第137話 共に修行します


 シュウとカレン、サラ、レオンが葉月島本土から南に800km離れた離島へと流刑にされてから5日が経つ。
 流刑の期間である10日間のうち、半分を過ごしたことになる。
 やっぱり、ハネムーンとも思える楽しい気分で。

 昼間シュウたちは桂月村を訪ね、困ったようなことがあったなら出来る限り助けている。
 でもタマに守られているその村は、大した問題などなかった。

 そして夜になったらタマの寺を訪ねた。
 夜といってもあまり遅くなっては迷惑なので、午後7時くらいに。
 風呂やトイレを借りに行くのだが、その際に気になったことがあった。

「ねえ…」と、本日も風呂を借りた後、境内から出たあとの階段を降りながらサラが口を開いた。「キャロル、アタシたちに顔見せないね」

 シュウとカレン、レオンは頷いた。
 ここへ来てから毎晩寺を訪ねるのに、キャロルは姿を現さなかった。

 カレンが心配そうな面持ちになって言う。

「どうしたのかしら、キャロルちゃん…」

「気になるよなあ…」

 と、続いたシュウ。
 レオンが言う。

「でもタマ和尚は言ってたよね。キャロルちゃんは、真面目に修行に励むようになったって。その疲れかもしれないし、そんなに気にすることはないんじゃないかな」

 そんなレオンの言葉を聞いたシュウとカレン、サラ。
 そうだったらいいな、と思いながら頷いた。
 
 
 
 高僧のタマを師を持つ修行中のキャロル。
 早朝に起きて決められたことを決められた時間にし、自由時間は21時から。

 食事は1日1回で、正午以降からは水以外のものを口にしてはいけない。
 しかもその1日1回の食事は精進料理。
 キャロルが文月島にいた頃、普通に頬張っていた肉や魚は一切出てこない。

 キャロルが真面目に修行に励むようになったのは、ここ数日のこと。
 まだ慣れていなく、夜になったら腹の虫が鳴いた。
 空腹で胃に穴が開くかも、なんて思ってしまう。

(あぁ、もうダメ…!)

 と日付が変わろうか頃、耐え切れず布団から這い出たキャロル。

(お肉が…、せめてお魚が食べたいわっ……!)

 タマに見つからないように部屋を出、外へ出、境内から出た。
 向かった場所は近くに流れる川。

 履物を脱ぎ捨て、川の中に入って両手を水の中へと入れる。
 レッドドッグ――犬モンスターと人間のハーフであるキャロルは、俊敏に魚をその手に捕まえる。

「やった、大物っ…!」

 とにやけたキャロルだったが。
 ぴちぴちと暴れる手の中の魚を見て、瞳が揺れ動いた。

(このままこの魚を殺してしまったら、わたしはわたしが守らなければならない十戒の1つ、不殺生戒を破ってしまう…。そして食べてしまったら、正午から翌日の日の出まで固形物を食べないという不非時食戒(ふひじじきかい)をも破ってしまう……)

 数秒後。
 魚を再び川の中へと放したキャロル。

(何をやってんのかしら、わたし…。修行中だというのに……)

 川から出て、履物を履く。

(ごめんなさい、和尚さま。すぐに戻ります)

 と思ったときのこと。
 やたらと気合の入った声が聞こえてくる。

「ほわちゃあぁぁぁあぁぁぁぁあぁあっ!!」

 声のした方へと顔を向けたキャロル。

(何してんですか……)

 と思わず眉を寄せる。

 そこにはサラの姿。
 川に入って妙な声をあげて手を突っ込み、目にも留まらぬ速さで魚を次から次へと川岸へとあげていく。

(それにしても、さすが猫…といったところかしら……)

 神がかったサラの手付きに、キャロルは思わず唖然としてしまう。

「はっ! せやっ! はいやあぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁあっ!!」

「ちょっとサラ、獲りすぎよ…」

 とサラの近く、川岸に立っているカレンが突っ込んだ。
 そこでようやくサラの手が止まる。

「ん? あれ、本当だ。獲りすぎたね、ちょっと。つい夢中になっちゃったよ。なんていうか、アタシってばママの子供って感じ」

 あはは、と笑ったサラ。
 岸にあがった際に気配を感じ、カレンを背に庇ってキャロルの方へと振り返る。

「誰っ…!?」

「えっ、誰かいるの…!?」

 と、サラの背で咄嗟に銃を手にしたカレン。

 よく利く夜目でキャロルの顔を確認し、サラが驚いたように声を高くした。

「って、キャロルじゃん」

「えっ、キャロルちゃんっ?」

 とサラの背から顔を覗かせ、サラの見ている方を見たカレン。

 カレンやサラと顔を合わせ辛くて避けていたが故に、一瞬ギクっとしたキャロル。
 バレてしまったと、渋々2人の方へと近寄っていく。

 ランプの光にキャロルの顔が照らし出されると、カレンが声を高くした。

「まあ、キャロルちゃん! 良かった、顔が見れないから心配していたのよ?」

「あ…、ごめんなさい……」

「キャロル、キャロル」と、サラ。「ちょっと座って行きなよ」

 ここに座れと、椅子をぽんぽんと叩く。
 キャロルが戸惑いながらそこに座ると、サラが捕まえた魚を手にしながら言った。

「今さ、夜食でも食べようと思ってたところなんだよねー。あんたも食べる?」

「いえっ、わたしはいりませんっ…」

 と慌てて首を横に振ったキャロルを見て、カレンがはっとして言う。

「あっ、そっかっ…! キャロルちゃんは精進料理よねっ……!」

「は、はい。それに正午以降から翌朝まで、水以外のものを口にしてはいけないんです」

 それを聞いたサラ。
 獲った魚を、川の中へと放し始めた。

「サ、サラさんっ? 何をして……?」

 戸惑うキャロルの目の前、サラが再び川を泳いでいく魚を見送る。
 カレンはグラスを3つ用意し、そこに水を注いだ。

 テーブルを挟んだキャロルの向かいにはサラ。
 その隣にはカレン。
 それぞれの前には、水の入ったグラス。

(もしかしてカレンさんとサラさん、わたしに気を遣って…?)

 キャロルがそう察したとき、サラが水を1口飲んで口を開いた。

「あー、兄貴とレオ兄がいないのは、桂月村に今日最後の警備に行ってるからだから。でもそろそろ帰ってくるんじゃないかな」

「そ、そうですか。大変ですね」

「いやあ、タマちゃんのおかげで仕事なんてほとんどないよ」

「それより」と、カレン。「キャロルちゃんこそ修行がんばっているみたいね? とても厳しいみたいなのに、すごいのですわ」

「えっ…?」

 と、返事に困惑したキャロル。
 首をかしげたカレンとサラから目を逸らして言う。

「いえ…その…、そんなことないです。厳しい修行にまだ慣れてなくて、こうしてここに来てしまいましたから」

「そういえば、ここへはどうして? もう遅いのに」

 カレンが訊いた。

「お腹が減って減って、耐えられなくて…。もう少しで戒律を破ってしまうところでした。わたしの心が弱い証拠です……」

「……」

 数秒の間、流れた沈黙。
 カレンとサラが顔を見合わせたとき、キャロルが立ち上がった。

 カレンが慌てて口を開く。

「もう戻るのかしらっ?」

 頷いたキャロル。

「早朝4時には起床しないといけないので」

 そう言って、寺の方へと踵を返して行った。
 キャロルの姿が見えなくなったあと、カレンとサラが再び顔を見合わせた。

「ねえ、カレン……」

「ええ、サラ……」
 
 
 
 翌朝4時。

 欠伸をしながら部屋を出たキャロル。
 ぎょっとして寝ぼけ眼が冷めた。

 そこには、

「おっそぉぉぉぉぉい!!」

 サラと、

「おはよう、キャロルちゃん」

 カレンの姿があって。

「お2人とも、こんな早朝からどうしてここへっ?」

「これから4日間、あたくしたちもキャロルちゃんと一緒に修行するわ」

 と、カレン。

「えっ?」

 と耳を疑うキャロル。
 サラが続ける。

「兄貴とレオ兄も付き合うって言ってくれたんだけどさ、あの超一流ハンター2匹はちゃんと1日3食食べなきゃいけないからね。兄貴なんか特に、1日1食で精進料理を食べてたなんて言ったら親父に絞められるし」

「ちょ、ちょっと待ってください!」と、狼狽して声をあげたキャロル。「ど、どうしてカレンさんとサラさんは、わたしと一緒に修行をっ…!?」

「だってさ、1人より頑張れるでしょ、修行」

 と、サラ。
 カレンが笑顔で続く。

「あたくしたちが葉月島本土に帰るまでの4日間だけだけれど、一緒にがんばりましょうね、キャロルちゃん」

 キャロルは戸惑いながら目の前の2人を見つめる。

(わたし、あなたたちにとてもひどいことをしてしまったのに…)

 そんなことを思って、胸を痛めながら。
 そこへ、タマがやって来て言った。

「ほら、何をぼさっとしておるか、キャロル」

「だ、だって和尚さま…」

「これから4日間、カレンとサラはおまえと同じ修行僧ぞ。おまえたち、早く顔を洗ってこぬか」

 承諾したカレンとサラ。
 キャロルの後に着いて、顔を洗いに行く。

 キャロルの隣で顔を洗ってタオルで拭きながら、サラが訊く。

「ねえ、このあとは?」

 キャロルが慌ただしく駆けて行きながら答える。

「大声で読経です!」

 ということで、まずは本堂の中でお経を読むことに。
 それはタマの低い声から始まる。

「まーかーはんにゃーはーらーみーたーしんぎょおおおおおぉぉぉぉぉぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛う」

「ぷっ…」

「こらカレン、何を笑っておる!」

「ご、ごめんなさい、和尚さまが面白くて…」

「こ、こういう読み方をするものなのだっ! 笑うでないっ…!」

「はい」

 次に座禅を組み。
 タマの振るう警策が肩や背に当たる。

 ビシィっ!

「あイタ」

「何をにやけておる、サラ!」

「自由時間になったときに何回しようか考えてた」

「まったく、遊ぶことばかり考えてたのか!?」

「いや、新婚さんならではのことを」

「新婚ならではのこと?」

「交尾とか交尾とか交尾とか交尾とか交尾とか交尾とか交尾とか交尾とか交尾とか交尾とか交尾とか交尾とか交尾とか交尾と――」

 ビシィっ!

「レオンが干乾びるわ!」

「ごめんなさーい」
 その次は掃除。
 今日は大掃除の日だとか。

「わたし、掃除って下手なんですよねぇ…」

 と、溜め息を吐いたキャロル。
 もしかして、とサラに顔を向ける。

「サラさんって、魔法は何を?」

「風だけど?」

「やった!」とにやけ、戸や窓を開けるキャロル。「じゃ、お願いしますサラさん♪」

「んもう、仕方ないなあ」

 と、サラ。
 魔法で風を起こして部屋中の塵や埃を巻き上げ、戸や窓からポイっと外へ。

「きゃあ! すごいですサラさん!」

 と褒められ、調子に乗って風魔法を操るサラ。

「まーねっ! 見て見て♪ こんなことも出来ちゃうんだよね、アタシ♪」

「ちょ、ちょっとサラっ…!」

「何? カレン」

「戸が飛――」

 戸が飛びそう!

 と言おうとしたカレンだったが、遅かった。

 ドカァァァンっ!

 と飛んだ戸は、

 バァンっ!

 と外にいたタマの顔面に直撃。

「あっ」

 やばい。

 と冷や汗を掻きそうになるカレンとサラ、キャロル。
 タマがぴくぴくと顔を引きつらせ駆け寄ってくると同時に、逃げ出した。

「こりゃああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁあっ!!」

「ごめんなさあぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁあいっ!!」

 掃除が終わると時刻は正午近く。
 ここでようやく1日1回の食事だった。
 精進料理は質素ではあるものの、中々の美味。

 タマが深く溜め息を吐いて言う。

「まったく、苦労が一気に3倍だぞ…」

「ごめんなさい、和尚さま」

 と、キャロルがクスクスと笑う。
 1人で修行をしていたときより、ずっと楽しそうだ。

 そんなキャロルを見たタマ。

(修行は遊びではないが……まあ、良いか)

 と微笑んだ。
 その直後。

「おーい、マイハニーーーっ!」

「あっ、シュウだわ!」

「サラ、どこにいるの?」

「あっ、レオ兄だっ!」

 箸を放り出して外へと駆けて行ったカレンとサラを見て、再び声をあげる。

「こっ、こりゃあぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁあっ!!」

「まあまあ、和尚さま」

 とタマを宥め、キャロルも立ち上がった。
 戸口へと向かっていき、そこからシュウに目を向ける。

(ああ…、やっぱり……)

 と、微笑んだキャロル。

(カレンさんといるときのシュウの笑顔は格別だわ)

 そう改めて思った。
 それと同時に、

「あの笑顔、守らなきゃ…」

 そう呟いた。

「ああ…、そうだな……」

 と同意したタマ。
 キャロルの頭に手を乗せて微笑んだ。
 
 
 
 
次の話へ
前の話へ

目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ
inserted by FC2 system