第118話 プロポーズ 前編


 PM6時。
 シュウの部屋の中。

 リュウが溜め息を吐く。

「いつまで寝てんだ、おめーは」

 ドスっ!!

 と、ベッドで仰向けに寝ているシュウの腹目掛けて振り落とされたリュウのカカト落とし。

「――ガハァっ!!」

 と、頭と足が浮き、シュウの身体が「く」の字に折れ曲がった。
 激痛の走る腹を両腕で抱え、シュウはリュウの顔を睨み上げる。

「なっ、何しやがるんだ親父っ!!」

「おまえが起きねえから起こしてやったんだろ」

「だっ、誰のせいでまた気ぃ失ったと思ってんだよ!?」

 本日の昼間、グレルの一撃のせいで重傷を負い一度気を失ったシュウ。
 瀕死のところをリュウに助けられたが、そのあとリュウに絞められてまた気を失った。

「おまえがキラに怪我させたのが悪いんだろうが」

「あれはオレじゃなくてグレルおじさんが――」

「いいから」と、シュウの言葉を遮り、リュウが壁に掛けてあったスーツを親指で差して言う。「早く準備しろよ。カレンは2時間前から準備始めてんぞ」

 はっとして時計を見たシュウ。
 慌ててベッドから飛び起きる。

「うわ、やっべ! 高級レストランの予約、7時なのにっ!」

 今夜シュウは、カレンにプロポーズをする。
 よって、今までのデートで一番気合が入っていた。

 急いでスーツに着替えているシュウを見ながら、リュウは訊く。

「高級レストランでプロポーズすんのか」

「いや。ここは格好良く」と、自慢げにリュウに振り返ったシュウ。「ナイトクルーズ予約したんだぜ、オレっ!」

「船?」

「ヘリ!」

「ぷっ」

「なっ、何だよ、その失笑は!?」

 と顔を赤くするシュウに、リュウが言う。

「ガキがヘリクルージングで葉月町の夜景見渡しながらプロポーズ? 鼻水出るわ」

「うっ、うるせーなっ! 昔、母さんが親父とのデートで喜んでたからっ…!」

「そういうのは俺とキラだから似合うわけ。おまえらガキがやったところで…。ぷっ」

「うっ、うるせーなっ! きらきらの夜景見て『コンペイトウみたいで美味そう』とか言って涎垂らしてそうな母さんと、『おまえの方が美味そうだぜ』とか返して痴漢してそうな親父よりは、絶対オレとカレンの方が似合うっ!」

「はいはい」

「ああもうムカつくなっ! からかいに来たなら出てってくれよっ!」

 と頬を膨らませ、鏡と向き合ってネクタイを結び始めるシュウ。

 3分後。
 顔を引きつらせながらリュウに振り返る。

「…む…結べない……」

「で?」

「む、結んで」

「結んでください偉大なお父上様、だろ?」

「むっ…、結んでください偉大なお父上様っ!!」

「嫌」

「なっ、何でそういうこと言うんだよおおぉぉぉぉおぉぉぉおおぉぉぉぉお――」

「ああもう、うるせーな」
 と、シュウの叫び声を遮り、溜め息を吐いたリュウ。
 シュウのネクタイを結んでやる。

「さっさと覚えろってんだバカ」

「ご、ごめん…」

「で、ナイトクルーズでプロポーズしたあとはどうすんの」

「最初に行くレストランって、ホテルのレストランなんだけどさ」

「ふーん。そのホテルに泊まるのか」

「うん」

「スイート?」

「もち! オレだって超一流ハンターだからな。スイートルームだって余裕ーっ♪」

「んなことはどうでもいいが」

「じゃあ訊くなっ!」

「間違っても」と、ネクタイを持っている手に力を入れたリュウ。「振られてくんじゃねえぞ……!?」

 グググググっ…!

 とネクタイの結び目を引き上げてシュウの首を絞める。

「グエェェェェェェっ…!」

「分かってんだろうな、シュウ…!? おまえがここで振られたら、俺のリン・ランファザコン計画が失敗に終わっちまうんだからな……!?」

「わっ…、わかっ…分かってるから放してくれっ……!」

「良し」

 と、リュウ。
 ネクタイの結び目を適正な位置に戻してやった。

 髪型をセットしたあと、鏡の前で己の姿を確認するシュウ。

「よし、なかなかだなオレ!」

 と満足そうに笑った。

「それは俺と同じ顔のおかげ。そしておまえは喋るとバカ丸出し」

「うっ、うるせーなっ!」

「見た目それだけ決めておいて、忘れて行くんじゃねーぞ」

「忘れて行くわけないだろ、エンゲージリン――」

「ゴム」

「……。ゴムかよ…」

「当たり前だバカ!」と顔を強張らせたリュウ。「おまえが生で楽しんでガキが出来た日にゃあ、俺祖父さんになんじゃねーか!」

「じーさん…」

 と呟いたシュウ。
 リュウを指差して大爆笑。

「ぎゃははははははははっ!! そっ、そうかっ! オレに子供できたら親父、じーちゃんになんのかっ、じーちゃんにっ!!」

「うっ、うるせえ! んなのまだまだご免だ! だからちゃんとゴム持っ――」

「じーちゃん!! 親父が、じ・い・ちゃ・ん!! あーーーっはっはっはっはっはっ!!」

「……」

「じーちゃん、じーちゃん、リュウじーちゃあああああああああんっ!!」

「……」

「ぶあーーーっはっはっはっはっ!! しっ、死ぬっ!! 助けてっ!! 楽しすぎるうぅぅぅぅぅぅぅぅうっ!!」

「……」

「こりゃ子供作ってみても――」

 シュウははっとして言葉を切った。
 リュウの顔が怒りでピクピクと引きつっている。

「てーめえ、シュウゥゥゥゥゥゥゥ……!!」

 やっ、やべえっ…!

 と顔面蒼白してももう遅い。
 リュウの振り上げた拳が、

 ゴスっ!!
 と頭に振り下ろされ。
 シュウは勢い余って、

 ズゴォォォォォン!!

 と、床に熱い接吻をかました。
 
 
 
 その頃のカレンの部屋の中。

「ん?」

 と、戸口に顔を向けたカレンとサラ。

「なんだかずいぶんと元気だねえ、兄貴。親父に殴られたっぽいけど」

「ええ、目を覚ましたようね。良かった…」

 と、カレンが安堵の表情を見せた。
 サラが微笑む。

「ねえ、カレン?」

「ん?」

「兄貴にプロポーズされるの、嬉し?」

「えっ…?」と、少し頬を染めたカレン。「ええ、とっても嬉しいのですわ」

 そう言って微笑んだ。
 去年の誕生日にシュウからもらったルビーのネックレスを身に着け、鏡の前に立つ。

 淡いピンク色のドレスを身にまとっているカレン。
 小柄なその身体に、2段のティアードミニスカートが可愛らしい。

「うぅーん、可愛いねカレン! アタシが男だったらこの場で押し倒しちゃいそうなほど!」と、後ろからカレンを抱き締めたサラ。「兄貴、なぁーんてプロポーズするかなあ」

 と考えたあと、シュウの口調になって言う。

「カ、カカカカカカカカカカカレン、オ、オレと、けけけけけけけけけけけ結婚してくらしゃいっ……!!」

 カレンが笑った。

「緊張しすぎだわ」

「だって兄貴だし。真っ赤な顔した兄貴に、こんな感じでプロポーズされるんじゃない?」

「そうね。そうかもしれないけれど」

「かっこわるー」

「あたくしはどんなプロポーズでも嬉しいのですわ」
「ま、そうだよね。どんなにカッコ悪くても好きな男からのプロポーズだしね」と言ったあと、サラがにやりと笑った。「でもすぐにプロポーズの返事しないで、意地悪に焦らしてみて。1時間くらい」

「まったくもう、サラったら…」カレン、苦笑。「本当、リュウさま似ね」

「いやあ、それほどでも」

「褒めてるわけじゃないわ」

「マジでー?」

 と、サラが笑ったとき。

 コンコンコン…

 と、ドアをノックする音が聞こえた。
 続いて、シュウの声。

「迎えに来たぜ……チビ姫」

「ぷっ」と、サラが吹き出した。「兄貴、去年のダブルデートのときから成長してないの」

「ええ、本当ね…」

 とカレンの顔が引きつる。
 そのあと、ドアに向かって眉を吊り上げながら声をあげた。

「チビ言わないでちょうだいっ!」

「う、うるせーな。やっぱりレオ兄に倣うのは恥ずかしいんだよっ…!」

「まったくもうっ! まだまだなのですわっ…!」

 と、ドアを開けたカレン。
 どきっとした。

(か、かっこいいのですわっ…!)

 一方のシュウ。
 鼻から流血。

(可愛すぎるぜハニーっ…!)

 サラが呆れたように溜め息を吐き、ティッシュを一枚持ってシュウのところへと行く。

「早く鼻に治癒魔法かけろっての…、バカ兄貴」

「バ、バカ言うなっ…!」

 と、シュウが鼻に治癒魔法をかけ、サラからティッシュを受け取って垂れた血を拭いた。
 サラが訊く。

「兄貴、初っ端からこんなんで大丈夫なわけ?」

「だ、大丈夫っ…!」

「忘れ物はない? エンゲージリングは持った?」

「もちろん」

「ゴムは?」

「……。持った」

「良かった。まだ生で楽しまないでよね? 兄貴に子供ができたら、アタシ叔母さんになっちゃうんだからね!? この年で叔母さんとかって絶対嫌っ!!」

「……。おまえ、本当親父似だね」

「で、まずはどこ行くの? 食事?」

「うん」

「歩いてくの?」

「いや。親父が車で送ってくれるって。もう玄関の外で待ってると思う」

 そう言ったあと、咳払いをしたシュウ。
 カレンに手を差し出した。

「つーわけで、行こうぜ……オレのチビ姫」

「チっ、チビ言わないでちょうだいって言ってるでしょうっ!」

 と口を尖らせたカレン。
 頬を染めながら、シュウの手の上にその小さな手を乗せた。

 2階の廊下を歩き、1階へと続く緩やかな螺旋階段を下りていく。
 サラも見送りとして車に乗ることにした。

 玄関を出ると、そこには高級車が待っている。

「おっせーな、さっさと乗れよ」

 やたらと偉そうな運転手付きで。

「う、運転手のクセに態度でけーなっ…!」

 と呟いて文句を言ったシュウ。
 後部座席のドアを開けた。

「ほーら、チビ姫」

「もうっ…!」

 カレンが頬を膨らませながら乗ったらドアを閉め。
 シュウは反対側のドアから後部座席に、サラは助手席に乗り込んだ。

 シュウが運転手――リュウに目的地を言い、車が発進。

 シュウとカレンの胸が動悸をあげる。

(オレ、カレンにプロポーズするんだよな)

(あたくし、シュウにプロポーズされるのよね)

 ちらりとお互いの顔を見て、すぐに逸らす。
 頬が少し熱い。

 リュウが言う。

「頼んだぜ、シュウ、カレン。俺の夢はおまえらにかかっている」

 サラが言う。

「頼んだよ、兄貴、カレン。(アタシとレオ兄の結婚がかかってるし)」

「? 頼んだって、何をだサラ」

「何でもないよ親父」

 20分後。
 車は目的地――葉月町にある高級ホテルの前に到着し。

「ありがと、親父。じゃ、じゃあ行ってくる」

 と、車から降りたシュウ。
 反対側のドアへと向かい、カレンを降ろす。

 カレンをエスコートしながらホテルの中へと入っていくシュウを見つめながら、サラが言った。

「ねえ、親父。兄貴ちょっと緊張してるね」

「だな」

「振られる心配なんてないんだろうけど、何か心配になるよね」

「だな」

「かと言って、レストランまで様子見に行ったら兄貴怒るよね」

「だな」

「見つからないように遠くの席に座れば大丈夫かもなんて一瞬思ったけど、そしたら会話聞こえないよね」

「だな」

「どうしよう?」

 と、リュウを見たサラ。
 リュウが言う。

「シュウの奴、ここで飯食ったあとナイトクルーズに行くらしいんだが」

「へえ、そこでプロポーズかあ。船だって?」

「いや、ヘリクルージング」

「ヘリ…」

 と呟いたサラ。
 数秒後、リュウと同時ににやりと笑った。

「さぁて、行こうか親父」

「おう、行こうぜサラ」

 次の目的地へと向かって、再び車が発進した。
 
 
 
 
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