第113話 心の声


 マナが急いで作ってきた『思い浮かべた相手の心の声が聞こえる薬』。
 レオンはしかと受け取った。

 マナが言う。

「サラ姉ちゃんはきっと、『思い浮かべた相手の思ってもいない心の声が聞こえる薬』を飲まされた…」

「ええ、そのようですわ」

 と、カレン。
 マナはカレンの顔を覗きこむように見た。

「カレンちゃんは…、大丈夫そうだね…?」

「ええ」と、カレンが笑った。「だって、有り得ない言葉ばかりが聞こえてきたのだもの。笑っちゃったわ」

「そう…」

 と安堵したように微笑んだマナ。
 ところで、と眉を寄せてシュウを見る。

「兄ちゃんピクピクしてるけどどうしたの…?」

「ええ、ちょっと…」

 カレン、苦笑。
 マナがシュウの身体を揺する。

「兄ちゃん、起きて…」

「うぐぅぅ…?」

「兄ちゃん、早く…。リン姉ちゃんラン姉ちゃん、今頃薬を飲んでるはずだから…」

「うぅ……」

 と、大ダメージを食らった身体を起こすシュウ。
 マナが続ける。

「兄ちゃん、リン姉ちゃんラン姉ちゃんに語りかけてあげて…。心の中で…」

「え?」

「リン姉ちゃんラン姉ちゃんに聞こえるから…」

「…お…、おうっ…!」

 と承諾したシュウ。
 目を閉じて心の中でリン・ランに語りかけ始める。

(リン、ラン。聞こえるか? 兄ちゃん、おまえたちのこと大切に想ってるからな。嘘なんかじゃねーぞ?)

 その傍ら。
 レオンが薬の入った小瓶の蓋を開けた。

 カレンが言う。

「レオンさん。サラ、レオンさんとの約束守ったのですわ。少しもキャロルちゃんに手をあげなかった」

「うん…」微笑んだレオン。「分かってるよ」

 薬を口に含み、それをサラに口移しで飲ませた。
 そしてサラを抱き締め、目を閉じて語りかける。

 気を失っているサラ。
 それでもレオンの声が聞こえてきた。

 ――サラ、目を覚まして。サラ…。

 レオンも薬を口の中に含んだせいか。
 レオンの頭の中にもサラの声が聞こえてくる。

 ――レオ兄、行かないでっ…!

 泣いていた。

 ――今さらレオ兄なしの生き方なんて分かんないよっ…! お願い…、傍にいて……!

 悲痛な泣き声。

 ――アタシのこと、愛してなくてもいいから……!

 そんな声のあとに、サラの閉じた瞳から涙が零れ落ちた。

 レオンの胸が強く痛む。

 サラは決して強くはない。
 本当はとても脆くて弱い父親――リュウそっくりだ。

 それなのに、このレオンの声でどんな辛い言葉を聞いたのか。
 どんな思ってもいない台詞を聞かされてしまったのか。

 ――サラ、いいかい? これから僕が言うことは、僕の本心だ。本当の気持ちだよ。

 心の中、レオンはサラに伝える。

 ――サラ、僕は君を愛してる。

 サラが気を失う前に聞いた言葉は、その反対の言葉だった。

 レオンは何度も伝える。
 サラの不安も悲しみも吹き飛ばすように。

 ――愛してる。

 ――愛してる。

 ――愛してる。

 サラの閉じた瞳から、もう一粒涙が零れ落ちた。
 それはさっきとは違う意味の涙。

 ――サラ、僕は君を愛してる。だから…

 ぴくんと動いたサラの手。

 ――ずっと君の傍にいさせてください。

 それは心からのレオンの願い。

 それから数秒後のこと。
 サラの瞼がゆっくりと開いていく。

 母親譲りの黄金の瞳に最初に映ったのは愛しい男の顔。
 出来るなら一日中見つめていたいほど大好きな、優しい微笑み。

 次に映ったのは、華奢だけど大きな手に乗せられている己の左手。

 その薬指に光っている。
 一度は失った薬指に、たしかに輝いている。

 永遠の絆を意味する石――ダイヤモンドが。

(ああ…、アタシもらえた……)

 サラの瞳から涙が溢れ出した。

(エンゲージリング……!)

 涙に声を詰まらせ、サラは答える。
 レオンからのプロポーズに。

「…っ…はい……!」

 微笑むと同時に、サラがレオンの胸にしがみ付いた。
 子供みたいにわんわんと泣きじゃくる。

(アタシ、レオ兄に愛されてた…! 愛されてたよっ……!)

 そんな安堵感と喜びでいっぱいだった。

 カレンが目に涙を溜めて微笑む。
 心の中、サラがレオンにプロポーズをされたことなんて見れば分かった。

「おめでとう、サラ。おめでとう…!」

「ありがとう、カレンっ…! って、わああぁぁああぁぁぁあっ!」と突然狼狽し出したサラ。「カっ、カレン大丈夫!? おのれキャロルゥゥゥゥゥゥっ!! って、アレェっ!?」

 辺りをきょろきょろと見回す。

「いっ…、いないっ! キャロルがいないっ!」

「ええ、キャロルちゃんなら帰って行ったのですわ」

 そう言ったカレンの顔をサラが見た。

「帰ったって、何がどうなって帰ることに?」

「えっ? ええと…」と一瞬レオンを見、サラに目を戻したカレン。「レオンさんがサラのためにキャロルちゃんを撃退…し……て?」

 目が泳いでしまう。

 一方、レオンが微笑んで言う。

「そう、必殺技を使ったんだ」

「えっ?」と、声を高くしたサラ。「アタシのために、レオ兄が必殺技をっ?」

「うん、そうだよ」

「レオ兄っ…!」とサラの頬が染まる。「どんな必殺技だったんだろう…! きっと無茶苦茶カッコイイやつだよねっ……!」

「…えっ…、ええ、とっても」

 と言ったカレン。
 サラから顔を逸らす。
 グレルのオナラ嗅がせてたなんて絶対に言えない。

「それで」と、サラが己の左手に目を落とした。「何でアタシまた指生えて…」

「いやいや生えない生えない」と片手を振って突っ込んだレオン。「それはね、ケリーさんに治してもらったんだ。レッドドッグは治癒魔法が優れているから」

「キャロル・母にっ?」と一度驚いてレオンの顔を見、サラが再び左手に目を落とす。「…そ…そっかぁ…。なんか複雑だけど…。良かった…、アタシの指」

「ええ、そうねサラ」と、カレンが微笑んでサラの左手を手に取った。「まぁ綺麗…」

「今日のために一生懸命ハンドクリームで――」

「ダイヤモンド」

「そっちかーい」

「もちろんサラの手も綺麗だけれど」と、カレンが笑う。「ダイヤモンドがあまりにも綺麗で。とぉーってもお似合いよ、サラ?」

「まーねっ」

 と照れくさそうに笑って、サラはエンゲージリングをまじまじと見つめてみる。
 大粒のダイヤモンドが、陽の光できらきらと輝いている。

 動悸がした。

(アタシ…、ついにレオ兄と結婚す――)

 サラ、硬直。
 一瞬忘れてた。

「おっ、親父にいつ言おうっ!? レオ兄と結婚すること!」

「う…」カレンの顔が引きつる。「…タ…タイミング間違ったらレオンさん殺される気がするのですわっ……」

「いや、殺されはしないと思うよ。5、600発殴られるけど、それはいいんだ、それは…」と、苦笑したレオン。「僕が心配してしまうのはキラとリュウの夫婦喧嘩だよ…。サラが結婚となったら、もうリュウが……」

「……」

 カレンとサラ、リュウとキラの本気の夫婦喧嘩を想像して顔面蒼白。
 屋敷どころか、葉月町やヒマワリ城まで破壊されると思う。

「ああもう、眩暈してきた…」と、サラがレオンの身体に凭れ掛かる。「ダメだ、最近親父の機嫌取ってたけど、逆効果だった気がしてきた。何てゆーか、余計にお嫁にいかせてくれなさそうっていうか…」

 カレンが同意する。

「最近のリュウさま、以前に増してサラが可愛くて仕方なさそうだったものね…」

 顔を見合わせるカレンとサラ、レオン。
 そろって苦笑したあと、深く溜め息を吐いた。

 そこへ、鳴り響いたシュウの携帯電話。

「いたんだ兄貴」

「いたわっ!」

 とサラに突っ込んだあと、シュウは携帯電話を手に取った。
 リンの名前が出ているのを見て微笑む。

「もしもーし、兄ちゃんだぞーう」

「兄上っ…!」

 と、リン。

「兄上っ…!」

 と、リンの傍らにいるだろうラン。

 2匹ともしゃくり上げていた。

「は、早く帰ってきてくださいなのだっ」

「は、早く兄上に会いたいですなのだっ」

 シュウはカレンを見た。
 電話の内容を察したカレンがウィンクする。

 それを確認したあと、シュウは言った。

「おう、今すぐ兄ちゃん帰るから待ってろよ」

 シュウの電話が終わるのを待ったあと、レオンが口を開いた。

「僕たちはどうする? サラ」

「もー何だかすんごい疲れたから帰る。ドレスも台無しになっちゃったし」

「僕のスーツも台無しだしね」

「帰ってシャワー浴びて、それでー」

「寝る?」

「エッチしてからね」

「元気だし」

「今日のゴム新製品アルヨ」

「そう」

 とレオンが笑い、サラを抱いて立ち上がった。
 あちこちに散らばっているカレンやサラの荷物をシュウが持ち、リーナの瞬間移動でシュウ宅の玄関へ。

 グレルはまたすぐに瞬間移動で仕事へ向かう。

 玄関ではリンとランがうろうろとしながら待っていた。
 シュウが姿を現すなり、シュウにしがみ付く。

「あっ、兄上ええええぇぇぇえぇええぇぇぇえぇぇえっ!!」

「疑ってごめんなさいなのだあぁぁぁああぁぁぁああぁあっ!!」

 復活したリン・ランを見て、カレンとサラは微笑んだ。
 2匹に2階へと引きずられていくシュウの背を見送る。

 そのあとサラはレオンと共に自分の部屋へと入っていき。

(さて、あたくしは何をしようかしら)

 と、カレンも自分の部屋へと行こうとしたとき、マナに呼び止められた。

「カレンちゃん…」と、マナが薬の入った小瓶をカレンに手渡す。「大丈夫そうだけど、一応…」

「『思い浮かべた相手の心の声が聞こえる薬』?」

 マナが頷いた。

「カレンちゃんの分も作っちゃったからもらって…」

「ええ、それじゃあいただくわ。ありがとう、マナちゃん」

 とカレンは笑顔で薬を受け取り、自分の部屋へと入った。
 
 
 
 それから数時間が経ち。
 只今約PM10時。

 カレンは自分の部屋のバスルームで入浴していた。

(サラ疲れてたみたいだし、レオンさんと一緒にもう眠ったかしら。リュウさまとキラさまはまだデートから帰ってこないわね。そういえばレナちゃんとミヅキくんもデートだったのよね。どうだったのかしら。っていうか、シュウはまだリンちゃんランちゃんの相手してるのかしら?)

 帰ってきてからリン・ランに引きずられていき、まだカレンの前に姿を現さないシュウ。
 人形遊びやテディベア作り、一人ファッションショーなど趣味で時間を潰していたカレンだが、シュウに構われないと少しヒマだった。

「お風呂あがったら何しようかしら…」

 と呟いたカレンの目に、バスタブの淵に置いている『思い浮かべた相手の心の声が聞こえる薬』が入った。
 飲もうか飲まないか迷っていたら、浴室まで持って来てしまった。

(今日キャロルちゃんの薬で聞いたシュウの言葉は嘘だってことくらい、分かっているのですわ。でも、シュウの本当の心の声が聞こえるって思うと……)

 何だか少し怖かった。
 シュウのことを疑っているわけではない。
 だけど少し不安だった。

 薬をじっと見つめたまま、10分が経過。

「せっかくマナちゃんが作ってくれたんですものっ…! 飲んでみるのですわっ!」

 ざぱっと音を立て、湯船から立ち上がったカレン。
 薬の小瓶の蓋を開け、思い切って飲み干した。

 そしてバスタブを跨いだ途端、

 ――カレン、今日どのパンツかなーっ♪

 なんてシュウの声が聞こえてきて、転びそうになる。

「ちょ、シュウ……」

 ――ホワイトデーだからホワイトパンツがいーなっ♪

「はいはい、白ね…。分かったわよ…」

 ――ヒ…、ヒモのやつっ…!

「細かいわね…」

 ――おぉぉぉぉお、純白ヒモパンやべえぇぇっ…! ああっ、鼻血がっ……!

「……」

 カレンは苦笑しながら浴室から出た。
 バスタオルで身体を拭き、脱衣所を出る。

 そして白のヒモパンツを穿き、その上にパイル地で出来たキャミソールワンピース型の寝巻きを身に着けた。

 その間もシュウの声は続いている。

 ――カレンもそろそろ風呂タイム終わったかな。

 どうやらシュウもついさっきまで入浴中だったらしい。

 ――ホワイトデーのプレゼント持ってー…。よしっ、レッツゴオォォォォっ!

 それから数秒。
 シュウがカレンの部屋へと飛び込んできた。

「ヘイ、マイハニィィィィィィっ!」

 シュウに背を向ける形で、窓際に立っているカレン。
 シュウの声を少し黙って聞いてみることにした。

「…カレン?」

 と、カレンが振り向いてくれないものだから首をかしげたシュウ。
 カレンがゆっくりと振り向くと、黒猫の尾っぽをぱたぱたと振った。

 ――お、こっち見たっ…! うぅーん、風呂上りのちゅるちゅる卵肌っ! 可愛いぜオレのハニーっ!

 じっとシュウを見つめるカレン。
 少しシュウの頬が染まった。

 ――な、なんだカレンっ…!? さ、さささ、誘われる!? 早速誘われちゃうオレっ!?

 さらに染まるシュウの頬。

 ――「シュウ、早くカモォォォォン(ハート)」って誘われる!? オイ、まーじかあぁぁぁああぁぁぁああぁぁあっ!!

 ぶんぶんと勢い良く振られるシュウの尾っぽ。

 ――しかも何だ!? ももももしかして純白ヒモパンかっ!? しゅるっと解いてオレまじフィーバァァァァァァァァァァァァァァっ!!

 止まらないシュウの心の声。

 ――ニャンニャンのオレ、カレンとニャンニャンでイニャーーーン♪ イニャニャ、イニャニャも好きのうちニャンっ♪ ニャンだニャンだのニャンダフルゥゥゥゥゥゥゥっ!!

 その声、激しく謎。

 ――ああああああっ、たまんねーっ! はぁぁぁぁやく誘ってくれハニィィィィィィィィィィィィっ!! 早くっ! 早くっ! は・や・くっ!!

 呆れて溜め息を吐いたカレン。
 ベッドに腰掛けてシュウの願いを叶えてやった。

「ヘイ、カモオォォォン」

「フィーバァァァァァァァァァァァァァァっ!!」

 と、叫んだシュウ。
 僅か0.2秒でカレンのところへ。

 ホワイトデーのプレゼントをベッドの脇に落とし、カレンを押し倒す。

「ねえシュウ、そのプレゼント――」

「ああーっ、コレはいーからあとで!」

 カレンの手の届かないところまでプレゼントをぽいっと投げたシュウ。
 中身は人形の服なので壊れはしない。

「で、ハニー!? きょ、今日の、ぱ、ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱんちゅはっ!?」

 と訊いておきながら、カレンの寝巻きの裾をめくって確認したシュウ。

 ――マ・ジ・じゅ・ん・ぱ・く・ヒ・モ・パ・ン……!

 鼻血が垂れ、鼻に治癒魔法を掛けまくる。
 そんなシュウを見て、カレンが再び溜め息を吐いた。

「良かったわね、お望み通りの白ヒモパンで」

「う、うんっ…!」と頷いたシュウ。「――って、えぇっ!? 何でオレが今日のカレンパンツは純白のヒモがいいって思ってたこと分かったの!?」

 驚愕した。

「だって、さっきからぜーんぶ聞いてたもの」

「は!?」

「これで」

 と、薬の入っていた小瓶を見せるカレン。

「なっ……!?」みるみるうちに、シュウの顔が赤面していった。「ひっ、人の心の声を聞いてんじゃねええぇぇぇええぇぇぇぇぇえええぇぇぇぇえええぇぇぇえっ!!」

「だってマナちゃんが作ってくれたんですもの」

「だっ、だっ、だからって、おまっ…!」

「あなた、心の中もそのまんまなのねえ? なーんていうか、あたくしのことばっかりで」

「うっ…、うるせーなっ……!」

 と、カレンからシュウが顔を逸らす。

「嬉しかったのですわ」

「――えっ…!?」

 と、再びシュウがカレンに顔を戻す。
 そこには、頬を染めて微笑んでいるカレンがいた。

 ――オレ、今夜まじフィーバーデス。

「そう」

 と笑ったカレン。

「あっ」と思わず口を塞いだシュウだったが、そんなことをしたところで心の声は塞げない。「ったくもう、いつまで薬効いてんだよっ…」

「あたくしは楽しいからいつまで効いててもいいのですわっ♪」

「オ、オレがよくねえよ、恥ずかしいっ…! ああもうっ、薬切れるまで抱かねえっ!」

 と、シュウがカレンの上から避けた。
 が、カレンが言う。

「それができるのかしら?」

「30分くらいで切れるだろ。それくらい我慢でき――」

「カモオォォォン、ダーリン♪」

「うっ…」顔が引きつったシュウ。「ちょ、ちょっとの間くらい我慢するぜオレはっ…!」

 という気満々だったのだが。
 カレン、連発。

「カモオォォォン、カモオォォォン、カモオォォォン♪ ヘイ、カモオォォォン♪」

 そして結局、

 ――ヤラレタゼ。

 カレンの勝利。
 尾っぽをぱたぱたと振りながら、シュウがカレンに負い被さった。

(ちょっと気になるのよね…。あたくしを抱いてるとき、シュウって何を思っているのかしら?)

   そんなカレンの疑問の答えは。

 ――お…おぉおぉおうっ…! デっ…デリシャスっ…! まじデリシャスっ…! すーげーデリシャスっ…! ど、どんなデリシャスだよハニーっ…! デっ、デリシャスフィーバーっ…!? あぁあぁ、もう無理ぽ……。

 何というか、そのまんまだった。
 
 
 
 
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