第102話 ベストバカップルコンテスト 後編


 観客席の最前列。
 失格になってステージから降りてきたリュウの胸を、リーナがぽかぽかと殴っている。

「何しとんねん! 何しとんねんリュウ兄ちゃん! めっさ期待しとったのに! 最終ステージの1問目から何ボケかましとんねん! バカップルコンテストやからってバカ晒して笑い取らんでええっちゅーねん! 賞金取ってこいって話やねん! まったく! ドタマかち割って脳ミソチューチュー吸ったろかっ!」

「何言ってんだ、ボケかましたのはキラの方だぜ」

「自分、ほんまにバカちゃうか!? バカップルコンテストでバカすぎて失格になるなんて、失笑して鼻水出たわ!」

「拭けよ」

「拭いたわ! 大人の女が鼻水たらしたまま歩くかい!」

「ハン」

「何やねん、その失笑!」

「まだ乳もケツもねーのに何が大人の女だ」

「うっさい――」

「片腹痛いわ」

「なっ、なんやてゴルアァァァァァァァァァァァっ!!」

 ボカカカカカカカカカっ!!

 とリュウの胸を思いっきり殴るリーナだが、リュウにとっては痛くも痒くもない。

「あーもー、うるせーなあ。おいリンク、おまえんとこのガキ黙らせろよ」

「……なあ、リュウ」

 と言いながら、ステージの方を見て顔を強張らせているリンク。

「あ?」

「ゲール夫妻、めっさ強い……」

「は?」

 とステージの上にいるゲール・ケリー夫妻に顔を向けたリュウ。
 司会者が声をあげている。

「大・大・大・正かーーーいっ!! ゲールさん、見事全て言い当てましたーーーっ!!」

 リュウは正解の書かれているケリーのボードに目を向けた。
 そこにはやたらと長い文章。

「……。おい、ゲールの奴、あれ全部言い当てたのか」

「おう…」

「す…、すげーな…。解答の内容も見事にバカだぜ」

「知っとったけど、只者やないわ…」

「シュウもバカだが、こりゃ敵わねーだろうな」

「やっぱそうやろか…」

「あかんっ…! あかんわっ……!」

 と狼狽するリーナ。
 ステージに駆け寄り、ステージの床を両腕でバンバンと叩いて声をあげた。

「シュウくん、カレンちゃん!! うちら一家の命預けたでええぇぇぇぇぇえええっ!!」

 ステージの上のシュウとカレン。
 そろって苦笑。

「あぁ…、大層なもんを預けられちまったなオレたち……」

「大賞取ってあげたいのは山々なのだけれど……」

 アレが相手じゃ…。

 と、ゲール・ケリー夫妻に顔を向けるシュウとカレン。
 諦めモード。

「……なあ、カレン。せめて準優勝の『流石で賞』は取ろうな…」

「……そうね、頑張りましょうシュウ。賞金は大賞の半分になってしまうけど…」

「おう…。本当はオレたちと親父たちで『ベストバカップル大賞』と『流石で賞』取ろうと思ってたから申し訳ねえけど……」

「何も取らないよりはマシなのですわ…」

「おう…」

 そして続くクイズ。

「うーーん! 最終ステージ第1問目から3組のカップルが失格になってしまいましたね! 優勝候補かと思われたリュウさま・キラさまご夫妻も、リュウさまの思いもよらぬ珍解答で脱落! いやーーっ、残念でした!」

 珍解答…。

 シュウとカレン、同意して赤面。

「では張り切って参りましょう! 第81問! 5日前の昼食で、彼氏・旦那様が1口目に食べたものは!? 彼氏・旦那の皆さん、ボードに正解をお書きくださーい!」

 シュウの顔が引きつる。

(こ、今度は5日前のことかよ…! 5日前の昼食って、何食ったっけ……!?)

 記憶を巻き戻して思い出そうとするシュウ。
 ふとゲールを見ると、何ら悩んだ様子なくすらすらとボードに正解を書いている。
 ケリーも落ち着いた様子だ。

(やっぱすげーな、オイ…)

 何とか思い出し、正解をボードに書くシュウ。

(オ…オレの方が間違ってたらごめん、カレン……)

 司会者がカレンの傍らに並んだ。

「はい、ではカレンちゃん、お答えをどうぞ!」

「え、ええと……、醤油ラーメン……の、お汁?」

「はい、正解です!」

 シュウとカレン、そろって安堵の溜め息。
 リーナがまたステージの床を両腕でばんばんと叩いて声をあげる。

「シュウくん、カレンちゃん! 最終ステージはココ最近の過去からクイズ出されると見たでうちは! ココ最近一ヶ月の一日一日を細かく思い出すんや! どうでもええようなことも全部!」

 と、言われても。
 どうでも良いことまで思い出すのは難しい。

「…お、思い出せるかカレン」

「…む、難しいわシュウ」

「ま、まあ、まさか全てココ最近の過去から問題出されるわけねーよなっ?」

「え、ええ、そうですわよねっ…」

 と、思ったのだが。
 続いて出された問題。

 第82問目・4日前の彼女・妻の就寝時間(シュウとカレンはほぼ一緒に寝るので、何とか正解)。

 第83問目・10日前の彼氏・夫の起床時間(シュウは10個の目覚まし時計により、必ず早朝6時に起こされるので余裕で正解)。

 第84問目・15日前の夜の営みで、彼氏・夫が求めてきた回数(シュウもカレンもまるで思い出せなかったので日々の平均回数を書いたら答えが一致してくれて正解。ちなみに2回)。

 第85問目・7日前の彼女・妻の着ていた服(暗黙の了解で大雑把に『仕事用の服』で正解)。

 ここに来てカップルが一組脱落し。
 残りはシュウとカレン、ゲールとケリーの2組に。

「お…、おおおおっ! カレン、『流石で賞』は確定だぞ!」

「ええ、シュウ! やったのですわ!」

 ステージ下から、再び飛んでくるリーナの声。

「何、『流石で賞』ごときで喜んでんねん! ちゃんと大賞取ってや!」

 興奮したリンク、ミーナと続く。

「すごいでー! シュウ、カレンちゃん! 大賞いけるかもしれへんわ!」

「がっ、がんばるのだシュウ、カレェェェェェェェェェンっ!」

「と、言われても――」

「シュウ、カレン頼んだぞ!」と、シュウとカレンの言葉を遮ったキラ。「私はミーナに賞金を取ってやれなかった…! 可愛い可愛いミーナのため、おまえたちが大賞を取ってくれ!」

 さらにサラとレオン、グレル、マナ、レナ、ミヅキと続く。

「兄貴、カレン! アタシとレオ兄『おしゃれで賞』の10万しか取れないし頑張って!」

「この調子だと行けるかもしれないよ、シュウ、カレンちゃん!」

「おまえら頑張れよーっと! 大賞ゲットだぜーっと!」

「兄ちゃん、カレンちゃん…。リンクさんたちのためにがんばって…!」

「そうだよ! 兄ちゃんカレンちゃん、がんばってええええええええええっ!」

「ここまで来たら大賞取ってきてよ、シュウ、カレンちゃん」

 と皆で応援するが。
 無理と言わんばかりに苦笑しているシュウとカレン。

 リーナがリュウに振り返って声をあげた。

「リュウ兄ちゃん、シュウくんとカレンちゃんのこと何とかしてや!」

「ったく、仕方ねーなあ」

 と、リュウが溜め息を吐いた。
 シュウの顔を見る。

「おい、シュウ」

「な、なんだよ親父」

「大賞取れなかったら一ヶ月カレン没収な」

「――!?」シュウ、大衝撃。「(ゲール夫妻に)負けられねえええええええええええっ!!」

 続いてカレンを見るリュウ。

「おい、カレン」

「は、はいリュウさま」

「大賞取れなかったら…、うーん…、そうだな。おまえの場合は……、人形破壊」

「――!?」カレン、大衝撃。「いっ…いやあああああああああああっ!! 絶対に負けられないのですわああああああああああああああああああっ!!」

 シュウとカレン、顔面蒼白。
 おまけにちょっと涙目。

 そして引き続き出されるここ最近からのクイズ。
 頭の中、シュウとカレンは死に物狂いで記憶を巻き戻す。

 大賞を取れなかったらと思うと、もう気が気じゃない。
 リュウの言葉は冗談とは思えなくて。

 第86問、

「正解!」

 第87問、

「また正解!」

 第88問、

「またまた正解!」

 第89問、

「またまたまた正解!」

 第90問、第91問、第92問…………。

 そして第99問、

「キタコレ! シュウくんカレンちゃんカップル、正解です! すごいっ! これはすごいですっ! まさに最終ステージにふさわしい戦いぶりです!」

 リンク一家が興奮して飛び跳ねている。

「いよっしゃああああああっ! シュウくん、カレンちゃん行っけええぇぇぇぇぇぇえええっ!!」

「すごいっ! すごいでっ! シュウ、カレンちゃん! このまま大賞掻っ攫ってきてやああぁぁああああああっ!!」

「シュウ、カレン、頼んだのだあああぁぁぁあああぁぁあああぁあっ!!」

 言われなくたって大賞を掻っ攫う気のシュウとカレン。
 もう目がギラギラしている。

「来るぞ、カレン…!」

「ええ、シュウ…!」

「ついに…!」

「ついに…!」

 第100問が……!

「はい、では…! ついに、第100問です! すごいです! ゲールさんケリーさんご夫妻とここまで戦ったカップルは初めてです! 初めてです! 初めてなんです! ドキドキわくわくキャッキャウフフむらむらの初体けーーーーーんっ!!」

 と、司会者。
 観客と同様にえらく興奮している様子。

「どちらのカップルも外した場合、または正解した場合は延長戦となります! では行っちゃいましょう!」

 緊張しているシュウとカレン。
 自分の耳に自分の動悸が聞こえる。

 その傍らでは、相変わらず落ち着いているゲールとケリー。

「カレンちゃん、ケリーさんボードとペンをご用意ください!」

 どうやら第100問は彼女・妻に関するクイズのよう。
 カレンとケリーがマジックペンの蓋を抜く。

「はい、準備はよろしいですね…!?」

 ごくりと唾を飲み込み、頷いたシュウとカレン。
 軽く頷いたゲールとケリー。

「では第100問っ! 14日…」

 14日前…!

 記憶を巻き戻し始めるシュウとカレン。

「…後の、彼女・奥さんの下着の色は!?」

 ――!?

 驚愕。

(じゅっ、じゅうよっかご……!?)

 激しく狼狽するシュウとカレン。

(みっ、未来からクイズ出してんじゃねえっ!! んなの知るかってんだよっ!!)

(2週間後の下着まで決めてないわよ、あたくしっ!!)

 ゲールとケリーに目を向けてみる。

 何ら慌てた様子もなく、すらすらとボードに正解を書いているケリー。
 同様に何ら慌てた様子もなく、答えるときを待っているゲール。

 その姿から察するに、正解するのは余裕のようだ。

(こうなったら一か八か……!)

 覚悟を決めたシュウとカレン。

(オレの希望を答えるっ!!)

(あたくしが一番持っている色を書くわっ!!)

 ケリーに続いて正解をボードに書くカレン。
 書き終わったら観客に見えるよう、ボードを膝の上に立てる。

 それを見て司会者が再び口を開いた。

「はい、カレンちゃんとケリーさん、正解を書き終えたようですね! ではシュウくんとゲールさんにお答えを聞きましょう!」

 シュウの口元に近づいてくるマイク。
 シュウとカレンどころか、観客席中に走る緊張。

「シュウくん、お答えをどうぞ! カレンちゃんの14日後の下着の色は!?」

「…っ……じゅっ、じゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅ純白ぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

「――いっ、いやああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあっ!!」

 と、響き渡ったカレンの絶叫。
 椅子から転げ落ちそうになったカレンを、シュウが慌てて支える。

「おっ、おいカレン!? どうし――」

「シュウくん、不正解ですっ!!」

「――!?」

 シュウ、大衝撃。
 カレンに続いて絶叫する。

「いっ…、いやだあああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああっ!!」

 ステージの上、この世の終わりじゃないかというような声をあげるシュウとカレン。
 一方、ステージの下には瀕死のリンク一家。

 そのとき。
 キャロルがすっと立ち上がった。

 ステージに近寄り、シュウの顔を見て口を開く。

「大丈夫ですよ、シュウさん」

「えっ…?」

 シュウはキャロルの顔を見た。
 微笑んでいる。

「わたしの父と母も不正解なら、延長戦になります」

「でもっ……!」

 と、シュウはゲールとケリーに顔を向けた。
 余裕綽々としているこの夫婦が、クイズを間違えるわけがないと思う。

 司会者がゲールの口元にマイクを近づける。

「これで見事正解すれば、またもや大賞を掻っ攫うことになりますね、ゲールさん! ではお答えをどうぞ! 14日後のケリーさんの下着の色は!?」

 ケリーがボードに書いた正解は『ボルドー』。
 ゲールが口を開く。

「…14日後のケリーの下着の色は…、ずばりボ――」

 ゲールが言葉を切った。
 ゲールの視線の先にはキャロル。

 小さく首を横に振っている。

「…違うのか…」

 と小さく呟いたゲール。
 言い直す。

「…黒かな…」

「あーーーっ! 残念ですゲールさん! 不正解です!」

「…え…?」

 と首をかしげるゲール。
 それと同時に、復活したリンク一家。

「いよっしゃあああああっ! あの変態外しよったで! シュウくん、カレンちゃん、延長戦や!」

「がんばってやシュウ、カレンちゃんっ!!」

「今度こそ頼むぞおおおおおおおおっ!!」

 シュウとカレンも復活。

「おお…! おおお…! カレンっ……!」

「ええ、シュウ…! 奇跡の延長戦なのですわっ……!」

 そして気を取り直して挑戦する第101問。
 が、

「残念っ! 不正解です!」

「――!?」

 シュウとカレン、再び絶叫。
 リンク一家、再び瀕死。

 だが、

「残念っ! ゲールさんケリーさんも不正解につき、引き続き延長戦です!」

「――えっ…!?」

 驚いてゲールとケリーを見たシュウ。
 2問連続で外して困惑しているようだった。

 そしてキャロルに目を向けたシュウ。
 微笑んでいる。

「大丈夫ですよ、シュウさん」

「……」

 ゲールとケリーを見、もう一度キャロルを見たシュウ。

(まさか、この子がゲールさんたちに外させて……?)

 再び延長戦に挑みながら、キャロルの様子を見つめる。

 第102問、シュウ・カレン、不正解。
 そしてゲール・ケリーも不正解。

(やっぱり…)

 第103問、シュウ・カレン、不正解。
 そしてまたゲール・ケリーも不正解。

(この子、ゲールさんたちが正解しようとすると首を横に振って…)

 第104問、シュウ・カレン、やっと正解。
 そして……、

「ああああああっ! 残念! 王者敗れたり! 『ベストバカップル大賞』はシュウくん、カレンちゃんに決定でーーーーーすっ!!」

 舞い上がるカレン、リンク一家、シュウの家族、レオン、グレル。

(オレたちが大賞を取れるようにしてくれてたんだ……)

 シュウの瞳に映る、キャロルの笑顔。

「おめでとうございます、シュウさん」

「…ど……も……」

 とシュウは複雑な気持ちで軽く頭を下げた。
 素直に喜べない。

 正当な勝ち方ではなかった。
 本当ならゲール・ケリー夫妻が大賞を取っていたのだから。

 でも、

「はい、リーナちゃん! 約束の500万ですわああああああっ!」

「ありがとカレンちゃああああああああああんっ!」

「これでおれら食いつなげるわああああああああああっ!」

「シュウ、カレン、ありがとなのだあああああああああっ!」

 リンク一家を助けることができた。
 でも正当な勝ち方じゃなかった。
 でもリンク一家を助けることができた。
 でも……。

「シュウ?」と、カレンがシュウの顔を覗き込んだ。「どうしたのかしらっ? 喜ばないのかしらっ? あたくしたち、大賞取れたのよっ?」

「…お、おう……、まだ実感がわいてなくてさっ…」

「んもう、鈍いんだから!」

 とカレンが笑ったあと、ステージの上にやってきたサラと抱き合って小躍りを始めた。

 シュウの視線は再びキャロルに。
 戸惑いながら声をかける。

「あの…、キャロルさん」

「キャロルでいいです。わたし、シュウさんよりも1つ年下ですから」

「じゃあ、あの…、キャロルちゃん。どうしてオレたちを助けて……?」

「シュウさんたち、ではありません」

「え…?」

「シュウさんを助けたかったのです」

「オレを…?」

「はい」と、頷いたキャロル。「あの…、シュウさん。覚えておいていただけますか…?」

「はい…?」

 首をかしげるシュウ。

 キャロルがにっこりと微笑んで言う。

「キャロルは、シュウさんのことが好きです。とってもとっても、好きなんです」

 次の瞬間。
 サラの右ストレートがキャロル目掛けて発射した。
 
 
 
 
次の話へ
前の話へ

目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ
inserted by FC2 system