第24話 涙の理由


 深夜までかかった仕事をようやく終え、屋敷へと帰宅したシュウ。
 屋敷の前、深夜だというのに家族ほぼ全員が玄関の前に立っていた。
 今までどこかへと出掛けていたというような雰囲気で。

 母・キラや妹たちが固まって何かを見ていた。
 何かとシュウが声を掛けたら、女たちは大慌てでシュウから見ていたものを隠した。

 女たちの間から、ひらりひらりとシュウの足元へ落ちてきた一枚の写真。
 シュウは、それを誰よりも先に手に取った。

   キラや妹たちの手に届かぬよう、それを高く天へと掲げた。
 顔を上げたシュウの瞳に映る。

 カレンの写真――顔を除いた身体中が傷だらけになったカレンの写真。
 キラの夜目が利くところを受け継いだシュウの瞳には、たしかにはっきりと映った。

「――なん…だよ、これ……!」

 シュウの手から、シュウよりも3cmほど身長の高いリュウが写真を奪い取る。
 シュウが自分とそっくりなリュウの顔に目をやると、リュウが何食わぬ顔をして言った。

「シュウ、おまえは幻を見た」

「な……何言ってんだよ、親父」

 シュウの頭は衝撃を受けて混乱していたが、この目ではっきりと見たのだ。
 ぼろぼろになり、恐怖に満ちた顔で泣いているカレンの姿を。

「よっ……、寄こせよ、その写真っ! どうなってんだよ!? どういうことだよ!? カレンがっ…、たしかにカレンがっ……!」

「落ち着け、シュウ」

「落ち着けねえよ、親父っ! なあっ、どういうことだよ!? なっ…なんだよ、そのカレンはっ……!? どっ、どういうことなんだよ……!?」

「まっ、幻だって言ってんでしょっ!」

 そう言ってサラがリュウの手からカレンの写真を取り、屋敷の中へと入って行った。
 キラや妹たちも、シュウとは目を合わせようとはせずに屋敷の中へと入って行く。

(おい、待ってくれ……!)

 シュウは頭の中の混乱が治まらないまま、母と妹たちの背を追った。

(カレンだ……! たしかにそれは、カレンだった……!)

 シュウがサラの手を引っ掴もうとしたとき、カレンがミラと共に駆けて来た。

「おかえりなさいっ……! どうでし――」

 シュウの姿が視界に入り、カレンがはっとして言葉を切る。
 カレンの傍らにいたミラが狼狽したように声をあげた。

「おっ、お兄ちゃんっ……? もっ……、もうお仕事終わったのっ?」

「ああ。オレ、思ったよりも成長してるみたいで。それより、何事もなかったわけじゃないよな……?」

「なっ、何がっ? 何もないわ、お兄ちゃんっ……!」

 このシュウに、さっきから必死に何かを隠そうしている家族の様子。

 シュウを見つめる、カレンの動揺した瞳。
 シュウの瞳をじっと見つめていられず、カレンが俯く。

「…カ…カレンっ……?」

 シュウが手を引いても、シュウの顔を見ようとしないカレン。
 俯いたまま、恐る恐る訊く。

「…み……見たの?」

「……見た」

 衝撃が走り、シュウに握られているカレンの手がぴくんと動く。

「な、なあ、カレン。は……、話してくれるよな?」

「もう終わったことだよ!」

 サラがシュウとカレンの間に割り込んだ。
 カレンを背に隠すようにして、サラはシュウを睨みつける。

「もう全部終わったこと! 今さら訊くな、うるさい!」

「うるせえのはおまえだ! 何でオレにだけ黙ってんだよ!? オレに見つからねえようにこそこそして、どこ行って何してたんだよ!?」

「あっ、兄上っ!」リンが口を挟んだ。「ごめんなさいなのだ! でもっ、兄上には関係のないことですなのだ!」

「そうなのだ!」ランが続く。「兄上には、まったく関係のないことですなのだ!」

 シュウは、リン・ランに顔を向けた。
 その腕に大切そうに抱えている物に目を落とす。

「リン・ラン、それ貸してみろ」

「あっ!」

 シュウに腕の中の物を奪われ、リンとランは狼狽した。
 それは、犯人からもらってきた『シュウの隠し撮り写真集』で。

「オレの写真……? 隠し撮り……?」シュウは眉を寄せる。「……ン、ラン。これをどこの誰からもらってきた」

 リン、ランが必死に首を横に振る。

「ちっ、違いますなのだ兄上!」

「もっ、もらってきてなんかいませんですなのだ兄上!」

「嘘を吐くな、リン、ラン。本当のことを言え」

「嘘じゃな――」

「言え!!」

 シュウに怒鳴られ、リンとランが泣き出す。

「ふっ……、ふにゃああああああん!」

「妹泣かせてんじゃねーよ、バカが」リュウがシュウにそう言ったあと、リンとランの頭を撫でた。「おまえらは部屋に戻ってもう寝てろ。ユナ・マナ・レナも。明日も学校だろ」

 リン・ランとユナ・マナ・レナが、承諾して2階の自分たちの部屋へと入って行った。

 シュウがリュウの顔を見て訊く。

「オレが関わってんだろ?」

 リュウは溜め息を吐いた。

「ああ、そうだよ」

「親父っ……!」サラが慌てて口を挟んだ。「なっ、何言う気!?」

「下がってろ、サラ。このバカうるさくて仕方ねえ。こうなったら話すまで纏わり付いてきやがるぜ」

「それもそうだな」と、キラが小さく溜め息を吐く。「だが、シュウ。良いか? 決して自分を責めるな」

「母さん……」

「良いな?」

 強い声で言ったキラ。
 シュウが戸惑いながら頷いたのを確認したあと、リュウの顔を見た。

 そしてリュウが話を続ける。

「そうだよ、シュウ。おまえが関わってんの。カレンな、おまえのファンに集団リンチされたんだぜ?」

「えっ……?」シュウに衝撃が走る。「…オレの…ファン……!?」

「おまえ、カレンを家まで送ってるんだよな」

「あ、ああ。送ってるよ、ちゃんと送ってる。そ、それなのに何で…、いつ……!?」

「カレンがちゃんと家に入るの確認してるか」

「――」

 していなかった。
 カレンを家の前まで送って、すぐにその場から去っていた。

 シュウの表情を見て、リュウは溜め息を吐いた。
 拳でシュウの顔を殴り飛ばす。

「バカが。カレンがリンチされたのはおまえのせいだ、シュウ」

 シュウに自分を責めろと言わんばかりのリュウの台詞に、キラは苦笑する。

 吹っ飛ばされ、壁に背を打ち付けたシュウ。
 身体の痛み云々より、胸の中が苦しかった。
 カレンの顔を見て、身体が震えそうになる。

「…オ…オレのせいで……」

「――」

 カレンの胸が痛んだ。

 お願い、シュウ。
 言わないで。

「オレがカレンの師匠なんてやってるから……」

 言わないで。
 聞きたくないの。

「ご、ごめんなカレン……。でも、もう危ない目に合わねえからっ……」

 言わないで、シュウ。
 言わないで。
 その言葉を聞くのが怖い。
 言わないで――

「オレ……、オレ、カレンの師匠を辞め――」

「言わないで!!」

 カレンが泣き叫んだ次の瞬間。

 リュウとサラがシュウの前に並んだ。
 全身を回転させながら片足で飛び上がる。

 ピョーン……

 と浮いた二人の身体。

(え)

 とシュウがきょとんとした次の瞬間、

 ドカッ!!!

「――!!?」

 顔面の左側にリュウの足を、顔面の右側にサラの足を食らい、どちらの方向にも飛ばされなかったシュウの身体。
 シュウはあまりの打撃に声を発することなく床の上に倒れこんだ。

「あ」と、リュウとサラがぱちぱちと瞬きをする。「やべ」

「見事だったぞーっ」と、キラが感心したように声を高くした。「さすが親子だぞーっ。見事に息の合った旋風脚だったぞーっ」

「ねえ、ママ」

「なんだ、ミラ?」

「お兄ちゃん動かないけど大丈夫かな」

「おおっ、やばいぞリュウ! シュウが死んでるから早く治癒魔法を!」

「死んでたら治癒魔法かけても意味ねえよ?」そうキラに言ったあと、リュウはサラを見た。「駄目じゃん、おまえ」

「駄目じゃん、親父」と、サラが溜め息を吐く。「蹴る方向は同じにしてやんないと」

「飛ばされなかった分、もろに衝撃食らったよなー」

「……あ、あの、リュウさま」カレンは口を挟んだ。「本当に死ぬ前に、早く魔法をかけてあげた方がよろしいのでは?」

「だな」

 ようやくリュウに治癒魔法を掛けてもらったシュウ。
 がばっと飛び上がり、リュウとサラを交互に指差して喚く。

「おっ……、オレを殺す気か!? いっ、今本気で天使がオレを迎えに来てたぜ!?」

「ぷ、天使だって」

「ハっ……、ハモって嘲笑すんなあああああああああっ!!」

 リュウ、サラと向き合い、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出すシュウ。
 ミラが溜め息を吐いて口を挟んだ。

「ねー、お兄ちゃん。喧嘩はあとにしたら? 女の子泣かせておいて……」

「え?」

 シュウは振り返った。
 カレンの瞳からぽろぽろと涙が零れている。

「――カ、カレンっ!?」

 シュウはぎょっとし、カレンの前に立ち膝になって顔を覗き込んだ。
 カレンの両肩を握り、小さい子に話しかけるようにして訊く。

「どっ、どうかしたのかっ? カレンっ? もう大丈夫だぞっ? オレの弟子さえ辞めれば――」

「ねえ、親父。次はドロップキックにしない?」

「おう、サラ。両側から勢いつけて食らわせてやろうぜ」

「ふっ、ふざけんなっ!!」シュウはサラとリュウに顔を向けた。「オレのこと本気で殺す気か!?」

「バカは死ななきゃ治らないって言うし、殺してみるのもいいかもね」と、サラ。「兄貴見てると、アタシときどき本気で苛々するわ」

「なっ、何だよそれ」

「この、鈍感男が。カレンが泣いてる理由が、まーーーったく分かってない。カレンは兄貴の弟子辞めたくないってことが、何で分からないわけ?」

「え?」

 シュウは再びカレンに顔を向けた。
 カレンの顔を覗き込む。

「……そうなのか、カレン?」

 カレンが泣きじゃくりながら言う。

「言わないでっ……! 師を辞めるなんて、言わないで! あたくしっ……あたくし、あなたの弟子をやっていたいのですわっ……!」

「――…そう……だったのか」

 そうだと分かったら分かったで、シュウは困惑した。
 カレンがそう言うなら、カレンの師を続けてやりたい。
 でも、そうしたらまたカレンが同じ目に合ってしまうかもしれない。

 シュウの様子を見たリュウが口を開く。

「なあ、シュウ。カレンがおまえの弟子でも安全な方法がないわけでもねえんだが」

「な、何? 教えてくれよ、親父っ……」

「これはおまえとカレン、それからうちの家族の同意、カレンの親御さんの許可が必要になる」

「お、おう?」

「いいか。それは……――」

 今この場にいる者皆が、リュウの言葉に耳を傾けた。
 
 
 
 
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