第19話 ダブルデート 後編
シュウとカレン、サラとレオンのダブルデート。
動物園を出たあとは、海へと向かった。
ある程度皆一緒に砂浜を歩いたところで、カレンとサラはアイコンタクトで会話をする。
(行くよ、カレン)
(OKよ、サラ)
サラがレオン手を引く。
「アタシあっちに行きたいな、レオ兄」
同時に、カレンがシュウの手を引く。
「シュウ、あたくしあちらの方をお散歩したいのですわ」
カレンとサラが向かう先は、正反対の方向。
カレンとシュウ、サラとレオンに分かれていく。
サラに引っ張られながら、レオンがシュウに振り返って言った。
「じゃあ、またあとでね」
「う、うん」
シュウは承諾し、カレンに引っ張られていった。
小走りのカレンに、シュウは歩きながら言う。
「コケても知らねーぞ」
聞こえているのか聞こえていないのか、カレンは結構な距離を走ったあと、くるりと振り返ってシュウの胸元に身体を寄せた。
シュウの腹のあたりの服を両手で握り、顔をそろそろと横に動かしていく。
シュウの身体から半分顔を覗かせ、カレンは遠くにいるサラとレオンの様子を窺った。
「ああ……、何て素敵なカップルなのかしら。こうして遠くから見てもお似合いだわ」
「覗きかよ」
「のっ……覗きなんかしていないのですわっ!」カレンは眉を吊り上げてシュウの顔を見上げた。「変な言い方しないでちょうだいっ!」
「覗きに見えるだろ。何オレの身体に隠れてんだよ? 壁かオレは」
カレンははっとして、握っているシュウの服を放した。
(なっ、何をしているのかしらっ、あたくしっ……!)
顔が熱くなって、カレンはシュウに背を向ける。
「んなに慌てなくてもいーけどよ、別に怒ってねえから」
「……別に怒られると思って慌てたわけではないのだけれど」
「ふーん? じゃあ何で?」
「……気にしなくていいのですわ」
そう言いながら振り返ってシュウの顔を見上げ、カレンは溜め息が出そうになる。
シュウの鈍感さに。
「そうかよ」と言って、シュウが着ていたジャケットを脱いで砂浜の上に敷いた。「ほら、座ってろ。疲れるだろ」
「ええ、ありがとう」
カレンは敷かれたジャケットの上に座った。
その座りながら、シュウが言う。
「レオ兄だったら、ハンカチとか出てくるんだろうな」
「素敵よね、レオンさんて」
「ああ。カッコイイよ、レオ兄は。優しいし、気が利くしさ。モテねーわけがねえよな」
「やっぱりレディの憧れの的なのかしら」
「もう、すげーよ? 舞踏会行ったときとか」
「舞踏会?」カレンが声を高くして、鸚鵡返しに訊いた。「まあ、素敵なのですわ! ハンターは舞踏会にも招かれるのね!」
「いや、王の信頼が厚い親父とレオ兄だけ。舞踏会全体の警護の仕事で毎月行くんだ。昔は親父とリンクさんで行ってたみたいだけど、今のリンクさんは親父に代わってギルド長の仕事をしてる分、忙しいからな。代わりにレオ兄が行くようになったんだ」
興味津々と、カレンは頷いている。
「それで? 舞踏会で、リュウさまやレオンさんも踊るのかしら?」
「ああ。それがすげーんだよ。オレも去年1年間は親父の弟子だったから舞踏会に着いてったんだけどさ、親父にもレオ兄にもご婦人たちが詰め寄ってバトル始めんだぜ? 誰から親父やレオ兄のダンスパートナーやるかで」
「まあ、さすがですわね。あなたにはレディは寄って来なかったの?」
そんなわけがないと分かりながら、カレンは訊いた。
シュウが苦笑して言う。
「来た。そりゃそうだろ、あの親父の息子ってなったらどんなんでも興味沸かれるぜ」
「それもあるだろうけれど……」
そうでなくてもレディは寄って来ていたと思うわ。
そう続けようとして、カレンは口を閉ざした。
口を閉ざしたカレンの顔を、シュウが覗きこむ。
「何だよ?」
「なんでもありませんわ」
「またかよ」シュウが眉を寄せた。「何なんだよ、さっきから。気になるじゃねーか、教えろよ」
「良いから、続きを聞かせてくれないかしら?」と、カレンは話を逸らす意味も含めて催促した。「あなたもレディと踊ったの?」
「うん」
「踊れるのね」
「親父にステップ叩き込まれた」
「そう。羨ましいのですわ、舞踏会。あたくしも踊ってみたい……」
カレンの頭の中に、シュウの腕にエスコートされて踊る自分が浮かぶ。
少し頬を染めて微笑んでいるカレンの横顔。
シュウはそれを見ながら言った。
「んじゃあ、連れて行ってやるよ」
「えっ?」カレンは驚いてシュウの顔を見た。「ほ、本当っ? 本当に連れて行ってくださるのっ!? 舞踏会にっ!?」
「ああ。親父に言えば、オレも連れて行ってもらえるだろうから。そうしたら弟子のおまえも着いて来れるだろ。次の舞踏会は6月の頭な」
カレンの瞳がきらきらと輝いていく。
「ありがとうっ……!」
「おうよ」そう言って笑って、シュウがぽんとカレンの頭に手を乗せる。「おまえ、踊りたいんだろ?」
「え、ええっ…」カレンは赤面しながら頷いた。「あっ、あたくしも――」
「親父と」
「は?」
「オレが親父に頼んで優先させてやっから、期待していいぜ」
「……」
誰かこの男を何とかしてくださらない?
何なのかしら、このニブさ。
この男のことを好きだと気付いたら気付いたで、いろんな意味で苦労しそうなのですわ。
リュウさまに失恋したときのことを思い出すと辛いものだから、今度はもう少し慎重に行きたいのだけれど。
ここまでニブいと、サラのように積極的に行かないとダメなのかしら。
そう、サラのように……。
カレンの瞳が、遠くのサラを捉えた。
レオンと並んで歩いていたサラは、振り返ってシュウ・カレンとの距離を確認して立ち止まった。
(これくらい離れればいっか)
繋いでいた手を引っ張られ、レオンがサラに振り返る。
「座ろ、レオ兄」
「そうだね」
レオンがハンカチを取り出し、サラのために砂浜に敷いてやる。
「ありがと、レオ兄」
サラはそう笑顔で言って、ハンカチの上に腰掛けた。
レオンが隣に座るのを待ってから、サラは単刀直入に言う。
「ねえ、キスして」
「へ?」
レオンがきょとんとしてサラの顔を見つめた。
「キスして、レオ兄。アタシがレオ兄のこと好きだってこと知ってるよね。ねえ、キスして」
レオンが苦笑する。
「えーと……、リュウに許可取ってからじゃダメかな」
そう言うと思ったと、サラは小さく溜め息を吐いた。
「あの親父が許してくれると思う?」
「む、難しいけど……」
「ていうか無理だよ。単に親父に言わなきゃいーんだから、キスしてよ」
「う、うーん。リュウを裏切ることになっちゃうからなあ」
「……何よ、親父親父って」サラが膝を抱えて顔を埋める。「アタシがキスしてって言ってるんだから、してくれたってっ……! …ぐすっ……」
レオンは狼狽して、サラの顔を覗きこむように見た。
「ご、ごめんね、サラっ……?」
「…ぐすっ…えーん……」
「お願い、泣かないで……」
と、頭に触れたレオンの手を、サラが握った。
膝に埋めていた顔を、サラが徐に上げる。
レオンの赤い瞳に映ったのは、リュウ風・不敵な笑み。
「なぁーんてね」
目の前数センチの距離でぱちぱちと瞬きをしたレオンに、サラの唇が重なった。
呆然としているレオンの顔を見て、サラが笑う。
「なぁに、レオ兄? アタシ、キスしてくれないからって可愛く泣き落としに出るような女じゃないよ、めんどくさい。してくれないならこっちからするまで」
「……やられたね。さすがはリュウの子だよ」
そう言ってレオンが笑った。
「ねえ、される方なら親父を裏切ったことにはならないよ?」
「そうだね」
「というわけでー……ああーっと!」サラ、いかにもワザとらしくレオンを押し倒す。「ごめーん、レオ兄。手が滑ったぁ。大丈夫?」
「大丈夫」レオンがそう言いながら、おかしそうに笑った。「まったく、ストレートだね。リュウそっくり」
「嬉しくないし」
「ごめんごめん、怒らないで」
レオンは手を伸ばしてサラの頭を撫でた。
レオンの顔を見下ろす、サラの母親譲りの黄金の瞳。
不安そうに揺らいでいる。
「レオ兄、アタシのこと好き……?」
レオンは微笑んだ。
(そんな顔もリュウを思わせるね、サラ。大丈夫だよ……)
レオンの手がサラの頬に触れる。
「好きだよ、サラ」
サラの顔が不安から喜びへと変わっていく。
「ま、分かってたけどね」
「バレちゃってたか」
そう言ってやって、レオンはおかしそうに笑う。
サラの首の後ろに手を当てて誘う。
「ほら……、おいで」
再びサラの唇が、レオンの唇に重なった。
(サラのように積極的に……って)
遠くのサラを見つめていたカレンは、ぼっと顔が熱くなるのを感じた。
「す……、すごすぎるわ、サラ」
「サラ?」
と、カレンに続いてサラに顔を向けたシュウ。
仰天した。
「なっ、何あいつレオ兄のこと押し倒してんだよ!?」
「らぶらぶですわねえ」
「いや、レオ兄が襲われてるだけだろ!」
「ああ、素敵な甘いキッス……」
「いや、噛み付いてるだろアレ! 獲物をし止めたトラのお食事中だろ!」
「あら、ではお邪魔しないようにしないといけませんわね」
「いや、助けなきゃだろ!」
慌てて立ち上がったシュウ。
グイッ
と黒猫の尾っぽを引っ張られて飛び跳ねる。
「フギャッ!!」
「すごい声出すのねえ」
「なっ、何すんだおまえ!? 尾っぽはオレの弱点なんだからやめてくれっ!」
「やっぱり猫ちゃんねえ。無粋なことしないで座りなさい」
「オレはレオ兄を――」
「ほーら、あたくしネコじゃらし持ってきたのですわよー。ほーらほらほら♪」
と、カレンがバッグからネコじゃらしを取り出して振る。
「ふにゃあぁーーーん♪ ――なんて、誰がジャレるかっ!! そんなもん持って来てんじゃねえっ!!」
「あら、ジャレないの。じゃあハイ、これお食べ♪」
と、カレンが今度はマタタビを取り出す。
「おおっ、美味そうなマタタビにゃー…ハグハグ……――って、マズイわっ!! おまえバッグの中に何入れて来てんだよ!?」
「次は尾っぽの毛をブラッシングしましょうねー♪」
と、カレンが今度は猫用ブラシを取り出してシュウの尾っぽを梳かす。
「うぅーん、皮膚の血行が良くされてツヤツヤ尾っぽ☆ …………いーーーーー加減にしろゴルアァァァァァァァァァァァァ!!」
うふふ、とカレンが笑った。
「面白いのですわ」
「てんめー……! 仕返ししてやらああああああああああああっ!!」
「きゃっ!? ちょっ、ちょっとやめなさいっ!!」
「オラオラオラオラ!! 何だよこの頬肉はよ!? え!? 焼いて食うぞゴルァ!!」
「やっ、やめてっ!! 触らない……でっ!!」
「フギャアァッ!! おっ、尾っぽを引っ張るなっつってんだろうがああああああああ!!」
シュウとカレンがぎゃあぎゃあと騒ぎ立てて数分後。
ドカッ
と、尻を蹴られてシュウは振り返った。
そこにはいつの間にかサラとレオンの姿。
「にっ、兄ちゃんの尻を蹴るんじゃないっ、サラ!」
「まったくこんなところでジャレないでよ、恥ずかしい」
「はっ、恥ずかしいっておまえに言われたくねえっ!! レオ兄のこと襲いやがって、なんっって女だおまえはっ!!」
「あーうるさい。行こ、カレン」
サラがカレンの手を引いて立たせ、仲良く腕を組んで車の方へと向かって行った。
はしゃいだ様子でひそひそと話しながら。
シュウはジャケットを拾って砂を掃い、レオンの顔を見た。
「レ、レオ兄、大丈夫?」
「大丈夫だよ」と、レオンがシュウの強張った顔を見て笑う。「ねえ、シュウ」
「ん?」
「今日サラを家まで送ったら、リュウに話したいことがあるんだけど」
「へっ?」シュウの声が裏返った。「な、何っ? ま、まさかサラとお付き合いします宣言っ!?」
「まあ、そんなとこ」
「――!?」
ガシッと、シュウはレオンの両肩を握った。
必死に首を横に振る。
「だっ、ダメだよレオ兄っ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!! こーろーさーれーるーーーっ!!」
「大丈夫、大丈夫」そう言って、またレオンが笑った。「軽く5、60発殴られる覚悟で行くけどね。キラが僕たちに賛成してくれているなら、リュウは最後には許してくれるよ」
「でっ、でも親父と母さん、サラとレオ兄の件に関してはいっつも喧嘩になってて……!」
「大丈夫だよ、シュウ。リュウにとって、キラの一言はとても重いからね」
「でっ、でも……」
「心配しないで、シュウ。さあ、行こう」
シュウはレオンに背をぽんと押され、車へと向かって行った。
(怖いぜ。スゲエェェェ怖いぜ…! レオ兄、親父に殺されたらどうしよう……!)
そんな不安で顔面蒼白しているシュウとは裏腹に、レオンの表情はとても穏やかだった。
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