第117話 改めて誓います
ミーナの瞬間移動で、自宅屋敷の裏庭へとやってきたシュウ。
これから約一年間、キラの元で修行をすることになったのだが。
(なんだこりゃ…)
シュウの相手をする前に、準備運動中のキラ。
鈍っている戦闘の感覚を戻すだか何だかのために、グレルと戦っている。
(全然見えねえ…)
呆然としているシュウ。
キラとグレルの姿は確認できるが、その攻撃一発一発が速すぎて見えない。
(し、しかも…!)
シュウぎゅっと拳を握った。
(なんで…だよ…!)
目の前で繰り広げられる光景に目が丸くなり。
(何でだよ、母さん、グレルおじさん…!)
身体が震え出し。
(なんでっ…、なんでっ……!)
そして溜まらず声を上げた。
「なあぁぁぁんで、だんだん鬼ごっこになってんだゴルアァァァァアアァァァアアアァァァァアっ!!」
裏庭を駆け回り。
木の枝に飛び上がり。
ついには屋敷の外壁を駆け上り始めたキラとグレル。
シュウの耳に楽しそうな声が聞こえてくる。
「おっ? 掴まっちまったぞーっと♪」
「にゃはははははは! 今度はグレル師匠が鬼なのだーっ♪」
シュウはプルプルと震えながらもう一度怒声を上げる。
「イイーーーーー年して鬼ごっこではしゃいでんじゃねえっ!! 母さんの準備運動はどうしたんだよ、準備運動は!?」
「ん?」
と、シュウを見たキラとグレル。
ぱちぱちと瞬きをしたあと訊く。
「混ざる?」
「混ざらねえっ!!」
シュウの傍らにいるミーナが笑った。
「遠慮するな、シュウ。おまえがキラと追いかけっこしたいことなんてお見通しだぞっ?」
「ひっ、人をマザコンみたいに言うんじゃねえっ!!」
「まったく照れ屋だぞーっ」
とまたミーナが笑い、キラも笑い、グレルも笑う。
顔が引きつるシュウ。
(ああー、そうか、そうだよな。オレ今天然バカトップ3に囲まれてんだもんな。いちいち怒ってたらキリがねーよな。堪えるんだ、オレェェェ…!)
と、深呼吸をし。
心を落ち着かせ。
「じゅ…、準備運動は終わったんすか?」
と(不自然な)笑顔で訊いた。
「準備運動?」と、シュウを見て鸚鵡返しに訊いたキラとグレル。「…あ」
そうだった。
と、顔を見合わせた。
(忘れてんじゃねーぞコラっ…!)
と心の中で突っ込みつつ、シュウは(すげー不自然な)笑顔で言う。
「しゅ…、修行したいんで早くお願いします」
あはは、と笑ったキラ。
グレルと2mほど距離を置いて向き合った。
「せっかちだな、シュウ。カレンに嫌われるぞ♪」
「は…ははは…(堪えろオレ堪えろオレ堪えろオレ)」
「ではグレル師匠、準備運動の続き頼むぞ」
と言ったときのキラの顔は真剣そのもの。
靴を脱ぎ捨てて裸足になる。
(良かった、母さんオレの修行ちゃんとしてくれるつもりなんだ。だけど…なんか……)
シュウの背筋に寒気が走った。
(今の母さん…、母さんじゃないみてえだ……)
ミーナが言う。
「野生の頃に戻りつつあるな、キラ」
「や、野生っ?」
と鸚鵡返しに訊いたシュウ。
一瞬忘れていたが、キラもミーナも、ついでにレオンも、元野生の猫モンスターだった。
ミーナが続ける。
「キラが一番戦っていたときは野生の頃だからな。キラはその頃の勘を思い出そうとしているのだ、きっと」
「や…野生の勘…ってなんかすげー怖いんすけど!」
「すごいぞ、養殖と違って♪」
「養殖言うなよ…」
と苦笑して突っ込んだあと、シュウは再びキラに顔を向けた。
いつもは温かくて無邪気なキラの黄金の瞳。
それが冷然として光っている。
きっとあの瞳は、何一つグレルの行動を見逃さない。
「んじゃ続き始めるか、キラ」
「うむ」
キラとグレルの間に流れる沈黙。
一番緊張しているシュウが唾をごくりと飲んだ瞬間。
キラとグレルが同時に飛び出した。
シュウにはやっぱりまるで攻撃が見えない。
かろうじて分かったのは、グレルよりもキラの方が敏捷だということ。
(す、すげえ…! 何でグレルおじさんの攻撃を全て避けられるんだ……!?)
キラの身体が無傷なのに対して、グレルの身体のあちこちに赤い線ができていく。
これまた、シュウにとっては驚愕である。
(な、何であれだけ母さんの爪食らっておきながらその程度の傷で済むんだよ、グレルおじさん……!?)
シュウだったらとっくに真っ二つになっているところである。
突然、キラが後方に飛び退った。
「な、何だ…!?」
と言ったシュウに、ミーナが言う。
「野生の勘だぞ」
「き、危険を察知したのかっ?」
「うむ」
「でも危険って何の――」
「く、来るぞ」
とミーナがシュウにしがみ付いたときのこと。
「そーれいっ♪」
ゴオォォォォォォォっ!!
と、グレルが風魔法で巨大な台風を起こした。
「――うっわぁ!?」
と、飛ばされたのはグレルから離れているところにいるシュウの身体。
幸い、柔らかい芝生の上に叩きつけられた。
ミーナの身体を抱きかかえてゴロンゴロンと転がりながら、シュウはキラに顔を向ける。
巨大な台風は轟々と音を立てながら、キラへと突進していく。
「母さんっ!」
と叫びながら、シュウは顔面蒼白した。
だって、グレルの風魔法と水魔法はリュウをも上回ると聞かされていたから。
防御の態勢を取ったキラ。
足の爪を芝生に突き立て、飛ばされないよう堪える。
そしてキラを包み込んだ台風。
キラを突き抜けずにその場で停止している。
「なっ…!」
シュウは驚愕してグレルを見た。
そこではグレルが人差し指をくるくると回している。
「ほーれほれほれ♪ ねるねる○ーるねだぞーっと♪」
グレルの指に合わせてますます速く、強く、大きくなっていく台風。
シュウは溜まらず叫ぶ。
「おっさん止めろっ!!」
「む、キラが出てくるぞ」
と、ミーナ。
シュウははっとしてキラに顔を向けた。
踏ん張り切れなかったのか、地から浮いたキラの小柄な身体。
あっという間に台風に巻き上げられ、空高くへと舞った。
「母さんっ!」
ともう一度叫んだシュウ。
キラがくるくると宙返りをしながら地へと降りて来る。
「ね、ねるねる○ーるねぇぇぇぇー……」
なんて台詞を吐きながら。
地に足を着いたキラがよろけて尻を着く。
「め、目が回ったぞーっ。グ、グレル師匠、ねるねる○ーるねはそんなマッハで回さないぞーっ…」
「ん? どっちかというと洗濯機だったか?」
「う、うむー…」
キラの様子を見て、安堵の溜め息を着いたシュウ。
だが、それは一瞬のこと。
ミーナが声を上げる。
「ふにゃあっ!? キラ怪我してるぞっ!」
キラの腕と足、腰、そして顔に出来た赤い線。
シュウはぎょっとして辺りを見回した。
「おっ、親父いねーよな、親父!? よし、いねーな!? 見てねーな!?」
思わず狼狽してしまう。
キラに怪我をさせたグレルではなく、己がリュウに絞められる気がして。
ふらふらと立ち上がったキラに向かって、グレルが駆けて行く。
「んじゃキラ、行くぜーっと♪」
「げっ!?」と声を上げたのはシュウ。「まっ、待ってくれグレルおじさんっ! 母さんに治癒魔法掛けねーと――」
オレが親父に絞められる!!
とシュウが言う前に。
「とりゃあっ♪」
ボカァァァァン!
と、まだふらふらとしていたキラの腹に、グレルのアッパーが直撃した。
再び空高くに舞ったキラを見て、シュウは抱きかかえていたミーナを放り投げて駆け出した。
「グレルおじさん、もう止めてくれっ!!」
落ちてくるキラを見ながら、グレルが再び拳を構える。
「もう一発いっちゃうぜーっと♪」
「止めてくれグレルおじさんっ!! 止めてくれっ!! グレルおじさんっ!!」
必死に叫びながら、グレルへと駆け寄るシュウ。
グレルのところへと到達する寸前のこと。
「んー?」
と振り返ったグレルの裏拳が、
ドカァっ!!
「――ガハァっ!!?」
と、顔面に大ヒットし、身体が超高速で飛ばされていく。
一方、たん、と身軽な音を立てて地に着地したキラ。
「大丈夫だ、シュウ。今ので回っていた目が元に――って? あれ?」辺りをきょろきょろと見回した。「シュウはどこだ? 今、声が聞こえた気がしたのだが」
「オレもそう思って振り返ったんだが」と、同様に辺りを見回すグレル。「おかしーな、いねーぞ。おい、ミーナぁ? シュウどこ行ったんだぁ?」
「シュウなら物凄い勢いであっちに向かって行ったぞ」
と、ミーナが屋敷の脇にある森の方を差した。
そちらを向いたキラとグレルが笑う。
「何だ、立ちションかシュウ♪」
「何だ、野糞かシュウ♪」
そういうことにされたシュウは。
爽快すぎるほどの風を浴びながら自宅屋敷の敷地内を通り越し。
動物・モンスターわんさか森の中へと入り。
ドゴゴゴゴゴゴゴっ!!
と、5本の木を着き抜け。
ドガァっ!!
と、大木に叩きつけられてようやく止まり。
ドサっ…!
と、そのとき大木の下で眠っていたキラの猫友達――トラの背に落ち。
「がはっ……!」
吐血しながらポケットから携帯電話を取り出してリュウに電話をかけ。
「…も、もしもし親父…」
「おまえ、何か死にかけの声してねえ?」
「た…助け…て……」
ぱたりと気を失い。
どうやら慌てたらしいキラの猫友達に、誤った力加減で首を咥えられながら帰還し。
瀕死の重傷のところを、急いで帰宅したリュウに治癒魔法をかけてもらって目を覚まし。
「あぁオレ…、まだまだか弱いな……」
そんなことを深く実感したら涙が込み上げ。
「オレ…、絶対に強くなってやらぁっ……!」
零れてきた一粒の涙を拭い、改めてそう心に誓ったのだった。
だって、
「こんな奴らに囲まれて暮らしてたら、命がいくつあっても足りねえんだよおおぉぉぉおおぉぉぉおおぉぉぉぉおおぉぉおっ!!」
死んでなんかいられない。
リュウを超えるという目標を達成するまでは。
いや、
(親父を超えたってオレは死ねないよな。すげー強くなるんだ…、絶対に)
と、リュウと一緒に帰ってきたカレンの顔を見るシュウ。
心配して泣きそうになっているカレンの頬に、そっと手を当てる。
(こいつのこと一生守るって、決めたんだから……)
今夜シュウは、カレンにプロポーズをする。
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