第12話 障害物マラソン その2


 ――続・『葉月島ハンターVS文月島ハンター障害物マラソンIN文月島』。

「シュウの妹たちが障害物担当として待ち受けているんだろうね」

 そんなレオンの言葉に、シュウは狼狽せずにはいられなかった。
 リュウとゲールを除く、先頭集団としてレオンと共に走っていたシュウは、あまりの焦りに声が裏返ってしまう。

「レ、レオ兄っ!? そっ、それやべーんじゃねえかな……!?」

「魔法学校に入学し立ての三つ子のユナでさえあの威力だったから、リン・ランが待ち構えている地点は苦戦するハンター多いだろうね」

「あっ……、危なすぎるって!! 三つ子の中で一番魔力がないユナでアレだったんだぜ!? 選手が魔法使っていいならずっと楽だけど、選手は魔法禁止なんだぜ!? 脱落者多すぎるだろ!!」

「そうだね」と、レオンが苦笑した。「とりあえず新米ハンターは、あそこさえ突破するのは難しいだろうね……」

「つっ、次は三流ハンターが脱落する番か!?」

「かも……」

 と、なると。
 次に待ち構えているのは、三つ子の中で2番目に魔力の高いレナのように思えた。
 
 
 
 そして的中。

 60km地点を過ぎると、道路の真ん中にレナが座っているのが見えた。
 何をしているのかと思いきや、弁当を食べている。
 ちなみに重箱四段

「そっ、そんなところで弁当を食うなっ、レナ!」

「あっ!」と、レナがシュウに気付いて声をあげた。「兄ちゃんおそおおおおおおおおおい!! パパなんて、とーーーっくの昔に行っちゃったよ?」

「あっ、あのバケモノと比べないでくれっ!」

「だらしないなあ、もう」

 そう言って溜め息を吐きながら、レナが弁当を道路の脇に避難させた。
 道路の真ん中へと戻ってきて、シュウに手をかざす。

「それじゃあ、妨害いっちゃうよーっ!」

「よ、よし!」

 どんと来いっ!!

 レオンと共に、構えたシュウ。
 レナが張り切った様子で声をあげる。

「サンダァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 ズガアアアアアアアアアン!!

 シュウ目掛けて、稲妻が降り注いだ。
 瞬時に飛び退けたシュウは、笑い声をあげる。

「はっはっはー! 魔法が飛んでくるって分かってれば、兄ちゃんはちゃーーんと避けられ――」

「サンダー!」

 ズガーン!

「ぶっ!? ちょ、不意打ちはやめ――」

「サンダサンダー!!」

 ズガーンズガーーン!!

「ちょっ、レナ待っ――」

「サンダサンダサンダサンダサンダサンダァーー!!」

 ズガンズガンズガンズガンズガンズガーーーン!!

「ぎっ、ぎゃああああああああああああああああっ!!」

 待ってくれ、我が妹よ!
 おまえ何のつもりだよ!

 容赦なく降り注がれる稲妻を、シュウは顔面蒼白して飛び退ける。

 お、おいレナ!
 オレ兄ちゃんよ!?
 おまえの兄ちゃんよ!?
 すーげー血縁者よ!?

 本気で魔法ぶっ放してんじゃネエェェェェェェェェ!!

「お、おいっ、レナ!?」

「何、兄ちゃん」

「にっ、兄ちゃん何かレナに恨まれるようなことしたかなああああああああああ!?」

「いっつもいっつも」

「いっ、いつも!? いつも兄ちゃん何かしたか!?」

「弁当」

「べっ、弁当!?」

「たりなあああああああああああああああああああい!!」

 じゅっ、重箱四段じゃダメですかーーーーーっっっ!?

 必死に逃げるシュウを見ながら、レナが身体中に気合と魔力を込める。

「にいぃぃぃちゃあああああああああん……!!」

 顎まであるレナの銀髪が、ゆらゆらと揺れ出す。
 シュウはごくりと唾を飲み込んだ。

「まっ、まっ、待て、レナ! 落ち着いてくれっ……!」

「スペシャル」と、レナの手が逃げるシュウにターゲット固定。「サンダアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!」

 ズガアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!

 シュウの脳天直撃ィィィィィィィィィィィ!?

 ――と、思いきや。

 稲妻がシュウに達する前に、機敏なレオンがシュウを担いでこの障害物を突破した。
 後方からレナの叫び声が聞こえてくる。

「兄ちゃん待てえええええええええええええっ!!」

「重箱五段にするから許してくれ、レナァァァァァァァァァァァァ!!」

「約束だからねえええええええええええええええ!?」

 約束するぜ、我が妹よ!

 シュウは心に誓った。

 ああ、レナよ。
 おまえの食い意地……本物ダゼ。

 尊敬の眼差しでレナの姿が見えなくなるまで見つめたあと、シュウはレオンの肩から降ろしてもらった。
 再び自分の足で走りながら、レオンの顔を見る。

「あ……ありがと、レオ兄」

「うん。食べ物の恨みって、怖いよねえ……」

 そう言って苦笑するレオン。
 同意して、シュウも苦笑した。

「それでさ、シュウ」

「うん?」

「レナの次は、やっぱりマナかな」

「だと思う……」

 三つ子の中、魔力が弱い順にユナ、レナ、マナ。
 この障害物マラソン、走っていけば走っていくほど難易度がじわじわと増していく気がした。

 そうなると、順番的に次はマナだった。
 
 
 
 ほーらね。

 シュウは苦笑する。
 やっぱり、レナの次はマナだった。

 90km地点を目前にしたあたりで山道に入り、その脇にある木の枝のところにマナが座っている。

 マナが片手をあげて、小さくシュウに手を振る。
 恐る恐るといったように、シュウも片手をあげた。

「い、いよう、マ――」

「メテオ」

 ハイ、いきなりキターーーーーーー!!

 シュウとレオンを、突然上空に出来た影が包み込む。
 顔を上げれば、そこには召喚された隕石さんこんにちは。

 ズドオォォォォォォン……!

 落下してきた直径5mの隕石を、シュウはレオンと共にガニ股になって両腕で支える。

「ぐおぉぉぉぉ……!」

 シュウの両腕がぷるぷると震える。
 膝が曲がっていく。
 足が地にめりめりとめり込んでいく。

「シュ、シュウ」

「な、何、レオ兄」

「い、いい? せーので前方に投げるよ?」

「お、OK」

「じゃ、じゃあ行くよ?」

「う、うん」

 せーのっ!!

「うおぉりゃああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあっっっ!!」

 雄叫びと共に、シュウは力いっぱい隕石を放り投げた。

 ピューーー

 と、微妙な弧を描き、前方へと飛んでいった隕石。

 ピューーー

 と、綺麗な弧を描き、戻ってきた。

「え」

 ズドオォォォォォン!!

 と、レオンと共に落ちてきた隕石の下敷きになったシュウは、潰れた声をあげる。

「グエェェェェェ……!」

 マナが言う。

「甘いよ、兄ちゃん…」

 うん、そうだね。
 兄ちゃんが甘かったよね。

 指一本で隕石操っちゃうもんね、マナちゃんね。
 兄ちゃん潰すときも無表情だもんね、マナちゃんね。
 何気に一番怖いよね、マナちゃんね。

 シュウは身体が押しつぶされていく感覚を存分に味わいながら、木の上にいるマナを見上げた。
 このままでは突破出来ないと、交渉に出る。

「よ、よ、よし、マナ。に、兄ちゃんに何をしてほしいんだっ? んっ……!?」

「今夜…」

「こ、今夜なんだっ? さ、さあ、遠慮なく言ってみろっ……!」

「新鮮な…」

「し、新鮮なっ? さ、魚かっ? 魚の内臓だなっ……? 兄ちゃん釣ってく――」

「イナゴの炭火焼が食べたい…」

「……。…いっ、今は春だから難しいかなっ……」

「そう…。じゃあ、通してあげない…」

 と、マナが人差し指をひょいと下に動かした。
 さらに隕石に押しつぶされ、シュウの視界に三途の川がちらつく。

「グエェェェエエェェェ……!! わ、わ、わ、分かったっ! 分かったよ、マナ……! い、今は秋だろう遠い島まで行って、イナゴ捕まえて来るよ兄ちゃんっ……! で、で、で、でも、スゲエェェェェ遠いから明日の夜で許してくれねえかなっ……!?」

「明日の夜…か…」と、溜め息を吐いたマナ。「…まあ、いいよ…」

 そう言い、ひょいと人差し指を上に動かして隕石を持ち上げた。

(た、助かった……!)

 シュウは危うく潰れかかった身体を、レオンに抱き起こしてもらった。
 マナが言う。

「行っていいよ、兄ちゃん…」

「あ、ありがとうございます……」

「がんばってね…」

「お、おう。兄ちゃんがんば――」

「イナゴ獲り」

「……。うん…」

 我が妹・マナよ。
 兄ちゃん、ちょっと泣きそうダヨ……。

 レオンと共に、シュウはよれよれと再び走り出した。
 生気を失っているシュウの横顔を見て、レオンがシュウの肩をぽんと叩く。

「ぼ、僕も一緒にイナゴ獲りに行くから元気出して、シュウ」

「レ、レオ兄…!」シュウの瞳が感動に潤む。「なんっっって優しいんだ、レオ兄! 大好きだ、レオ兄……!」

「大袈裟だね」

 そう言って笑ったレオン。
 そのあと顔が強張る。

「ところで、マナってちょっとリュウに似てきたんじゃない? キラから受け継いだ天然バカに加えてリュウの鬼っぷりって考えると、本気で末恐ろしいよね」

「……」

 天然バカの上に鬼。

 想像したシュウの顔が蒼白していく。

「ご、ごめん、シュウ。変なこと言っちゃったねっ……!」レオンが慌てて言い、話を逸らした。「ほ、ほら、シュウ? 次の障害物担当は、リン・ランだろうね! あの双子はシュウのこと大好きだし、きっと優しくしてくれるに違いないよ?」

「おお……」

 そうだ。
 きっとそうだ。

 リン・ランは兄ちゃん大好きブラコンだもんな!
 兄ちゃんのため、きっと手加減しまくってくれるぜ!

 シュウはすっかり生気を取り戻し、元気良く駆け出した。

 ゴールまであと約110km。
 この時点で三流と二流ハンターがもろもろと脱落し、選手の数はスタート当初の四分の一に。

 シュウは気合を入れなおして叫んだ。

「絶対5位以内に入ってやらあああああああああああああああ!!!」
 
 
 
 
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