第114話 父親の企み


 ホワイトデーは一週間前のこと。

 本日、次男で末っ子のジュリの5歳の誕生日。
 シュウ宅のリビングに、いつもの一同。
 いつも通り食っちゃ飲みして騒いでいる。

 その中に、明らかにいつもと様子の違う者が数人。

 まずはサラとレオン。
 小声でひそひそと話している。

「ど、どうしようレオ兄っ…! 親父に結婚のこと言うタイミングが分かんないよっ…!」

 サラはリュウの目に入るところに行くとき、レオンからもらったエンゲージリングを首から下げて服の中に隠していた。

「キラにもまだ言ってないんだよね?」

「っていうか、あのときあの場にいたみんなしか知らない。これ以上誰かの耳に入ったら、親父にバレそうで怖くってさ…」

「は、早く言うタイミング見つけないとね…。こう…、キラとリュウが本気の夫婦喧嘩にならずに済むタイミング?」

 と言うものの、そのタイミングが見つからないから困っているのである。

 その傍ら、そわそわとしているシュウとカレン。
 ちらりちらりと、何度もリュウを見る。

(サラたちのことも心配だけど…、カレンのことはどうするんだろう親父っ……)

(サラたちのことも心配だけれど…、あたくしの居候あと10日ほどで終わりなのよね。リュウさまは心配いらないと言っていたけれど……)

 あと約10日で、カレンはハンター歴一年になる。
 つまり、シュウの弟子終了=居候終了ということだった。

 カレンがシュウ宅に居候していたのは安全のため。
 シュウのファンから狙われるカレンを、シュウとその家族で守るため。

 カレンが実家に戻った途端、隙を狙われてまた危険な目に合うかもしれない。

(そんなの嫌だわ、もう)

 と、カレンは集団リンチされたときのことを思い出して顔を歪める。
 だけど、

(今さらシュウと離れて暮らすなんて嫌なのですわ)

 そんな気持ちの方が大きかった。

(実家に帰ったってまた一人なだけだもの。ここでみんなと一緒に暮らしていたいわ。…リュウさま……)

 と、リュウを不安そうな顔をして見つめるカレン。
 約一年前、リュウは言った。

「1年後のことは、すでに俺の頭の中に計画してある」

 つまり、カレンの居候期間が終了したときのことを計画してあるらしいのだが。

 カレンと目が合ったリュウが微笑んだ。
 カレンの頭に手を乗せて言う。

「心配すんな」

 本日明らかに様子が違う者の一人・リュウ。
 妙に機嫌が良いのだ。
 ドキドキわくわくしてるというか、何というか。

 リュウの膝に抱っこされているキラが溜め息を吐いた。

「そう上手く行くとは思わぬぞ、リュウ…」

 どうやらキラは、リュウが考えていることを知っているらしい。
 リュウが言う。

「いーや、上手く行くぜ。そして……、ふっふっふっ」

「うわ、リュウきもっ」

 と言ったリンクには拳をお見舞いし。
 リュウは引き続きにやにやと笑う。

(ああ…、俺って何てお優しいお父上様だ。もうすぐ離れ離れになっちまうことに心を痛めている長男とその女の愛のキューピッドだぜ…!)

 愛のキューピッド。
 俺様で我侭で自分勝手で横暴で鬼なリュウにはそぐわない言葉である。

 少しして、メールを受信したリュウの携帯電話が鳴った。

(お、来た来た)

 と、すぐさま携帯電話を手に取ったリュウ。
 メールをチェックし、

『父と妻の説得完了です』

 と書いているのを見て、にやりと笑った。
 そのメールの相手、カレンの父。

 だが、スクロールして続きを読んだときに眉が寄る。

『しかし、息子の説得は未完了です』

 カレンの父が言う息子=カレンの兄。
 カレンの祖父と父、母と同じく葉月病院の医者だ。

『一度シュウくんに会わせてほしいと言っているのですが…』

 リュウはシュウの顔を見た。

(カレンの兄にゃ俺も会ったことねーが…。そうか、シュウもこの間カレン宅を訪ねた際、会わなかったのか)

 シュウが首をかしげる。

「何だよ、親父? オレの顔見て…」

「……シュウ。それからカレン」と、リュウが膝の上からキラを避けて立ち上がった。「ちょっと来い」

 そう真剣な顔をして言って、リュウがリビングから出て行く。
 シュウとカレンが顔を見合わせて困惑する。

 その傍ら、キラが溜め息を吐いて立ち上がった。
 リュウに続いてリビングから出て行く。

「シュウ、カレン、来い」

 と言って。
 
 
 
 シュウとカレンがリュウとキラのあとを着いて行くと、書斎に辿り着いた。
 シュウが書斎のドアを閉めるなり、背を向けて立っているリュウが口を開く。

「カレン、おまえの兄はどういう人物だ」

「えっ…?」と、困惑して声をあげたカレン。「あ、あたくしのお兄さまですかっ…?」

 シュウも続いて訊く。

「そういえばオレ、カレンのオニーサンには会ったことねーや。どういう人なの?」

「え…ええとぉ…」と引きつるカレンの顔。「ま、まず名前はヒースといって…」

「へえ。オニーサン、ヒースさんていうのか」

「え、ええ。そ、それで、年齢は28歳で、あたくしと同じ髪の色をしていて、眼鏡を掛けていて、いつも真顔で…」

「い、いつも真顔って怖そうだな、ちょっと」

「っていっても、いつもリュウさまのお顔見てるんだから大丈夫よ、シュウ」

「おまえ失礼だな」と突っ込んだあと、リュウは訊く。「で、中身は」

 兄の中身。

 カレンの顔がますます引きつった。

「か……変わってますわ」

 リュウが眉を寄せた。

「変わってるって、どう変わってんだ」

「そ、その…、寒ーい…」

「寒い?」

「ダジャレやギャグがお好きでっ…! あ、あと死語もよく使ってますわっ……」

「……」

 しぃーんと静まり返る書斎の中。

 カレンが苦笑して続ける。

「あ、あたくしのお兄さま、あたくしが物心ついたときから言っていましたわ。将来結婚するならユーモアのある男性を選べって…」

「…そのユーモアが、寒いダジャレやギャグ、死語なのか」

「は、はい、リュウさま」

「……」

 再び、しぃーんと静まり返る書斎の中。

 少しして、リュウがシュウの肩を叩いた。

「シュウ、おまえカレンの兄さんに挨拶しなきゃだろ」

「う、うん。オニーサンに会って合格もらってこないとっ…」

「よし、ちょっと寒いダジャレ言ってみ」

「はっ!? オレ寒いダジャレなんて言わねーから知らねーよっ!」

「何か1つくらい知ってるだろ」

「じゃ、じゃあ親父が手本見せてくれよ!?」

「ばっ…! この俺が寒いダジャレなんて言えるかよっ!」

「オレだって言えねーよっ!」

「おまえはいいんだよ、おまえは! バカなんだからよ!」

「なっ、何だよそれ! そういう親父だってバカじゃねーかっ!」

「偉大なお父上様に向かってバカとは何だコラ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ出すシュウとリュウ。
 その傍らでキラが、ふふんと笑った。

「心配するな、シュウ。母上はすごいダジャレを知っているぞ。そう…! これこそ世界三大ダジャレだ!」

「世界三大ダジャレっ?」

 と鸚鵡返しに訊いたシュウ。
 笑顔になって訊く。

「なになにっ? 教えてくれ母さんっ! オニーサンに合格もらえそうなやつ!」

「よしよし、教えてやろう」

「ありがとう、母さん!」

「まずその1は!」

「その1は!?」

「アルミカンの上にあるミカン! だぞっ♪」

 待て。

 シュウの顔が引きつる。

「続いてその2! ネコが寝込んだ♪」

 コラ。

「そしてその3! 布団がふっとんだーっ♪」

 オイ。

「どーだっ? 母上はすごいだろうっ? これでカレンの兄はイチコロだぞーっ!」

 この天然バカ猫が。

 シュウ、愕然。

(何故、そんな誰もが知るダジャレを世界三大だと誇らしげに言えるんだ母さんっ…! そんなんでオニーサンから合格もらえるわきゃねーだろっ!!)

 シュウの傍ら、リュウが袖をまくった。
 己の腕にぶつぶつとトリハダが立っているのを見て言う。

「……合格できるんじゃね?」

「んっ、んなわきゃねーだろ親父っ!」

「だってすげー寒いぜ?」

「たっ、たしかにすーげー寒いけどっ…! そんなんで合格できたら苦労しねえよっ……!」

「ま、近々カレンの兄さんに会いに行って、何が何でも合格してくるよーに。もし不合格だったら…」

 ぐわしっ!

 と、シュウの頭を掴んだリュウ。

「どうなるか分かってんな……!?」

「――!!?」

 リュウの形相に総毛立ったシュウの身体。

(ふ、不合格だったら絶対の死がオレを待っている…!)

 キラが苦笑した。

「必死だな、リュウ…」

「なっ、何なんだよ親父っ…! 何でそんなに必死になってオレに合格させようとしてんだよっ……!」と、恐怖で涙目のシュウ。「そっ、そりゃっ、オレだってカレンのオニーサンから合格ほしいけどっ……!」

「……」

 無言で回転椅子に座ったリュウ。
 ゆっくりとシュウに背を向ける。

 そして口を開いた。

「シュウ…、おまえ再来月でいくつになる」

「えっ?」

 再来月――5月はシュウの誕生日だ。

「じゅ、18だけど」

「18になれば」と、シュウが言い切るか言い切らないかのうちに続けたリュウ。「車の免許が取れる。パチ屋に入れる。18禁エロ関係を白昼堂々公衆の面前で見放題」

「み、見放題でも見れねーっつうの…」

「そして」

「…そして?」

「18になったヤロウは、結婚ができる」

「まあ、そう――」

 そうだな、と言おうとして言葉を切ったシュウ。

(ま、まさか…)

 と、察してどきっとした。
 そして少しして聞こえてきたリュウの言葉は、

「おまえ18になったらカレンと結婚しろ」

 シュウの予想通りだった。

「えっ…!?」と短く声をあげ、頬を染めたカレン。「リュ、リュウさま、今なんと……!?」

「カレン、おまえ再来月シュウと結婚な」

「…えっ、えぇぇええぇぇええぇぇええぇぇええぇええぇぇえっ!?」

 と、カレンは仰天のあまり絶叫する。

「良かったな、これでおまえは居候期間が過ぎてもウチで暮らせるぞ。しかも一生。おまけにもれなくこんなにお優しいお義父さまがついて来る。さあ喜べ」

「たっ、たしかにそれならカレンの居候終わってもカレンはウチに居れるけどよっ…!」と、どきまぎとして言うシュウ。「そっ、そんないきなりっ……!」

「安心しろ、シュウ」

 と、何やら机の引き出しからゴソゴソと取り出すリュウ。
 椅子を回転させて振り返ったその両手には、

「おまえたちは未成年だからな。オレとキラ、カレンの両親の署名・押印済みだ。それから証人のところもオレとカレンの父でバッチリだぜ」

 何と、婚姻届が広げられていた。

 それを手に取って確認するシュウとカレン。
 知らない間に親同士の間で話が進んでいて、戸惑わずにはいられない。

 キラが苦笑しながら溜め息を吐く。

「何だか悪いな、シュウ、カレン。全てはリュウの企みで…」

「た、企みっ?」

 と声をそろえたシュウとカレン。
 リュウを見る。

 リュウが言う。

「企みとは人聞きが悪いぜ、キラ」

「企みではないか、リュウ」とキラがもう一度溜め息を吐いた。「おまえはシュウやカレンのためより、己のためにこの2人を結婚させるのだからな」

 シュウが顔を引きつらせる。

「おい親父、アンタの利益のための政略結婚なのかよ…!?」

「まーな」

 と、認めたリュウ。
 椅子をくるりと回転させてシュウたちに背を向け、にやにやと笑って続ける。

「なあ、シュウ。おまえが結婚となったらリン・ランはどうなると思う」

「ど、どうって――」

「俺の予定では『兄上なんか大嫌い!』とリン・ランは泣きじゃくり。そこを優しく慰める俺。するとリン・ランは『父上大好き♪』となる。そう、念願の『父上大好き♪』…! 『兄上よりやっぱり父上なのだ♪』、『そうだろう、そうだろう、リン・ラン。やっぱりこのお父上が好きか…!』、『はいですなのだ♪ 父上、大・大・大・大好きですなのだ♪ もう兄上なんかいらない♪』となるに違いねえ! まあ実はこの間リン・ランの様子がおかしかったときも狙ったんだが、ホワイトデー過ぎたらいつの間にかまたブラコンになってて結構な衝撃だったぜ。…だが! 今度こそついにリン・ランをファザコン化させ、念願の『父上大好き♪』計画は大成功だぜっ!! ざまーみやがれってんだシュウっ! 悔しいかブワーカっ!! リン・ランをもうおまえの独り占めになんかさせねーぞ!!」

「…………」

 そ…、そんなに羨ましかったのか。

 唖然としてしまうシュウ。
 カレンは苦笑。

「リュ、リュウさま? リンちゃんランちゃんをファザコンにするために、シュウとあたくしを結婚させようと企んでおられる、ということでよろしいのですわね?」

「そうだ」と、キッパリと答えたリュウ。「俺はこの計画を、カレンおまえがウチに居候を始めたときからずっと考えていた」

 ふっふっふ、と(怪しく)笑い。
 にやにやとして崩れかけていた顔をキリっと元に戻し。

 椅子を回転させて振り返り、シュウとカレンをその黒々とした鋭い瞳で捉えた。

「だから頼んだぜ、おまえたち。この俺の願いのために、な」
 
 
 
 ジュリの誕生日パーティーが終わったあと。
 シュウの部屋に備え付けられているバスルームの中。

 シュウとカレンは一緒に入浴していた。
 バスタブの中に向かい合って座ったまま、5分。

 会話がなかった。
 お互い目が合っては逸らす。

 そのお互いの頬が染まっているのは、湯に浸かっているからという理由だけではなさそうだった。

「…ほ…本当自分勝手だよな、親父っ…。何を企んでるかと思いきや、政略結婚だなんてよっ…」とシュウの方が先に口を切った。「…そのっ…、おまえ無理しなくていいからなっ…?」

「…な…何かしらそれ」

 とカレンの顔がむくれた。
 シュウから顔を逸らして言う。

「前、あたくしにいつかプロポーズしてもいいかって訊いたクセにっ…! あれは嘘だったのかしらっ…!?」

「そっ、そうじゃねーよ、そうじゃっ…! そうじゃねえ…けどさっ……」

 再び会話が途切れた。

 数分して、カレンが口を開く。

「…い…嫌なの?」

「えっ…!? ま、まさかっ…!」と、首を横にぶんぶんと振ったシュウ。「おまえが嫌なんじゃないかって思ってっ……!」

「嫌だったら教えないのですわっ…! 左手の薬指のサイズっ!」

「おっ…おうっ、7号っ…!」

 再び途切れる会話。

 また数分が経ち、シュウが恐る恐ると言う風に口を訊く。

「…お…おまえ本当にいいの?」

「ちゃんと」と、カレンがシュウから顔を逸らした。「ちゃんと言ってちょうだい、指輪と一緒に……プロポーズ……」

「…うっ、うんっ…!」

 と、大きく頷いたシュウ。
 カレンの顔がぼっと熱くなる。

(再来月にはシュウのお嫁さんシュウのお嫁さんシュウのお嫁さんっ…!? きゃああああっ! あたくしウェディングドレス着るのぉぉぉぉおおぉぉおおぉぉおおぉぉおっ!?)

 同時にシュウの顔も負けないくらい熱くなる。

(再来月にはカレンの裸エプロン裸エプロン裸エプロンっ…!? うっそマジで!? それで朝っぱらからカモオォォォンでオレフィーバァァァァァァァァァァァァァァァァっ!?)

 カレンが再びシュウに顔を戻し、2人の目が合う。
 お互い顔が真っ赤だ。

「……」

「……」

 数秒の沈黙の後。
 そろって湯の中で暴れ出した。

「あっ、あたくし、ウェディングドレスは特注がいいのですわあぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁっ!!」

「オっ、オレ、裸エプロンのエプロンの胸の部分はハートのやつがいいぃぃぃいぃいぃぃぃぃぃぃっ!!」

「それでそれでっ、憧れのバージンロードを歩くのですわああぁぁぁああぁぁぁああぁぁあっ!!」

「それでそれでっ、朝っぱらから生でフィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!」

「あんもう嬉しいぃぃぃいいいぃぃぃぃぃいいぃぃぃいっ!!」

「ああもう天国ぅぅぅぅううぅぅぅぅうぅぅぅうっぅうっ!!」

 さんざん暴れて、バスタブの湯を半分以下にしたシュウとカレン。
 抱き合っておとなしくなる。

 夢膨らむ結婚のため、

「まずはオレがカレンのオニーサンから合格をもらわなくっちゃな!」

 と、シュウ。
 張り切って言った。

 のだが、すぐにカレンとそろって苦笑した。

「寒ーいダジャレやギャグ、おまけに死語って何だよぉー……」

 3月の末、シュウはカレンの兄――ヒースと会うことになった。
 
 
 
 
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