第20話 手作りドレスバトル 前編


「手作りドレス?」と、小首を傾げながら鸚鵡返しにした大輝は、ふと昨夜のことを思い出す。「そういえば、大河が風呂場でおれの背中流しながらそんなこと言ってたな。愛香に手作りドレスを作ってやって欲しいって、裁縫なんてしないこのおれに。何言ってるのかと思った」

 舞が、ふふっと含み笑いをした。

「愛香さんはツンデレだから素直なこと言えないけど、愛香さんの夢の1つなんですよ。主に――的場先輩に、ドレスを作って貰うことって」

 そんな舞の言葉を聞き、「ええ?」と耳を疑った大輝が声を上げて笑う。

「まっさか! ないない! 初心者のおれが作ったドレスなんて、すぐに捨てちまうよ愛香は」

「まあ、あたしなら的場先輩が作ったヘッタクソなドレスなんて受け取りもしませんけどぉ」

「舞ちゃん、泣いちゃうよおれ……」

「愛香さんは喜んで着てくれますよ、きっと!」

 と破顔一笑した舞の顔を見つめた後、「そうかな……」と照れ臭そうに呟いた大輝。隆志の意見も聞いてみようと顔を向けると、何やら黙想しているようだった。
 間もなく舞と大輝の視線を感じた隆志が、はっと胸を突かれた様子で口を開く。

「あ……えと、アリスも僕がドレスを作ってプレゼントしたら、喜んでくれるのかなって……考えてた」

 舞が可笑しそうに笑った。

「当然っ! それがとてもシンプルなワンピースでも、とてもヘタクソでも、喜んでくれるよ! アリスも、愛香さんも! だから隆志、的場先輩、あたしと一緒に手作りドレスに挑戦しようっ?」

「う、うーん……」

 どうしようかと、隆志と大輝は唸りながら顔を見合わせた。隆志も大輝も、洋裁なんて小学校と中学校の授業で少しやったことのあるくらいである。その出来栄えは決して優秀とは言えなかったし、シンプルなワンピースでも至難なことに思えた。

(でも……)

 と、隆志と大輝は、己の愛しい人形の姿を思い浮かべる。己が作ったドレスを身に纏い、喜んでいる姿を思い浮かべる。すると、

「じゃあ……挑戦してみようかな」

 なんて気分になれた。

「うんうん、そうこなくっちゃ!」

 と、欣然とした様子で声高になった舞。隆志と大輝にくるっと背を向けたと思った途端、ほくそ笑む。

「ふふふ…。これでちょっと失敗しちゃったあたしの手作りドレスが、美しく映・え・る……!」

「は?」

 と眉を寄せた隆志と大輝に、再び振り返った舞が、高笑いをして続けた。

「だって、隆志も的場先輩も、絶対あたしよりヘッタクソだしぃ? あたしも初心者でちょっと失敗しちゃったから、アリサに申し訳ないなぁと思ってたんだけど、これで大丈夫っていうかぁ! 隆志と的場先輩の手作りドレスと、あたしの手作りドレスを比べたアリサは何て言うと思う? きっとこうよ、こう!」

 と、舞がアリサの声真似をする。

「きゃーっ、舞ちゃんって凄ぉーい! さっすがわたしのご主人さまね! 大好きよ♪」その後、黄色い声を上げながら欣喜雀躍し始めた。「きゃあん、もう! アリサにそんなこと言われたら、あたしもう嬉しくて死んじゃうぅぅううぅぅうぅぅうぅぅうううーーーっ!!」

「…お…落ち着いて、舞…。傍から見たら馬鹿みたいだから……」

 と苦笑した隆志に、舞が眉を吊り上げた。

「何よ!? 隆志だって、アリスにそんなこと言われたら嬉しいでしょ!?」

「そ、そりゃあ……嬉しい……けど」

「けど、何よ!?」

「僕、言われないじゃん。それから、的場先輩も。だって、舞のドレスの引き立て役なんだろう?」

「それが嫌なら、あたしより上手にドレス作ってみればぁ? 無理だろうけどぉ」

 と嘲笑され、思わず癪に障った隆志と大輝は反論しようと口を開きかけたが、如何せんその言葉を否定することは難しく。閉口していると、舞が「でも」と続けた。

「アリスや愛香さんの前じゃこんなこと言えないけど、本当に隆志と的場先輩はそれで――シンプルなワンピとかでもいいと思うよ? 初めての手作りドレスなんだし。でもアリサには、最初から一番素敵で可愛いドレスを作って贈るべきでしょ? だからあたしは頑張らないといけな――」

「ちょっと待って」と舞の言葉を遮った隆志が、小首を傾げて問う。「何でアリサには、最初から一番素敵で可愛いドレスを贈るべきなの?」

「何、その質問」と、意表を突かれた様子の舞が、声高になってこう答えた。「当然じゃん。だって、アリサが一番可愛いんだから」

 という舞の台詞を聞いた隆志は、「はあ?」と耳を疑った。その後、可笑しくて堪らなくなり、笑壷に入る。

「ちょっと舞、そんなに冗談のセンスあったっけ? 勿論アリサも可愛いけど、一番はどう見ても僕のアリスでしょう。ああ、面白いね舞って」

 そんな隆志の言葉を聞いた舞も、「はあ?」と耳を疑った後、続いて笑壷に入る。

「隆志、いつからそんなにユーモアの溢れる男になったの? あたしは冗談のセンスなんてないから、冗談なんて言ってないけど」

「またまた、ご謙遜を! さっきの冗談じゃないなら、何だって言うの? って、僕がユーモアの溢れる男になるのは難しいよ。本気で言ったに決まってるじゃない」

「やだもー、隆志ってば!」

「本当に面白いな、舞ってば!」

 と、互いに指を差し合って哄笑する隆志と舞を見つめ、大輝も短く失笑してから口を挟んだ。

「面白いな、おまえたちって。アリスもアリサも、どっちも同じくらい可愛いよ」

 と、隆志と舞の肩をぽんぽんと叩きながら褒めてやった後、大輝は「でも」と続ける。

「一番は、女装したおれの大河だろ。前に見たことあるだろ? 愛香にメイド服を着せられた大河を。おれ、可哀想だから止めてやれっていっつも愛香に言ってるし、大河の前じゃ言わないけど、実はこっそり超萌えてるんだ。あれぞ、美少女! 大和撫子! ……なぁーんて現実は、頼むからアリスやアリサには言わないでくれよ? 特に女の子は顔が命の人形界で、そんなこと言われたら可哀想だからさ、本当に……!」

 と声を潤ませ目頭を押さえる大輝のその姿に、その言葉に、耳目を疑った隆志と舞。抱腹絶倒寸前、呼吸困難。

「何、ゲラゲラ笑ってんだよ? ったく、これだから箸が転んでもおかしい年頃は……」と呆れて長嘆息した大輝が「それから」と続ける。「美しさなら、おれの愛香が一番だな。これは、おまえらも同意せざるを得ないだろ」

「まあ、たしかに」

 と、声を揃えた隆志と舞。やっとの思いで呼吸を整えた後、「でも」と続けた。

「希世な程に美しい瑠璃色の瞳を持つ僕のアリスと並ぶ度に、それが陰ってしまって……何だかすみません」

「いくら愛香さんがお美しくても、太陽の光よりも目映く輝きを放つ美しい白いお肌を持つあたしのアリサの前では、何だか並? に見えてしまって……ごめんなさい」

 と、さも申し訳なさそうに頭を下げる隆志と舞に、大輝が驚愕して「ハァ!?」と声を裏返した。堪らず憤怒して声を荒げる。

「なっ……んだよ、おまえら! 女装大河を笑い飛ばした挙句、愛香を侮辱してんのか!? え!?」

「いえ――」

 そうではない、と否定しようと思った隆志と舞の言葉を、大輝がこう遮った途端、論争は火が付いてしまった。

「アリスだろうがアリサだろうがどこの人形だろうが、おれの女装大河の可愛さにも、おれの愛香の美しさにも、到底敵わねえんだよ! 眼科で診てもらえ、この親バカ共が!」

「はい!? 親バカはあなた――的場先輩じゃないですか! それから舞も! いい加減認めたら!? 僕のアリスの可愛さと美しさを!」

「親バカはあたしじゃなくて、隆志と的場先輩だしぃ! 誰がどう見たってアリサが一番可愛くて美しいのに、何言ってんの!? ああ、分かった嫉妬なんだ、嫉妬! 男の嫉妬とか、マジ超醜ーい!」

「んだとコラ! おまえら、先輩のこのおれに向かってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 と、ここ――保健室の外にまで響き渡る罵詈雑言。実は校長室へと向かったのは一瞬で、大輝を苛め過ぎたかとすぐに戻って来、保健室の前で話を立ち聞きしていた虎之助は、やれやれと長嘆息して保健室の中へと入って行った。「おい」と声を掛けると、隆志と舞、大輝の3人がはっと胸を突かれたように口を結んだ。そしてこちらへとやって来た虎之助の顔を見つめ、相変わらず興奮した様子で同時に口を開く。

「ちょっと聞いてく――」

「はいはい、聞いてたよ、全部……」と、呆れたようにもう一度長嘆息した虎之助。「こういうのは、冷静な第三者の俺の目から見て決めてやる」

 と言うと、3人が顔を見合わせた。睨み合い、火花を散らし、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向き、再び虎之助に顔を戻して言葉の続きを待つ。

「んじゃ、言うぞ。まず、『可愛さ』だが。それは、そうだな……うーん……」

 己の目には、どう見ても己の人形が一番に映る。だが、第三者からすれば一体どの人形が一番だというのだろうと、固唾を呑んで待つ3人。

「胡蝶だな、俺の」

 と続いた思いも寄らない虎之助の言葉に、「へ?」と間が抜けてしまった。呆気に取られている3人の目前、虎之助が続ける。

「続いて『美しさ』だが……ああ、何てことだ。これも俺の胡蝶だ」

「……」

「更に『忠実さ』も俺の胡蝶、『色気』も俺の胡蝶、『夜のテクニック』も俺の胡蝶、その他諸々全て俺の胡蝶」

「…………」

「よって、一番は俺の胡蝶! 異論は認めん!!」

「………………」

 結論。ドールオーナーは皆、親バカである。
 
 
 
 
(まったく、もう……)

 と、ドールハウス・Bの201号室――大輝の部屋の前、呆れたように長嘆息した隆志。

(舞といい、的場先輩といい、更に越前先生といい、飛んだ親バカだよな……)

 なんて思いながら、大輝の部屋の合鍵を使ってドアを開けるや否や、足元に目を落として微笑した。ブロンドのウェーブヘア、瑠璃色のガラスの瞳、優しく微笑んだ、垂れ目がちな愛らしい顔立ちをした身長60cm弱ほどの、少女人形――アリス――己の愛しい人形が、欣然とした様子でこちらを仰視している。

「おかえりなさいませ、ご主人さま!」

「ただいま、アリス」とアリスを片腕に抱き上げた隆志は、改めてその顔をまじまじと見つめてにこつく。「ほぉーら、やっぱり。アリスが1番じゃないか」

「え?」

「ううん、何でもない」

「そうですか」と返した後、アリスが続けた。「今日の下校も、舞さんとご一緒されなかったのですね、ご主人さま? 舞さんはとうにやって来て、アリサを連れてお帰りになられましたよ」

「うん、遅くなってごめん。僕は学校帰りに、手芸屋に行ってたから」

「手芸屋さん?」

 とアリスが鸚鵡返しに問うや否や、リビングダイニングの方から大河の声が聞こえて来た。

「おかえりなさいませ、隆志さん。もしかして、隆志さんもドレスを?」

「ただいま、大河さん。そうなんだ。的場先輩もだけど、僕も挑戦してみることにした」

 と隆志が照れ臭そうに笑うと、足元にやって来た大河がアリスに顔を向けた。

「良かったですね、アリス。ご主人さまにドレスを作って頂けますよ」

「えっ? ご主人さまが、わたしにドレスを……!?」

 と一驚した様子で問うてきたアリスに、隆志は微笑して頷いた。途端、アリスが感極まった様子で隆志の首に抱き付く。

「ありがとうございます、ご主人さま…! 嬉しいっ……!」

「僕は本当に初心者だから、上手に出来るか分からないけど」と言いながら、大輝の部屋の玄関の外へ出た隆志。「でも、負けないから。舞にも……的場先輩にも」

 と大河に一瞥をくれてから、101号室――己の部屋へと帰って行った。
 一方、玄関に取り残され、小首を傾げる大河。

「あれ? 今一瞬、隆志さんに睨まれ…た……?」

「大河ー、どうかしたのー?」

 と、リビングダイニングから顔を覗かせた愛香を後顧して、その器――人形の中で苦笑した。どうやら、と察する。

「あの、お嬢さま……。ご主人さまたちは、妙な熱いバトルを繰り広げる模様にございます」
 
 
 
 
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