っ! マナの薬、タダでさえ強力だってのにっ!)
(オ、オイ、サラ!? 口に出してくれねえと分からねえよ…!)
(ああああっ、大変だ! こんな薬飲ませたら大変だよ! ママぶち切れるよ! 離婚までは行かなくても家庭内別居が始まっちゃうかも!)
(オ、オ、オ、オイ、サラ!? おまえ顔真っ青だぞ!? 大丈夫か!? な、何を見た!? ど、どんな薬を見た!? な、なあオイ、サラ…!?)
驚愕したサラの顔。
動揺が隠し切れないリュウの瞳。
シュウは2人を交互に見たあと、ビールを飲みながらさりげなく背筋を伸ばした。
首も限界まで伸ばし、ミラの手の中にあるマナからのプレゼントを斜め上から覗き込む。
(――ちょ、待っ…!)
ブハっ!
と、シュウの口からビール噴射。
それが足元に座っていたレナの頭に掛かる。
「うっわあ! なっ、何すんの兄ちゃああああああああああん!」
「ごっ、ごめん、レナっ…!」
シュウは慌ててレナの頭を布巾で拭きつつ、隣のリュウの顔を見た。
(や、やべえよ親父っ…!)
サラに続いて驚愕したシュウの顔を見て、リュウの動揺が増す。
(オ、オイ、シュウどうした…!?)
(やべえ、やべえよ親父っ! 想像してた『飲ませた相手の浮気相手にされちゃう薬』や『飲ませた相手に欲情されちゃう薬』より、もっとやべえよ親父っ!)
(な、ななな、なんだよシュウ…!? 心の中で喋れられたって伝わらねえって…!)
そんなリュウの胸中を察したシュウ。
「てっ、手が滑ったああああああっ!」
とリュウの膝の上にいるキラの黒猫の耳を両手で塞ぎ、リュウの耳元に口を寄せた。
キラを聴力を継いで良く利いてしまうミラの黒猫の耳に聞こえないくらい、小さな声を出す。
「(ミラから薬飲まされたら)家庭内別居の危機っ…!」
「――!?」
シュウに続いてビールを噴出しそうになるリュウ。
恐る恐る斜め向かいに顔を向けた。
そこには、
「うふふ…、ふふふふ。やだぁん、パパってばぁん…(ハート)」
これから起こるだろうことを想像して陶酔しているミラの姿。
リュウと目が合い、ミラがにっこりと笑って立ち上がった。
「パパ、私がお酌するわっ♪」
ミラの左手にしっかりと握られている『飲ませた相手にこの世一愛される薬』の入った小瓶。
それを見たリンクが慌てたように口を開いた。
「いやいやいや! ミラはええから座っててや! 今日の主役やねんからな!」
「そそっ、座っててよお姉ちゃんは!」
とリンクに続いて言い、ミラを座らせようとしたサラだったが。
「サラ、から揚げ食べる?」
と愛するレオンの声が聞こえて振り返った。
「食べるうっ!」
「ハイ、あーん」
「あーん♪」
なんてやっているうちに、ミラはサラの傍らからリュウの背後へ。
(しっ…、しまったあっ!)
とサラがから揚げをあまり噛まないうちに飲み込んでしまうと同時に、サラの向かいのソファーに座ってる一同――シュウとリュウ、カレン、リンク、ミーナの顔が強張った。
(しっ、しまった…!)
今さらになって気付く。
(ソファーの後ろガラ空きっ!!)
と焦ってももう遅い。
ミラがソファーの後ろへと向かい、リュウの首に巻きついた。
「うふふ、パぁパ♪ 私たちもサラとレオ兄に倣ってぇ…」と、リュウの口に薬の入った小瓶を近づけるミラ。「ハイ、あーん♪」
「む?」と、キラが不審そうな顔をしてミラを見た。「それは何だ、ミラ」
「変な薬じゃないわ、ママ♪」
「そう…か……」
まだ不審に思いながらも、ミラを信じて顔を逸らすキラ。
ミラの目は再びリュウへ。
「はい、パぁパ♪ のーんーでっ♪」
「…っ……!」
リュウの体内から冷や汗が滲み出す。
(や、やべえ…! こ、断るんだ俺っ…! なるべくミラが泣かないようにっ…!)
リュウは薬の入った小瓶を持っているミラの手をぎゅっと握ると、無理矢理作った笑顔をミラに向けた。
「わ…、悪いな、ミラ。パパはから揚げを先に食いてえんだ」
「こっちを先にお願い、パぁパ♪」
「…いっ…、いや、そのっ…パ、パパパパパパは、か、から揚げが食いた――」
「パパ」とリュウの声を遮り、ミラが瞳を潤ませる。「私のお願い、聞いてくれないのっ……?」
「うっ…」
やべえ、泣かれる…!
リュウが引きつったとき、リンクがミラの手から薬の入った小瓶を奪った。
「あっ…! か、返して、リンクさんっ」
「あ、あかんわ。リュウ嫌がってるやろ、ミラ」
「そんなことないわっ」
「いっ、嫌がっとんの! リュウは嫌がっとんの! 親友のおれにはよう分かんの! せやからやめえや、ミラ!」
「パパは嫌がってなんかないわ! 娘の私にはよーく分かるんだから! だから返して、リンクさんっ!」
「嫌がっとるったら嫌がっとる! あかんったら、あかん! 大人の言うこと聞きぃやミラ!」
「嫌よっ! 返してったら返してっ!」
ミラとリンクの間で奪い合いになる薬の入った小瓶。
「あかん言うてんのが分からんのかミラ! ええかげんにせんと怒るでおれ!」
「リンクさんこそいい加減にしてほしいわ! それ、私がマナからもらったプレゼントなのよ!?」
「せやから何やねん!? リュウは嫌がっとんやで!? 何で無理矢理飲ませようとすんねん! あかんったら、あかんからな! 絶対あかんからな!」
「もうっ! 返してったら、返してっ! かぁぁえぇぇしぃぃてえぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
興奮したミラにより、リンクの手から強引に奪われた小瓶。
その瞬間、宙に飛び散った中の液体――『飲ませた相手にこの世一愛されちゃう薬』。
「あっ」
零れた…!
と液体を目で追い、顔を上げたリュウ。
その口の中に一滴…。
そしてリュウと同時に、
「げっ」
と声を上げていたシュウ。
その口の中にも、薬が一滴舞い込んだ。
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