第18話 ダブルデート 中編


 ――葉月島最大の葉月動物園にて。
 只今、シュウとカレン、サラとレオンのダブルデート中。

 これから猛獣ゾーンに入ろうかとき、シュウはカレンの耳元に口を近づけた。
 前方を歩くサラの背を見ながら小声で言う。

  「トラやライオンのところで、面白いものが見れるぜ」

「面白いもの?」

 カレンはシュウの目線を追い、サラを見つめた。

 トラゾーンのところで立ち止まったサラ。
 トラたちがビクッとしてサラを見つめる。
 サラが無言の圧力をトラたちに投げかけて数秒後。

 トラたちが突然愛想を振りまくように寝転がり、腹を見せ出す。

「まあ」と、カレンは目を丸くした。「なんて可愛らしいのかしら! 怖いお顔していてもやっぱり猫ちゃんね! すごいわ、サラ!」

「だろ? トラにボスだと認めさせた図だ。ちなみにうちの母さんが通りすがったら、トラは大慌てで腹を見せるぜ。母さんは猫友達とか言うけど、トラの方は絶対怯えてるだけだよな」

「ま、まあ! キラさんたら、あんなにお美しいのにすごいのねえっ」

「母さんも異常に強いからな。最強を謳われるブラックキャットの中でもダントツ。葉月町の中央にある母さんの銅像がそれを物語ってるけどさ」

 葉月町の中央にあるキラの銅像。
 キラが英雄だという証。
 カレンも知っている。
 キラはその力で世界を破滅から救ったのだと、祖父や両親から聞かされていたから。

 シュウが続ける。

「ブラックキャットっていうのは破滅の呪文っていう、すげー強い魔法持っててさ。オレたちが産まれる前、母さんが親父やレオ兄たちを守るために使ったんだって」

「まあ……! 何と格好良い女性かしら! 素敵だわ!」

「どうやら一度使ったら使えないらしくて、母さんはもう破滅の呪文持ってないけど……。それでも強いぜ、あの黒猫は。親父もバケモノ並だし、なんって最強夫婦なんだ……」

 苦笑したシュウの顔を、カレンが覗き込んだ。

「どちらの血を引くあなたも、最強になれるってことよねえ?」

「オレ? どうかな。オレの目標は親父を超えることだけど、まだまだ追いつけねえや」

「……ね、ねえ?」

「ん?」

「あたくし、弟子としてやっぱり足手まといかしらっ?」シュウの返事を待たずに、カレンが続ける。「訊くまでもなく、足手まといよねっ……! だ、だからあたくしも、ちゃんとハンターとして働こうと思うのだけれどっ……!」

「え……」と、シュウはぱちぱちと瞬きをした。「つまりおまえも武器を持って戦ったりするってことか?」

「ええ」

 シュウが苦笑する。

「そりゃありがたいけどさ、おまえには向いてねえから止めとけよ。走れるような服装して、オレの仕事中にちょろちょろしないでくれれば大分助かるから」

「でも、あたくしっ……!」

 もっとあなたの役に立ちたい。

 と、カレンは心の中で続けた。
 必死なカレンの頭に、シュウの手が乗る。

「いいからよ、戦わなくて」

「……あたくし、役立たずなのですわ」

 しょげ返ったカレン。
 シュウが笑った。

「役に立ってるって、このへんが」と、カレンの頬を指で突く。「あー、気持ちいい。なあオイ、何だよコレはよ? 癒されるぜ、まったく」

「ちょっ、やっ、やめてっ……!」

「ダイエットなんかすんじゃねーぞ?」

「やっ、やめなさいってば! ちょっ……! もおおおおおおおおお!!」

 カレンが顔を真っ赤にし、シュウの胸をぽかぽかと殴り始める。
 離れたところにいたサラが呼ぶ。

「ちょっとー、そこのお2人さん。ジャレてないでグレルおじさん見に行くよー」

 レオンが笑った。
 グレルを見に行く=クマを見に行く、である。

 手擦りに手をかけてクマを見下ろしながら、カレンが目を丸くする。

「まあ、こうして改めて見ると、本当にグレルさんみたいねえ」

「だよねー」サラが同意する。「紛れてたら一瞬分かんないよね」

 そんな会話を聞いて、グレルのペットであるレオンはおかしそうに笑っている。
 カレンとサラが次のゾーンへと向かう中、シュウはふと思い出したことをレオンに訊いてみる。

「なあ、レオ兄。いつだったか親父が言ってたんだけどさ、野生のレオ兄をグレルおじさんが引きずって家まで連れて帰った挙句、レオ兄をペットにしたって本当?」

「本当……」と、レオンが苦笑した。「当時の僕は14歳だったんだけど、まるでグレルの怪力に敵わなくてね。グレルは僕がおとなしく着いて来たと思ってるけど、僕は必死に逃げようとしてたんだよ」

「へ、へえ。でも、ちゃんとグレルおじさんのペットになったんだ」

「うん。当時の僕は、本当に素直になれなくて」と、レオンが当時を思い出しているかのように懐かしそうに微笑んだ。「ミックスキャットの僕は、ブラックキャットからもホワイトキャットからも疎まれる存在で、ちょっと捻くれてたんだよね。ホワイトキャットもブラックキャットも信用できないのに、人間のグレルはもっと信用できなかった。でも、グレルは本当に優しくてね……」

 本来ホワイトキャットとブラックキャットは犬猿の仲。
 その間に生まれたミックスキャットは、どちらからも疎まれるものだった。

 シュウはぱちぱちと瞬きをした。

「レオ兄が捻くれてたって、想像つかねーなあ」

「本当、捻くれてたんだよ?」そう言ってレオンが笑う。「グレルの仕事上、グレルはたくさんの猫モンスターを構うでしょう?」

「猫モンスター雑誌の編集者だしな」

「うん。当時の僕はさ、それが許せなくて。まあ、ヤキモチだよね。グレルが他の猫モンスターの撮影に行くたびに、僕はそこへ駆けつけて問題を起こすような子だったんだよ。そうすれば、グレルの気を引けるから」

「問題って?」

「リンクのお腹割いたりとかね。あのあと僕、キラに殺されそうになってさあ」

 そう言ってレオンは笑うが、あまり笑える話ではない。
 レオンが続ける。

「野生は別として、僕がホワイトキャットやブラックキャットから疎まれなくなったのってキラのおかげなんだよね。僕は本当にキラに――姉に、感謝してる」

 ミーナもキラを語るとき、レオンと似たような表情をする。
 本当の姉のようにキラを語り、心から信頼し想っているというような微笑み。

 そういうのを見ると、シュウは感じる。

(オレの母さんて、本当にすごい猫なんだな)

 でも、

(激しい天然バカには変わりねえ……)

 シュウが苦笑すると同時に、レオンも苦笑して言った。

「まあ、天然バカなところは困ったものだけどね……」

 シュウは深く同意して頷いた。
 
 
 
 昼時、シュウたちは園内にあるファーストフード店で昼食を取った。
 食休み中、カレンとサラは一緒に化粧室へと向かった。
 鏡の前、食事で取れたリップグロスを塗りながら会話する。

「ねね、カレン。動物園を出たあとさ、どうする?」

「どうしようかしらね」

「アタシとレオ兄、カレンと兄貴に分かれて行動する?」

「う、うーん……」

 カレンは困惑した。  シュウの仕事は、「サラ・レオンと一緒に遊んで来い」である。
 そして、レオンがサラに手出しをしようものなら阻止しなければならない。
 つまりすぐ近くで、サラとレオンを見張っていなければならないのだ。

 かと言って、サラの友達であるカレンは、サラとレオンを2人きりにさせてあげたいもので。

 サラが言う。

「兄貴と2人きりになれるチャンスだよ、カレン?」

「でもそれはいつものことだわ」

「いつもは師弟関係だけど、今日はデートだよ? 男と女なんだよ? 2人きりにならないと損でしょ。アタシ今日は、絶対キスだけはしてから帰るつもり。欲を言えばエッチしたいんだけどさ」

「せ……積極的ねえ、サラ」

「もういい加減、待ってられなくてさ。レオ兄がアタシに何もしてくれないなら、アタシからレオ兄に迫るしかないっしょ」

 笑いながら言ったサラ。
 でも、その目は本気だと語っていた。

「……そうね、分かったわ!」ぎゅっと、カレンはサラの両手を握った。「こうしましょう! お互いが見えるところにいるけれど、離れて行動しましょう!」

 そうすればサラの邪魔にもならないし、シュウの仕事である「サラ・レオンと一緒に遊んで来い」という内容に反しない気がしたから。

「そう……だね。今日はダブルデートだしね、離れたら意味ないか! よし、そうしよう!」

 そういうことになった。
 ひそひそと話しながら、シュウとレオンのいるところへと戻る。

「動物園を出たら、海ね。で、そこで分かれて行動。これでOK?」

「OKよ、サラ。がんばってね、甘いキッス♪」

「もち、頑張るよアタシはっ!」

「明日にでも感想聞かせてねっ? アンもうっ、羨ましいのですわっ!」

 何だかやたらと楽しそうな雰囲気で戻ってきたカレンとサラ。
 シュウは首をかしげた。

「何の話してたんだよ?」

「何でもないのですわっ!」

 カレンはそう言い、シュウの手を引っ張った。
 同時にサラもレオンの手を引っ張り、カレンと一緒に歩き出す。

 小獣コーナーを見つつ、カレンはサラ・レオンと離れたところで口を切る。

「ねえ、シュウ?」

「ん?」

「動物園を出たあとのことなのだけれど」

「うん?」

「あたくしとサラ、海に行きたいのですわ」

「海かあ」

「それで、そこでのことなのだけれど。サラとレオンさん、2人きりにさせてあげない? といっても、あたくしたちからはちゃんと見える距離で」

「あー……、そうだよな。サラの奴、2人きりの時間もほしいよな」シュウは同意して、うんうんと頷いた。「親父はレオ兄がサラに手出しするのを心配してるけど、それを知ってるレオ兄はサラに手出ししないしな。別に離れても大丈夫だよな」

「ええ、大丈夫よ」

 サラはレオンさんに手出しするけれど。

 と、カレンは心の中で続ける。

 でもそれなら、リュウさまからの依頼内容に反しないわよね。
 リュウさまは、あくまでもレオンさんがサラに手出しすることを心配しているのだもの。

 サラがレオンさんに手出しするのは、まったくもって悪くないのですわ。
 シュウの仕事が失敗になどなったりしないのですわ。

 カレンは、じっとシュウの顔を見上げた。

「……ねえ、シュウ」

「ん?」

「レオンさんは、サラのことをどう思っているのかしら?」

「オレも詳しいことは分かんねえけど……」と、シュウの瞳が離れたところにいるレオンを捉えた。「サラのこと好きっていう気がしないでもない」

「はっきりしないわね」

「レオ兄は、サラだけじゃなくオレや妹たちにも優しいからな。でも、こう……、サラに対しては特別優しい気がするよーなしないよーな?」

「……本当、はっきりしないわね」

「おまえはどう思うんだよ?」と、シュウがカレンを見た。「レオ兄は、サラのこと好きだと思うか?」

「好きよ、きっと」

 そうであることを、カレンは願いたい。
 それは友達であるサラの幸せに繋がるから。
 ついでに、

(シュウはあたくしのことを好きになってくれたらいいのに……)

 そんなことを願っている自分に、カレンは気付いた。
 
 
 
 
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