第104話 それぞれのバレンタイン 次男&リーナ、七女&ミヅキ編
シュウ宅のリビング。
バレンタインデーの、ちょっと遅めの昼食が出来る前。
ソファーに座っているリュウとリンクの足元に、ジュリとリーナが座っている。
先月10歳の誕生日を迎えたリーナが、来月で5歳の誕生日を迎えるジュリに、キャラクター柄の包装紙で可愛くラッピングされた箱を手渡した。
「はい、ジュリちゃん。うちから本命チョコやで」
「わぁ、ありがとリーナちゃん!」
ジュリが受け取ったソレを見て、リュウとリンクが眉を寄せた。
小声でひそひそと話す。
「おい、リンク。リーナのやつ、俺には煎餅一枚だったぞ。何だよこのジュリとの差はよ」
「煎餅一枚ならまだええやん。おれなんてリーナのおとんやのに、板チョコ一欠けらやで」
「ナイスじゃねーかリーナ」
「ひどっ!」
ジュリが箱を開け、中に入っているリーナの手作りチョコを食べ始める。
「おいしいか? ジュリちゃん。今年はトリュフに挑戦したんやで」
「おいしいーっ」
「ほんまっ? よかったわぁ」
と安堵して笑ったリーナ。
本当においしそうに食べるジュリの顔を、嬉しそうに見ていた。
「ごちそうさまでした、リーナちゃん」
「はい、おそまつさまでしたー」と言いながら、チョコレートがついたジュリの口の周りを拭くリーナ。「はぁ…、うちは10歳。ジュリちゃんは来月で5歳。もうすっかり大人のカップルやんなぁ」
「ぷっ」
と短く笑ったリュウとリンクの腹に、
ドスっ!
と拳を食らわせ、リーナは続ける。
「ジュリちゃん、そろそろ大人の男を勉強せなあかんで?」
「おとなのおとこのひと?」
「せや。ええか、ジュリちゃん。大人の男の座右の銘はな、『据え膳食わぬは男の恥』やで」
リンク、苦笑。
「リーナおまえ、どっからその言葉覚えてきたん。てか、5歳児に何教えてんねん」
「うっさいでおとん。うちはジュリちゃんと話しとんねん。ヘタレはすっこんでろや」
「おま……」
ジュリが首をかしげる。
「す…ぬ…はじ……?」
「『据え膳食わぬは男の恥』や、ジュリちゃん」
「すえぜん?」
「うちのことや」
「リーナちゃんのこと?」
「…おい、リーナ」と口を挟んだリュウ。「随分と限られた据え膳だな」
「しっ! 黙っとってやリュウ兄ちゃんっ!」
と、口に人差し指を当てながら、じろりとリュウを睨んだあと。
リーナはまだ首をかしげているジュリを見て続けた。
「つまりな、ジュリちゃん。うちが誘惑してきたら、それに応えなきゃ男の子として恥なんやで?」
「ゆうわく?」
「せや、誘惑や。たとえばな、うちが『キスしてや』って言ったら、うちにキスせなあかんのやで? 分かったか?」
「はい」
と、素直に頷くジュリ。
(よっしゃ)
リーナ、にやりと笑う。
「ほな、ジュリちゃん」と咳払いをし、「早速うちにキスしてやー」
「え…」
ぎくっとしたリンクの目の前。
ジュリが、ちゅっとリーナの唇にキスした。
「あぁっ!」
と声をあげたリンクに、リュウが言う。
「いいじゃねーか。うちのアイドル相手だぜ?」
「せっ、せやけど、おとんとしてはっ…!」
「ついにやったで」と、リーナ。「ジュリちゃんのファーストキスごちそうさまやっ…」
「どっ、どこのオッサンやおまえは!」
「しかもファーストキスじゃねーし」
と、リュウ。
リーナが眉を寄せた。
「へ? ジュリちゃんのファーストキス、うちやろ?」
「いーや、キラだ。で、その次に俺」
「え」
「んで、その次から順に、シュウ、ミラ、サラ、双子、三つ子だな」
「えぇぇぇええぇえ!? ジュ、ジュリちゃん、んなプレイボーイなっ! うちは初めてやったのにっ!」
「何言ってんだ。おまえもファーストキスじゃねえはずだぞ」
「はぁ?」
と、さらに眉を寄せたリーナ。
リュウがリンクに顔を向ける。
「な、リンク?」
「えっ? …えぇーとぉ……」と、顔を引きつらせながらリーナから目を逸らすリンク。「た…たしかリーナが2つくらいのときやったかなー……」
「なんやねん、おとん。うちのファーストキス誰やっちゅーねん」
「んっ? え、えと…、その……。…お…おとん…やったかなっ?」
「は…?」
リーナ、リンクの言葉を理解するまでに5秒。
その後、
「そっ…、そんなっ…! そんな、おとん……! …うっ…!」
と口元を手で塞いだ。
リンク、狼狽。
「ごっ、ごめんリーナっ! 小さい頃のおまえがめっさ可愛くてっ…! ああもうっ、泣かんとい――」
「ウエェェェエエェっ! あかん、まじキモ……うっ、おっ、オエェェェエエェェエっ!」
「…………」
リンク、傷心。
そんなリンクの肩を、リュウがぽんと叩いた。
「元気出せ、リンク」
「リュウ…!」と、潤むリンクの瞳。「やっぱおまえ親友やんなっ…! こんな哀れなおれを慰めてくれるん――」
「もっともな反応じゃねーか、仕方ねーよ。――と、フォローしてやる俺ってやっさしー」
「フォっ、フォローになってへんわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
と叫んだあと。
リンクは半泣きになって屋敷を飛び出して行った。
「どーせっ…! どーせおれなんかあぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあっ!」
シュウ宅で昼食後。
ミヅキはカレンやキラ、シュウの妹、ミーナ、リーナからのチョコレートが入った紙袋を右手にぶら下げて帰路に着いていた。
本当はもう少しお邪魔していたかったが、仕事の関係でそうも行かない。
家に帰って着替えて紙袋を置いたら、すぐに働いているドールショップへと向かう。
シュウ宅を出てから約2分後。
葉月町へと続く道を歩いていたミヅキは、呼び止められて振り返った。
「待って! ミヅキくん!」
レナだった。
慌てて走ってくる。
「送るよ、ミヅキくんっ…!」
「そんな、いいのに」
と言ったミヅキだったが。
それを聞いたレナの表情がしょ気たのを見て言い直した。
「やっぱり送ってくれる?」
「…う、うんっ!」
と顔を輝かせたレナ。
ミヅキの隣を歩く。
背にあるレナの両手。
そこにはミヅキが持ち帰る用の紙袋に、まだ入れてなかったバレンタインチョコが握られていた。
(ちょ…、直接渡すのって緊張するっ……)
どきまぎとしてしまうレナ。
本当は、皆のチョコレートと一緒に紙袋に入れて渡すつもりだったから予定外だ。
ミヅキが言う。
「バカップルコンテストで、『おしゃれで賞』取れて良かったよ」
「あっ…」
と短く声をあげたレナ。
まだ着ていたミヅキの手作りワンピースに目を落とし、狼狽しながら言う。
「こっ、このお洋服、ちゃんとクリーニングして返すねっ!」
「え? いいよ」と、笑ったミヅキ。「それ、レナちゃんのために作ったから。良かったらもらってくれる?」
「えっ? いっ、いいのっ!? こんなに可愛いのにっ!?」
「ぼくが持ってるより、レナちゃんが持ってる方が服も喜ぶよ」
「…あっ…ありがとうミヅキくんっ! 大切にするねっ!」
「うん」
とミヅキに頭を撫でられ、レナの頬が染まる。
「あっ、あっ、あのっ、ミヅキくんっ…?」
「ん?」
「これから一旦お家帰ったら、そのあとお仕事行くのっ?」
「うん、そうだよ。店長から早く来いってメールも来てて…」と、ミヅキが苦笑した。「どうやらお客様を何人か待たせてしまってるみたいなんだ」
「え? ミヅキくんを待ってるお客さん?」
「うん」
「ミヅキくんに直接用があるってこと? なん――」
なんで?
と訊こうとして、レナははっとして言葉を切った。
「…そ、そっか。今日、バレンタインだもんねっ……」
レナの笑顔が引きつる。
(お…、お客さん、ミヅキくんにどんなチョコ渡すんだろっ…。ぎ、義理かな。ま…、まさか本命…とかっ……?)
ミヅキに俯いた横顔を見せるレナ。
髪の毛で目元が隠れているが、動揺していることが分かる。
ミヅキはレナの背に目を向けた。
そのあと、手に持っている紙袋を掲げて言う。
「チョコありがとね、レナちゃん」
「えっ?」と、顔をあげてミヅキの顔を見たレナ。「あっ…! そ、その紙袋の中にあたしからのチョコ入ってないからっ…!」
「あれ、そうなの? 残念だな。レナちゃんからのチョコ1番楽しみにしてたんだけど」
「えっ!?」
「そっか、ぼくにはくれないのか」
「えっ!? う、ううんっ! あっ、あるよもちろんっ!」
と、慌てて言ったレナ。
立ち止まり、背に隠していたバレンタインチョコをミヅキに差し出す。
「は、ははははい、これっ…! う、ううううううう受け取ってくださいっ……!」
顔を真っ赤にしているレナから、ミヅキが笑顔で受け取った。
「ありがとう、レナちゃん。嬉しいよ」
「…マっ…ママやお姉ちゃんたちからのチョコより嬉しいっ?」
「うん」
「カ、カレンちゃんからのよりっ?」
「うん」
「お、お客さんからのよりっ?」
「うん」ミヅキがおかしそうに笑う。「レナちゃんからのが1番嬉しいよ」
「……」
レナの顔が綻んだ。
期待に胸が膨らむ。
ミヅキが携帯電話で時刻を確認して言う。
「レナちゃん、見送りありがとう。ここまででいいよ」
「あっ、うん、分かった…!」
「ホワイトデーにお返ししたいんだけど、何か希望ある?」
「えっ? い、いらないよお返しなんてっ!」
「そうはいかないよ」
「…じゃ…じゃあ、じゃあ、ねっ?」
「うん?」
「あ、あたしのことっ…」
「うん?」
「レ、レレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレレナって呼んでっ…!」
「えと――」
「あっ! えとっ、そんなに『レ』連発しないでねっ!? え、えと、レレレレレナって…、ああ違うっ…! レレレナ…、あぁぁああぁあっ、そうじゃなくてえぇぇ!」
ミヅキが笑った。
ぽんとレナの頭に乗せて言う。
「またね、レナ」
「――う…、うんっ……!」
とレナが頷いたのを確認したあと、ミヅキが少し急いだ様子で去っていく。
葉月町を歩く人々の中に紛れていったミヅキの細い背中。
それを見つめながら、レナは心の中で繰り返す。
(またね、レナ。またね、レナ。またね、レナ)
ミヅキの背が見えなくなると、レナは踵を返した。
自宅へと向かって駆け出す。
(またね、レナ。またね、レナ。またね、レナ…! レナ、レナ、レナ……!)
込み上げてきた喜び。
それが溢れ出したかのように、レナの身体がぴょーんと宙高くに舞った。
「またね、ミヅキィィィィィィィィィィィィっ! なぁーんちゃって、きゃあああああああああああああああっ!!」
おまけ。
その晩のリンク宅。
リビングの中。
「もーっ、今日いきなりキラの家から飛び出してどうしたのだリンクーっ」
「ミーナ…、おれ、可哀相なんや」
「な、なんだ? 悲しんでいるのかっ?」
と、リンクの顔を心配そうに覗き込むミーナ。
50cm四方の箱を持って来て、リンクの目の前のテーブルに置く。
「ほら、元気出すのだ、リンク! わたしからのバレンタインチョコだぞ!」
「お…おお……!」と、瞳を輝かせるリンク。「こ、こんな大きな箱で…! リーナとは大違いや……!」
「わたし、3段チョコケーキ頑張って作ったのだぞ?」
「ありがとう、ありがとう、ミーナ…!」と、潤むリンクの瞳。「やっぱおれにはおまえだけやっ…! ミーナ、愛しとる……!」
「ちゃーんと残さず食べるのだぞ?」
うんうんと大きく頷き、箱の蓋に手を掛けるリンク。
「ミーナ、ほんまにありが――」
「キラの食べ残し♪」
「え」
開けられた箱。
そこには、
「…………」
一口サイズのチョコレートケーキと、キラが使っていたと思われるフォーク。
入浴していたリーナがバスルームから出て来て言う。
「ん? そのケーキ、最後の一口なん?」
そしてフォークを握り、
「もーらい」
パクっ
と一口サイズのチョコレートケーキを、一口で食べてしまい。
「――どっ、どーせおれなんかぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあっ!!」
リンクはまたもや半泣きになりながら、自宅マンションを飛び出して行ったのだった。
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