第32話 長男の脳内


 7月――季節は梅雨だが、この日は梅雨の中休みで外には陽が射していた。

 双子のリンとランは自宅玄関にわくわくとして立っていた。
 この日のために用意した、色違いのワンピースを着て。

 玄関には、見送りにリュウとミラ、サラが来ていた。

「そーんな可愛いカッコしてどうしたのー?」

 サラが訊くと、リンとランが声をそろえて答えた。

「兄上とお出掛けすしますなのだっ♪」

「そう、良かったね」

 と、ミラとサラは微笑むが。
 その傍らにいるリュウは、本日リン・ランをシュウに独占されてしまうことになって不機嫌だ。

「リン・ラン、父上も今日午後からオフだぜ?」

「ごゆっくりお休みくださいなのだ、父上♪」

「……。おう……」

 リュウ、傷心。

「ご愁傷様、親父」

 サラが短く笑ってから数秒後。
 シュウが2階から降りてきた。

「兄上っ」

 シュウの姿を見たリン・ランの尾っぽが嬉しそうに振られる。

「おっ? 可愛いじゃん、おまえら」リン・ランの頭を撫でてやり、シュウは見送りの家族たちに振り返る。「晩ご飯までには帰ってくるから。んじゃあ、いってきます」

 階段の上から眺めているカレンをちらりと見上げたあと、シュウはリン・ランと共に自宅を後にした。
 リュウが溜め息を吐く。

「リン・ランは何でブラコンなんだ……」

「元気出して、パパ」と、ミラがリュウの首に手を回す。「私がいるわ。私、パパ以外のお嫁さんになんかならないもん♪」

「ミラ……」と、リュウがミラを抱き締め、ミラの頬にキス。「今夜パパと一緒に寝るか」

「――ブハッ!」

 ミラ、鼻から鮮血噴射。
 リュウの腕の中、上半身が後方へとぐにゃりと倒れる。

「もしもし、お姉ちゃん。本当にバカキャラにされるよ」サラはそうミラに声をかけるが、ミラの反応なし。「ちょっと、鼻血吹かせた張本人。びびってないでお姉ちゃんに治癒魔法かけてよ」

「……お、お、おう」

 リュウが仰天しつつミラに治癒魔法をかけてやると、ミラが上半身をむくりと起こした。

「あんもう、パパったら……! 色々想像しちゃったじゃないっ……!」

「お、おう、悪い……」

「えーと、それで?」と、ミラがハンカチで鼻の下の血を拭いながらサラを見た。「お兄ちゃんとリン・ランは、どこにお出掛けするって?」

「うーんと?」

 と、サラが階段の上のカレンに問いかけるように見ると、カレンが階段を降りてきながら答えた。

「えーと、『ネズミー通り』? と、いうところへ行くらしいですわ。どんなところなのかしら?」

「ああ……」

 と、リュウとミラ、サラは声をそろえた。
 猫モンスター大好き『ネズミー通り』ね・・・。
 
 
 
 葉月島葉月町にある『ネズミー通り』には、猫モンスターが好む店がずらりと5kmに渡って並んでいる。
 キラが大好きなところであるが、キラの性格を良く継いだリン・ランも大好きなようであった。
 名前を裏切らないその通りには、ネズミに関する店がたくさんだ。
 ほとんどの店は午前8時には開店するため、朝から猫モンスターやハーフで賑わっている。

 左腕をリンに、右腕をランに引っ張られながら、シュウは『ネズミー通り』を歩いていた。

(オレは別にネズミが好きじゃねーから久しぶりに来たけど……、相変わらず猫モンスターでごちゃごちゃしてんな。どこの店もネズミだらけで、カレン連れて来てたら悪い意味で絶叫してたかも)

 シュウがリン・ランの顔を見ると、他の猫モンスター同様に瞳をきらきらと輝かせていた。
 まだ通りを歩いているだけだというのに、リン・ランがぴょんぴょんと飛び跳ね始める。

「兄上、兄上。楽しいなっ♪」

「兄上、兄上。嬉しいなっ♪」

「そうか、良かったな。ところでおまえたちの目にはネズミが一体どう見えて――」

「兄上、兄上」リン・ランがシュウの言葉を遮る。「ネズミー映画見るのだっ!」

「……おう」

 シュウはリン・ランに引っ張られ、ネズミー映画館に入った。
 他の猫モンスター同様にシュウとリン・ランもビールを買い、ネズミー映画を見る。
 ネズミーの映画を見るときは頑丈なシートベルトを着用。

「……。面白いか、リン・ラン」

 リン・ランが映像に夢中になりながら、頷いて返事をする。
 シュウからすれば、ただネズミが走り回っているその映像のどの辺が面白いのか謎だ。

 シートベルトを着用しなければいけないというところも謎であったが、リン・ランや周りの猫モンスターたちを見れば納得できた。
 今にもスクリーンに向かって飛び出しそうである。

(猫モンスターたち、すげー興奮してんな。カレン連れて来てたら怯えてたかも……)

 3時間に渡りネズミー映画を見終わると、時刻はちょうど昼時。
 シュウはリン・ランにネズミーバーガーショップへと連れて行かれた。
 ネズミ型にくり抜かれた木製テーブルは、正直使いづらい。

「……コラ」と、シュウは苦笑する。「3匹並んで座ったら狭いだろ」

 リン・ランと向き合う形で座ろうと思っていたシュウだったが、両脇にはリン・ランがべったりだ。
 シュウの話を聞いているのか聞いていないのか、リン・ランがフライドポテトネズミ風味をシュウの口へと持って行く。

「はい、兄上♪」

「はい、あーん♪」

「こ、ここでかよっ」

 シュウが周りの目を気にしつつ口を開けてリン・ランに食べさせてもらうと、リン・ランが嬉しそうに笑った。
 そしてまたシュウに食べさせてあげて、きゃっきゃとはしゃぐ。

 はしゃいだリン・ランを見て微笑みつつ、シュウは思う。

(はい、あーん……か。…カ…、カレンにやってみてえな…なんて……)

 リン・ランがにこにこと笑いながら訊く。

「兄上、兄上、おいしいっ?」

「おう、なかなか」

「兄上、兄上、タルタルソースたっぷりネズミバーガーどうぞなのだ♪」

「おう、サンキュ。何コレ食用ネズミ肉?」

「うむ!」

「へえ」

 ぱくりと一口ネズミバーガーを齧ってみたシュウ。

(ん? なんだ、美味いじゃん。これならカレンも食えるかなあ)

 そんなことを考えていたシュウの傍らでは。
 シュウの口元を見たリン・ランがにやりと笑った。

(待ってましたなのだ……!)

 リンとランがシュウの首に巻きついた。

「んもう、兄上ってば」

「ん?」

「口の端にソースついてますなのだ♪」

 シュウの口の端を、リンとランがぺろりと舐める。

「ばっ……! な、舐めるなよ、おまえたちっ……」

 シュウ、赤面。

(一瞬カレンを想像したオレがいるっ……!)

 リン・ランがおかしそうに笑った。

「兄上ってば、真っ赤ですなのだ」

「兄上ってば、可愛いですなのだ」

「……お、おいっ?」

 リン・ランに口の端を舐められ続け、シュウの耳や首まで赤く染まっていく。

(カっ……、カレンを想像してるオレがいる! カレンを想像しまくってるオレがいる! カレンにこんなことされたらオレどーしよ……! どーしよ、どーしよ、どーしちゃう!? どーしちゃうも何もされちゃうよ!? おとなしくされちゃうよオレ!? かっ…帰ったらやってもらおうかなあー……なぁーんて、変態かオレはっっっ!!)

 ゴスッ!!

 とテーブルに自ら頭突きをして興奮を静め、シュウはぎょっとしているリン・ランの顔を見て言う。

「さっさと食って、次に行くぞ」

「はっ…はいですなのだ、兄上っ……」
 
 
 
 シュウと一緒にあちこち店に入って遊んではしゃいで、リン・ランから笑顔が溢れる。
 そんな妹たちを見て、シュウは微笑まずにはいられない。
 可愛い妹の笑顔を見れることは、とても嬉しいことだから。

 でも、シュウの頭からカレンが離れることはなかった。

 ネズミーゲームセンターで猫パンチングマシーンをしているときもクレーンゲームでネズミのぬいぐるみを取っているときも、ファッションビル・ネズミーでリン・ランに服やアクセサリーを選んであげているときも。

 シュウの頭には、常にカレンが思い浮かぶ。

(なーんでオレ、カレンのことばっか考えてるんだろ)

 リン・ランとさんざん遊んだ帰り道、シュウはそんなことを考える。
 でも答えは出ない。
 自分の気持ちに気付かない。

(カレン、今日オレがいなくて何してたかな。サラも仕事だったし。母さんやミラと一緒に家事でもしてたのかな。……あいつ今朝オレの部屋に入ってきて、何時ごろに帰ってくるのか訊いてきたっけ)

 葉月町を出て自宅までの一本道になったとき、シュウは立ち止まった。

「? 兄上?」

 と、顔を覗き込んで来るリンを左腕に、ランを右腕に抱っこする。

「兄ちゃんが家まで抱っこして行ってやろう」

「えっ?」

 とぱちぱちと瞬きをしたあと、リン・ランがはしゃいでシュウの首に巻きついた。
 シュウの歩く速度が速くなる。

(カレン、オレのこと待ってるかな……)

 シュウは自宅へと急いだ。
 
 
 
 シュウとリン・ランが夕刻に帰宅すると、ミラが出迎えてくれた。

「おかえりなさい、お兄ちゃん、リン・ラン。楽しかった?」

「ただいまなのだ、ミラ姉上」と、リン・ランが声をそろえる。「とっても楽しかったですなのだーっ♪」

「そう、良かったわね」

 そう言ってミラは、言葉通りの笑顔を見せるリン・ランに微笑む。

「いっぱい遊んだら、お腹空きましたなのだ」

「もう少しで晩ご飯できるから、キッチンに行ってなさい」

「はいですなのだ、ミラ姉上!」

 と、リン・ランがぱたぱたとキッチンへと駆けて行く。
 リン・ランの姿が見えなくなったあと、ミラはシュウの顔を見た。

「お兄ちゃん、カレンちゃんならお部屋にいると思うわよ?」

 と、教えてやる。
 シュウがカレンのことを気にしているのは分かっていたから。

「おう、そうか。サンキュ」

 ミラの頭にぽんと手を乗せたあと、シュウは2階へと続く緩やかな螺旋階段を駆け上がって行った。
 真っ先にカレンの部屋を覗いてみたが、カレンの姿はなし。

(あれ、どこ行ったんだろ)

 首を傾げながら、とりあえず先に着替えようと自分の部屋に入ったシュウ。

「……コラ」

 と、自分のベッドの方を見て微笑む。
 そこには、カレンが眠っていて。

 シュウがベッドの淵に腰掛けると、カレンがゆっくりと瞼を開けた。

「…ん……?」瞼を擦り、カレンがシュウの顔を見る。「…あ……、おかえりなさい」

「ただいま。なーにオレのベッドで寝てんだ?」

「いつの間にか眠ってしまったのですわ」

 そう言いながら、カレンが身体を起こした。

「なあ、カレン。今日少しでもオレのこと考えた?」

「……愚問ですわね」と、カレンがシュウから顔を逸らす。「あたくしがここで眠っているのを見れば、分かったことじゃなくて?」

「だな、愚問だった」

 そう笑って、シュウはカレンの頭を引き寄せてキスした。
 シュウの顔をじっと見つめ、カレンが訊く。

「あなたは?」

「ん?」

「あなたは、今日あたくしのこと少しでも考えてくれた?」

「朝からずっとおまえのこと考えてた」

「えっ……?」

「何でだろうな。オレの脳内、おまえのことばっかみてえ……」

 再びシュウの唇がカレンの唇に重なった。
 今日のキスはいつもよりも長い。

(このまま舐めてくれねえかなあ……)

 なんてシュウが思ったのは秘密だ。
 
 
 
 
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