第14話 障害物マラソン その4


 ――続の続の続・『葉月島ハンターVS文月島ハンター障害物マラソンIN文月島』。

 190km地点。
 ゴールまであと10kmだけだというのに、シュウは立ち止まらずにはいられなかった。

 リュウとずっと並んで走っていたゲールは、この最後の障害物でまだ足止めされていた。
 といっても、どう見ても自ら好きで止まっているのだが。

「…ぐあぁあぁ…! 何と素晴らしいバックドロップだ…! 次はライダーキックを……!」

 本当にあなた超一流変態ですね、ゲールさん。
 オレの母さんがこの世一苦手とする男なだけあるよ……。

 ゲールのあまりの気持ちの悪さに、シュウの全身にトリハダが立つ。

「そーかそーか、次はライダーキックがいいんだな? そーれいっ♪」

 そしてそんなあっさり恐ろしい願いを叶えてやらないでください、グレルおじさん。
 リン・ランに続いて、また天然バカかよ。
 しかも障害物って魔法じゃないのかよ。
 すでにボロボロのオレ、あなたのバックドロップだのライダーキックだの食らって生きてる自身ネエェェ……。

 さらに恐ろしさも加わって、シュウの全身のトリハダが増す。

(さて、どうやってここを突破しようか……)

 グレルとゲールの10m手前、シュウは頭をフル回転させて考える。

 1.本当は優しいグレルの同情を誘い、通してもらう(ゴールまでぶん投げられて送られそうで怖いぜ)。

 2.ペットであるレオンがコース150km地点で呼んでいたと騙す。バカでも携帯の存在くらい忘れねーか)。

 3.おとなしくグレルと対決(オレまだ死にたくねーよ)。

 4.気付かれていない今のうちにグレルの脇を通過する(これだ!)。

 シュウはじゃれ合っているグレルとゲールに気付かれないよう、そろそろと歩き出した。
 腰を少し屈め、グレルの背をドキドキと通過する。

 抜き足。

 差し足…。

 忍び足……。

「よぉーし! 次はサマーソルトキーーーック♪」

 ドカッ!!

「――ガハァッ!!」

 と、後方宙返りしたグレルの足が背中に直撃して倒れたのはシュウである。

「あれ? 悪い、ゲール。当たんなかったのか。でも今たしかに当たった気がしたんだけどな。気のせいだったか」

「…グレル…」

「なあ、ゲール。オレこの年になって、また背ぇ伸びたみてえ。おまえがさっきより小さく見えちゃうぞーっと♪」

「…踏んでるよ…」

「お?」

 と、自分の足元に目を落としたグレル。
 ぱちぱちと瞬きをしたあと、笑う。

「いよう、シュウじゃねーかっ♪ なんだ? もうすぐゴールだってのに、へばって寝ちまったのか?」

 そう言ってシュウの上から避けたグレル。
 シュウをひょいと抱き上げた。

「おい、シュウ? 起きろ」

「……」

 シュウの瞼に三途の川がちらつく。

 オレはもうダメだぜパト○ッシュ……。
 ああ…、そろそろ天使が迎えに――

「おおーい、起きろーい」

「カハッ……!」

 グレルに首根っこを掴まれてぶらぶらと揺す振られ、シュウは吐血しながら瞼を開けた。

「グ…グレルおじさっ…、や、やめ……!」

「おお、起きたかシュウ。おまえ、寝るならゴールしてからにしなきゃダメじゃねーかよ♪」

 そう言いながら、グレルがシュウを地に下ろした。
 グレルが続ける。

「んじゃ、障害物を次の選択肢から選べよーっと♪」

 選択肢。

 それを聞いて、シュウの胸に少し希望が湧いた。

「せ、選択肢があるんだっ?」

「おうよ! まず、1」

 と、グレルが1本の指を立てた。
 シュウは真剣な顔で訊く。

「オレの風魔法を食らう」

「……」

 きついぜ、それは。  だってグレルおじさんの水魔法と風魔法って、親父よりも強いっていうし。  シュウは却下した。  グレルが2本の指を立てて続ける。

「2.オレが連続で旋風脚をするから何発か食らいながら通過する」

「……」

 本気で天使がオレを迎えにくるぜ。

 シュウは却下した。

 グレルが3本の指を立てて続ける。

「3.オレと腕相撲対決」

「……」

 オレの腕、骨ごと折れるよな。

 シュウは却下した。

 グレルが4本の指を立てて続ける。

「4.腹筋5000回を先にやったもの勝ち」

「……」

 アンタできちゃうんだ!?

 シュウは却下した。

 グレルが5本の指を立てて続ける。

「そして最後、5.古今東西ゲーム対決。さあ選べ♪」

「……」

 えーと。
 なんで古今東西ゲーム?
 意味わかんね。

 と思ったシュウだったが、はっとする。

(これなら勝てるかもしれねーじゃん!)

 よって、シュウは期待に声を大きくして言った。

「5の古今東西ゲーム対決でお願いします!」

「お? チャレンジャーだなー、おまえ」と、グレルが感心したように言う。「オレ、絶対5だけは選ばねーと思ってた。言っておくけど、オレすーげー強いんだぞーっと♪」

 そうだとしても、他の選択肢を選んだところで突破できないシュウである。

「5でいいんです。古今東西ゲームでいいんです。オレは必ず勝って、ゴールするんだ!」

「よし、分かった。じゃあ、ルール説明するぞーっと♪」

「は、はい」

「オレに1回でも古今東西ゲームで勝てれば通過していいぜっと♪」

「えっ? そ、それだけでいいんすかっ……?」

「おうよ! しかも、お題はぜーーんぶおまえが出していいぜ?」

「おお」

 シュウは声を高くした。
 これなら早いうちに勝てる!

(よし、考えるんだオレ! オレが勝てるお題を……!)

 考えて数秒後、シュウはにやりと笑った。

「じゃあ、行きますよグレルおじさん」

「おうよ!」

「古今東西!」

「イェーイ♪」

「『信号の色』! 赤っ」

「黄色♪」

「青っ」

 よし、勝ったオレ!

 心の中、ガッツポーズを作ったシュウ。

「緑♪」

 とグレルが続き、驚愕する。

「――なっ……、なぬぁーーーーーっ!?」 「オレの勝ちだぞーっと♪」 「ちょっ、グレルおじさん! そんなのアリかよ!?」

「だってオレ、信号は青じゃなくて緑に見えるし」

「……」

 そ、そうか。
 個人の主観まで考えてなかったぜ、オレ。

 シュウは気を取り直して次のお題を考えた。

(オレから始まるんだから、奇数になるお題だよな……。よし、今度こそ勝てるぜ!)

 シュウはにやりと笑った。

「古今東西」

「イェーイ♪」

「『調味料のさしすせそ』! 砂糖っ」

「塩♪」

「酢っ」

「醤油♪」

「味噌っ」

 よし、勝ったオレ!

 再び心の中、ガッツポーズを作ったシュウ。

「ソース♪」

 と再びグレルが続き、またもや驚愕してしまう。

「――なっ……、なっ、何でソース!?」

「オレの勝ちだぞーっと♪ 知らねーのかよ、シュウ? さしすせその『そ』は一部で違うんだぜ?」

「……」

 し、知らなかったぜオレ。
 これはオレの勉強不足だったな……。

 シュウは気を取り直して、次のお題を考えた。

(ちっくしょう、次のお題は何にしよう? マニアックなのがいいよな、普通は知らねえような……)

 あれやこれやと考えた末、シュウは再びにやりと笑った。

「じゃあ、グレルおじさん。焼肉屋メニューいいっすか」

「おうよ♪」

 心の中、シュウは声をあげて笑う。

(はっはっはー! これは勝った! 勝ったぜ! こーんなカルビばっか食ってそうなグレルおじさんには分からないだろうよ! 焼肉屋のメニューはメニューでも、一般的にマニアックな内臓類だぜ! 詳しいぜ、オレは! だってうちにはゲテモノ好きが2匹もいるからな!)

 ちなみに、その2匹とはキラとマナのことである。
 マラソン再開の準備満タンで、シュウはゲームを再開する。

「古今東西!」

「イェーイ♪」

「『牛の4つの胃』! ミノっ」(←第一の胃)

「ハチノス♪」(←第二の胃)

「センマイっ」(←第三の胃)

「ギアラ♪」(←第四の胃)

 シュウ、ここで再びにやりと笑い、

「ガツっ」(←ミノの別称)

 よし、勝った!
 今度こそ買ったぜオレ!
 ナイスだオレ!
 牛の胃は4つだけど、オレは名称を5つ知ってるんだぜ!

 心の中、シュウはガッツポーズで飛び跳ねる。

 よっしゃあ!
 マラソン再開だ!

 と再び走り出しかけたシュウだったが。

「赤センマイ♪」(←ギアラの別称)

 とグレルがまたまた続き、動きが止まる。

「なっ……、何ソレ!?」

「オレの勝ちだぞーっと♪」

「ねえ、グレルおじさん!? ソレ何!?」

「何って、ギアラの別称だぜ」

「詳しいね!?」

「奴ってば、カルビ並に油のってて美味いんだぜっ♪ オレどこの焼肉屋入ってもカルビと奴はなくなるまで食っちまうんだぜっ♪」

「……」

 や、やべえ…!
 何か知らないけど、この人……!

 シュウはごくりと唾を飲み込んだ。

 本気でツエェェェェェェェェ!!
 
 
 
 ――3時間後。

 とっくにゲールはゴールへと向かって行ってしまった中、シュウは声を嗄らしながらお題を口にした。

(オレ、何でこんな身近なことに気付かなかったんだろう……)

 そんなことを思いながら。

「こ……、古今東西」

「イェーイ♪」

「『オレの家族の名前』……。オレ――シュウ……」

「リュウ♪」

「キラ」

「ミラ♪」

「サラ」

「リン♪」

「ラン」

「ユナ♪」

「マナ」

「レナ♪」

「ジュリ」

「おーっと、負けちまったぞーっと♪」と、グレルが大きな口を開けて笑う。「なかなかやるじゃねーかよ、シュウ!」

「ど…ども……」

 オレもう、このゲーム二度とやりたくねえ……。

 シュウはようやく、マラソンを再開した。

 口は疲れたが、体力は回復した。
 ゴールを目指して軽やかに走る。

(ああもう、すっかり深夜じゃん。ゴールで誰も待ってなさそ……)

 と、苦笑する。

(まあ、いいか……。ゴールはゴールだ。レオ兄との約束守れた。3位だし、親父との約束も守れた……)

 そう思えば、シュウは満足だった。
 誰も待っていてくれないかもしれないけど、シュウはゴールを目指して加速した。
 
 
 
 ――ゴール手前、500mのところ。
 シュウははっとした。

「シュウ! 来た来た!」

「レオ兄っ……!」

 コース脇でレオンが待っていてくれて、シュウは感動に目頭が熱くなる。
 シュウと一緒に走りながら、レオンが言う。

「がんばったね、シュウ!」

「レオ兄っ、ありがとう! 待っててくれてっ……!」

「当たり前だよ。みぃーんな、シュウのこと待ってるよ?」

「えっ……!?」

 と、シュウは驚いた。

 ゴール手前400mのところには、近道してきたグレルが。
 ゴール手前300mのところには、リン・ランが。
 ゴール手前200mのところには、ユナ・マナ・レナが。
 ゴール手前100mのところには、カレンとサラが。

 ゴールテープを持っていてくれるのは、眠ったジュリを背負ったキラとミラ。
 ゴールテープの奥には、リンク・ミーナ夫妻と、リンクの背で眠るリーナ。

 そして、

(親父っ……!)

 リュウの姿を見て、シュウは今にも涙が零れそうだった。

(まさか、あの親父まで待っててくれるなんて……!)

 みんなの声援を受けながら、シュウは最後の100mを力を振り絞って走った。
 白いゴールテープを腰でちぎり、シュウは腕を広げてリュウのところへと向かう。

 ドラマだったら、シュウとリュウの間に流れるスローモーション。

  「親父ぃぃぃぃぃぃぃぃっ……!」

「シュウっ……!」

 ここで感動的に熱い抱擁を!

 ――と、リュウ相手では、なるわけもなく。

「おっせえ!」

 ゴスッ!!

 とリュウの拳骨を食らい、シュウは頭を抱えて蹲る。

「――ぐおぉ……!」

「何時間かかってんだよ、おまえはよ!? 待ちくたびれさせやがって!」

「うっ、うるせーなっ!」シュウはリュウを見上げて立ち上がった。「オレちゃんと5位以内でゴールしただろ!? 褒めてくれたって、いーじゃねーかっ! 3位だぜ、3位!?」

「3位でゴールしたって言ったって、あとは全員脱落ってなりゃあ、おまえはビリなんだよ!」

「オ、オレ3位なのにビリかよ!?」

「ああ。まったくダセーな」

「うっ、うるせーなっ!! ゴールできただけ――」

「でもまあ」と、リュウがシュウの言葉を遮った。「ビリでも3位だ。ほら……、おまえの分の賞金」

「おお」

 シュウは瞳を輝かせた。
 3位の賞金は100万ゴールド。

 その札束に、笑顔で手を伸ばしたシュウだったが。

「さっ、サンキュ――」

「んじゃ、コレ俺のな」

 と、リュウが札束を引っ込め、シュウは衝撃を受ける。

「――!? ちょっ、なんでだよ!?」

「何でって、おまえ俺にまだ借金返しきってねーじゃん」

「う……!」

 そうだった。

 シュウが抵抗できず黙ると、リュウが言った。

「んじゃあ、葉月島に帰るか。ミーナ、瞬間移動頼む」

 子供の頃は遠いところまで瞬間移動できなかったミーナだったが、大人になってからは隣の島までは瞬間移動ができるようになっていた。
 今朝ここ文月島に来たときのように、ミーナが皆を連れて葉月島に瞬間移動した。

 瞬間移動場所は、今朝の集合場所――自分の家の前に来て、シュウは喜びで胸がいっぱいになる。

(やっと……! やっと帰って来れたんだな、オレ……!)

 リンク一家や、グレルとレオンがカレンを連れて帰っていく。

(さて、オレも風呂入って寝ようっと)

 そう思って、玄関のドアノブを握ったシュウ。
 袖を引っ張られ、目を落とす。

 そこには、マナの姿。

「ん? どうした、マナ」

「兄ちゃん…」

「ん?」

「約束したよね…」

「約束?」

 鸚鵡返しに訊いたシュウ。
 数秒後、思い出して顔が強張っていく。

「がんばってね、兄ちゃん…」

「マ、マ、マナっ? に、に、兄ちゃんっ、やっぱり今からはちょっと無理かなっ……!?」

 それを聞いたマナが、くるりとリュウに振り返って言う。

「パパ…、兄ちゃんが、あたしとの約束やぶった…」

「なっ、何だと!?」驚愕したリュウ。「こんのっ……バカ息子がっ!!」

 ゴスッ!!

 先ほどに続き、シュウの頭に拳骨を食らわした。
 シュウがまた頭を抱えて蹲るのを見ながら続ける。

「可愛い妹と約束しておきながら、守らねえとはどういうことだ!? あ!?」

「だっ、だって親父っ! マナが明日の夜に新鮮なイナゴの炭火焼食いたいって言うんだぜ!? オレ、今は秋だろうスゲエェェェェ遠い島まで飛ばないといけねーんだぜ!? 今から飛べって言うのかよ!?」

「飛べ」

「あっ、あっさり言うなっ! オレ今、すげー疲れてんだぜ!?」

「それがどうした……!?」

 リュウから漂い始めた殺気に、シュウは溜まらず怯む。

(う…、行かないとマジで殺されるっ……!)

 シュウは携帯電話を取り出した。
 一緒にイナゴ獲りに行くと言ってくれた、レオンに電話をかける。

「も、もしもし、レオ兄っ!? オレ、すっかり忘れてたんだけど、イナゴ獲りのことっ……」

「ああ、そうだった」と、レオンが電話の向こうで苦笑したのが分かった。「わかった、これから一緒に空港に行こう」

「う、うんっ、ありが――」

 シュウの言葉を遮るように、リュウがシュウの手から携帯電話を取った。

「なあ、レオン」

「ん? 何、リュウ」

「あのよ、ちょっと頼まれてくれねえ?」

「何を?」

「シュウの奴これから飛ばないといけねーからよ、明日シュウの分の仕事も頼んだわ」

「えっ!?」

 と、レオンが電話の奥で驚くと同時に、シュウも驚いた。
 リュウが続ける。

「俺、明日の仕事多くて無理っぽいからよ。頼んだわ」

「ちょ、ちょっと――」

「んじゃ、明日の朝にシュウの分の仕事内容教えっからちゃんとウチに来いよ」

 と、リュウが電話を切り、シュウに携帯電話を返す。

「おっ、親父っ?」シュウの声が裏返る。「オ、オレさ、レオ兄と一緒にイナゴ獲り行く約束してたんだけどっ……!?」

「さっき言った通り、レオンは明日おまえの仕事代理すっから無理だな」

「オ、オレ1人で行くのっ……!?」

「おう、頑張れよー」

 と、リュウが欠伸をしてキラと娘たちを連れ、家の中へと入っていった。

 カチャ

 なんて鍵まで掛けられた。

「……ガンバリマース」
 
 
 
 ――1時間後。
 シュウは遠い島へと向かう飛行機の中にいた。

「ははは…、綺麗だな葉月町の夜景……。こんなの見れるなんて、オレってラッキー……。……っ……うっ……!」

 窓に映るシュウの頬に、一粒の涙が光ったのは秘密だ。
 
 
 
 
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