第33話 停学


 シュウと出掛けてさんざんはしゃいだ双子のリン・ランは、その日は早くに眠ったようだ。

「これ、父上にお土産ですなのだー」

 そう言ってリビングのソファーでウィスキーを飲んでいたリュウに、ネズミ耳カチューシャをつけてから自分の部屋へと戻っていったリン・ラン。
 リュウの向かいに座っていたシュウが苦笑する。

「どんな強いネズミだよ。それじゃあ猫の方が食われるぜ。可愛くねえ」

「うるせーよ。それよりおまえ、今日どうだったわけ」

「えっ……!?」

 と、赤面するシュウを見て、リュウが眉を寄せる。

「おまえ妹と何してきたの。返答によっては7、800発ほどぶっ飛ばさせねーといけねーんだけど」

「なっ、何もしてねーよっ! 何もっ!」

 と、シュウは慌てて首を横に振る。
 リュウの言葉は冗談にならなくて。

「どっちかといったら、オレされた方だしっ……!」

「何を」

「ソースが付いた、くっ…、口の端をぺろっと……と」

「で? 妹に欲情したのか、おまえ」

「しっ、してねえよっ!!」

「じゃあ何赤くなってんだ」

「え!? えと…、そ、その舐められたときにカレン想像しちゃって……!? ていうか、今日1日ずっとカレンのこと考えちゃって……!? なっ、何でだと思う、親父」

「……。おまえ俺にどう突っ込んでほしいわけ? 拳か? 蹴りか? 魔法か?」

「なっ、何だよそれっ!? 真剣に訊いてんのにっ!!」

「おまえ本気で病院行って来い」

 と、リュウは息子の鈍感さに深く溜め息を吐く。

(何で自分の気持ちに気付かねーかな。とっくに両想いだってのに、待たされてるカレンが哀れだぜ。つーか、さっさとくっ付いてくれねーと俺の1年後の計画が台無しになるじゃねーか)

 最後の一言については、まだリュウの中だけの秘密である。
 そこへ、一階にある大きなバスルームで入浴していたカレンとサラがやってきた。

「うわ」と、サラがリュウを見て目を丸くする。「なんっって、強いネズミ……!」

「おまえら本当兄妹だなあ、同じこと言って」

 そうシュウとサラと見て言ったリュウ。
 頭からネズミ耳カチューシャを外し、カレンを手招きする。

「こっち来い、カレン」

「? はい、リュウさま」

 と、リュウの元へと歩いて行ったカレン。
 カレンの頭にリュウがネズミ耳カチューシャを付け、シュウに向かって言う。

「ほら、そこの黒猫。こんなとこに美味そうなネズミがいるぞ」

「おおっ! 美味そうにゃーーんっ♪」と、シュウが腕を伸ばしてカレンをひょいと抱き上げる。「――って、何やらせんだよ親父っ!」

「おまえノリツッコミ好きだよなー」

「やらせないでくれっ! まったくもうっ……!」口を尖らせていたシュウだが、カレンを膝の上に乗せて笑顔になる。「ああ……、何だよこの可愛いネズミはよ? え?」

 シュウの尾っぽが嬉しそうにソファーの上をぱんぱんと叩く。

(コレでよく自分の気持ちに気付かないな)

 と、尊敬の眼差しでシュウを見るサラ。
 そのあとリュウと顔を見合わせて、一緒に溜め息を吐いた。

(でもまあ、この調子じゃそう遅くないうちにカレンとくっ付くさね。リン・ランも今日で元気取り戻したし、我が家はしばらく平和☆ ってかー?)
 
 
 
 それから3日後のこと。

(我が家はしばらく平和☆ じゃ、ネェー……)

 レオンと共に仕事の移動中、携帯電話に出たサラの顔が引きつる。
 その電話の相手は三つ子の真ん中の子――マナだった。
 ジュリ以外は皆変わっている家族であるが、その中でもマナが一番と言っても過言ではない。

 いつも無表情で寡黙、神色自若としているマナ。
 家族ですら、ときどき考えていることが分からない。

 サラは足を止めて訊いた。

「ねぇマナ、もう1回言ってくんない?」

「停学になった…」

「な、何で?」

「ユナが泣かせられてたから…」

「すぐ泣くからね、ユナは」

「泣かせてた男子に隕石落としたら怪我して…」

「せめて岩にしなよ、あんた」

「そこを先生に見つかって…」

「見つからないとこでやりなよ」

「サラ姉ちゃんが一番理解あると思って電話した…」

「まあアタシだったら瀕死になるまでボッコボコに――って、いやいやいやいや! アタシそんなことしないって! いや本当マジで!」

 灰色の耳を傾けて隣で話を聞いていたレオンは苦笑し、サラから携帯電話を取った。

「もしもし、マナ?」

「レオ兄…」

「今どこから電話かけてるの?」

「生活指導室…」

「一匹で?」

「うん…。先生は家に電話してるみたいだけど、出ないみたいで…」

 今は午後2時過ぎ。
 キラやミラ、ジュリは買い物にでも行っているのだろうと、レオンは察した。

「じゃあこれから僕とサラで迎えに行くから、先生に言っておいて」

「はい…」

 レオンはマナとの電話を切ると、苦笑しながらサラを見た。

「これはちょっとマズイかもね、サラ」

「ちょっとどころじゃないよ、レオ兄。親父やママも怒るだろうけど、兄貴ブチ切れるって絶対。だからマナは、アタシにフォローしてほしくて電話してきたんだろうけど…」

「とりあえずマナを迎えに行こうか。……リュウとキラに電話しながら」

 サラは承諾して、レオンと共に魔法学校へ向かった。
 
 
 
「て……?」

 自宅リビングの中、仕事から帰宅したシュウの眉が寄り、

「て…て…て……!?」

 目が見開いて行き、

「てててててて……!」

 顔が驚愕し、

「てっ、停学うううううううううううううううううううううっっっ!?」

 屋敷中にその声が響き渡っていった。

「まあ、落ち着け」

 と、声をそろえたのは、リビングにいたリュウとキラ、サラだ。

「おっ、落ち着けねえっ!! おいっ、マナは!? マナはどこ行った!? 部屋か!?」

「落ち着きなって、兄貴。どういうわけか話すから。ほら、ここ座って」

 と、サラが自分の隣をぽんぽんと手で叩いた。
 落ち着いた様子なく、シュウがそこに座る。

「で!? どういうわけだ!? 停学って何したんだよ!?」

「まあ、簡単に言えば暴力なんだけど」

「ぼっ、暴力だとぅ!?」

「でも相手の男の子も悪いんだよ。ユナを泣かせてたらしくってさ、それでマナが怒って隕石落としたっていう……」

「でも、相手の子に怪我させちまったんだろ!?」

「相手の男の子なら治癒魔法で怪我は治ったし、それにさっき親父とママがマナと一緒に頭下げに行ってもう落ち着いたから」

「――」

 シュウはリュウとキラを見た。
 よく見たら、ついさっきまで出掛けていたというような畏まった服装をしている。

 謝罪に頭を下げているリュウとキラを想像した途端、シュウの目に涙が浮かんできた。
 落ち着けと言われても無理だった。

 リビングを出て、階段を駆け上がる。

「ちょっと、兄貴っ!! マナだって反省してるよっ!! 兄貴っ!!」

 サラが慌ててシュウを追う。
 シュウが三つ子の部屋のドアノブを握ると、鍵が閉められていた。
 どんどんとドアを叩き、シュウは怒鳴る。

「おい、開けろ!! マナ!! 開けろ!!」

 返ってきた声は、ユナとレナの声だった。
 ユナ、レナと交互に必死になって言う。

「にっ、兄ちゃん落ち着いてよっ!!」

「そうだよ、兄ちゃんっ!!」

「マナはあたしのために怒ってくれただけなんだからっ!!」

「それにもう、マナだって反省してるんだからっ!!」

 完全に頭に血が上ってしまっているシュウの耳には、ユナとレナの必死な声はまったく届いていない。

「おいっ!! 開けろったら開けろっ!! 開けやがれっ!! おい、マナ!! おまえ親父と母さんに頭下げさせたんだからな!! 分かってんのか!?」

「ああもうっ、兄貴っ!!」サラがシュウの身体を背後から押さえつける。「マナだって、もう反省してるってば!! もういいよ、何も言わなくて!!」

「おまえのせいで親父と母さんの名が穢れたんだぞ!! ユナやレナ、リン・ランだって、学校でどんな目で見られるかっ……!! おい、マナ!! 聞いてんのかおまえっ!!」

 マナの返事は返ってこない。

「あああああ、もう……!! 兄ちゃんはそんな妹なんかいらんっ!! 出て行けっ!!」

「ちょっ……!?」サラ、驚愕。「なっ、何様だよ兄貴っ!! 親父やママが言うならまだ分かるけど、兄貴が言う台詞じゃないじゃんソレ!!」

「うるせえっ!! きっとマナは他所の子だ! オレはマナみてーな子を産んだ記憶はねえっ!!」

「あったらスゴいし」

「……」

「ぷ、赤くなってやんの」

「……うっ、うっ、うるせえっ!! 出て行けったら、出て行けっ!! 出て行けええええええええええええっ!!!」

「あっ、マナっ……!? マナっ!!」

 と、三つ子の部屋からユナとレナの狼狽した声。
 そのあと、すぐに三つ子の部屋の鍵が開いた。

 シュウよりも先に、ユナとレナがドアを開ける。

「ユナ、レナ――」

「兄ちゃんのっ」ユナとレナがシュウの言葉を遮った。「バカァァァァァァァァァァァァ!!!」

 サラが瞬時にシュウの背後から避けると、ユナの炎魔法とレナの光魔法がシュウ目掛けて放たれた。
 咄嗟に両腕で防御し、シュウは驚愕してユナとレナの顔を見る。

「んなっ、何すんだよっ!?」

「こっちの台詞!!」と、ユナとレナが声をあげる。「マナ、本当に出て行っちゃったじゃん!!」

「――はっ!?」

 サラが慌てて三つ子の部屋の中を覗くと、部屋のカーテンが風でひらひらと揺れていた。
 
 
 
 
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