第25話 居候
自宅玄関先。
シュウは、母・キラと妹のミラ、サラ、そしてカレンと共に、父・リュウの言葉に耳を傾けた。
「いいか。それは……」と、リュウがカレンを見る。「カレン、おまえうちに居候する?」
「居候っ?」
話を聞いていた一同は声をそろえた。
「なっ、何言い出すんだよ、親父っ!?」
と、困惑したシュウとは裏腹に、サラが張り切って賛成した。
「それ、イイ! そうしようよ! 部屋もいっぱい余ってることだし!」
「たしかに良い考えだな」うんうんと、キラが頷いて賛成した。「ちゃんとカレンを家の中まで送ったところで、安全とは言い切れないからな。うちに来た方がずっと安全だぞ」
「そうよね、そうした方がいいと思うわ」と、ミラも賛成へ。「実際、師のお家に居候するお弟子さんてたくさんいるし。お兄ちゃんと一緒に外へ出て行って、お兄ちゃんと一緒にうちへ帰ってくるなら安心よ」
「そっ、そりゃ母さんたちの言うことは分かるけどっ……!」と、シュウは戸惑いながらカレンを見た。「おまえは困るだろ? カレン」
「あっ…あたくしはっ…そのっ……」と、シュウの顔を見たカレンの頬が染まる。「みっ…皆さまが賛成してくださるのなら、嬉しいのですわっ……!」
「え!? 何!? おまえいいの!? 他人の家だぞ!? 嫌じゃねーのっ!?」
「ま、まったく嫌ではありませんわっ…! あたくし、自分のお家よりここにいる方が好きですもの。……シュウは嫌なのかしら?」
「オレは構わねえけどっ……」
「じゃーいーじゃん、兄貴」と、サラ。「なーに、ブラコンのリン・ランは話せば分かってくれる子たちだから大丈夫だって。三つ子も賛成するだろうし、素直なジュリは反対なんかしないでしょ。決定ね、カレンの居候」
「おっ、おまえあっさり言うなよ! カレンの親御さんが許してくれるわけねーだろ!?」
「俺が説得してやるよ」と、リュウ。「いつもの1泊や2泊の外泊じゃねーから、そう簡単にはいかねーだろうけど。……まあ、俺に任せろ」
「で、でも、もし居候の許可出たとしても、弟子は1年間なんだぞ? 1年後にはカレンは実家に戻るってことだろ? また同じこと起きるんじゃ……」
「1年後のことは、すでに俺の頭の中に計画してある」
「何だよ?」
「そのときが来たらまた俺の口から言ってやるよ」そう言い、リュウが欠伸をしてキラを左腕に抱っこした。「今日はもう遅いから寝る……キラとやることやってから。おやすみ」
と、リュウがキラを連れて夫婦の寝室へと向かって行き、それに続いてミラも自分の部屋へと戻っていく。
「んじゃ、カレンもアタシの部屋で――」まで言って、サラは言い直す。「いや、今日もカレンは兄貴と寝なね。まだちょっと怖いでしょ? んじゃ、おやすみー」
と、サラも自分の部屋へと向かう。
立ち膝になってカレンと身体を向き合わせていたシュウは、カレンの顔を見た。
「えーと……。おまえもう風呂入ったんだよな?」
「え、ええ。いいお湯でしたわ」
「そうか。んじゃあ、オレはシャワー浴びるから先に寝てろ……オレのベッドで。っていうか、おまえまだ怖いの?」
そんなシュウの質問に数秒戸惑ったあと、カレンは答えた。
「こ……怖いのですわっ」
「じゃあ、オレの部屋でいいんだな?」
「もちろんですわっ……」
「ん」シュウは立ち上がり、カレンの頭にぽんと手を乗せた。「……でもまあ、おまえが怖くないって言っても、オレと一緒に寝かせてただろうな」
「えっ?」
それは何故?
カレンが口に出して訊く前に、シュウはカレンの手を引いて、自分の部屋へと続く緩やかな階段を上っていった。
シュウの部屋。
ベッドの枕元の電気だけが付いている。
(さっきのシュウの言葉って、どういう意味だったのかしら……)
シュウのベッドの中で、カレンはそんなことを考える。
(あたくしが怖くないって言っても、あたくしをあなたと一緒に寝かせてたって? それはどうして……?)
カレンの胸がどきどきと鼓動をあげる。
(……まあ、期待しない方がよろしいわよね)
カレンは苦笑した。
少しして、シュウが自分の部屋に備え付けてあるバスルームから出てくる。
まだ眠らずに、じっと見つめてきているカレンの顔を見る。
「あれ、まだ寝てなかったのか。どうした、怖いのか?」
「……怖いわ、とても」
カレンは少し嘘を吐いた。
もう怖くないとは言えないけれど、とても怖いわけではない。
昨夜みたいに、シュウの腕に抱き締められて眠りたかった。
だから少し嘘を吐いた。
シュウがカレンのところへとやって来て、ベッドに入る。
自然とカレンに腕枕を貸すのは、普段妹たちにそうしてやっているからなのだろう。
きっと、ブラコンの双子・リンとランあたりに。
「……ねえ、シュウ。訊いてもよろしいかしら」
「おう?」
「さっき、あたくしが怖くないって答えていても、あなたと一緒に寝かせようと思ったのは何故?」
「ああ、そのことか」と、シュウが腕枕を貸していない方の手――右手で、カレンの頭の頭を撫でた。「おまえが怖くないって言っても、オレが怖かったんだよ。不安っていうかさ……、うちにいれば安全なのは分かってるけど、またおまえが襲われちまう気がして」
「何故?」
「え?」
「あたくしが襲われたら、怖いと思うのは何故かしら?」
「うーん……、あれだろうな。やっぱりおまえは妹に似た感じがするからっていうか」
「……」
本当期待しない方がよろしいわよね、この男。
シュウの顔を見つめ、カレンは深く溜め息を吐く。
シュウが眉を寄せた。
「何だよ? 溜め息吐いて」
「なんでもありませんわ」カレンはそう言って、シュウから突っ込まれる前に続けた。「もう寝ましょ」
シュウがじっとカレンの顔を見つめる。
「……な、何かしら?」
「寝る前に、ちょっといいか」
「え?」
「オレ実は、おまえとすげーしたかったことがあるんだけど」と、シュウが顔をカレンに近づけてくる。「い……、いい?」
「えっ……?」
こ、こ、これは……!
キ、キス!?
カレンの頬が染まる。
そうよね、これはキスよね!?
間違いないわよね!?
甘いキスよね!?
優しい口づけよね!?
夢の接吻よね!?
情熱のベーゼよね!?
ど、どうしましょう!
急なことにドキドキしてしまうのですわっ!
動揺しているカレンを見て、シュウの顔が元気を無くす。
「……わり、嫌だよな」
「いっ、いいえっ!?」カレンは慌てて首を横に振った。「嫌じゃなくってよっ!?」
「えっ?」と、シュウが期待に瞳を輝かせる。「じゃあ、していいのか?」
「え、ええっ」
「おおっ、サンキュっ……!」
ヘイ、カモオォォォォォォン!
ですのよおおおおおおっ!!
カレンはぎゅっと瞼を閉じた。
どきどきとしながらシュウのキスを待つ。
――が。
スリ……
「へ?」
カレンは眉を寄せて瞼を開けた。
スリスリスリ……
「ちょ、ちょっ……!?」
スリスリスリスリ……
あたくしとしたかったことって、キスじゃなくて……!?
カレン、愕然。
ほっ、頬ずりでございますのことおおおおおおおおおおお!?
スリスリスリスリスリスリ!
「おおおおおっ!」と、シュウが歓喜の声をあげる。「何だコレ何だコレエェェェェ!」
「ちょ、ちょっとシュウ!?」
「スゲエェェ! なんって気持ちいい奴なんだよ、おまえはよ? え?」
「やっ、やめ……!」
「おおおおっ、たまんねえぇぇぇええぇぇぇえぇぇぇぇっ!!」
3分後。
ようやくカレンはシュウの頬ずり攻撃から解放された。
「あー満足した」
すっかりご満悦のシュウ。
不機嫌そうなカレンの顔を見て、ぱちぱちと瞬きをした。
「? 何だよ」
「期待外れなのですわ。そりゃっ…、頬ずりも嫌ではないけれどっ……」
「期待って、何してたんだよ」
「何でもないのですわっ」
シュウの頬を小さな手でぺちんと叩き、カレンが枕元の電気を消した。
さも不機嫌そうに背を向けたカレンを、シュウが抱き締める。
「おやすみ」と、シュウが欠伸をした。「オレが寝てる間にどっか行くんじゃねーぞ」
「行くかもねっ! もう大して怖くありませんしっ!」
「オレが怖いからダメー……」
もう半分眠っているような声で言ったシュウ。
数秒後には、規則正しい寝息がカレンの耳に聞こえてきた。
「あと少ししたらベッドから抜け出てやるのですわっ……!」
そう言った10分後。
カレンは身体の向きを変えて、シュウの胸にしがみ付いて眠っていた。
翌日。
シュウはカレンと共に、カレン宅のカレンの部屋にいた。
リュウからの『今日はカレンの引越しの準備してろ』との命令で、カレンの部屋の物をダンボールに詰めている。
(これでカレンの親御さんに居候の話を拒否されたらどうすんだよ、親父……)
そう思ってシュウは苦笑してしまう。
一方のカレンは偉くうきうきとした様子だ。
「リュウさまからのお電話、いつ頃あるのかしら? 夕方までにはあたくしのおじい様から居候の許可をいただいてきてくださるわよねっ?」
カレンの居候の件に関して、シュウの家族からは賛成をもらっている。
朝起きるなりリュウからその件について話され一瞬戸惑っていたリン・ランも、今朝家を出て行く前にはカレンの身を案じて賛成してくれた。
よって、あとはカレンの親御さんの許可だけなのだが。
「おまえ、親御さんから居候の許可もらえる気満々だね」
「あら、もらえるでしょう? あたくしが先ほどおじい様に話したときは、とりあえす反対されたけれど。でも大丈夫ですわ。なんたって、説得してくださるのはリュウさまだもの!」
「そうだけどよ……。期待しないで待てよ」
「期待するわ! 期待して大丈夫なのですわ、リュウさまだもの。誰かさんじゃなくて、リュウさまだもの。誰かさんみたいに、期待外れにはしないのですわ!」
「……その誰かさんって、もしかしてオレか」
「もしかしなくてもあなたですわっ」
「ああもう……」シュウは溜め息を吐いた。「悪かったよ。昨日おまえがオレに何期待したのか知らねーけど、期待外れにして悪かったよ」
「まったくなのですわっ」
「んで? その期待してたこと言ってみろ。してやるから」
「……いっ、今さら恥ずかしいのですわっ」
「恥ずかしいことなのか」
「うっ、うるさいのですわあああああああっ!」
「何怒って――フギャアァ!! 尾っぽを引っ張るなって言ってんだろうがよ!?」
「うるさいのよ鈍感男っ! 尾っぽ結んでやるのですわっ!!」
「てっ、てめっ、止めろ! こんのっ……、頬肉噛み千切んぞゴルアァァァァァ!!」
荷物をまとめるのを忘れ、シュウとカレンが騒ぎ出してから10分後。
シュウの携帯電話が鳴った。
ぴたりと喧嘩が止まる。
「リュウさまっ?」
「ああ。まさか、もうカレンの親御さん説得できたっていうんじゃ……。いや、まさかな。まだ午前中だし」
シュウはリュウからの電話に出た。
「もしもし、親父?」
「おう。そろそろそっちに引越し屋着くぞ」
「……ま、待て親父。カレンの親御さんの説得は?」
「終わった。んじゃ、俺仕事だから」
そう言うなり、リュウが電話を切る。
「……えーと」
シュウが眉を寄せながらカレンの顔を見ると、カレンが期待にきらきらと瞳を輝かせていた。
「どうっ? どうでしたのっ?」
「信じがたいことに……」
「うん?」
「…その、まさかだったみてえ……」
カレンが歓喜に黄色い声をあげて、シュウの首に飛びついた。
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