第138話 流刑最終日


 あっという間にやって来た流刑最終日。

 正午過ぎ、農作業をしているカレンとサラ、キャロル。
 昨日までは騒がしかったものだが、今日は静まり返っていた。

 それはシュウやレオン、タマが桂月村に行っているということだけが理由ではなさそうだった。

「……明日の朝には、葉月島本土へと戻るんですよね」

 キャロルが口を開いた。
 カレンとサラが顔を向けると、そこには寂しそうな笑顔があった。

「うん…」

 と頷くカレンとサラも、同じ表情をしている。

「カレンさん、サラさん」と、立ち上がったキャロル。「ありがとうございました」

 そう言って、頭を下げる。

「い、いいえキャロルちゃん! あたくしたちも楽しかったし! ねえ、サラっ?」

「そそ。お礼なんかいらないって」

「それから、ずっと言わなければいけなかったことが…」と、キャロルが頭を下げたまま続ける。「カレンさん、サラさん、それからリンさんやランさん、シュウさん、レオンさん…。わたしがしてしまったことで、悲しませたり傷つけてしまったりしてしまった方々……本当に、ごめんなさい」

 キャロルの足元の次に、零れ落ちた涙が染み込んで行く。

「ごめんなさい…、ごめんなさい……!」

「ああもう、顔あげなっての」

 とサラがキャロルに顔をあげさせ、袖でキャロルの涙を拭った。
 カレンが微笑んで言う。

「あたくしたちが本土へと戻ったあとも、修行がんばってねキャロルちゃん」

「はい、頑張ります」

 と微笑んだキャロル。
 きっとキャロルはもう、以前のような悪さをすることはないだろうと、カレンとサラは思う。

「ところで」と、サラ。「タマちゃん、何で今日は兄貴とレオ兄と一緒に桂月村の見回りに行ったの?」

「ええと、モンスター退治らしいですよ」と、キャロル。「この島には、季節ごとに違った種の飛行型モンスターが上空を通るらしいのですが。今日は初夏に通るらしいモンスターが見られるので危ないとか」

「つまり、何? そのモンスターが人間を襲う危険があるとか?」

「はい。どうも、人間を餌にしようとするみたいです」

「まあ、大変」と声を高くしたカレン。「そのモンスターって、たとえばああいう、鳥型なのかしら?」

 と、寺の門の方を指差した。

「え?」

 と、サラとキャロルがカレンの指した方へと顔を向ける。

「そうそう」と、キャロル。「赤い鳥って言ってたし、きっとあの鳥――って、げっ!」

 仰天した。
 噂をすれば何とやらで。それかと思われる鳥型のモンスターが寺の門のところに1匹いる。
 しかも人間を丸呑みしそうなほど巨大だ。

「何でいんの!?」

「うーわあ、やばいな」と言いながら、サラが背にカレンとキャロルを庇った。「あれ、超一流ハンター用のモンスターだよ。人間のカレンを食べに来たっぽいな」

「ええっ!? あたくしを!?」

「わたしたちだけじゃどうにもなりません!」

 と、キャロル。
 カレンを背に庇った。

「サラさん、きっとあなたが一番俊足です! 早く和尚さまたちにお知らせを!」

 そう言いながら首の後ろに手を持って行き、背から仕込み杖を取り出すキャロルを見てサラは目を丸くする。

「うわ、あんたその辺は相変わらずだね」

「護身用です!」

「モンスターとはいえ刃物で傷つけるのはやばいんじゃないの?」

「杖の中から刃を出さなければ大丈夫です!」

「ああなるほど、杖で殴るのね。んじゃアタシ、兄貴たちに知らせに桂月村まで一っ走りして来るから、頼んだよキャロル!」

「はい!」

 と、杖を構えるキャロル。
 サラがモンスターの上部をぴょんと飛んで通り過ぎ、桂月村へと向かっていく。

 キャロルの背で、カレンが声を震わせる。

「ああもう、あたくしのバカぁ…! お寺の修行だからって銃持って来てなかったのですわあぁっ……!」

「大丈夫です、カレンさん! 絶対っ…、絶対わたしが守って見せますから!」

 キャロルがそう宣言してから数秒後のこと。
 モンスターが飛びかかってきた。
 
 
 
 桂月村。
 シュウとレオン、タマは三ヶ所に散らばり、上空を通りかかる鳥型モンスターを目を凝らして見ていた。
 だが、モンスターたちに人間を襲う気配はない。

「ふあぁ…」とタマの口から欠伸が出る。「どうやら大丈夫のようだな」

 離れたところにいるレオンの猫耳が、タマの言葉を聞き取った。

「ええ、そのようですね。どこかで餌でも食べてきたのでしょうか」

 同様にタマの猫耳も、レオンの言葉を聞き取る。

「しかし念のため、もう少し見張っていようぞ」

「そうですね、タマ和尚」

 とレオンが言った直後、その耳とタマの耳が微かにサラの声を聞き取った。

「サラっ…!?」

 と、声のした方に顔を向けるレオンとタマ。
 シュウが訊く。

「ど、どうかしたのか、レオ兄と和尚さんっ…」

 こちらへと向かって走って来ながら叫んでいるサラの声は、その姿が見えると同時にシュウの耳にも聞こえてきた。
「レオ兄っ! 兄貴っ! タマちゃあぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁあんっ!! カレンがモンスターに食われるぅぅぅうぅぅぅぅうぅぅぅううぅぅううぅぅぅうううっ!!」

「――なっ、何ィっ!!?」と驚愕して叫んだシュウ。「レオ兄っ! 村の見張り頼んだっ!」

 と寺へと向かって走り出す。
 だかそれよりも先に、タマが走り出していた。

「待っていろ、カレンっ…、キャァァァァァァァロルゥゥゥゥゥウウゥゥゥゥゥゥウウゥゥゥゥウウゥゥゥゥゥウウゥゥゥウっ!!」
 
 
 
「きゃっ! …きゃああっ!」

 鳥型モンスターが口ばしや爪でキャロルに襲い掛かるたび、カレンが声をあげる。
 カレンを背に庇い、キャロルは必死に杖で防御している。

「大丈夫ですっ…! 大丈夫です、カレンさんっ! 和尚さまたちが助けに来てくれるまで、わたしが絶対に守って見せますっ!」

「む、無茶よキャロルちゃんっ!」

「大丈夫ですっ! わたしだって、超一流ハンターと最強モンスターのハーフですからっ!」

「そ、そうだけど危ないのですわっ! お寺の中へ逃げましょうっ!」

「そんなことをしたところで、お寺を破壊されるだけですっ! 面倒です、修理っ!」

「で、でも、このままではキャロルちゃんがっ…!」

「大丈夫です、だいじょ――」

 大きな翼を羽ばたかせたモンスター。
 その風でカレンとキャロルの身体が後方に数m飛ばされた。

 背を打ち付ける。

「きゃあっ!」

「カレンさんっ! 大丈夫ですかっ!?」

「キャ、キャロルちゃんこそっ…!」

「わたしは大丈夫です!」

 そう言うなり立ち上がり、再び杖を構えて防御するキャロル。
 モンスターの攻撃で、杖は今にも折れてしまいそうだ。

「キャロルちゃん! もういいわ、キャロルちゃんっ! そのモンスターはあたくしが狙いなんでしょう!? キャロルちゃんは逃げてっ!」

「バカなこと言わないでください!」

「だって――」

「あなたを死なせてしまったら、シュウさんが悲しんでしまう!」

「えっ…!?」

「あなたが死んでしまったら、シュウさんの笑顔がもう見れなくなってしまう…! もうシュウさんのあの笑顔が、見れなくなってしまう……!」

 キャロルの脳裏に、シュウの笑顔が浮ぶ。
 カレンを想うが故の笑顔。
 キャロルが愛した笑顔。

「だからわたしは、絶対にあなたを守りますっ! この命に…変えたってっ……!!」

 バキっ!!

 と、折れた杖。
 中に仕込まれている刀ごと真っ二つにされてしまった。

 次の瞬間、モンスターがキャロルに向かって大きな口を開けて襲い掛かる。

「キャロルちゃんっ!!」

 カレンが絶叫し、

「…っ……!」

 キャロルがぎゅっと瞼を閉じたときのこと。

「キャァァァァロルゥゥゥゥウウゥゥゥウウゥゥゥウゥゥウゥゥゥウっ!!」

 と、タマの声。
 キャロルがはっとして目を開けると、瞬間移動したのではないかと思ってしまうような速さで目の前にタマの顔が。

 よって、モンスターの口ばしはタマの頭を挟んだのだが。

「大丈夫か、キャロル!? よし、大丈夫だな!? おお、カレンも無事か! で、モンスターはどこだ!?」

 タマ本人はそのことにまるで気付いていない模様。
 カレンとタマの顔が引きつる。

「あ、あの、和尚さま?」

「何だ、キャロル!?」

「な、何ともないんです?」

「桂月村ならば何ともなかったぞ!」

「い、いえ、そうではなく…、そのぉ……」

「何だ!? 早く言ってみ――」

「噛まれてますよ」

「え!?」

「頭」

「……」

 タマ、キャロルの言葉を理解するまでに数秒。
 その後、狼狽した。

「ぶにゃああぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁああぁぁあっ!!」

「可愛くない鳴き方ですね」

「なっ、何故そのことを早く言わぬのだキャロルっ!」

「何故気付かないんです?」

「ずっと可愛いと思って62年過ごしてたっ!」

「って、鳴き声の方ですか」

「痛い痛い痛い痛いっ! おのれっ、モンスターめっ! 背後を取りよってっ!」

「どちらかといえば和尚さまが突っ込んできたと思いますけど」

「食らえっ! 臨(りん)・兵(ぴょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(じん)・烈(れつ)・在(ざい)・前(ぜん)っ! そりゃああぁぁぁああぁぁぁあぁぁあぁぁぁああぁぁああぁぁああっ!!」

「あのー…」

「ふっふっふっ、どうだモンスター――って、あれぇ!? 何故きかぬ!?」

「その呪文、悪霊に対するやつだからきかないと思いますけど」

「え!?」

「だってモンスターは悪霊じゃないし」

「どうしよう!?」

「武器はどうしたんです?」

「村に忘れてきたぞ!」

「……。何しに来たんですか」

「ぶにゃああぁぁああぁぁぁあっ!! 食・わ・れ・るぅぅぅぅうううぅぅぅうぅぅぅううぅぅうぅぅぅうぅぅぅう――」

 ドスっ!!

 と、タマの声を遮るように、モンスターの背に入った剣の峰打ち。
 シュウだった。

「シュウっ!」

 とカレンが笑顔を見せると同時に、タマの頭から口ばしを離したモンスター。
 奇妙な鳴き声をあげながら、よれよれと空を飛んで逃げていく。

「おお、私の呪文がきいたか!」

「そんなわけないでしょう」

 とタマとキャロルがやり取りしている一方、

「だ、だだだ、大丈夫かハニィィィィィィっ!!」

 シュウが顔面蒼白しながらカレンを抱き締める。

「大丈夫よ、シュウ。あたくしは何ともないわ」

「よ、良かったぁ……って!」はっとしてキャロルに顔を向けたシュウ。「あわわわわわっ! キャ、キャキャキャキャロルちゃん大丈夫!?」

「はい、大丈夫です。和尚さまが犠牲になってくれましたから。それより、カレンさんが無事で良かったです」

 あなたの大切なカレンさんが。

 と心の中で続けて、キャロルは微笑んだ。
 
 
 
 その晩、21時過ぎ。
 境内でタマとキャロルも一緒にシュウたちが持ってきた花火を楽しんだ。

「カレン、カレン」

「何かしら、サラ?」

「ロケット花火の真の楽しみ方が書いてるよ」

「何ですって?」

「えーと、まずこうやって手に持ってー、火を付けてー、そしてタマちゃんに向けるんだってよ」

「えっ、それ違うと思――」

「ていうわけで、いっくよー! タマちゃーん!」

 ピューーー

 と音を立て、タマ目掛けて発射されたロケット花火。
 タマが慌てて避ける。

「ぶにゃあぁぁああぁぁあっ!! なっ、何をするサラっ!!」

「ヘイヘイヘイヘーーーイ♪」

 ピューーー

「こっ、こら止め――」

「ヘイヘイヘイヘーーーイ♪」

 ピューーー
 ピューーー
 ピューーー

「ぶにゃあああ! ぶにゃあああ! ぶにゃああああああああっ!!」

「あーっはっはっはっは! タマちゃん面白ーい!」

 辺りに響くタマの絶叫とサラの笑い声。
 離れたところからそれを見ているシュウの顔が引きつる。

「良い子の皆さんは真似しちゃイケマセン…。ったく、サラのやつ、レオ兄がスイカ切りに行ってるのをいいことに……」

「まあ、心配しなくても大丈夫ですよ。あの和尚さま、モンスターに噛まれたって気付かないくらいなんですから、ロケット花火ごときで怪我なんかしません」と、シュウの傍らにいるキャロル。「それより、はいシュウさん」

 シュウに線香花火を渡した。
 シュウが受けとり、キャロルと自分のそれに火を付ける。

 先端にできた小さな火球の周りを、パチパチと音を鳴らしながら咲く火花。
 それを見ながらシュウが口を開いた。

「線香花火って、儚くて切ない感じがするよなあ…」

「ぷっ」

「ちょ…、な、何で笑った?」

「シュウさんて、ドリーマーですね」

「ド、ドリーマーっ…!?」

 と声を裏返し、シュウが赤面する。

「まあ、そうですよね。儚くて切ない恋って感じがしますよね」

 と言いながらクスクスと笑っているキャロルを見て、シュウはますます赤面してしまう。

「バ、バカにすんなよっ…!」

「してませんよ、別に?」

「嘘こけっ…!」

「本当です、本当」

「…そ、そうか……」と咳払いをし、シュウが話を切り替える。「でさ、キャロルちゃん」

「はい?」

 と、シュウの顔を見たキャロル。
 シュウが続ける。

「カレンのこと助けてくれて、本当にありがとう」

「いえ」

 と微笑んだキャロル。
 嬉しい。
 でも、少しだけ胸が痛い。

「オレたちは明日葉月島本土に帰るけどさ、キャロルちゃんも修行終えれば文月島に帰れるんだろ? そしたらウチに遊びに来れば? カレンとサラ、喜ぶだろうし」

「そのことですが…」

「うん?」

「わたし、文月島には帰らずにここに居ようと思います」

「えっ?」

「和尚さまの下で、尼としてこのお寺に居ようと思います。その方が、きっとわたしにとって良いですから」

「そっか…。じゃあ、オレたちの方から遊びに来るから」

「はい、楽しみに待ってます」

 と笑い、線香花火に顔を戻したキャロル。
 火球が大きくなり、もう少しで落ちそうだ。

「……シュウさん」

「ん?」

「カレンさんと、お幸せに……」

 キャロルがそう微笑むと同時に、線香花火の火球がぽとんと地の上に落ちた。
 
 
 
 
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