第11話 障害物マラソン その1
――4月半ば。
シュウがカレンと共に昼食を食べに一旦帰宅すると、キッチンのテーブルには同じく一時帰宅したリュウとサラ、それからレオンが座っていた。
キラとミラはまだ料理中のようだ。
「ただいま」
シュウが言うと、リュウとサラ、レオンが振り返った。
それぞれに「おかえり」を言われたあと、シュウはカレンと並んでテーブルに着いた。
リュウが言う。
「おい、シュウ。今月末、ギルドイベントあんぞ」
ギルドイベント――ギルドで開催されるイベントである。
大半はギルド同士の勝負物が多かった。
「急だな。どこのギルドが言い出したの」
「文月ギルド」
文月ギルド――ここ葉月島の隣に浮かぶ、文月島文月町にあるギルド。
そこの現・ギルド長はゲールという男で、キラがこの世で一番苦手とする男と言っても過言ではない。
「ふーん。今度は何すんの?」
サラが答える。
「えーと、たしか『葉月島ハンターVS文月島ハンター障害物マラソンIN文月島』……だってさ」
「障害物マラソン?」シュウは鸚鵡返しに訊いた。「つまり運動会でやる障害物競走の距離が長くなった……みたいな?」
「まあ、そうだね。長いね、距離」と、レオンが苦笑する。「なんせ、距離が200kmらしいし……」
「なっ、なげえええええええっ!!」
シュウ、驚愕。
おかしいだろ、オイ!
一般人よりずっと体力があるハンターとはいえ、200kmはねーだろ、オイ!?
リュウが言う。
「まあ、距離は短けーからいいんだけどよ」
「いっ、一体どこが短いっていうんだよ親父!?」
「なんだよ、シュウ。おまえ、たかが200kmで苦戦するわけ?」
「するだろ普通!? 女ハンターとか、絶対走りきれねーだろ!」
「だって俺が言ってんのは、男の部だし」
「へ、へえ。じゃあ、女はもう少し短けーのか。何km?」
「2km」
「みっ、短けえええええええ!!」
ふざけんなコラ!!
なんだよ、この男女の差はよ!?
なあオイ、親父!?
シュウがさらに驚愕していると、リュウが溜め息を吐いた。
「当たり前だろうが、おまえ。だってうちのサラが参加するっていうんだぜ?」
「だっ、だからって差がありすぎじゃねえかな……!?」
「じゃあ、何、おまえ……!」リュウの顔が驚愕していく。「サラに何百キロも走らせろっていうのかよ…!? なんっって鬼畜な兄なんだおまえ……!!」
「そっ、そういうアンタこそ、なんっって鬼畜な親父なんだよ……!? オレは!? 息子はいーのかよ!?」
「走れ、たかが200km。そんなんで俺を超えるなんて大間違いだぜ」
えと、うん。
オレ、目標の相手間違ったかも。
――なぁーーんて、弱気になってんじゃねーぞオレ!!
シュウは勢い良く立ち上がった。
「絶対(まだ親父は抜かせないけど)5位以内に入ってやらああああああああああ!!」
――4月末。
『葉月島ハンターVS文月島ハンター障害物マラソンIN文月島』。
2kmしか走らない女子の部は午前で終わり、サラが2位でゴールしてみせた。
カレンもハンターではあるが、その力も体力も一般人とあまり変わらないため参加しなかった。
カレンとサラが応援に駆けつける中、男子の部に参加するハンターがスタート地点にぞろぞろと並ぶ。
スタート地点の白線のところ。
シュウとリュウ、レオンが並んでいる。
リュウの隣には、文月ギルドのギルド長・ゲールがいた。
顔を半分覆う長い前髪が特徴的な、別名・超一流変態ゲールは、超一流ハンターでもあった。
足には絶対的な自信を持っており、リュウと競い合ってかれこれ17年。
今のところ、走る競技でリュウと戦い18対18で引き分けだとか。
「よう、ゲール」
「…やあ、リュウ…」と、ゲールがにやりと笑う。「…ふふふ…、今回勝つのは私かな、君かな…」
「フン、俺に決まってんだろ」
ゲールを睨み付けたあと、リュウがシュウの顔を見た。
「おい、シュウ」
「なんだよ、親父」
「俺が1位を掻っ攫うから、おまえは宣言通り絶対に5位以内に入れよ。うちのギルドの格を落とすわけにはいかねえからよ」
「お、おう。頑張るけど……」
と返したシュウ。
ところで、と訊く。
「障害物があるんだろ? どんなのが待ち受けてんだよ?」
「言わなかったけか。えーと――」
「リュウ、シュウ、レオン!!」リュウの言葉を遮るように、キラの声援が聞こえてきた。「がんばるのだあああああああっ!!」
その脇にいるカレンやミラ、サラ、ジュリの声援も続いて聞こえてくる。
キラや娘たちの声援により、リュウのヤル気は倍増。
顔がにやけている。
「なあ、シュウ」
「なんだよ、親父」
「俺が1位取れば、今夜キラ奉仕してくれるよな?」
「……。知らねーけど、とりあえず大喜びするだろうな、母さん」
「だよな、すーげー喜ぶよな。んで、今夜は朝までご奉仕しまぁーすってか!? 燃えるじゃねーか、こんちくしょうっ!」
ああ…。
単純だな、エロオヤジよ……。
シュウが呆れ顔になる中、リンクがメガホンを持って選手のところへと歩み寄ってきた。
「はーい、そろそろ始まりますんで、用意してくださいー」
と、リンク。
選手たちが準備を整える中、リンクが続ける。
「ほな、簡単なルール説明しますー。聞いてるとは思いますけど、魔法の使用は一切禁止です。使った人は失格になるんで、注意してくださいな。また、障害物はあんまり安全ではないんで、充分気をつけてください。以上ですー」
あまり安全ではない障害物。
それを聞いて、シュウは眉を寄せた。
(つまり結構危ねーってことか? そりゃ、ハンターだから普通の障害物競走みたいなのではないと思ってたけど……)
一体どんな障害物が待ち構えているのか。
シュウがもう一度リュウに訊こうとしたとき、リンクが選手たちの様子を見ながら言った。
「そろそろええみたいですな」と、リンクが咳払い。「ほな、行っくでーーーっ!!」
リンクがピストルを天に掲げ、選手たちに気合が入る。
(よし、頑張るぜ!!)
周りと同時に、シュウの気合も充電。
「よおおおおいっ……!!」
パァン!!
ピストルの音と同時に、選手たちが走り出した。
「おっしゃあ!! 行っくぜえええええええええええええええええ!!」
バッッッビューーーーーーーーーーーーン!!
と、1人勢い良く飛び出したのはリュウである。
「ぶっ!? ちょっ……!?」
ハエェェェェェェェェェェ!!
あまりの光景に、シュウの目玉が飛び出そうになる。
オ、オイ、親父!!
アンタ何者だよ!?
ナニモノだよって、バケモノだよ!!
どんなスピードで走ってんだよ!?
どこの世界最速短距離選手だよ!?
これマラソンだぞ!?
しかも200kmだぞ!?
ゆっくりのびのび有酸素運動だぞ!?
それでゴールまで行くの!?
行けるの!?
行けちゃうの!?
おっ…、親父!!
アンタまじで……!!
スゲエェェェェェェェェェェェェェェ!!
なんて驚愕しているシュウの傍ら、ゲールが口を開いた。
「…ふふふ…。…負けないよ、リュウ…!」
そう言うなり、リュウにも劣らないスピードでリュウの背を追いかけ始めたゲール。
「――んなっ・・・…!?」
またもや驚愕して目を見開くシュウに、傍らを走っているレオンが苦笑しながら言った。
「いつ見てもすごいなあ、あの人たち。本当に人間か疑っちゃうよね」
「まっ、まさかレオ兄もあのスピードで走るっていうんじゃ……!?」
「言わないよ。シュウと僕は、あの2人を除いた先頭集団と一緒に行こうか」
そういうことになった。
30km地点を過ぎたとき、シュウは眉を寄せながら口を開いた。
「ねえ、レオ兄。障害物なくね?」
「そろそろ来るよ」
「ふーん? 障害物って何あんの?」
「僕も詳しくは聞いていないんだけど……」と、レオンの目線が上の方へと移っていく。「……あ」
「え?」
と、レオンの視線を追ったシュウ。
前方15メートル先の歩道橋の上、三つ子の一番上であるユナがいた。
両手をぶんぶんと振っている。
「兄ちゃあああああああん!! がんばってええええええええ!!」
「おー、ユナ!」シュウは笑顔で手を振り返した。「応援ありがとな! 兄ちゃん頑張るぞー!」
「いっくよー?」
「なっにをー?」
「せーのっ!」
「せーのっ?」
「ファイアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「ファイ――……アァァァァァァァァァァァーーー!?」
ゴオオオオオオオオーーーーーッッッ!!
と、ユナの両手から火炎噴射。
「あちっ!! あちちちちちちちっ!!」
シュウはレオンや周りの集団と共に思わず立ち止まり、服に付いた炎を慌てて消した。
驚愕して歩道橋の上にいるユナを見上げる。
「なっ、何してんだゴルァァァァァァァ!! 危ないだろうがっ!!」
「だっ…だって……!」と、泣き虫のユナが泣き出す。「あたしっ、障害物の役なんだもおおおおおおおおおおおおおん!!」
「はっ!?」
「兄ちゃんのバカァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
ゴオオオオオオオオーーーーーッッッ!!
さらにユナの両手から、火炎噴射が増す。
「あちちちっ!! こっ、こらユナ!! ゴジ○かおまえは!? や、やめ――」
「兄ちゃんがいじめたってパパに言いつけてやるうううううううううう!!」
「そっ、そんなことしたら兄ちゃん殺されちゃうなあああああああああああ!?」
ユナが大声で泣き喚き、あちこちに火炎噴射をしまくる。
(ユナが障害物の役って、一体どういうことだよ!?)
両腕で必死に炎を防御しながら、シュウの頭が混乱する。
「シュウ!」
レオンがシュウの手を強く引き、炎の中から突き抜けた。
そのまま逃げるように、マラソンを再開する。
振り返ると、炎を突き抜けることができずに脱落する選手がいくつかいるようだった。
当たり前である。
リュウもキラも物理的な力だけでなく、魔力だって最強。
その間に産まれた子供たちに、まだまだ未熟とはいえ普通のハンターより弱い者はいなかった。
レオンに引っ張られながら、シュウは訊く。
「レ、レオ兄、どういうことだよ? ユナが障害物って……」
「いや、うん、あのね」と、レオンが苦笑した。「僕も詳しくは聞いていないんだけど、魔法学校に通う子たちが障害物担当らしくて……」
「はっ?」
「ユナが出てきたってことは、きっとこれから先、シュウの妹たちが障害物担当として待ち受けているんだろうね……」
「なっ……」
何ィィィィィィィィィィィィ!?
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