第10話 外泊


(寂しい……か)

 酔っ払って眠ったカレンの寝顔を見つめながら、シュウの胸が痛む。

(オレはこの大家族の中で育ってきたから、そんなこと思ったことないけど……)

 シュウはカレンの手に目を落とした。
 小さな手で、しっかりとシュウの手を握っている。

(あのギャースカうるせー空間に入りたいなんて、よっぽどなのかな。どんな寂しい環境で育ってきたんだろう……)

 カレンに握られていない方の手で、シュウはカレンの前髪を撫でる。
 こういったことを自然とやってしまうのは、たくさんの弟妹を持ったシュウならではかもしれない。

「…う…ん……」

 仰向けに寝ていたカレンが、握っているシュウの手に擦り寄るように横臥した。
 シュウは布団をカレンの肩までかけ直す。

 キィー……

 なんて音を、戸口の方から聞きながら。
 シュウ、苦笑。

「……コラ。覗きはやめろ」

 客間のドアの向こう、二つの身体が驚いて飛び跳ねる。

 姿を現したのは、ブラコンの双子・リンとランである。
 焦った様子で、リン、ランと交互に言う。

「な、何を言っていますかなのだ、兄上!」

「の、覗いてなどいませんなのだ、兄上!」

「あ、あくまでもカレンちゃんを心配して見に来ただけですなのだ、兄上!」

「け、決して兄上とカレンちゃんがいちゃついてたら軽く5、6発ぶっ飛ばそうなんて思って来たわけではないですなのだ、兄上!」

 ああ、恐ろしいな…。
 我が妹たちよ……。

 青ざめてしまいそうなシュウに、リンとランが声をそろえて言う。

「それで、兄上?」

「お、おう?」

「それは何を?」

 と、リンとランの視線が突き刺さったのは、カレンと繋いでいるシュウの手。

「ああ、こいつが寝てる間一緒にいるって約束したからさ……」リン・ランから突っ込まれる前に、シュウは続けた。「こいつさ、どうも寂しい環境で育ったみたいなんだよ。大家族の中で育ったオレたちには分からないけど……。きっとこうしてやると1人じゃないって安心するんだろうから、怒らないで分かってやれよ」

 リンとランが顔を見合わせる。
 そのあと、リン、ランの順に言う。

「わ、分かりましたなのだ、兄上」

「今日ごめんなさいしたし、怒ったりしませんなのだ」

「おう、ありがとな」

 そう言ってシュウが笑うと、リン・ランはリビングへと戻って行った。

 それからしばらくして、リュウが客間の前を通った。
 空きっぱなしになっていたドアから中を覗き込む。

「……おい、シュウ」

「ん?」

 シュウは振り返った。
 リュウが眉を寄せている。

「バカだな、おまえ。カレン、おまえの部屋のベッドに寝かせろよ」

「え? ああ、そうか。この部屋、リンクさんたちが泊まるか」

「いや、そうじゃなくてよ」

「?」

「寝込み襲うんだろ? 客間じゃ邪魔が入――」

「そっ、そんなこと考えてねえっ!!」

 と突っ込まれ、リュウの顔が驚愕する。

「嘘っ…、おまえ誰の子……!?」

「アンタこそ誰の親だよ……!?」シュウの顔も驚愕する。「マジ信じらんねえっ……!!」

「ばっ……! 俺、寝てようが起きてようが関係ねえよ!?」

「じっ、自慢にならねえっ!!」

「ああ、驚いた」

「オレが驚いたわ!!」

「ところで」と、リュウが携帯電話で時刻を確認しながら言う。「カレンどうすんだ? 帰んの? 泊まんの?」

「あ……、今何時?」

「8時」

 カレンが眠ってから、3時間が経っていた。

「カレンに聞いてみなきゃ分かんねーけど……、帰るならそろそろ起こして、少しでもパーティー楽しませてやらねーと」

「どっちにしろ起こせ」と、リュウが溜め息を吐く。「泊まるなら泊まるで、親御さんが心配する前に電話しなきゃいけねーからよ」

 そんなリュウの台詞を聞いたシュウの目が丸くなる。

「うわ……! いっ、今、親父がすげーマトモに見え――」

 すっっっぱーーーーーーん!!

 ドア付近から飛んできたリュウのスリッパが、シュウの顔面を直撃。

「早く起こせ」

「ハ、ハイ……」

 シュウはじんじんと痛む顔を擦ったあと、カレンの身体を揺すり起こした。

「おい、カレン。起きろ」

「…うー…ん……」

 カレンがゆっくりと目を開ける。

「大丈夫か? 気持ち悪かったり、頭痛かったりしねえ?」

「……ええ、大丈夫よ」そう言ったあと、カレンがシュウと繋がれている手に目を向けた。「……本当に、一緒にいてくれたのね」

「約束しただろ。疑ってたのかよ」

「そういうわけではないけれど」

「そうか。……起きれるか?」

 シュウがカレンの身体を抱き起こすと、ドアのところにいるリュウが訊いた。

「おい、カレン。泊まってくか?」

「リュウさま……」

 そうリュウを見て一瞬驚いた顔をしたあと、カレンが時計を探すように顔をきょろきょろとさせた。

「今、8時だけど」

 シュウが言うと、カレンの顔がしょげ返っていく。

「あと少ししたら、帰らなくては……。あたくしのおじいさま、とても厳しい方だから」

「え? わ、悪い、もっと早く起こせば良かったかっ……」

 カレンが首を横に振り、ベッドの脇に立った。
 俯きながらドアの方へと向かってきたカレンに、リュウが言う。

「カレン」

「は、はい。リュウさま」

「泊まりたいのか」

「え……?」

 カレンがリュウの顔を見上げると、リュウがもう一度訊いた。

「泊まりたいのか」

「…は…はい……」

 と、カレンは頷いた。

 門限までに家に帰ったところで、誰かがいるわけでもない。
 入浴を済ませて、1人で眠るだけだ。
 もっとここに居たい。

「ん。じゃ、リビング戻って遊んでろ」

 そう言い、どこかへ歩いていくリュウ。

「お、親父っ」と、シュウが呼び止めた。「ど、どこ行くんだよ?」

「書斎。カレンはうちのハンターなんだから、書類見りゃ連絡先分かるだろ」

「れ、連絡先調べたところでどうするんだよ? ま、まさかカレンの親御さんを説得するのか?」

「説得しなきゃ泊まれねーだろ」

「で、できるのかよ」

「当たり前だろが」と、リュウが溜め息を吐いた。「おまえ、俺を誰だと思ってんの?」

 なんだろう、このすーげー自信。

 シュウは苦笑する。

 そりゃ、ハンターなんて危ない職に孫娘を任せるほど、リュウは葉月病院の院長(カレンの祖父)に信頼されているけれど。
 そりゃ、王の絶対的な信頼さえも持っている男だけど。

「余計な心配してねーで、子供は遊んでろ」

 リュウがそう言うので、シュウとカレンはリビングへと戻った。
 カレンがほろ酔いになっている皆に囲まれて遊び出して、3分後。

 リュウが戻ってきた。
 何事もなかったかのように、ソファーに腰掛けてウィスキーの入ったグラスを傾ける。

「お、おい、親父」シュウはリュウの隣に座って訊いた。「ど、どうだったんだよ? 院長に許可取れたのかっ……?」

 リュウが眉を寄せてシュウの顔を見る。

「余計な心配すんなって言っただろうが」

 と、いうことは。

 シュウがカレンの顔を見ると、シュウと見つめ合ったカレンの顔が輝いていった。
 カレンがリュウを見て訊く。

「あたくし、泊まって行ってもよろしいのですわね!?」

「ああ」

 カレンが舞い上がった。
 一緒になって喜んだ皆に囲まれて、カレンの笑顔が咲く。

 それを見てシュウは微笑んだあと、リュウの顔を見た。

「サンキュっ、親父!」

「おう。……んで」

 と、リュウがシュウの首に腕を絡ませて引き寄せた。
 顔を強張らせ、小声になって訊く。

「今さらなんだけどよ、シュウ」

「な、なんだよ、親父」

「おまえ貧乳派だったの……!?」

「は…?」

「だって、よく見たらカレンて貧乳じゃねーかっ……!」

「そ、そういうこと言うなっ……! ていうか、オレは別にカレンのこと好きとかじゃ――」

「貧乳じゃ挟めねえよ!?」

「ちょ――」

「いいのかよ、おまえ!?」

「だ、だから――」

「で、ゴム何個いる?」

「ひっ……、人の話を聞けええええええええっ!!」

 思わず大声をあげたシュウを、カレンが驚いて見つめる。

「ど、どうかなさったのかしら?」

「いーからいーから」と、サラがカレンの肩を組む。「兄貴が大声出すのなんて日課だから、気にしなくていいよ」

「まあ、すごい日課なのねえ」

 いや、うん。
 好きで大声出してるわけじゃねーんだけどね?

 シュウ、苦笑。
 カレンの目が逸れたあと、再び小声になってリュウに言った。

「だからさ、親父。オレは別にカレンのことが好きってわけじゃねーんだよ」

「んなの?」と、リュウが眉を寄せた。「おまえがお人好しなのは知ってっけど……、紛らわしい奴だぜ」

 シュウも眉を寄せる。

(紛らわしいって、カレンのこと好きだって見えるような態度取ったか、オレ……?)

 シュウはカレンに顔を向けた。

(別に普通…だよなあ……?)
 
 
 
「ね、カレンってさ。兄貴のこと好きなの?」

 深夜、カレンと共にベッドに入ったサラが興味津々と訊いた。
 パーティーは0時過ぎまで続き、カレンは、同い年ということもあって、一番仲良くなったサラの部屋に泊まることになった。

「な…、なんですの、いきなり?」

 カレンは少し動揺しながら訊いた。

「カレンが親父のこと好きだったのは知ってるけどさ、兄貴と仲良く見えたから」

「そっ……、そんなんじゃありませんわよっ?」

「ふーん? でも、兄貴の方はカレンのこと好きなのかもねえ」

「えっ?」カレンの声が裏返る。「ど、どうしてですのっ?」

「兄貴、カレンに優しい気がしてさ。いやまあ、あれはお人好しだからはっきりとは言えないけど」

 たしかにシュウは優しいと、カレンは思う。
 でも、

「きっと、単にあたくしが弟子だからですわ……」

「そうなのかなあ」

「サラは?」

 今度はカレンが興味津々と訊く番だった。

「サラは、レオンさんが好きなのでしょう?」

「へっ?」サラの声が裏返る。「……ア、アタシのことはいいじゃんっ」

「いいじゃない、教えてほしいわ。ねえ、そうなのでしょう?」

「…う……うん」

 と、サラが少し頬を染めながら頷いた。

「もしかして、お付き合いなさっているのっ?」

「つ、付き合ってないよっ」と、慌てたように首を横に振ったサラ。「レオ兄、まだアタシのこと子供扱いしてるみたいだし……」

 と言ったあと、顔を引きつらせて続ける。

「親父はうるさいしさ」

「そ、そう。大変なのね。あたくし、サラとレオンさんはとてもお似合いだと思うわ」

「えっ?」

「美男美女だし、身長だって釣り合っているし。モデルさん同士のカップルみたいよ?」

「……」

 サラの頬が染まる。
 カレンは笑って言った。

「あたくし応援するから、頑張ってね」

「う…うん、ありがと、カレン」と、サラも笑う。「アタシとあんた、すっかり友達だね」

 友達。

 それを聞いたカレンの胸に、喜びが込み上げてきた。

「ええ、そうね。友達ね、サラ」

 見つめ合って照れくさそうに笑ったあと、カレンとサラは夢の中に入っていった。
 
 
 
 
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