第17話 ダブルデート 前編


 ――午前9時半過ぎ、レオンが車でシュウを迎えにきた。
 思ったよりも少し遅い時間だった。

 レオンの車の助手席のドアを開けてから、シュウは気付いた。
 2つのミニブーケが助手席に置いてあることに。

 シュウの目が丸くなる。

「な……、なんってカッコイイことするんだ、レオ兄……!」

「何が?」レオンが笑いながら、助手席のミニブーケを避けた。「さあ乗って、シュウ」

 シュウは助手席に乗ってシートベルトをすると、レオンの手から2つのミニブーケを取った。
 レオンが車を発進させる。

「なあ、レオ兄。これ、サラとカレンへのプレゼントだろ?」

「うん。花屋さんの前を通りかかったときに、目に入ってね。可愛いから買ってきた。1つは僕からサラへ、もう1つはシュウからカレンちゃんへのプレゼントだよ。これ買ってたから、少し遅くなっちゃったんだけど」

「レオ兄だとキザにならねーところが無茶苦茶カッコイイぜ」

 シュウはそう言ったあと、2つのミニブーケを見つめた。
 赤系とピンク系のミニブーケ。

「こっちがカレンかな」と、シュウはピンクのミニブーケを指して言った。「あいつピンク好きみてーだし、サラは赤いイメージがするから」

 そのつもりで買ってきたレオンは同意した。

「カレンちゃんは可愛らしいピンク色のイメージで、サラは鮮やかな赤のイメージ。どんな人混みの中に紛れてても、すぐに見つけられるような鮮やかさだよね」

 そうサラを語るレオンの顔は、とても優しい。

「なあ……、レオ兄?」シュウはレオンの横顔を見ながら訊いた。「つかぬこを訊くんだけど。サラのこと可愛いって思ったりする?」

「するよ?」レオンが即答する。「可愛いよ、サラは」

「ふーん。それってやっぱり、レオ兄の前だからだろうな。あいつ、オレの妹の中で一番可愛くない。生意気だし、素直じゃないし、口は悪いし、本当親父を女にしたみてーでさ」

 レオンがおかしそうに笑った。
 そのあと、シュウの頭に片手を乗せて言う。

「でもね、シュウ。サラがリュウに似ているということは、サラはとても弱いところも持っているんだよ」

 それって、親父が弱いってこと……?

 シュウがレオンの言葉を飲み込めずにきょとんとしていると、レオンがシュウから手を離して笑った。

「なんでもないよ。ねえ、シュウ。サラの門限はいつも通り6時でいいのかな?」

「うん」

 レオンが笑顔で承諾して、カレン宅へと急いだ。
 
 
 
 午前10時10分前のカレン宅。
 そこには、カレンとサラしかいなかった。

 カレンの部屋の中、もうすぐ迎えが来るというのにまだ慌ただしかった。

「ね、ねえ、カレンっ? アタシおかしいところないっ?」

「とても素敵よ、サラ。本当にもう、モデルさんの様だわ! あたくしの方こそ、おかしなところはないかしらっ?」
「すんごい可愛いよ、カレン。お姫様みたいっていうかさ!」

 大きな鏡の前、並んで己の全身をチェックするカレンとサラ。
 鏡の中、視線が合う。

「頑張ってね、サラ? そのセクシーで美しい生脚なら、きっとレオンさんもイチコロなのですわっ!」

「カレンこそ、頑張りなよ? そんな可愛い服着ちゃってさ、やっぱり兄貴のこと意識してんじゃん?」

「そっ、そんなことないけれどっ……!」カレンの頬が少し染まった。「で、でも、シュウはあたくしのことどう思っているのかしらっ……?」

「兄貴って、自分のことにはニブいから今の時点では何も言えないけどさ。カレンといるときはよく笑う気がするよ」

「そう…なの……?」

「うん。こうなったらアタシたちであの男2匹ラブホ連れ込むかーっ!?」

「きゃあああああっ! そっ、そんなのダメですわああああああっ!」

 と赤面するカレンに、サラはシュウの口調を真似て言う。

「オレ、おまえのこと好きみてえ。なあ、いいだろ?」

「いっ、いけないのですわあああああああっ!!」

「顔笑ってるし」

 なんてカレンとサラが騒いでいたら、インターホンがなった。
 はっとして顔を見つめあい、カメラへと向かう。
 そこには、並んだシュウとレオンが映っている。

「は、はいっ」

 カレンが上ずった声でマイクに向かって声を出すと、シュウが笑顔になって口を開いた。

「いよう、迎えに来たぜ」

「ええ。今行くわっ……!」

 カレンとサラは玄関へと急いだ。

「ちょ、今日のレオ兄ちょーカッコイイ……! 兄貴もちゃーんと決めてきたね」

「え、ええ。ちょっとドキッとしちゃったわっ……! レオンさんも素敵だしっ!」

 玄関で靴を履き、カレンとサラは顔を見合わせた。
 うん、と頷き玄関の扉を開ける。

「お迎えに上がりました、サラ姫さま」

 と、サラにミニブーケを差し出したレオン。

「迎えに来たぜ……、チビ姫」

 と、カレンにミニブーケを差し出したシュウ。

「えっ、ちょっ……! レオ兄かっこいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 サラ、赤面して卒倒しそうになる。
 その傍ら、カレンがぽかぽかとシュウの胸を殴る。

「チビ言わないでちょうだいっ!!」

「うるせーな、レオ兄に倣うのが恥ずかしかったんだよ」

「もうっ! まだまだですわねっ!」そう顔を眉を吊り上げて怒ったあと、カレンはミニブーケで少し顔を隠して言った。「…あ…ありがとう、お花。嬉しいのですわっ……」

「おう」そう言ってカレンの全身を見て、シュウはぽんとカレンの頭に手を乗せた。「うん、可愛いな」

 カレンが嬉しそうに笑った。
 早々に骨抜きにされてしまったサラを支え、レオンが車へと向かう。

「行こうか」

「うん」

 レオンの後を着いて行ったシュウ。
 途中、カレンが着いて来ていないことに気付いて振り返る。

「カレン?」

「ちょっと、シュウ」と、むくれた顔をして突っ立っているカレン。「あたくしにはエスコートないのかしら」

 シュウはぱちぱちと瞬きをして一度レオンを見、またカレンに振り返った。

「悪かったよ」そう言って笑って、カレンのところへと戻る。「ほら」

 シュウが手を差し出すと、カレンが満足そうに小さな手を重ねた。

「まったく、本当にどこの姫なんだか」

「レディはみんなお姫様なのですわ」

「そうかよ」

 シュウは笑い、車の後部座席のドアを開けた。
 カレンが中に乗ったあと、反対側の後部座席に回って乗り込む。

「出していいぜ、レオ兄」

「ん。それじゃあ、行くよ。動物園に」

 カレンとサラがはしゃいだ。
 向かう先は葉月島最大の葉月動物園。
 カレンと(意外にも)サラは動物好きだった。

 葉月動物園へと到着すると、世間は平日なだけあって空いていた。
 園内に入るなり、サラとカレンが駆け出す。

「見て見てカレン! レッサーパンダ!」

「きゃあっ、可愛いのですわーっ!」

 あとからゆっくり歩いて行きながら、シュウとレオンは笑った。

「可愛いよね、女の子の反応って」

「てゆーか、あいつらガキだなあ……――って、おぉぉおぉぉぉっ!」シュウが突然駆け出した。「ちょ、来て来てレオ兄っ! カワウソいるカワウソ! 何こいつスゲエェェ可愛いっ! なっ、なんってつぶらな瞳をしているだ、こいつぅっ!」

「サラたちと変わらないじゃない、シュウ」と、おかしそうにレオンが笑った。「まったく、可愛いね」

「う……」

 と赤面したシュウ。
 咳払いをし、カレンとサラのところへと向かう。

「楽しいか、おまえら」

「ええ、とっても!」

 と、笑顔でカレンが振り返った。
 シュウの手を引いて歩き出す。

「次はあそこにいるゾウが見たいのですわっ!」

「アタシもアタシも!」

 サラがカレンに続き、レオンの腕を取ってゾウゾーンへと向かう。

「まあ」と、カレンが声を高くする。「やっぱりとっても大きいですわね」

「でかいねー」と、サラが続く。「見てよ、あのウン○! ちょー快便!」

「サラ、おま……」

 シュウの顔が引きつる。
 16になろう乙女の台詞じゃなくて。

 恐る恐ると言ったようにシュウがレオンの反応を窺うと、レオンはただおかしそうに笑っていた。

(レオ兄じゃなきゃ引いてたよな、絶対。やっぱりサラにはレオ兄しかいねえ……)

 なんてシュウは思う。
 カレンがシュウの手を引いて歩き出した。

「あっちにはおサルさんがいるみたいですわよっ!」

 うきうきとした様子のカレン。
 シュウの顔を見上げて笑う。

「……連れて来て良かったなあ」

「え?」

 と、カレンがシュウの言葉にぱちぱちと瞬きをした。

「可愛いなーと思って」

「な……」カレンの頬が赤く染まる。「なんですの、急に? 口説かれてる気分なのですわっ……」

「そんなんじゃねーよ」と、シュウが笑う。「そう思ったから言っただけ」

「……あ、あの、シュウ?」

「ん?」

「あなたのそういうところって、天然なのかしら?」

「?」

 首を傾げているシュウ。
 レオンが脇を通りながらカレンに言う。

「天然だよ」

「……」

 まー、何て罪作りな男なのかしら。

 と、カレンは思わず立ち止まってしまいながら思う。

 リュウさまにそっくりな顔にそんなこと言われたら、意識しないレディはいなくってよ。
 そのへん分かっているのかしら、この男。

 いや、分かっていないわよね。
 困った男だわ。

 カレンの顔を見下ろし、シュウが首をかしげる。

「なんだよ、天然って?」

「……なんでもないのですわ」

 カレンは言って、再び歩き出した。
 シュウの手を引きながら。

(でもまあ、良いわ)

 と、小さく溜め息を吐く。

(あなたに可愛いと言われるのは、特別なものを感じるもの……)

 カレンの胸が、心地良い動悸を上げていた。
 
 
 
 
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