第139話 流刑から帰りました


 流刑を終えたシュウたちの目に、ヒマワリ城の船が迎えにやって来るのが映る。
 しかも王子が乗っている。

「あ、王子さまだわ。手を振ってるわよ」

 とカレンが手を振り、

「おーい、王子さまー」

 サラも手を振り、

「本当に流刑って感じしないなあ」

 とレオンも苦笑しながら王子に手を振り返す。
 王子はカレンとサラだけに手を振っているだろうが。

 その後方、シュウはキャロルとタマと向かい合っていた。

「それじゃ、お世話になりました和尚さん」

「うむ、元気でな」

「キャロルちゃん、修行頑張って」

「はい、頑張ります」

 シュウは一度振り返って船を見た。
 もうすぐで着きそうだ。

「そうだ、和尚さん」と、タマを見たシュウ。「野生の勘ってすごいですね」

「? 何のことだ」

「オレが母さんの子供だってこと、野生の勘で分かったんですよね?」

「は?」と、きょとんとするタマ。「何を言っている? ペットの場合は知らぬが、純粋なブラックキャットは分かるものだぞ。お主がキラの力を――」

「タマ和尚!」

 と、突然レオンがタマの言葉を遮った。
 急に声をあげたレオンにシュウが驚いていると、レオンが笑顔になって続けた。

「10日間、お世話になりました」

「う、うむ…?」

「シュウ、船が着くよ。行こう」

 と、シュウの腕を引っ張っていくレオン。
 カレンとサラがキャロルのところへとやって来て、キャロルと抱擁を交わす。

「またね、キャロルちゃん。修行がんばって」

「元気でね、キャロル。ときどき遊びに来るからさ」

「はい」と、微笑んだキャロル。「カレンさんとサラさんもお元気で」

 船が見えなくなるまで、シュウたちに手を振って見送った。
 船が見えなくなった途端、キャロルがしゅんとする。

「あーあ…、行っちゃった……」

「ああ、行ってしまったな。だが、また遊びに来てくれるぞ?」

 とタマがキャロルの頭を撫でると、キャロルがまた笑った。

「はい。次にシュウさんたちが遊びに来てくれるときまでに、一人前の尼になって見せます!」

「うむ、その意気だ」

「はい。…ところで和尚さま?」

「む?」

「さっき、シュウさんに何て言おうとしたのです?」

「ああ、そのことか。『お主がキラの力を受け継いでいることなんて』と言おうとしたのだ」

「キラさまの力?」

「ああ。闇の力だ。シュウはハーフとは思えぬほど強い闇の力を持っている。あれは紛れも無く、キラの力を継いだのだと分かった」

「わあ、すごいですね」と、キャロルが声を高くした。「でも、シュウさんはそのこと知らなそうでしたね」

「たしかに…、そんな感じであったな」

「それに、レオンさんの様子見ると言っちゃいけないことのように思いましたけど」

「……」

「今頃レオンさん、シュウさんに問い詰められてたりして。和尚さまのせいで」

「えっ!?」と動揺して声を裏返したタマ。「…うおっほん!」

 と咳払いをし、寺へと踵を返して行った。

「タ、タマ知ーらにゃいっ…」
 
 
 
 キャロルとタマの姿が見えなくなると、王子がカレンとサラの腰に手を当てた。

「疲れたであろう、カレン、サラ? 中で休むと良いぞ」

 と、カレンとサラをキャビンへと連れて行く。
 その後を着いて行こうとしたレオンを、シュウが呼び止めた。

「なあ、レオ兄。訊きたいことがあるんだけど」

 レオンが振り返ると、シュウが困惑したような顔をしていた。

「……何? シュウ」

「さっき和尚さん、オレに何て言おうとしたの? オレが母さんの力を、何?」

「さあ?」

「惚けないでよ。知ってんだろ? レオ兄は」

 レオンはシュウの顔を見つめたあと、シュウの傍らに並んだ。
 手擦りに手を掛け、シュウに横顔を見せる。

 シュウが黙って返事を待って数分。
 レオンが口を開いた。

「君はキラの闇の力を受け継いでいたんだよ、シュウ」

「――えっ…?」

 耳を疑ったシュウ。
 レオンが続ける。

「僕もタマ和尚がシュウのことキラの息子だって当てるまで、気付かなかった。僕はブラックキャットの闇の力を受け継がなかったから。純粋なブラックキャットとなれば、相手が闇の力を持っているか持っていないかなんて一目瞭然なんだ」

「ま、待ってレオ兄っ…! 頭が着いて行かねえっ…!」

 頭の中、必死にレオンの言葉を受け入れようとするシュウ。
 だが、そう簡単には行かなかった。
 今まで18年間、そんなこと聞かされていなかったから。

 間を置き、レオンが続ける。

「しかもタマ和尚は、何故シュウがキラの息子であることまで当てたと思う?」

「そ、そうだよ、何で? オレの中の闇の力が、何で母さんから受け継いだって分かったの?」

「それほどまでに、君は強い闇の力を持っているから」

「えっ…!?」

「もちろん、それはまったくもってキラの闇の力には敵わないだろうけど。それでもキラの息子だって分かるほど、君は強い闇の力を持っているんだよ」

「そんな…カバなっ……!」

「ヒースさん風に言わなくてもいいし」

「オレがっ…、オレが闇の力を? それって、破滅の呪文を使えるってことで…! 待ってくれよ、このオレがっ……!?」

「あくまでも君はハーフだから、破滅の呪文って言えるほど強力ではないと思うけどね。使えば怪我は負うものの、己の身が消滅してしまうことはないだろうし…。それにもしかしたら半端な分、1回だけじゃなく何度か使えるのかもしれないよ」

「……」

 レオンの言葉を聞いているうちに、だんだんと現実が飲み込めてきたシュウ。
 冷静になってきたら、疑問が浮んできた。

「母さんは、何でそのことオレに教えてくれなかったの!?」

「……全ては、愛する主のため」

 キラの愛する主=リュウ。

 どういうことか、シュウは数分の間考えた。
 そして答えが分かり、ぼそっと呟く。

「たまーに思うけど…、何だかんだでオレも親父に愛されてるよなあ……」

「とてもね」

 そう言って、レオンが笑った。
 
 
 
 その日の夜、葉月島本土へと帰ってきたシュウたち。
 本土はすっかり梅雨真っ只中のようだった。

 城の車で送ってもらって帰宅。
 玄関の扉を開けるなり、

「おかえりなさいなのだあああああああああっ!!」

 とシュウに飛びついたリン・ラン。
 その傍らでは、リュウが両腕を広げている。

「おかえり、サラ。え、何? 父上がいなくて寂しかった? そーかそーか、さあ父上の胸に飛び込んで来い」

「はいはい」

 とリュウの胸に飛び込んでやるサラ。
 カレンが眉を寄せる。

「お義父さまの目にはサラしか映ってないんですの?」

「ん? おー、おまえもおかえり」

 と、リュウがカレンの頭を撫でる。
 レオンが苦笑した。

「あのー、リュウ? 僕たちには?」

「あ?」と、シュウとレオンに顔を向けたリュウ。「何だ、おまえらも帰ってきたのか」

「当たり前だっ!!」

 とシュウが突っ込んだとき。
 キラが奥から駆けて来た。

「おかえり、シュウ、サラ、レオン、カレンっ…!」

「ただいま」

 と、声をそろえたシュウとカレン、サラ、レオン。

「流刑は楽しかったかっ?」

「えーとお」と、苦笑するレオン。「流刑とは思えないほど…ね……」

「そうか、良かったな」

「でさでさ」と、サラ。「結構すごいお知らせあんだけど!」

「すごい知らせ?」

 と、リュウとキラが声をそろえた。

「離島にお寺があったんだけどさ――」まで言って、言葉を切ったサラ。「やっぱ後で言う。先にお風呂入りたいや」

「ああ、オレも」

 とシュウが言うと、リン・ランが急いでシュウとカレンの部屋へと風呂を溜めに向かって行った。
 サラとレオンも自分たちの部屋へと向かって行き、カレンもその後を着いて行く。

「んじゃ、リビングで待ってるか」

 と、リュウもその場を去る。

 玄関に残されたシュウとキラ。
 キラがシュウの顔を見上げて口を開く。

「シュ、シュウ、そのっ、あのっ……」

 シュウは頷いた。

「親父のために黙ってたんだろ? 母さん」

「えっ…?」と小さく声をあげたキラ。「……う、うむ」

 と頷いた。

「…隠されていた力を知って…帰ってきたのか……」

「うん」

「たっ…、頼むシュウっ!」と声をあげたキラの瞳が潤んでいく。「リュウにはっ…! リュウには言わな――」

 シュウはキラの口を手で塞いだ。

「そんなにでかい声出したら聞こえちまうよ。…大丈夫、親父には絶対に言わねーから。それに破滅の呪文、まだ訊かないから」

 キラが安堵したように頷くのを見たあと、シュウは自分の部屋へと戻っていった。
 
 
 
 久しぶりの自宅リビング。
 両親や弟妹、グレルの顔を見回すシュウ。

(ああ…、やっぱ自分ん家はいいな)

 なんてしみじみ思う。
 グレルに抱っこされているレオンを見て苦笑してしまうが。

「ちょ、ちょっとグレル! 何で抱っこすんのさ!?」

「だって10日間も愛猫がいなくて寂しかったんだぞーっと」

「だからって、僕もうイイ大人なんだから止めてよ恥ずかしいっ!」

「照れ屋だな、オレの愛猫は♪ 可愛いぜーっと♪ ちゅっ、ちゅっ、ちゅううううう(ハート)」

「うっわあぁぁああぁぁあ! キスしないでえぇぇええぇぇぇえぇぇえっ!!」

「おい、BLは外でやってくれ」と、トリハダを立てながら言ったリュウ。「んで」

 と、サラの方を向いた。

「離島に寺があって、どうしたって?」

「ああ、そうそう」と、久しぶりのビールを飲みながらサラ。「そこにさ、ブラックキャットの和尚さんがいたんだけど」

 ちなみにキャロルがいたことは内緒にすることにしている。
 キャロルがサラを傷つけたことがある、ということを知らないリュウには言わない方が良い気がして。
 不審に思ったリュウがゲールに問い合わせたなんてことになったら、恐ろしくて仕方が無い。

 シュウが続く。

「そのブラックキャットの和尚さんがさ、何とうちの神の友だったんだぜ!?」

「え」

 と、きょとんとしながら声をそろえたシュウとカレン、サラ、レオン以外の一同。
 数秒して、驚愕した。

「ええっ!!?」

 急に騒然とするリビング。
 リュウがソファーから立ち上がり、着ていたシャツを脱ぎ捨てる。

「おいキラ、俺のスーツ!」

「って、今から行くのかリュウっ!?」

「ええっ!?」

 と、声をあげ、シュウとカレン、サラ、レオンが慌ててリュウを押さえつけた。
 キャロルのことを黙っているのに、これじゃあ意味がない。

「なっ、何言ってんだよ親父っ!? そのっ…、急に行ったら迷惑だろっ!?」

「そうですわ、お義父さまっ! 和尚さまにも都合というものがあるのですわっ!」

「シュウとカレンちゃんの言うとおりだよ、リュウ! 落ち着いて!」

「そそ、落ち着いてよ親父。そして早くシャツ着てくんない?」と、リュウの胸元に目をやるサラ。「お姉ちゃん痴女になってるからさあ」

 自分の胸元に目を落としたリュウ。
 ぎょっとする。

「ミ、ミラ…!?」

「この首筋、肩、大胸筋に腹筋…、どこを見てもパパってば、せくすぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっ……! あぁんもう、抱かれたあぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁいっ!!」

「…パ…パパも落ち着くからおまえも落ち着け、ミラ。出産のときは鼻からスイカ出てくるくらいイテェって言うし、パパに抱かれるときは鼻にメロン突っ込まれるくらいイテェよ?」

「ほお?」と、引きつったキラの顔。「約19年前、そうと分かっていながら私を容赦なく抱いたのかおまえは」

「ああ、容赦なく突っ込んだな俺」

「わっ、私は本気で痛かったのだからなっ…!」

「俺は本気で気持ちよかったんだぜっ…!」

 と顔を恍惚とさせたあと、再びシャツを着たリュウ。
 顔を赤くするキラを抱っこし、再びソファーに腰掛ける。

「とりあえず、神のご友人を訪ねるのはまた今度にするか。たしかに向こうにも都合っていうもんがあるからな」

 それを聞いたシュウとカレン、サラ、レオンは安堵した。

「んで」と、リュウが続ける。「神のご友人がそこにいるってことは、神もそこ出身だったってことか」

「おう、そうみたいだぜ」と、シュウ。「それから、母さんもそこで産まれたっぽい」

「ほお、そうなのか!」

 とキラが声を高くする一方、リュウが納得したように言う。

「だろうな。そこの島のブラックキャットが本土よりも強いって話を聞いたとき、そうじゃねーかと思ったぜ」

「母さん、生後1ヶ月くらいまでそこにいたんだってさ。じーちゃんと、その友――あ、名前はタマさんね」

「タマ!」と、鸚鵡返しに言ったリュウ。「何て高貴なお名前だ…!」

「……。そ、そうかな…」

「神と合わせてポチタマだぜ……!!」

「……。そ、それで、昔じーちゃんとタマ和尚の間にいざこざみたいなのがあったみたいでさ。じーちゃんその島離れて、葉月島本土に母さん連れてやって来たみたい」

「ほお」と、キラ。「私が生まれて1ヶ月のときにか。道理で覚えていないわけだぞ」

「ねね」と、ユナがシュウを見た。「そのタマさんって、どんな猫だったのっ?」

「ええとお…」と、タマを思い浮かべるシュウ。「実年齢は62でー」

「外見年齢は25歳くらいで、瞳の色は灰色だったのですわ」

 と、カレンが続いた。
 うんうんと頷きながら、レオンも続く。

「それから、桂月村を守っている高僧でね」

 最後にサラも続いた。

「それでいて案外ドジでマヌケで、ツッコミかと思いきやボケで、面白い黒猫だったよー」

 興味津々とシュウたちの話を聞いていた一同。
 一通り話が終わると、それぞれ自分の部屋へと戻って行った。

 リュウがリビングから出て行く前、シュウが呼び止める。

「なあ、親父」

「何だ」

「あ…のさ……?」

 と、言いづらそうに目を逸らしたシュウ。
 それを見たリュウの顔が、見る見るうちに驚愕していく。

「バっ…、バカヤロウ!!」

 すっっっぱーーーーんっ!!

 と、リュウの投げたスリッパがシュウの顔面に命中。
 シュウの身体がソファーの上に吹っ飛ぶ。

「いってえぇぇっ…!! いきなり何す――」

「あれほどゴムつけろって言ったじゃねーか!!」

「は? 何言っ――」

「それなのに生で楽しむったあ、どういう了見だ!!」

「そうじゃな――」

「ゴム5ダース持たせてやったっつーのに!!」

「ちょ――」

「おまえ10日で5ダースじゃ足りねえって言うのか!?」

「聞い――」

「俺も足りねーよ!!」

「どんなバケモ――」

「カレンはちゃんと安全日だったんだろうな!?」

「待っ――」

「といっても生理不順だったら危険日の可能性もあるんだからな!?」

「親父――」

「おまえ俺をもう祖父さんにする気か!?」

「だから――」

「そんなにお父上様をいじめてえのか!?」

「ねえ――」

「どんなひでー親不孝者だおまえは!!」

「おい――」

「マジ信じらんねえ!!」

「ちょっと――」

「涙が込み上げてきたぜお父上様は!!」

「あの――」

「おーーーいおいおいっ!!」

「泣かな――」

「じゃ、おやすみ」

「おう、おやすみ――って、待てえぇぇえええぇぇぇぇええぇぇぇえぇぇぇええぇぇえっ!!」

 と、くるりと背を向けたリュウに向かって叫んだシュウ。
 リュウが眉を寄せながら振り返る。

「何だよ、うるせーな。俺キラとイトナミの時間なんだけど」

「オレの話を聞けっ!!」

「まだ何かあんのかよ、おまえ」

「まだ用件言ってねえっ!!」

「だったら早く言えよ」

「お、おうっ…! そ、そのっ……」と、再びリュウから目を逸らすシュウ。「親父…さ? オ…、オレのこと愛してるっ?」

 ビシィっ!!

 とシュウの頬に命中したリュウの平手。
 再び吹っ飛んだシュウの身体は、

 ドガァっ!!

 と向かいのソファーへ。

「気色わりーこと訊いてんじゃねえ! 張り倒すぞ!!」

「はっ、張り倒してから言うなっ!!」

「BLはレオンと師匠だけで充分だ!!」

 と、どかどかと足音を立ててリビングの戸口へと向かっていくリュウ。
 シュウの顔が膨れた。

(やっぱ親父に愛されてるなんて、大間違いだった! オレの帰りなんか、待ってなかったんだろうな……)

 と思ったとき。
 リュウが戸口で立ち止まった。

「おい」

 とシュウに背を向けたまま言う。
 シュウはぶっきら棒に返事をする。

「何だよ」

「まだ言ってなかった」

「だから何」

「…………おかえり」

「えっ?」

 と短く声をあげたシュウ。
 リュウが帰りを待っていてくれたのだと分かって、ちょっと照れくさそうに応えた。

「う、うんっ…! …たっ…ただい――」

「俺の玩具」

「玩具かよっ!!」

 リュウがリビングから去って行く。
 シュウは溜め息を吐いて苦笑した。

(ああ…、すげー帰ってきたって感じ……)
 
 
 
 その頃。
 サラ・レオンの夫婦部屋にて。
 カレンも一緒に3人で話していたとき、サラが突然口を押さえて立ち上がった。

「き、気持ち悪い…」

「えっ!?」

 と、声をあげたカレンとレオン。
 サラの顔色が悪い。

「やっ、やだっ、どうしたのよサラ!?」

「大丈夫!? サラ!?」

 カレンとレオンの心配そうな顔を見たサラ。

「ヤダな、そんな顔しないでよ。待ってて、今いつだったかのリンクさんのようにコメディに頑張るからさっ…」

 と、トイレへと駆け込んでいく。
 そして、

「オっ…、オロロっ! オロロロロロっっ!! オロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロっっっ!!!」

 と、それはもう滝のように嘔吐した。

「――サ、サラァァァァァァァ!!?」
 
 
 
 
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