第105話 それぞれのバレンタイン 父&母編
バレンタインデーの夜。
リュウとキラの寝室。
そこに備え付けている、シュウたち子供の部屋のものよりも少し大きなバスルーム。
そこの脱衣所の鏡の前。
キラ、赤面中。
(こ、これを一番最初にやらされたのはシュウが産まれる前の年のクリスマス・イヴだったか…。あのときも下着の上からとはいえ死ぬほど恥ずかしかったが……。マッパにリボンとなっている現在はもっと恥ずかしいぞ私の主っ……!)
クリスマスとリュウの誕生日、それからバレンタインデー。
キラは決まってリュウの命令で身体にリボンを巻かせられる。
もう50回以上やらされているわけだが、その恥ずかしさにはまるで慣れそうもない。
だが、
(いつからか巻き方やリボンにもこだわってしまう私がいるっ…! 今年は何と赤とピンクと白の3色使いだぞっ……!)
手鏡を持って合わせ鏡にしながら、脱衣所の鏡の前を一周くるりと回るキラ。
全身をチェックする。
(……上手いな、私。さすがだぞ)
ふふん、と満足そうに笑うキラ。
脱衣所の外から、リュウの声が聞こえてくる。
「おい、キラ」
「ふにゃあっ!」驚いて飛び跳ねたキラ。「ま、待ってなのだリュウ! まだそっちに行く覚悟が――」
「ミ、ミラからのバレンタイン開けたんだが」
「…そ、そうか。今年のパンツは何だったのだ?」
ミラからリュウへのバレンタインは、毎年ご馳走とパンツである。
「…お…俺のキャラにはそぐわねえんだけ…ど……、は、穿かなかったらミラ泣くだろうか……。そ、そういやリン・ランはこれのトランクスバージョンをシュウにあげるとか何とか言ってたが、シュウはいいよなシュウは。バカなんだからお似合いだ。しかし俺は……。しかも何でTバックバージョン……」
「Tバ……? …ど、どんなパンツもらったのだ、リュウ」
「…ゾ…ゾウ……?」
「ゾウっ?」
「…鼻がパォーンてなるやつ……」
「……」
「…な、なあ、キラ? 俺、この、ゾ、ゾ、ゾ、ゾウパンツ穿かなきゃやべえ? ミ、ミ、ミ、ミラ泣くかっ…?」
「……。…む、無理するな、リュウ。あんまり見たくないぞ…。ミラに訊かれたら、穿いたことにしておく…」
「お、おう、そうか」
と、安堵の溜め息を吐いたリュウ。
数秒後。
にやりと笑い、バスルームの戸をノックする。
「おい、キラ。まだか、俺へのバレンタインは」
「えっ!?」キラの声が裏返った。「ま、待ってなのだっ…! こ、心の準備があぁっ……!」
「おまえ今年は裸リボンに加えて、今夜○○○を□□□□で、△△△△△の、☆☆☆☆☆☆☆だったよな?」
「うっ…」
「んでさらに、○☆▼□●△★☆◇■▲○★◆って言ったよな? 俺ちゃんとバカップルコンテストに参加したんだから、もーちーろーん、約束守ってくれるよなあ?」
「…わっ、私のバカっ…! せめて○☆▼□●△★☆◇■▲○★◆は言うんじゃなかったっ……!」
脱衣所の中、顔を真っ赤にしながら狼狽するキラ。
顔をきょろきょろとして辺りを見る。
(や、やばい…! 逃げたいぞっ…! で、でもどこにも逃げ隠れできないぞっ…! マネキン作戦はもう使えぬしっ……! あああああっ、どうすれば――)
バキっ!
と音がして、
「ふっ、ふぎゃあああああああああっ!」咄嗟にドアノブを押さえたキラ。「かっ、鍵を壊すなリュウっ!」
「おまえが遅いから」
「だっ、だって……!」
ドアを開けられぬよう、必死にドアノブを引くキラ。
一方のリュウもドアを開けようと、反対側のドアノブを引く。
「おいキラ、何のつもりだ」
「ま、ま、ま、待ってくれリュウ!」
「待たねーよ」
「いっ、今、だな…、そのっ…! バ、バスタブで我が家のペットであるタロウが気持ち良さそうに泳いでるからもうちょっと待ってくれっ……!」
「何だ、タロウって」
「なっ、なんだとリュウっ…! えっ、えと、ゾ、ゾウパンツ…じゃなくてっ……! ゾ、ゾウガメのタロウを忘れてしまったのか!?」
「あれリクガメだから水に入っても泳ぎはしねーと思ったが」
「ギクっ…!」
「まー、とにかく、いくらうちのバスタブがでけーとはいえゾウガメにゃ狭くて哀れだぜ。俺が元いた場所に放してきてやるからドアを開けろ」
「だっ、駄目だっ! まっ、ままま、待ってくれリュウ!」
「何だよ、キラ」
「タ…、タロウ食われたあぁぁぁああぁぁぁあ!」
「誰に」
「ね、猫友達がバスルームの窓からやって来て…!」
「トラかよ。今ならまだタロウ助かるかもしれねーから開けろ」
「だ、駄目だ! 丸呑みされたっ!」
「甲羅が1m以上あるゾウガメを丸呑みとは、えらくでけートラだな」
「タ、タタタ、タロウは子供だから小さかったのだっ! ああぁ、タロウ消化されてるうぅぅぅぅ!」
「そうか、もう間に合わねーか。早くドア開けろ」
「だ、駄目だ! 猫友達が入浴中だ! メスだから覗くな!」
バスルームの前、リュウは深い溜め息を吐く。
「おい、キラ――」
「あっ、タロウが尻から出て来たぞ!」
「…キラ――」
「おおーっ、元気良く泳いでるぞーっ!」
「……キ――」
「あぁーっ! また食われたあぁぁぁ!」
「……」
「おぉっ、また尻から出て来たぞーっ!」
「………」
「そしてまた食われたぞーっ!」
「…………」
「そしてまた出て来たぞーっ!」
「……………」
「永久ループだぞーっ! これではバスルームから出て来れないぞーっ! あっはっはー」
「………………」
プチっ
と、リュウの中で何かが切れた音。
「結婚記念日の指輪やーらねぇーーー!!」
「――!?」
キラ、衝撃。
本日はバレンタインデーで、そして結婚記念日だ。
身体にバスタオルを巻き、慌てて脱衣所から飛び出る。
「ねっ、ねねね、猫友達帰ったあぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあっ!!」
と、ベッドの方へと歩いていくリュウの背にぴょーんとしがみ付いたキラ。
リュウが左手に持って高く掲げている小さな箱に手を伸ばす。
「ほ、ほしいのだあぁぁぁぁああぁぁあ!」
「もうやらね」
「ごっ…、ごめんなさいなのだぁぁああぁぁああぁぁっ!」
「絶対やらね」
「もう悪あがきしたりしないのだあぁぁぁぁぁぁあっ!」
「一生やらね」
「…ふっ…、ふにゃあああああああああん!」と泣き出したキラ。「ちゃっ、ちゃんと○○○を□□□□で、△△△△△の、☆☆☆☆☆☆☆、さらに○☆▼□●△★☆◇■▲○★◆の約束守るのだあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあ!」
「よし」
と、リュウ。
ベッドにキラを降ろし、結婚記念日のプレゼントをキラに渡す。
結婚18年目に贈る宝石はガーネットだ。
「ほら、キラ。結婚記念日」
キラが涙を手の甲で拭い、はしゃいだ様子でプレゼントの箱を開けた。
赤いガーネットの指輪を見て、瞳を輝かせる。
キラはリュウからもらう宝石の中で、結婚記念日にもらうものが一番嬉しかった。
「ありがとう、リュウ…!」
「……おう」
キラの笑顔を見て、微笑んだリュウ。
ガーネットの指輪を取り、キラの指にはめてやった。
キラの白魚のような手に、赤いその輝きがとても良く映える。
それから結婚記念日にはプレゼントの他に、リュウからキラへともう1つ。
それは、
「おい、俺の可愛い黒猫」
「何だ、私の愛する主」
「結婚18周年の今年も俺はこの世一おまえを愛してるから」
普段はあまり言わない愛の言葉。
いや、
「おまえも絶対何が何でもこの世一この俺を愛するように」
命令。
キラが笑った。
「毎年思うが、そんなこと当たり前だぞリュ――」
「ああ、それから」とキラの言葉を遮ったリュウ。「今年も俺に抱かれるときイイ声出すように」
「……」
「まあ、嫌でも出させるんだが」
「……」
「こう、俺の獣欲を掻き立てるよーな?」
「……」
「ああ、イイ…!」
と、ゾクゾクしてしまっているらしいリュウ。
キラ、苦笑。
リュウが言う。
「さて、始めるかキラ」
「えっ…!?」
「結婚18周年の今年は18発か」
「――!? ま、待ってくれリュウっ…! ちょ、ちょっと多す――ふにゃあっ!」
急に胸から巻いていたバスタオルを取られ、キラは声をあげた。
顔を真っ赤にしながら、両腕でリボンの巻いた身体を隠す。
が、すぐさま腕をリュウに外される。
「上手ーく巻いてんじゃねーかよ、え?」と、キラの身体を見てにやりと笑うリュウ。「今回はリボン3色使いかよ。おまえ年々巻き方がプロになるな」
「なっ、何のプロだっ…!」
「裸リボンの」
「そっ、そんなものあるかっ…!」
「ああ、エロい」
「あっ、あんまり見るなっ…!」
「んじゃ」
いただきます。
と、リュウがキラを押し倒したとき。
コ…、コンコン……
寝室のドアがノックされた。
何というか、戸惑い気味に。
「ふっ、ふにゃ…!?」
慌てて再び身体にバスタオルを巻くキラ。
リュウが顔を怒りに引きつらせながら戸口に目をやった。
「シュウ、てーめえ昨日ゴムやったばかりだろうが…! これから気合入れて18発ってときに邪魔してんじゃねーぞコラ……!!」
と、シュウが来たと思って言ったリュウだったのだが。
「ご、ごめんなさいリュウさまっ…! あたくしですっ……!」
どうやらカレンのようだった。
「カレン?」と眉を寄せたリュウ。「どうした」
「あのっ…」
「昨日やったゴム良くなかったのか? 自慢の厚さ0.01ミリだったんだが…」
「そっ、そうではなくてっ…!」
「早く言え」
「ピ…、ピンクのリボンありますかっ?」
「は?」
と、キラと顔を見合わせたリュウ。
カレンがあたふたとした様子で続ける。
「いえっ、あのっ、べ、べべべ別に変なことに使うのではありませんわよっ?」
「おい、キラ。カレンが裸リボンやるってよ」
とのリュウの声が聞こえて、カレンがドアの外で声をあげる。
「きゃっ、きゃあああああああっ! ちっ、違いますっ! ちちちっ、違うのですわリュウさまあああああああっ!」
「反応と台詞が合ってねーぞ、カレン」
「うっ…!」
キラが言う。
「ピンクのリボンなら余ってる。カレン、入れ」
「は、はいキラさま」
と承諾したカレン。
リュウとキラの寝室の中へと入る。
顔が真っ赤になっていた。
「あ…、あのっ…、そのっ…、訳あって裸リボン? を、やらなければいけないことになってしまってっ……!」
「大変だな、おまえも……」
と苦笑したあと、キラがバスルームへと向かって行った。
脱衣所に置いておいた残ったピンクのリボンを取り、カレンのところへと戻ってくる。
「ほら、カレン。これで良いか?」
「あっ、ありがとうございますキラさまっ…。では、お邪魔しましたっ……」
と去ろうとしたカレンの腕を、リュウが引いた。
キラに顔を向けて言う。
「おい、裸リボンのプロ。巻いてやれ」
「へっ!?」と声を裏返してリュウの顔を見上げたカレン。「いっ、いえリュウさま結構で――」
「うーん、そうだな」と、うんうんと頷くキラ。「素人には少し難しいかもしれないしな。よし、脱ぐのだカレン」
「えっ、えぇっ!? けっ、結構ですわキラさまっ!」
「遠慮は無用だぞ、カレン♪」
あはは、と笑ったキラ。
カレンは狼狽して、嫌だと首を横に振る。
が、
「ほらさっさと脱げよ」
と着ていたキャミソールワンピース型の寝巻きを、リュウにポーイと投げ捨てられ。
「きゃっ、きゃああああああああっ! リュウさま何をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
寝巻きの下に何も身に着けていなかったカレンは胸を押さえて蹲る。
「うるせーな、騒ぐんじゃねーよ。キラ以外の女どうこうしようなんて思わねーよ。にしてもおまえ、本当乳ねーな」
「ほっ、放っておいてくださいっ!!」
「おい、キラ。早く巻いてやれ」
承諾したキラ。
カレンの手からピンクのリボンを取り返して首をかしげる。
「どういう巻き方が良いものか」
「一番エロいの」と答えたのは、もちろんカレンではなくリュウである。「いつだったか、俺がすーげー興奮したやつ。シュウも大喜びだろ」
「ああ…、あれか」
「乳ねえ分、色気に欠けるがまあいいだろ」
「うむ、分かったぞ」
カレンは半ばパニックになりながら、リュウとキラの顔を交互に見た。
「リュ、リュウさま…!? キラさま…!?」
胸を押さえたまま尻を突き、ずりずりと後ずさるカレン。
にやにやと笑っているリュウ。
「遠慮いらねーって言ってんだろ、カレン」
にこにこと笑っているキラ。
「そうだぞ、カレン♪」
ドン…
とカレンの背がドアにぶつかった、次の瞬間。
「――きゃっ、きゃああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあああぁぁぁあっ!!」
リュウに万歳の体勢で押さえつけられ。
裸リボンのプロ(?)であるキラの目にも留まらぬ早業により。
カレン、裸リボンデビュー☆
次の話へ
前の話へ
目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ