第13話 障害物マラソン その3


 ――続の続・『葉月島ハンターVS文月島ハンター障害物マラソンIN文月島』

 シュウとレオンは今、100km地点を走っていた。
 コースのちょうど半分だ。

「や、やっと半分かよっ……!」

「あと半分頑張ろう、シュウ」

「お、おう、レオ兄っ……! ところで親父の奴、今どのへん走ってんだろっ……?」

 そうシュウが疑問に思ったとき、ポケットの中で携帯電話が鳴った。

 噂をすれば何とやら。
 リュウからだった。

「も、もしもし、親父っ……?」

「なあ、シュウ。おまえ今どこ走ってんの?」

 と、リュウ。
 その周りからは、女たちの黄色い声が聞こえた。

 シュウは眉を寄せる。

「親父こそ、今どこ走ってんの?」

「走ってねーよ。休んでる」

「へえ、やっぱり親父も人間だな」

「さっきゴールテープちぎってよ」

「へえ、そうなんだ――……って、アンタもうゴールしちゃったんだ!?」

「おう、1位でな。おまえ2位になれっかもよ? ゲールの奴、まだ姿見えねえ」

 そんなリュウの言葉が意外で、シュウはきょとんとしてしまう。

「へ? んなの? てっきり親父と並んでんのかと思ってた」

「最後の障害物までは並んでたんだけどよ、あの変態、最後の障害による快感に耐えられなかったみてえ」

「は?」

「まだ快感味わってんのかもな。――って、おっ、俺の可愛い黒猫がヘリから降りて来たぜ! おい、キラー! 喜べ、俺1位だぜ! 今夜奉仕してくれるよなあ!? 明日の朝までとは言わず、明日の昼まででも構わないぜ、俺は! ……え、何、無理? 水臭ぇな、遠慮無用だぜ――」

 電話が切れる。

 シュウはポケットに携帯電話を戻すと、眉を寄せてレオンの顔を見た。

「ねえ、レオ兄。親父ゴールしたみたいなんだけどさ」

「おかしいよね」

「うん、おかしいよね。んで、ゲールさん最後の障害物のところで快感を味わってるらしいんだけどさ……」

「ああ、彼はドMだからね」と、レオンが苦笑する。「もしかしたら、物凄く痛ーい障害物が待ってるのかも……」

「痛ーい障害物」シュウは鸚鵡返しに言って、顔を引きつらせた。「な、なんだ? まだあと100kmもあるし、最後の障害物はリン・ランじゃねーのか……? リン・ランてまだ魔法学校の3年生だけど、たしか6年生のトップよりも魔力あるハズなんだけど……」

 シュウよりも少し魔力の低いリン・ランを上回るとしたら、超一流ハンターが最後の障害物として待ち構えている気がした。
 そうなると、まだ一流ハンターのシュウがそこを突破するのは難しいわけで。

(いや、でも魔法学校の生徒が障害物担当って言ってたよな……)

 それなら、葉月島と文月島の魔法学校でリン・ランを超える魔力の生徒はいないはずだ。

(やっぱり、ラストはリン・ランだよな……?)

 そうとしか考えられない。
 シュウはそう思うことにして、コースを足取り軽く進んで言った。
 
 
 
 150km地点。
 顔を傾ければ砂浜と、夕日に染まった紅い海。
 しばらく障害物がないと思ったら、やっと現れた。

 双子のリンとランが。

 道路脇のテトラポットの上、リンとランが座っている。
 これがラストの障害物かどうかは分からないが、とりあえずブラコンのリンとランは手加減してくれるだろう。
 そんな期待に胸を膨らませながら、シュウは笑顔でリン・ランに手を振った。

「おぉーい、リン・ラン! 兄ちゃん来たぞーっ!」

「兄上っ!」リン・ランが笑顔になり、ぴょんと立ち上がった。「がんばるのだっ、兄上ーーーっ!!」

「おう! おまえたち障害物担当なんだろっ?」

「う、うむ!」

 そう揃って頷いたあと、リン、ランと交互に言う。

「で、でも、兄上っ!」

「わたしたち、大好きな兄上にとてもではないが攻撃できませんですなのだ!」

「よって、兄上っ!」

「このままここを通過してくださいなのだっ!」

 ああ、リン・ランよ。
 おまえたちは天使だな。
 三つ子にさんざんいじめられた兄ちゃん、目頭が熱くなりそうだぜ。

 シュウは言う。

「ありがとう、おまえたち…! だが、そんなのズルして勝ったことになっちまう! それじゃ、兄ちゃん嬉しくもなんともねえっ!」

「あっ…兄上っ……!」

「さあっ! 兄ちゃんの愛する妹リン・ランよ! 気にせず力いっぱい兄ちゃんの進行を阻んでくれっ!!」

 なんて両腕を広げ、絶対手加減してくれることを信じて言ったシュウ。

 リン・ランの黄金の瞳が見る見るうちに潤んでいく。
 2匹そろって零れ落ちてきた涙を手の甲で拭い、リン、ランと交互に言う。

「あっ、兄上っ!」

「わっ、わたしたち、猛烈に感動しましたなのだっ!」

「それでこそ大好きな兄上ですなのだっ……!」

「それでこそ尊敬できる兄上ですなのだっ……!」

「ああ、兄上よ!」

「わたしたち、了解しましたなのだ!」

「兄上に従いますなのだ!」

「胸が潰れそうだけど、兄上に従いますなのだ!」

 ああ、素直な妹たちよ!
 胸を押し潰されそうになりながらも、兄ちゃんの指示に従ってくれるんだな!
 なんっっって健気なんだ!
 兄ちゃんは最高の妹を持ったぜ――……て?

 ……あれ?

 何?
 なんだって?

 兄ちゃんに従う?
 オレ何て言ったっけ?

 シュウ、自分の言ったことを思い出すまでに数秒間動作停止。
 そのあと、全身から冷や汗が噴出しそうになった。

 オレ、『力いっぱい進行を阻んでくれ』って言った……!?
 ていうか、言ったよな……!?

 え、何!?
 従っちゃうの!?
 素直に従っちゃうの!?

 ちょっ、待っ……!!

 従うんじゃねえコラっ!!
 おまえら第二反抗期に入れよ!!

 大体、何でオレの本心を察することができねーんだよ!?
 これだから困るんだよ、母さん似天然バカ猫はよ!?

 リン・ランの銀髪がゆらゆらと揺れ出す。

「ちょっと待っててくださいなのだ、兄上」

「今魔力を最大限に引き出してますなのだ、兄上」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」

 ふざけんなっ!!

 リン・ランに片手を伸ばし、必死に首を横に振るシュウ。

「リン・ラン! やっぱいいや、うん! 兄ちゃん傷つけるの辛いだろっ!? 兄ちゃんは、可愛いおまえたちに辛い思いをさせたくねえ!」

「兄上っ……!」

 リンとランの瞼が再び涙に濡れる。

「ありがとうござますなのだ、兄上!」

「わたしたち嬉しいですなのだ、兄上!」

「わたしたち、本当に辛いですなのだ!」

「兄上のこと傷つけると思うとっ!」

 よーしよーし、良い子だ。
 そのまま優しくオレの進行を阻んでくれ。

 と、ほっと安堵したシュウだったが。

   リン・ランが涙を拭って、シュウに笑顔を見せて言う。

「でもわたしたち、兄上のお役に立ちたいですなのだ!」

「わたしたち、兄上のために頑張りますなのだ!」

 がっ……、頑張るんじゃネエェェェェェ!!

 そんなシュウの心の中の突っ込みなんて、リン・ランが察するわけもなく。
 にこにこと笑い、声をそろえた。

「ブリザードッ♪」

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!

 と、強烈な暴風雪が辺りに現れ、シュウとレオンの身体を巻き上げていく。

「兄上ーっ」と、下の方からリンとランの声。「どう?」

「ううーん、マラソンで火照った兄ちゃんの身体に心地良ーい風☆」

 ――な、わきゃねえだろっ!!
 サミイィィィィィィィィィィィに決まってんだろうがっ!!

 こんなときにボケてやってんじゃねーよオレ!!

 真っ白な視界の中、シュウは必死に手をあちこちに伸ばした。

「レオ兄っ! レオ兄っ、どこいんの!? やべっ…、息苦しくなっ……!」

「ここだよ、シュウ!」

 レオンがシュウの腕を掴んだ。
 シュウの頭を胸元に寄せて、両腕で抱える。

 レオンの腕でシュウの顔周りの風が遮られ、シュウは呼吸を整える。

「あ…ありがと、レオ兄っ……」

「大丈夫? シュウ」

「う、うん…、なんとかっ……」

「だけど、困ったね。この暴風雪の中から、どうやって抜けようか」

「魔法さえ使えりゃ、どうにでもなったのにっ……! ああ…、手がかじかんできた……」

 寒さでシュウの体力が奪われていく。
 シュウの様子を見たレオンは言った。

「僕が魔法を使うから、シュウはその間に次に進むんだよ?」

「えっ……!?」

「雪までは消せないけど、風なら静められるから」

「な、何言ってんだよ!? 魔法使ったら、レオ兄が失格になっちまう!」

「僕は良いんだよ、勝負ごとはあまり好きな方じゃないしね」そう言って、レオンが笑った。「まあ、葉月島の超一流ハンターとして、ゴールできないのはリュウに怒られるかもしれないけど。でも、シュウがゴールできないのと僕がゴールできないのじゃ、リュウの怒り度はまるで違うし」

 たしかに、リュウはレオンがゴールできないよりも、シュウがゴールできなかった場合の方がブチ切れるだろう。

「で、でも、レオ兄っ」

 せっかくここまで走ってきたのに、オレのために失格になるなんて……!

 シュウが戸惑っている間に、レオンが魔法で風を操って静めていった。
 ついさっきまではシュウとレオンの身体を巻き上げるほど強かった風がなくなり、シュウとレオンは地面に落ちていった。

「あれ」と、リン・ランがぱちぱちと瞬きをして声をそろえる。「レオ兄、失格ですなのだ」

「うん、いいんだ」

 そう言ってリン・ランに笑顔を向け、レオンはシュウの身体を支えながら地に足を降ろした。
 困惑したシュウの顔を見て、レオンが微笑んで言う。

「さあ、あと50kmだよ」

「…レ、レオ兄っ……!」

「頑張ってゴールするんだよ、シュウ?」

 感動に込み上げてきそうな涙を堪えながら、シュウは頷いて再び走り出した。

 ああっ、レオ兄……!
 オレが女だったら、あなたにゾッコンLOVEだったよ!!

 オレ……!
 オレ、絶対にゴールするぜえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
 
 
 
(いや、うん、あのさあ……、何で?)

 ゴールまであと10km地点。
 シュウは立ち止まった。

(何で、魔法学校の生徒じゃねー人が立ってんだ?)

 すっかり日が暮れて暗くなったが、キラの夜目が利くところは受け継いだシュウ。
 次の障害物担当者を見て、顔が引きつる。

(この障害物マラソン、どんだけ難易度たけーんだよ……!?)

 シュウの視線の先には、2人の人物。

「…ああっ…イイッ…! もっと…もっと私に苦痛という快楽をっ……!」

 文月ギルドのギルド長兼、超一流ハンター兼、超一流変態のゲールと、

「なーんだよ? もっとかよ? 仕方ねーなーっと♪ んじゃあ次はー、バックドローーーップ♪」

 リュウとリンクの師匠で、雑誌月刊『NYANKO』と月刊『HALF☆NYANKO』の編集長であるグレル。
 ゲールは選手なのだから、グレルが障害物担当ということだった。

(どーすりゃいいんだよ、これ……)

 シュウは困り果てる。
 葉月島でリュウとタメを争えるとしたら、この一見クマのような大男のグレルだけであって。
 まだ超一流ハンターに満たないシュウがそんな男を突破していくのは、難易度MAXなわけで。

(たしかにこりゃ、ドMのゲールさんが快感を味わえてしまうほど痛ーい障害物だな……)

 シュウは唾をごくりと飲み込んだ。

(親父、レオ兄…、ゴールがオレを拒否するぜ……)




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