第9話 仲間入り


 シュウがカレンを再び自宅へと連れて来たのは、あれから3日後の日曜日。

 ユナ・マナ・レナの三つ子誕生日パーティーに、カレンも一緒に呼ばれたのだ。
 一番真っ先に頭を下げて謝ったのはカレンだった。
 それに続いてシュウの母親・キラや、妹たちもそれぞれに謝って一件落着。

 そしてリビングへと連れられてきたカレン。
 目を丸くした。

「すごいですわね」

 何がって、人数が。

 シュウ一家の1人と10匹に加えて、リュウの親友で葉月ギルドの副ギルド長・リンク。

 そのリンクの妻で、レオン同様にキラを姉のように慕う、白猫の耳と尾っぽがチャームポイントのホワイトキャット・ミーナ。
 今年で年齢30歳だが、キラやレオン同様モンスターなので大人になってからは老けることはなく、外見年齢は20歳前後だ。
 そしてキラの言うことなすことを全て正しいと思うミーナも、バカのうち。

 そしてそのミーナにそっくりな娘・リーナ(9歳)が、興味津々と白猫の耳をぴくぴくとさせながらカレンのところへと寄って来た。

「お姉ちゃん、名前なんていうん? うちはリーナいうんやで」

 思いっきりリンクの地方訛りを受け継いだリーナである。

「え? あ……あたくしは、カレンですわ。よろしくね」

「カレンちゃんやな、覚えたで。カレンちゃん、かわええなあ。そのホッペなんてナイスやで」

「え? ええ、ありが――」

「まんじゅうみたいで」

「……」

「こっ、こらリーナっ!」リンクが慌てて駆けてきて、リーナの腕を引っ張った。「ご、ごめんなあ、カレンちゃんっ……」

「なんやねん、おとん」と、リーナがリンクの顔を見て顔をしかめた。「ほめとるんが分からんのかい。いきなり割って入ってきて、何あやまっとんねん。カレンちゃんにめっさ失礼やで。これやからモテへん男は困んのや」

「おま……」

 そんなリンクとリーナの親子のやり取りに大笑いしながらやって来た男の顔を見上げて、カレンはぎょっとせずにはいられない。
 思わずシュウの背に半分身を隠したカレンに、シュウが笑いながら言う。

「大丈夫だ。一見クマみてーだけど、この人はグレルおじさんって言って、親父とリンクさんの師匠で――……って」シュウの顔が引きつる。「抱っこすんなっ!!」

「なーんだよ、シュウ? 照れ屋だな、おまえはよっと♪」

 がっはっはっと、大きな声をあげて笑うグレル。
 まだ小さい子供のイメージが離れないのか、シュウたち兄妹を度々抱っこする。

 そのリュウを10センチも上回る巨大な身体は年々クマ化し、今年で47歳になる。
 そしてレオンの飼い主であり、月刊NYANKO(猫モンスター専門雑誌)&月刊HALF☆NYANKO(人間と猫モンスターのハーフ専門雑誌)の編集長を務めている。
 グレルも超一流ハンターなのだが現在は活動しておらず、雑誌の編集の仕事に追われている。
 この人も天然バカで、前作ではキラとミーナ、グレルで3バカと言われていた。

 グレルのペットであるレオンが寄ってきて、苦笑しながらグレルの背を叩く。

「ちょっと、グレル。いい加減シュウのこと降ろしてあげなよ」

「なーんだよ、レオン? ヤキモチか? 可愛いな、おまえはよ♪ ほーらほら、おまえも抱っこだぜーっ♪」

「ちょ!? やっ、止めてよ恥ずかしいっ! 僕いくつだと思っ……降ろしてっ! 早く!」

 いつまでもじゃれているグレルに、リュウが言う。

「師匠。見てておもしれーけど、全員そろったし席に着いてくれないっすか」

 というわけで。
 カレンを含めた17人(4人と13匹)が、席に着いた。

「んじゃ、うちの可愛い三つ子の誕生日パーティー始めんぞー」と、リュウ。「プレゼント渡せー」

 カレンは慌てて持ってきたプレゼントを手に持った。
 皆に紛れてユナ・マナ・レナにプレゼントを渡す。

 全員渡し終わったあと、リュウが箸を手に持って言う。

「さあ食え」

 えっ?
 それだけですのっ?

 あまりにあっさりさにカレンが唖然としていると、右隣に座っていたシュウが顔を覗き込んだ。

「どうした、カレン」

「ええ…、あの……、誕生日パーティーだというからもっと何か特別なことをしたりするのかと……」

「ああ、最近はいつもプレゼント渡したあと、食っちゃ飲みして終わりだな。ほぼ毎月誰かの誕生日だからさ、いちいち派手なことはしねーな」

「そ、そうなの」

「って言っても、みんな夜中まで飲むから酔っ払い出てきて、地味ではねーな……」

 と、シュウが苦笑。

 葉月島では、人間の飲酒は20歳から。
 モンスターの飲酒は年齢制限なし。
 人間とモンスターのハーフは、12歳から。

 よって、この場で飲酒できないのはジュリとリーナ、それからカレンである。
 カレンの左隣に座っていたサラが、ビールを飲みつつカレンを見た。

「ねえ、アンタさ」

「え?」カレンがサラに振り返る。「あたしくですの?」

「何飲む? アルコール以外は、オレンジジュースとコーラしかないんだけど」

「そ、それでは、オレンジジュースをいただくわ」

「んー」

 と、サラがオレンジジュースの入ったペットボトルに手を伸ばす。
 続いてシュウが訊く。

「おい、カレン。何食いてえ? そのひらひらした袖じゃ、料理ついて汚れちまうだろ。取ってやる」

「そ、それでは、全部少しずつお願いするわ」

「ん」

 シュウが承諾し、カレンの取り皿に料理を取り分ける。
 今度は、ユナが声をあげた。

「わあ! これ、誰からのプレゼントっ?」

 続いてレナも声をあげる。

「わあああ! 可愛いねっ!」

 さらに無口なマナもそれなりに声をあげる。

「…綺麗…」

 三つ子の手に握られているのは、きらきらと輝くおそろいのティアラだった。

「あ……」と、カレンが控えめに手をあげる。「それはあたくしからですわ。どんなものが喜ばれるか分からなかったのだけれど……」

 と、恐る恐るという風にカレンが三つ子の顔を見た。
 ユナ、マナ、レナの順番に言う。

「ありがとう、カレンちゃん!」

「…とても綺麗…」

「かっわいいいいいいいいいい! カレンちゃんっ、ありがとうっ!」

 どうやらえらく喜んだ三つ子。
 鏡を持ってきて、ティアラを自分の頭に乗せてはしゃいでいる。
 おまけに、キラとミラ、リン・ラン、ミーナやリーナもそれを貸してもらってはしゃいでいる。

 それを見ながら、シュウが笑った。

「へーえ? 女へのプレゼントは、女がよく分かってるもんだな」

「あー、でも」と、サラがカレンを見た。「アタシの誕生日の場合、ああいう乙女なもんはいらないからね。武器とか防具とか、そっちの方がいいや」

「あら、そうなの」

 そう言いながら、カレンはサラが自分と同い年の新米ハンターだとシュウから言われたことを思い出した。
 サラが訊く。

「アンタさ、誕生日いつ?」

「10月よ」

「へえ、じゃあ10月の誕生日パーティーの予定も埋まるんだ」

「だな」と、シュウが続いた。「今まで7月と10月が空いてたんだが、10月はカレンの誕生日パーティーで埋まったな」

「えっ…?」カレンは戸惑ったようにシュウの顔を見た。「あ…あたくしの誕生日パーティー……?」

「おう。…って、ああ、そうか。悪い」と、シュウがカレンの頭に手を乗せた。「おまえはおまえで、周りに祝ってもらうよな」

 カレンは必死に首を横に振った。

 葉月病院・院長である祖父は大忙し。
 祖母は他界。
 両親も葉月病院で働いていて、日々多忙。
 年の離れた兄がいるが、それも多忙な葉月病院の医者。

 誕生日なんて、こんな風に祝ってもらうことなんてなかった。
 プレゼントだけ渡されて、それで終わり。

 素直になれない性格のせいで、友達だっていない。

 こんな賑やかな雰囲気の中に入るのだって、初めてだ。
 想像していた誕生日パーティーとは、まるで違っていたけれど。

 それでも、この場はとても温かかった。

 首を横に振るカレンに、シュウが言う。

「ん? そうか。んじゃあ、新入りのおまえの今年の誕生日は盛大に祝うかな」

「よ、良いのかしらっ……?」

「何、遠慮してんだ」シュウが笑った。「弟子のクセに」

「何かっこつけてんだか」

 と、突っ込んだのは、キラを挟んだところに座っているリュウである。
 短く笑って言う。

「借金抱えてる奴が」

「うっ、うるせ――」

「借金?」カレンがシュウの言葉を遮った。「シュウ、借金しているの?」

「ま、まあ、うん……」

「いくらですの?」

「900万に加えてトイチの利子……」

「といち?」

「ま、おまえは気にすんなっ!」

「そうね。大した金額でもありませんしね」

「……」

 こいつ、金銭感覚おかしーな。
 これだからお嬢はよ……。

 シュウは苦笑した。

 そりゃ、うちの親父も金の使い方ぶっ飛んでるけど。
 母さんや娘たちのためならいくらでも使うし。
 娘たちの小遣い札束だし。
 母さんが買い物に行くなんて言えばその3倍の厚さの札束だし。
 いつの間にかヘリとジェット機が買ってあるし。
 高級車20台になってるし。

 母さんも娘たちもソレが普通だと思ってるし。

 何でオレの周りってこういうのばっかなんだろう。
 ハンターになってから小遣いもらえないオレ、ちょっとひもじい気分だぜ……。

 シュウの表情を見て、カレンが首をかしげる。

「どうかしたのかしら?」

「いや…なんでも……――って、ゴルアアアアアアアアア!!」

「きゃああああっ! なっ、何ですのっ!?」

 突然声をあげたシュウに驚いたカレン。

「未成年が酒飲むんじゃねえっ!!」

「へっ?」

 ぱちぱちと瞬きをして、自分の持っているグラスに目を向けたカレン。
 オレンジジュースが入っていると思ったのだが、どうやらビールが入っている。

「あ、あら? 何故かしら?」

「ハーイ」と、手を上げたのはサラ。「アタシが入れてやったー」

 さっきオレンジジュースの入ったペットボトルに手を伸ばしたのは一瞬で、近くにあったビールの缶を取りカレンのグラスに注いだ。
 悪戯っぽく笑っているサラに、シュウがデコピンする。

「コラ! 何してんだよおまえっ!」

「いったいな! いーじゃん、ちょっとくらい!」

「良くねえっ!! この不良娘がっ!!」

「っさいな!! どうして兄貴ってそうバカ真面目なわけ!?」

「真面目のどこが悪い!!」

「うざいとこー」

「何だと!?」

「うざいんだってば。聞こえなかったわけ?」

「おっ……、おまえのその捻じ曲がった根性叩きなおしてやらあああああああああっ!!」

「フン、やってみやがれっての!!」

 立ち上がったシュウとサラ。

「はいはいはいはい」と、サラの隣に座っていたレオンがサラの手を引いた。「落ち着いて、サラ」

「レオ兄っ……!」

「おまえも落ち着け、シュウ」と、リュウがシュウの足元を指差した。「ぶっ倒れてんぞ」

「へっ?」

 と、自分の足元――自分とサラの間のところに目を落としたシュウ。

「うっ、うわああああああっ! だっ、大丈夫かカレン!」

 どうやら酔っ払って倒れてしまったカレンを、慌てて抱き起こした。
 サラも一緒になって慌てる。

「ちょっ……!? アンタ大丈夫!? 一口で酔っ払ったわけ!?」

「ほら見ろ! おまえが酒飲ませるからっ!」

「っさいな! さっさとベッドに運んでやりなよ!」

「分かってら!」

 シュウはカレンを抱き上げると、客間へと向かって行った。
 そこのベッドにカレンを寝かせる。

「おいっ…、大丈夫か、カレン……!?」

「め…目がぐーるぐるですの…よおぉ……?」

「ほら、目閉じて寝てろっ……!」

「お…起きるのですわあぁ……」

 と、カレンが身体を起こそうとする。

「何言ってんだ、寝てろ!」

「あたくしだって…あたくしだって…、あの中に入りたいのですわあぁ……」

「え?」

「初めてなのですわあぁ……」

「何がだよ?」

「こんなに楽しいのはあぁ……。1人の誕生日なんて、寂しいだけなのですわあぁ……」

「……」

「目がぐーるぐーる……。お、起こしてくださらないかすらあぁ……?」

「かすらって、おまえ呂律回ってねーぞ」

 シュウは苦笑しながら言い、起き上がろうとするカレンの身体を寝かせた。

「いーから寝てろよ。まだ夕方だし、おまえが数時間して目を覚ましても、みんなまだパーティーやってっから」

「その間、あたくし1人でここにいるのかすらあぁ……?」

「オレがいてやっから」と、シュウは小さく溜め息を吐いた。「寂しくねーから、おとなしく寝ろよ」

 カレンがぐるぐると回っている瞳で、シュウの顔を捉えようとする。
 シュウを探すように伸ばしているカレンの手を、シュウはしっかりと握った。

「ほら、いるって言ってんだろ。寝ろよ」

「……」

 カレンが頷いて、ようやく瞼を閉じてくれた。
 
 
 
 
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