第101話 ベストバカップルコンテスト 中編


 続く『ベストバカップルコンテストIN文月島文月町4丁目の文月公園』。
 それは5問目のこと。

「はい、グレルさんお答えください! 彼女の体重は!?」

「んー、マナの体重かあ。抱っこしたときの重さを考えるとー……5gだぞーっと♪」

「ご、5ぐら……? 5gでよろしいのですか?」

「おうっ♪」

「え、えと……、ざ、残念! 不正解です!」

 マナ・グレル組、早くも失格。
 シュウ、苦笑。

(さすが天然バカおっさん…。その脳内、一度見てみたいぜ……)

 それから23問目のこと。

「はい、ではレナちゃん! 彼氏はレナちゃんのどんなところに惚れたと思うかな?」

「え、えーとぉ……」と戸惑うレナ。「い…胃袋が小さいところっ?」

「うーーん、残ねーーーんっ! 正解は『可愛いところ』でしたーーーっ!」

 レナ・ミヅキ組、失格。
 シュウ、またもや苦笑。

(仕方ねーよ、レナ。実際は付き合ってねーんだから…。でもおまえ、ミヅキが初めてうちに来たときに大皿の山盛りカレー食ってんだから、胃袋でかいことなんてバレてんぞ……)

 そして現在50問目。
 もう結構な難易度だ。
 シュウたちのいるステージAは、25組のカップルのうち、マナとグレル、レナとミヅキを含めて14組が失格となっていた。

「はい、ではカレンちゃん! 彼氏・シュウくんの8番目に好きな料理は!?」

「焼きソバですわ」

「正解! いやー、キラさまに続いて余裕ですねー!」

 シュウは安堵の溜め息を吐いた。

(あー、良かった。まさか8番目なんて訊かれるなんて…。お互いの好きな料理トップ20を必死に覚えたかいがあったぜ……)

 ちらりと斜め前のサラを見るシュウ。

(ま、次のサラも余裕だろうな。サラがガキの頃から超すーげー愛するレオ兄の、たかが8番目に好きな料理ごとき間違えるわけがねえ)

 と思ったのだが。

「次、サラちゃん! はい、お答えくださーい」

「きりたんぽ鍋」

「あーっ、残念! 不正解です! ステージから降りてくださーい」

「えっ…!?」

 と意外なことに思わず声をあげたシュウとカレンの前。
 サラがレオンの手を引っ張って通り過ぎ、ステージの階段を下りていく。

「どうしたの? サラ。きりたんぽ鍋は――」

「46番目に好きな料理だよね、分かってる。ごめん、アタシわざと間違えたんだレオ兄」

「えっ?」

 観客席のリンク一家の前へとやってきたサラが言う。

「にしても喉渇いちゃった、アタシ」

「あ、僕が出店で飲み物買ってくるよ。ビールでいい?」

「うん、ありがとレオ兄」

 リンク一家、ミラ、リン・ラン、ユナ・マナ・レナ、ジュリ、グレルと続く。

「あー、レオン。おれもビール」

「わたしもビールが良いぞーっ」

「うちファン○グレープな」

「レオ兄、私もビールがいいわ♪」

「わたしたちはビールとリンゴ飴がいいぞーっ」

「レオ兄?、あたしもビールね」

「あたしも…」

「あたしもー」

「ぼくオレンジジュース」

「オレはビールとたこ焼きと焼きソバとお好み焼きとチョコバナナと――」

「はいはい」と、レオンが苦笑しながらグレルの言葉を遮った。「持ちきれないからグレルも来て」

「ぼくも手伝うよ、レオンさん…」

 と苦笑しながらミヅキ。
 レオンとグレル、ミヅキが去っていくと、サラがリンクに言った。

「詰めて、座れないんだけど」

「お、おう、ごめん。って、おまえが端っこに座ればええやんかサラ」

「いーから早く。アタシはここがいいの」

「まったくもう、ワガママやなあ。みんなー、1つずつ席向こうにズレてやー」

 サラは空けられた席――リンクとゲールの娘の間に座った。
 リンクが訊く。

「ところで、どうしたんサラ? おまえが50問目で間違えるとは思ってへんかったで」

「ごめん、リンクさん。でも『おしゃれで賞』は取れると思うから」

「謝らんでええけど。リュウたちかシュウたちが大賞取ってくれるやろうし……っていうか、ゲールが去年までの優勝者っていうのは驚きやったわ。そしてあいつが結婚してたのがもっと驚きやったわ。子供とかおるんやろか」

「いるよー、ここに」

 とサラがゲールの娘に目を向けると、まだそのことを知らなかった一同が仰天して振り返った。

「ええっ!?」

 と、椅子から立ち上がってゲールの娘を見る。
 仰天している一同の顔を見ながら、ゲールの娘がにっこりと笑った。

「初めまして。わたし、キャロルと申します」

 ――うそ、可愛い……!

 衝撃を受ける一同。
 サラが溜め息を吐いた。

「早くおとなしく席に着きなよ。そんなにガン見してたら失礼だっての」

 慌てて席に着く一同。
 キャロルがステージの方を向いて小さく拍手する。

「シュウさん、すごいです」

「……」

 ゲールの娘――キャロルの顔を、サラは覗き込むような体制で凝視する。

 赤犬の耳。
 胸まである焦げ茶色のさらさらとした髪の毛。
 垂れ目がちで、気の弱そうな顔つき。
 細い首から発せられる声は小さい。

 リンクが苦笑しながら、軽くサラの頭を叩いた。

「くぉら、サラ。ガン見しとんのはおまえやないかい」

 頭を擦りながら体制を戻したサラ。
 ステージの方を見ながら口を開く。

「…あんた、キャロルっていったね」

「はい、サラさん」

「年は」

「16です」

「ふーん。アタシやカレンと一緒か。職は」

「普通の学生です」

「ふーん、一般人か。道理でギルドイベントのときに見ないわけだ」

「はい。このたび皆さまにお会いできて光栄です」

「あそ。それよりアタシ、クイズわざと外して来たんだけどさ。うちの親父、終わったらそっこー帰るだろうから、あんたと話する暇ないと思って」

「はい…?」

「ねえキャロル。あんたさ、いつから兄貴のこと好きなわけ」

「えっ!?」と声を上げて、立ち上がったリンとラン。「キャ、キャキャキャ、キャロットさんっ!」

「わたしニンジンではありません」

「キャ、キャロブさん!」

「マメ科イナゴマメ属でもありません」

「キャ、キャ、キャ……」

「キャロルです」

「キャロルさんっ!」

「はい、リンさんランさん」

「兄上のこと好きですかあああああ!? なのだ!」

「はい」

 と、にっこりと笑って答えたキャロル。

「――リ、リアリィ!? なのだっ……!」

 リン・ラン、大衝撃。

「うるさいよ、リン・ラン。おとなしく座ってな」

「…はっ…、はいですなのだっ、サラ姉上っ…!」

 しぶしぶと席に着くリン・ラン。
 それを確認したあと、サラがもう一度キャロルに訊いた。

「で、いつから兄貴のこと好きなわけ」

「今日からです」と、またにっこりと笑ったキャロル。「一目惚れしました」

「っそ。言っておくけど、兄貴と親父は遠くから見てんのが一番いい男だよ」

「そんなことないです。わたし、とても感じるんです」

「ドコが?」

「――って、おま…」

 リンクがサラの頭を軽く叩いた。
 顔を赤くしながら突っ込む。

「そこ、『何を?』って訊くとこやっちゅーねん」

 サラが後頭部を擦りながら訊きなおす。

「何を感じんの? 『運命の赤い糸』とかバカなことほざいたらこの場でその首へし折ってや――」

「こっ、こらサラっ!」

 慌ててサラの口を塞ぐリンク。
 たった今戻ってきたレオンに言う。

「レオン、おまえの彼女何とかしてやっ! ゲールの娘さんに絡んで絡んで! しかも一般人やっちゅーのにっ…!」

「えぇ? …まったくもう、サラ?」と眉を吊り上げるレオン。「そんなことしちゃ駄目でしょ?」

「だって……」

 と口を尖らせるサラ。

「だってじゃないよ。サラ、君はハンターなんだからね? 一般の方を助けることが仕事なんだからね? 何があっても一般の方に手をあげちゃいけないよ?」

「まだあげてないもん」

「まだって何? これからあげようっていうなら怒るからね僕は」

「……」

 レオンの顔を上目遣いで見上げるサラ。
 すでに怒っているレオンの顔を見て、俯いた。

「…ごめんなさい……」

「よし、良い子だね」

 そう言って笑顔に戻ったレオン。
 サラの頭を撫で、キャロルに謝る。

 キャロルに頭を下げているレオン、それに続いたリンク。
 それを見ながら、ぎゅっと奥歯を噛み締めるサラ。

(アタシたちハンターは一般人よりもとても強い。でも、一般人を相手にしたらとても弱い…。レオ兄、リンクさん、頭下げさせてごめん……)

 ステージの上のカレンを見つめる。

(アタシの親友が、泣くことなんてありませんように……)
 
 
 
 シュウとカレン、リュウとキラ、見事79問のクイズを全て正解。
 ゲール夫妻の待つ最終ステージへと進むことに。

「ま、余裕だったな」

 と、リュウ。
 シュウとキラが溜め息を吐いた。

「母さんが親父の答えを予想して合わせてくれたからだっての…」

「まったくだぞ…」

「はらはらしましたわ、リュウさま」

 と苦笑するカレン。
 リュウ、キラ、シュウに続いてゲール夫妻の待つステージの階段を上る。

 ふと観客席の最前列に目を向けると、またリンクの隣にキャロルの姿が見えた。
 シュウを目で追いながら微笑んでいる。

(あの子の名前はついさっきサラから聞いたわ。キャロルちゃんて、どういう子なのかしら。おとなしそうな感じがするけれど、マリアちゃんみたいに積極的な子だったりするのかしら……)

 不安に駆られたカレン。
 シュウの傍らに並び、シュウの手をぎゅっと握る。

「ん?」と、シュウはカレンに目を落とした。「なーんだよ、カーレン?」

 と笑いながら、繋いだ手をぶんぶんと振る。

「オレの手ぇ握ってたいのかよっ? まったく、かぁーわいいやつめっ♪ ぐふふふふ」

「シュウおまえ、本当このコンテストにふさわしいバカだな」

「う、うるせーよ親父っ…!」

 赤面しながら咳払いをしたシュウ。

「はい、では最終ステージまで勝ち抜いたカップルの皆さま、エントリーナンバー順に並んでくださーい!」

 との女性司会者の声が聞こえて、カレンの手を引っ張って指定の位置へと向かった。

 ゲール夫妻を含めて、最終ステージに参加するカップルはわずか6組。
 並んだ位置から判断すると、ゲール夫妻は最後にクイズに答えるようだった。

「はい、皆さん並びましたね!」と司会者が続ける。「では最終ステージ始めまあーーーーーすっ!!」

 さっきよりもさらに盛り上がる観客席。

 余裕だと言わんばかりに欠伸をしているリュウ。
 その傍らにいるシュウは、責任感から来る緊張と動悸に襲われていた。

(どんな問題出されんだろ…。ここまで来りゃあ、すーげー難易度たっかそうだぜ…! 大賞の500万もらって、リンクさんたちを助けないとっ……!)

 そして始まる残りのクイズ20問。

「第80問! 9日前の17時30分、彼女・奥様は何をしていた?」

 シュウ、とりあえず安堵。

(9日前のことなんて普通はすぐ思い出せねーけど……。あー良かった。オレとカレン、師と弟子の関係で…。親父も大丈夫だろうな。その時間、母さんは決まって同じことしてるし)

 と思ったのだが。

「ではリュウさま、お答えくださ?い! 9日前の17時30分、キラさまは何をされていましたか?」

「その晩どういう風に俺に抱かれるか想像して胸を膨らませてた」

 と自信満々に堂々と答えたリュウ。

「残念! 不正解ですリュウさまーーーっ!」

「――なっ、何ぃ!? おい、キラおまえ正解何て書いたんだ!?」

「夕飯の支度だぞ…」

「俺に抱かれること考えながらだろ!?」

「……。…失格になってしまった、ステージから降りるぞリュウ」

「お、おいキラ!? おまえ四六時中俺に抱かれることで頭いっぱいなんじゃねーの!? なぁ、そうだろ!? 何、答え書き間違ってんだよオイ!? 人前だからって恥じてんじゃねーぞ!」

 苦笑しながら階段を降りていくキラと、騒がしく階段を降りていくリュウ。

 シュウ、赤面。
 穴があったら入りたいと思う。

(親父、あんた……このコンテストにふさわしすぎるぜ。見ろ、観客からの受けはバッチリだ……)

 司会者がシュウの口元にマイクを寄せる。

「ではシュウくん、お答えをどーぞ!」

「あ、はいっ…。一緒に仕事してました」

「正解! シュウくんとカレンちゃんは恋人同士で、なお且つハンターの師と弟子の関係だそうです! 仲がよろしくて羨ましいですねーーーっ!」

「ども…」

 司会者が次のカップルへと移動すると、カレンが顔を強張らせながら振り返った。

「ど、どうしましょうシュウ…! 最終ステージの1問目からあたくしたちだけになってしまいましたわよ……!?」

「お、おう。責任重大だぜっ…! 難易度たけーのに、ゲールさん夫妻よく毎年大賞取ってんなっ……!」

 と、ゲール夫妻に顔を向けたシュウ。
 他のカップルに比べて、どちらも落ち着きを払っていた。

 そしてその解答は。

「はい、ではもう皆さんご存知、王者・ゲールさんケリーさんご夫妻の番です! ケリーさんはボードに大変細かく正解を書いておりますが……、全部言い当てなければ正解にはなりません! でも毎年のごとく余裕でしょうね、ゲールさん! お答えをどうぞ!」

「…9日前の17時30分のケリーなら…、私が自宅玄関の外でこっそりと『最強モンスターの牙と爪写真集』を見ながらハァハァしているのを見つけてブチ切れ…、私の腹を爪で割いて返り血を浴び…、快感でますますハァハァしてしまう私から『最強モンスターの牙と爪写真集』を取り上げて廃品回収のトラックの荷台に放り投げ…、泣き叫ぶ私に『近所迷惑だから喚くんじゃないよ!』と言いながらメガトンパンチを食らわせて50m先のマイケルさん宅の犬小屋の前まで吹っ飛ばし…、『あと10分で夕飯だからそれまでに帰って来んだよ!』と大声で怒鳴り…、そして家の中に入って『変態夫を持つと苦労するよ…』と深い溜め息を吐いていた…。…あれは17時30分03秒から17時30分58秒までの出来事だった…」

「大・大・大・正かーーーいっ!! ゲールさん、見事全て言い当てましたーーーっ!!」

 シュウとカレン、驚愕。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとシュウ!? あ、あああ、あのお方すごくってよ!? 何故そこまで細かいことまで言い当てられるのかしら…!?」

「お、お、お、おう! しかも何で奥さん…、えと、ケリーさん? が、家の中に入ってからの台詞と行動まで分かるんだあの人……!?」

「細かい時刻まで分かってましたわよ……!?」

「おまけにその内容がバカップルにふさわしいぜ……!」

「ね、ねえ、シュウ? あたくしたち…」

「な、なあ、カレン? オレたち…」

 シュウとカレンは手を取り合い、ごくりと唾を飲み込んだ。

(大賞奪取、(かなり)危うしっ……!!)
 
 
 
 
次の話へ
前の話へ

目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ
inserted by FC2 system