第103話 それぞれのバレンタイン 次女&レオン編


 文月島で行われた『ベストバカップルコンテスト』から、ミーナの瞬間移動で戻ってきたシュウとその一同。

 リンク一家のために獲得できた賞金は、シュウとカレンの『ベストバカップル大賞』の500万ゴールド。

 サラとレオン、レナとミヅキがそれぞれ取った『おしゃれで賞』の10万ゴールド。

 それから、あまりの年の差に驚かれたマナとグレルが取った『ビックリで賞』の20万ゴールド。

 そして、リュウの珍解答のおかげで取れたらしい『審査員特別賞』の50万ゴールド。

 と、何だかんだで苦労しながらも合計590万ゴールドがリンク一家の手に。
 シュウ宅のリビングの中、リンク一家が大金を目の前に瞳を輝かせている。

「見や、おとん、おかん…! 590万やで……!」

「おお…おおおおお…! すごい…、すごいで…!」

「すごいぞーっ! これでキラと同じもの買えるぞーっ♪」

「あかんっ! あかんからな、ミーナ!? 絶対にあかんからな!? おまえが金使うからうちは貧乏なんやからな!?」

 サラが笑った。

「少しくらいならいいんじゃない? リンクさん。ね、レオ兄?」

 とレオンの顔を見たサラ。
 笑顔が消える。

「いいんじゃない? リンク。少しならね」

 そうサラに同意したレオンの顔は、いつものように優しくない。
 本当は同意していないからとか、そんなことを思っているからではない。

 理由は、

(アタシが、キャロルに殴りかかったから……)

 シュウとカレンの大賞が決定してから、少し経ったときのこと。
 カレンと小躍りして喜びながらも、シュウとキャロルの会話を聞いていたサラ。

 キャロルの発した台詞を聞いて、思わず右ストレートがキャロル目掛けて発射してしまった。

「目ぇ開けて寝言言ってんじゃないよ!」

 そんな台詞を吐きながら。
 だが、キャロルに命中する寸前、サラの右拳をレオンが片手で止めた。
 そこで我に返ったサラ。

「あっ…! レオ兄っ……」

 と戸惑いながらレオンの顔を見上げた。

 ついさっきサラに『一般人に手をあげるな』と注意したばかりのこともあって、そのときのレオン表情は怒りで強張っていた。
 今もその表情のままだ。

「サラ」と呼んで、レオンがリビングの戸口へと向かっていく。「来なさい」

「…は…はい……」

 サラがレオンの後を着いて行く。

「おい、レオ――」

「親父っ!」

 と、シュウはリュウの声を遮った。
 サラを連れて行くレオンを引きとめようとしたリュウの腕を引っ張る。

「レオ兄に任せろよ。親父は娘に甘いからな。サラのしたこと、説教できねーろ」

「うるせー、注意くらいはできる」

「注意したところで甘いんだよ、親父は。大体、サラはオレや親父より、レオ兄の言うことをよく聞くんだ。サラのことはレオ兄に任せろよ」

「任せたくねえ! レオンの奴、普段が普段なだけに怒ると怖ぇんだぞ!」

「…し、知ってる。あれはバスケ大会のときだったか…。キレたレオ兄はまるでサイ○人のようだった……!」

 顔面蒼白するシュウ。
 それからカレン。

「そ、そうですわね。レオンさん怒るととても怖いのですわ…。でも、リュウさま? 大丈夫だと思いますわ」

「何がだ、カレン」

「サラはみっちりお説教されると思いますが…、レオンさんにとって可愛い可愛いサラ相手ですもの。大丈夫ですわ」

「……ま、そうだけどよ」

 そんなリュウの返事を聞いて笑ったあと、カレンはリュウに包装紙に包まれた箱を渡した。

「はい、リュウさま。バレンタインチョ……いえ、甘いものが苦手なリュウさまにはバレンタインウィスキーですわ♪」

「おー、サンキュ。そういやバレンタインといえば……」

 毎年、リュウとシュウ、ジュリ、さらに逆バレンタインでキラやシュウの妹宛のバレンタインチョコやらプレゼントやらが、全島のファンから宅配便で届く。
 個々に送られては大変なため、まずは各島のギルドに送られ、それらを各島のギルドが大きなダンボールにまとめてシュウ宅へと送ってくる。
 しかも、大型トラック2台以上で。

 電話で再配達を頼んでいたキラが、涎を垂らしながらリュウのところへとやってきた。

「今年はざっと5万個あるらしいぞーっ」

 毎年大量に届くバレンタインチョコや、その他の食べ物。
 それはほぼキラやシュウの妹、ミーナとリーナ、グレルが一週間以内に食べ尽くしてしまう。

「そう、じゃあ2万個くらいがパパ宛ね」とにっこりと笑うミラ。「本命っぽいのは私が片っぱしから牙をフル活用して食べてあげなくっちゃ♪」

「では、1万個くらいが兄上宛なのだな」と、ミラと同様ににっこりと笑うリン・ラン。「去年は立体テディベアチョコを頭からバリバリと噛み砕くのが楽しかったぞーっ♪ 今年はわたしたちが笑顔満開で粉砕してやるぞーっ♪」

「ほな、5千個くらいがジュリちゃん宛やろか」と、指をぼきぼきとならしながらリーナ。「本命と思われるものはうちが全部ウン○にしてやんで」

 シュウ、苦笑。

(毎年バレンタインデーは、オレの周りの女たちが怖いデス……)
 
 
 
 サラの部屋へと入ったレオン。
 後ろをついて来たサラがドアを閉めると、背を向けたまま口を開いた。

「…サラ」

「…は…はい」

 サラの声が震えた。

(た…、助けて…! レオ兄がサイ○人になってる……!)

 レオンの柔らかい青髪。
 怒りのあまり、ゆらゆらと揺れながら逆立っている。

「約束したばかりだったよね。一般人には手をあげないって」

「…だ…だって――」

「だってじゃない!」

 そう声をあげて、レオンが振り返った。
 レオンの怒りに満ちた赤い瞳がサラに突き刺さる。

「さっきも僕は言ったよね? ハンターである以上、絶対に一般人に手をあげてはいけない。さっき言ったばかりだっていうのに、もう忘れたわけ?」

 首を横に振るサラ。

「なら、反省してなかったってわけ?」

 再び首を横に振るサラ。

「じゃあ、何で! 黙ってたら分からないだろうが!」

 レオンの怒声に、サラの身体がびくついた。
 恐る恐る口を開く。

「な…、殴っちゃダメだって、わ…、分かってるんだけど、つい手が出ちゃっ……」

 俯いたサラ。
 母親譲りの黄金の瞳から、涙が零れ落ちる。

 十数秒の沈黙の末、レオンが小さく溜め息を吐いた。
 逆立っていた青髪が、気の抜けたように元へと戻っていく。

 サラの頭に手を乗せて言う。

「サラ…、君はとても兄想いで、とても友達想いだね。そしてとても臆病だ。シュウとカレンちゃんが傷付くかもしれないと思うと怖い?」

 サラが涙をぽろぽろと零しながら頷いた。
 声を張り上げる。

「邪魔者なんかっ…! キャロルなんか、アタシの右ストレートでダウンさせちゃえば良かったんだ! それでも足りないようなら左ジャブジャブジャブで正確な距離はかって、再び右ストレートっ! さらにボディ連打でアゴ落ちたところにアッパァァァァァァっ! そこへトドメの右ストレーーートっ! カンカンカンカーン! オー、イエっ! 1ラウンド7秒でK.Oアルネ! ヘイ、キャロル! そのまま遠慮しないで冥界へレッツゴオォォォォ――」

 ピシっ

 と、レオンのデコピンがサラの言葉を遮った。

「そういうことを言うもんじゃないよ、サラ」

 サラが額を擦る。

「…ごめんなさい、レオ兄…。…でも、でもアタシ――」

「サラ」優しい声で呼んで、レオンがサラを抱き締めた。「もう少し、大人になろうか。大人はすぐに暴力を振るったりはしないよ。…ね?」

「……」

 サラがレオンの肩に瞼を押し当てた。
 レオンの服にサラの涙が滲んでいく。

「ねえ、サラ? 大人になるって約束してくれたら、ホワイトデーに渡したいものがあるんだ。って、まだ僕バレンタインチョコもらってないけど」

 と、レオンが笑った。

 サラがはっとして顔をあげた。
 レオンから離れ、ベッド下の引き出しを引く。

「はい、レオ兄、これバレンタインチョ――あれ、間違った。これ特注仕立てのゴムだった。ごめんごめん」

「ワザと間違ったでしょ」

「そんなことないけどぉー、これも一緒に、ハイ、バレンタインチョコ」

 と、サラがレオンに2つの箱を渡した。

 1つ目はチョコレート。
 2つ目はコンドーム。

 レオンが笑う。

「ありがとう、サラ。チョコの方、開けていい?」

「うん」

 ということで、バレンタインチョコが入った箱を開けるレオン。
 開けるなり、おかしそうに笑った。

 サラが言う。

「今年はデコチョコに挑戦してみた。ちゃーんと、本命だよ?」

「うん、こんなにはっきり書いてくれなくても分かってるよ」

 派手にデコレーションされたビッグサイズの板チョコ。
 ビッグに『I LOVE YOU』と書かれてあった。

「何だか食べるの勿体ないね」

「え? 何? 口移しじゃないと食べる気起きない? んもうー」

 と、さも仕方なさそうに言ったサラ。
 板チョコの端を割り、口にくわえた。

「ん」

 と、レオンの首にしがみ付き、唇をレオンに近づける。
 レオンがもう一度おかしそうに笑い、唇でチョコを受け取った。

 長年の片思いの末、去年の5月にレオンと恋人同士になったサラ。
 未だに唇が触れると熱くなる。

(アタシ、一生レオ兄に恋してんのかな。ママに一生恋してる親父と同じように)

 サラはレオンの顔を覗き込んで訊く。

「ウマー?」

「ウマー」

 と笑ったレオン。
 数分間のキスの後、2つ目の箱に手をかけた。

「さて、そろそろこっちも開けようかな」

「あ、レオ兄。それ開けてベッドにダイブする前にさ」

「うん?」

「アタシが大人になるって約束したら、ホワイトデーに何くれるの?」

「秘密」

「エー。気になってエッチできないー」

 とか言いながら、レオンをベッドまで引っ張って行っているサラである。
 レオンをベッドに押し倒して、頬を膨らませながら言う。

「教えてよ。約束するから」

「ホワイトデーまで楽しみに待ってなさい」

「エー。何その焦らしプレイ。ああもう、エッチする気おきないなぁ」
 とか言いながら、レオンの服を脱がし始めているサラである。
 頬を膨らませているサラの顔を見ながら、レオンが訊く。

「ねえ、サラ?」

「んー?」

「念のために確認するけど」

「んー?」

「左手の薬指、7号で良いんだよね?」

「うん、右も左も7ご……」

 サラの動きが止まった。
 黄金の瞳を動かして、レオンの顔を見る。

「…えっ…?」

 レオンが微笑んでもう一度訊く。

「左手の薬指、7号で良いんだよね?」

 ぎこちなく、うんうんと2回頷いたサラ。

「ん、分かった」

 レオンがそう言い、サラの上になった。

 レオンの唇を首や胸元に感じながら、呆然としてしまうサラ。
 でもシュウとは違い、すぐに実感する。

(皆さま聞いてアルネ。アタシ、ホワイトデーにレオ兄からプロポーズされちゃうアルヨ。羨ましいアルカ?)

 染まるサラの頬。
 キュンとした胸。
 込み上げて来る動悸。

(兄貴、キャラパクってごめん)

 今日のサラは、

「――まじ、フィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!」

 レオンの首にしがみ付き、ぐるんと回ってレオンの上になろうとしたサラだったが。

「おわぁっ!?」

 ドサっ!

 勢い余って、レオンもろとも床に転げ落ちたのだった。

(ワォ! 床の上で抱かれるのも燃えるアルネ!)

 15分後。
 後悔。

(せっ、背骨いたあぁぁぁぁぁああああぁぁぁあいっ!!)
 
 
 
 
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