第119話 プロポーズ 中編


 葉月町のとある高級ホテルのレストラン。
 そこの一角にシュウとカレンの姿があった。

 プロポーズという大イベントが用意されている今夜のデート。
 プロポーズされる側のカレンも緊張しているが、する側のシュウはその倍近く緊張している。

 フルコースを堪能しつつ、緊張を解そうとワインをがぶ飲みするシュウ。

(落ち着けオレ、落ち着けオレ、落ち着けオレ)

 カレンが苦笑した。

「シュウ…、こういうお上品なお店でそういう飲み方しないでちょうだい」

「ごぶっ」

「汚いわね…」

「ご、ごめんっ…!」

「そんなに緊張されたら、あたくしもさらに緊張しちゃうじゃないっ…」

 そんなカレンの言葉を聞いて、シュウははっとする。

(何やってんだ、オレ…! ハニーの緊張解いてやれよっ…! しかし、どういう会話で…!?)

 シュウはあれやこれやと考える。

(ここはアレか!? 女ったらしの王子のように甘い言葉でか!?)

 それを想像したシュウ、赤面。

(恥ずかしいわボケっ! んなの言えるかってんだっ! いや、しかし! 乙女な脳内のカレンは甘い言葉で大喜びか…!? よし、頑張るんだオレっ……!)

 覚悟を決めたシュウ。
 咳払いをし、

「きっ…、君の瞳に乾杯」

「…………」

「トっ、トリハダ立ってんじゃねえっ!!」

 と、人目を気にせず声をあげたシュウ。
 顔が真っ赤になる。

「ご、ごめんなさい、シュウ。あ、あれよ? 気持ち悪いとか思ったんじゃないのよ? 何だかシュウが言うと違和感っていうか…」

「どっ、どーせ王子みたいにはなれねーよ、オレはっ! 乙女なおまえが喜ぶと思って言ったのにっ!」

「もっと普通でいいのよ、普通で。あたくしは普段のあなたを好きになったんだから」

「え」なんて、思わず笑みが零れたシュウ。「あ…、そう? オレも好きだぜハニーっ。ぐふふふふ」

 緊張が取れていつも通りになった。
 同時にカレンの緊張も取れる。

「まぁーったく、単純なのですわ」

「うるせーよ」

 結局逆にカレンに緊張を取ってもらったシュウ。
 普通の会話をすることにした。

「なあ、カレン」

「何かしら?」

「今日どのパンツ? …じゃなくて」と、シュウは周りの目を気にしながら咳払いをする。「今日…ええと…、あっ、そーだそーだ。今日の昼間、親父と武器買いに行ったんだよな?」

「ええ。でも、選んでる途中にリュウさまに電話が掛かって来て…あなたから」

「え? ああ、死に掛けのオレからな…」

「ええ。それで結局買わずに帰っちゃったわ。でもあたくしの武器は銃になるっぽいのですわ」

「へえ、銃か。また明日買いに行くって?」

「ええ。明日のお昼過ぎにもう一度買いに行くってリュウさまが言ってたわ」

「そっか。んじゃあ、それまでに帰らないとな」

 カレンが少し頬を染めて訊く。

「こ、今夜ここのホテルに泊まるのよねっ?」

「おうよ」と自慢げに笑ったシュウ。「ちゃーんとスイートだぜ?」

「まあ、素敵っ!」と輝いたカレンの顔。「早くお部屋に行ってみたいのですわっ♪」

「そーのーまーえーにー」

「あら、どこか行くの?」

「おうっ!」

「どこ?」

「行ってからのお楽しみー」

「えー?」

 と、口を尖らせたカレンだったが、

(どこへ連れて行ってもらえるのかしらっ?)

 そんなことをわくわくとしながら考えた。
 あれやこれやと素敵だと思うところが頭に浮かぶ。

(きっとそこであたくしにプロポーズしてくれるのね、シュウ)
 
 
 
 カレンの目が丸くなる。

「まあ…!」

 目の前にはヘリコプター。
 回っているローターの風に吹き飛ばされないよう、シュウの腕に掴まりながらカレンが声をあげる。

「もしかして、ナイトクルーズっ!? きゃあああああ! 素敵なのですわあああああああっ! あたくし、船はあってもヘリのナイトクルーズは初めてよっ!」

「そりゃ良かった」

 と、シュウ。
 強風と騒音の中、カレンをエスコートしてヘリコプターのキャビンに乗り込んだ。

 貸切なので、他に乗客はいない。
 よってプロポーズしやすい。

 が、1つ誤算だった。
 ドアを閉めると騒音はマシになったものの、普通の声のトーンで会話していたらまるで聞こえないだろう。

(こりゃ大声でプロポーズしなきゃだぜ)

 そう思うと恥ずかしかったが、恥ずかしがっている場合ではない。
 一世一代のプロポーズをするのだから。

 やがて流れてきたアナウンス。

「えー、ワタクシ、副機長のモリと申します」

 シュウは眉を寄せた。

 モリと名乗った副機長の声が、変に高い。
 まるで、ヘリウムガスでも吸ったような。

 しかも、

 プシューーーッ

 なんて僅かながらスプレー音も聞こえた。
 アナウンスが続く。

「機長はシンイチです。合わせてモリシンイチです」

 そのあと、また、

 プシューーーッ
 とスプレー音。

(この副機長、明らかにヘリウムガス吸ってねえ? 何か怪しいな…)

 と不審に思うシュウの傍らで、はしゃいだ様子のカレンは気にしていないようだった。

 モリのアナウンスが続く。

「それではレッツゴオォォォォでございまぁーす」

 エンジン音が高くなり、ローターの音が増す。
 機体がふわりと浮いて、カレンがますますはしゃぐ。

「きゃあっ! 浮いたのですわああああああっ!」

 が、その傍ら。
 シュウはますます不審に思う。

(普通、「離陸します」とか言うだろ。「レッツゴオォォォォ」っておかしいだろ、モリ…)

 葉月町の上空へと飛びながら続くモリのアナウンス。
 台詞と台詞の間には必ず、

 プシューーーッ

 とスプレー音。

「えぇーと、たぶん只今高度300m…」

 プシューーーッ

「じゃなかった。高度400mでございまぁーす」

 プシューーーッ

「おおーっ、すっごい夜景キレーっ!」

「……」

 引きつったシュウの顔。

(待てモリ。おまえすーげー怪しいぞ…)

 一方、輝いているカレンの顔。

「きゃあああああっ! すごいっ、すごいのですわああああああああっ! 葉月町の夜景って、上から見下ろすとこんなにすごかったのねっ! ねえ、シュウ!? ちゃんと見てるっ!?」

「お、おう、見てる見てるっ!」

「あんもう綺麗なのですわああああああああああああああっ!!」

「…か、可愛いなオレのハニー」
 とシュウの顔がにやけたとき。

 プシューーーッ

 とスプレー音のあとに、再びモリのアナウンス。

「ではでは、ラブラブなお客様のために」

 プシューーーッ

「ここでいっちょ、ムードたっぷりな曲をプレゼント!」

 プシューーーッ

「副機長・モリの自慢の美声をお聴きくださぁーい♪」

 再び寄るシュウの眉。

(そんなサービス頼んだ覚えはねーぞ、モリ…)

 騒音の中、僅かに聞こえてくる某演歌の曲。

「ちょ、渋すぎるわっ!」

 とシュウが突っ込んだ直後、

 プシューーーッ

 とスプレー音。
 そしてアナウンスから聞こえてくるモリの歌声。

「おふくろさんよ、おふくろさんっ♪」

 プシューーーッ

「空をー見上ーげりゃあぁぁ、空にあるうぅぅぅー♪」

 プシューーーッ

「雨ーが降る日はあぁ、傘ーにぃなりぃぃぃー♪」

 プシューーーッ

「おまえもぉ、いつかはあぁ、世のー中のおぉぉー♪」

 プシューーーッ

「傘になれよとおぉ、教えてーくれたあぁ――」

「もういいわっ!!」

 と、大声で突っ込んだシュウ。

 プシューーーッ

「ではワタクシの美声、終了にしたいと思いまぁーす」

「モリさん、アンタしばらく黙っててくれねえっすかね……!?」

「了解でぇす」

 と、モリが黙ったあと。

 シュウは30秒ほど口を閉ざした。
 その間に深呼吸をする。

(よし、プロポーズ行けオレ!)

 シュウの手がカレンの手に重なる。
 夜景に見惚れていたカレンがシュウの方に振り返った。

「な…、何かしら、シュウっ……?」

 葉月町のネオンで割と明るくなっているキャビン。
 揺れているカレンの赤茶色の瞳や、少し染まった頬が良く見えた。

「あ…、あのさ、カレン」

「えっ?」

 と、シュウに耳を近づけるカレン。
 騒音に邪魔されてよく聞こえていないようだった。

(や、やっぱり大声で言わなきゃ聞こえないよなっ…)

 操縦席の方が気になってしまうシュウ。

(大声で言ったらさすがに操縦席まで聞こえちまうだろうか…。って、恥ずかしがってる場合じゃないよな。一世一代のプロポーズなんだっ…!)

 覚悟を決め。
 ポケットの中からエンゲージリングを取り出し。
 大きく息を吸い込み。

 思い切って絶叫した。

「オっ、オレ、おまえのこと絶対一生守ってみせるから、けっ、けけけけけけけけけ結婚してくれえぇぇぇえええぇぇぇええぇぇぇええぇぇえぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 ぼっと顔が熱くなったカレン。
 同時に、目頭も熱くなった。

 聴力は人間並のシュウに聞こえるよう、声を大きくして返事をする。

「あたくしで…、よろしければっ……!」

 微笑んだ際に、一粒の涙がカレンの頬を伝った。

 喜びに顔を輝かせたシュウ。
 カレンの左手を取った。

 その薬指に、今『永遠の絆』を意味する宝石のついたエンゲージリングを――、

「おめでとぉぉおおぉおぉぉぉおおおぉぉおぉぉおっ!!」

 ズドーーーンっ!!

 はめられずに落とした。

「なっ……!?」

 アナウンスからの大きな声と、まるで爆発でもしたんじゃないかという音。
 それらに驚くと同時に、顔面に何かが命中したシュウ。
 何が起こったのか、目を白黒とさせて確認してみる。

 顔面に当たったのはキラキラとしたいくつもの紙テープ。
 その紙テープを放ったのはバズーカ型のクラッカー。

 そしてそのバズーカ型のクラッカーを持っているのは、

「ハァイ♪ 副機長のモリでぇす♪」

 サラだった。

「――!!?」

 シュウとカレン、驚愕。

 操縦席から顔を覗かせてキャビンにいるシュウとカレンの驚いた顔を見つめ、サラがけらけらと笑う。

「おっどろいたぁー?」

「あっ、あっ、あっ、当たり前だっ!!」声をあげるシュウ。「何でおまえがいるんだよっ!? って、ことはもしかして……!?」

 と、キャビンから身を乗り出して操縦席を覗いた。

 副機長席にはサラ。
 その周りにはヘリウムガスの缶がごろごろと。

 そして機長席には、

「いよう、シンイチだ」

 リュウがいた。

「おっ、親父っ!? なっ、なんでいるんだよ!?」

「だって俺ヘリ操縦できるし」

「んなことは知ってら!! オレが訊いてるのはそうじゃなくて――」

「ああ、ついにおまえらの婚約成立…!」と、にやりと笑ったリュウ。「これでリン・ランはファザコンに……!」

「おい――」

「ふっふっふ。『兄上なんか嫌い!』、そして『父上大好きっ♪』。ふっふっふ、『父上大好きっ♪』、『父上大好きっ♪』、『父上大好きっ♪』…! ふっふっふっふっふっ……!」

「…お…親父っ……?」

 どうやら歓喜のあまり狂い始めたらしいリュウ。

「ああ、もう駄目だ…、堪え切れん……!」と身体を震わせ、「サラ、外を見ながら耳を塞げ!」

 そう言った直後、

「ぶあーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」

 爆笑し出した。
 耳を塞いだところで、マイクを通して大声で笑われたらサラの耳に聞こえている。

(うわ…。やっぱ親父の爆笑って怖いわ……)

 サラとカレンがリュウの爆笑を聞くのはこれで2度目。
 シュウは4度目になるが、それでもやっぱり慣れない。

「俺の人生、なんっっって薔薇色なんだ!」

「お、親父…」

「なんだシュウ!? リン・ラン取られて悔しいか!?」

「い、いや、あのさ…」

「ざまーみやがれってんだバーカ!」

「マジこえーから落ち着いて…」

「あーーーっはっはっはっはっはっ!!」

「……」

「ゆ、愉快すぎて止まんねえぇ!! ぶあーーっはっはっはっは――」

 バキっ!

「はっはっは――って、今変な音がしなかったか?」と、音と振動を感じた己の手元に目を落としたリュウ。「…あ、やべ。興奮のあまり折っちまった」

「は?」

 と、リュウの手元を覗き込んだシュウとカレン、サラ。

「――!!?」

 驚愕。

 折れている。
 ヘリのことなんてさっぱり分からないが、折れている。
 何となく操縦に必要だろうと思われる部分が、リュウの怪力によって折られている。

 証拠に、安定して飛んでいた機体が変な飛び方を始めた。

「わっ、わああああああああああああああっ!!」

 と狼狽して叫ぶシュウとカレン、サラ。

「落ち着け、おまえたち。サラ、そっちで操縦するから――」

 俺と席変われ。

 と言おうとしたリュウの言葉を、サラが遮る。

「なっ、何やってんのさ親父ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 と副機長席で操縦を試みたサラ。
 当然、操縦などできるわけがなく。

 機体は縦に揺れ、横に揺れ、ぐるんぐるんと旋回し。
 結構なスピードでデンジャラスに落ちて行き。

 おまけに突風で機体は大きく横に飛ばされ。

「わっ、わああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 絶叫が響く機内はパニック状態。

 唯一冷静なリュウが言う。

「幸い海に落ちるな」

「あわわわっ! もうダメだ、逃げないとおぉぉっ!」

 とサラがキャビンへ飛び込み、カレンをしっかりと抱っこ。
 続いてリュウがサラとカレンをまとめて抱っこし、

「よし、逃げるか」

 と言いながらドアを開けたら。

「んじゃ」と、シュウに振り返り、「グッドラック」

「――!!?」シュウ、驚愕。「ちょっ、ちょっと待てえぇぇぇえええぇぇぇぇぇぇええっ!!」

 と、叫んだところで、この状況の中リュウが待ってくれるわけもなく。
 砂浜に着地するだろうところでリュウが機内から飛び降り、シュウの前から姿を消して行った。

 その直後。
 機体はますます飛ばされ。 
 回転しまくり。

「わあああああああああああっ!? ゆっ、指輪っ! 指輪どこだあああぁぁぁああぁぁぁあっ!? あっ、あった!」

 シュウが大切なエンゲージリングを見つけた瞬間、

「よし、逃げ――」

 バッシャアァァァァアアァァァァンっ!!

 海に墜落したのだった。
 
 
 
 
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