第30話 一歩前進
AM7時30分。
シュウとサラの中身入れ替わり終了につき、シュウとサラは1日ぶりに自分の身体へと戻った。
自分の部屋にカレンといたサラは、一瞬にて視界がキッチンに変わってぱちぱちと瞬きをする。
どうやら魔法学校へと通う双子と三つ子の弁当作りの途中だったらしいシュウ。
自分の身体に戻ってきたサラの視界には、おかずを詰めている途中の弁当箱が並んでいた。
「あれ、戻っちゃったよ」
近くで朝食の後片付けをしていたキラとミラが振り返る。
「あ、戻ったの?」と、ミラ。「中身、お兄ちゃんじゃなくてサラ?」
「うん、アタシ」
「そう」
「……なーんか、やばいとこで戻っちゃったかも?」
サラがそう言った次の瞬間、シュウの声がキッチンまで響き渡ってきた。
それまでキッチンで魔法学校へと通う双子と三つ子の弁当作りをしていたシュウは、一瞬にて変わった目の前の光景に絶句した。
身体が硬直する。
自分の腕の中に、一糸まとわぬカレンがいて。
しかも、目で確認しなくても分かるが、自分もパンツすら身につけていない。
「時計? 時計がどうしたの?」と、カレンがベッド脇の置時計に顔を向ける。「あら? やだっ、止まってるのですわっ! 今何分なのかしらっ……!? シュウとサラが入れ替わったのって、たしか20分よねえっ?」
「サ、サササササ……」
「それ、ゴキブリが動くときの効果音みたいで嫌ねえ」
「サササササッ……」
シュウの顔が、耳が、首が真っ赤に染まっていく。
次の瞬間、屋敷中にシュウの声が響き渡っていった。
「サッ、サラァァァァァァァァァァァァァァァァァァっっっ!!!」
サラを呼んだ。
シュウの身体が、サラを呼んだ。
(――と、いうことは、つまり……!?)
シュウに続き、カレンの顔が、耳が、首が真っ赤に染まっていく。
さらにシュウの声に続き、カレンの声が屋敷中に響き渡る。
「いっ、いやあああああああああああああああああっっっ!!!」
「ごっ、ごめんっ!」
シュウは慌ててカレンの上から避け、カレンに背を向けて横臥した。
胸を両腕で隠し、カレンもシュウに背を向けて横臥する。
「――って、何でオレが謝ってんだよ! わっ、悪いのはサラじゃねーかっ!」
そのサラの声が、ドアの向こうから聞こえてくる。
「カレン、兄貴ー、大丈夫ー?」
「だっ……、大丈夫なわけねえだろっ!」ドアの方を見、シュウが怒鳴る。「おまえ、ふざけんのもいい加減にしろ!」
「だって――」
「だってもクソもねえっ!! カレンにこんなことしやがって、何考えてんだよ!!」
完全に激怒してしまっているシュウの声に、カレンは背を向けたまま慌てて口を挟んだ。
「シュ、シュウ! サラは悪くないのですわっ! サラを怒らないでっ……!」
「庇わなくていい、カレン」
「ほっ、本当なのよシュウっ……」
「いいから早く服を着ろ」
「本当なのっ、本当――」
「服を着ろ!!」
カレンはベッド脇に落ちている服を拾い上げ、慌てて身につけた。
シュウの声が怖い。
「き……、着たわ」
「じゃあ、自分の部屋行って仕事行く準備してろ」
「え、ええ」
カレンはドアへと歩いて行った。
ドアノブに手を掛け、一度立ち止まる。
「……シュウ、怒らせてごめんなさい。でも本当にサラは悪くないの。あたくし、嫌ではなかったから」
嫌じゃなかった?
シュウは眉を寄せて、ドアのところにいるカレンの背を見つめた。
カレンが続ける。
「むしろ、嬉しかったのですわ。サラはそれを知っていたから……。知っていたから、あたくしのために行動に出てくれたのですわ」
「……嬉しかったって、何でだよ」
シュウの質問に対し、少しの間カレンが戸惑って口を閉ざした。
そのあと、カレンが思い切った様子で告白した。
「だって……、だってあたくし、あなたのことが好きなんだもの」
カレンが部屋から出て行く。
「……え?」
あなたのことが好きなんだもの?
カレンの告白に、まるで実感のわいていないシュウ。
あなたってオレ?
オレしかいねーよな、この部屋に。
いや、オレのわけねーだろ。
カレンがオレのこと好きなわけねーだろ。
あれ、でもオレしかこの部屋にいねーよな。
じゃあ何、カレンがオレのこと好きだと?
んなわけねーだろ。
自惚れてんなよ、オレ。
あいつ、誰のこと好きだって言ったんだ?
あ、オレだっけ?
いや、ありえねーだろ。
いい加減にしろよ、オレ。
大丈夫か、オレ。
病院行けよ、オレ。
病院はやっぱカレンのじーさんのとこかなあ。
カレンと入れ違いに、サラが部屋の中へと入ってきた。
仰向けになって思案顔をしているシュウの顔を見下ろして訊く。
「アーニキっ! カレンの気持ちを知った気分はどーお?」
「なあ、サラ」と、シュウがサラに顔を見て訊く。「病院行くならさ、やっぱカレンのじーさんがいるとこ行くべきだよな」
「は?」
「ついでに挨拶してくるから、手土産は何がいいと思う?」
「急に何言ってんの?」
「オレどーも、頭ちょっとおかしいみてえ。カレンがオレに好きって言ったんだけどさ」
「言ったね」
「そんなわけねーのに、オレ、カレンに好きって言われた気がしてさ。いや、言われたんだけど、言われたわけねーし。カレンがオレのこと好きなわけがないのに、好きって言われてさ。あれ、何かすげー言葉おかし――」
ドカッ!!
と、サラのカカト落としがシュウの腹に直撃したが故に、シュウの言葉が遮られた。
「――グハッ!!」
腹を抱えて悶えるシュウに、サラが驚愕した様子で言う。
「あっ、兄貴っ……! ちょっとマジ本気で病院行って来いっ……!」
「おっ、おう……! いっ、行かねえとヤベえ痛さだぜっ……! おっ、おまえカカト落としが親父のように見事になってき――」
「頭を診てもらえって言ってんだよ、アタシは!!」サラがシュウの言葉を遮った。「あー、びっくりした! まじびっくりした! 何で!? 何ではっきり好きって言われたのに、まだ分かってないの!? カレンは兄貴のことが好きなんだってば!! 他の誰でもなく、カレンは兄貴のことが好きなんだってば!!」
「そっ、そんなわけねーだろっ……! カレンがオレなんかのこと好きなわけが――」
ドスッ!!
「――グエェっ!!」
今度は高く飛び上がったサラのダイビング・ボディプレスを胴体に食らい、シュウの言葉が遮られた。
シュウの身体の上、サラが増して驚愕した様子で訊く。
「まだ言っちゃう!? 兄貴、まだ言っちゃう!?」
今度は腕十字を食らうシュウ。
「いでででででででっ!! ちょっ、おま、ひっ、肘が脱臼すっ……!! 分かった分かった分かった!!」掴まれていない方の腕でベッドのマットをばんばんと叩き、降参したシュウ。「言わねえよ、もう!! 言わねえからっ!!」
サラに解放してもらい、とりあえず布団の中で服を身につける。
(カレンはオレのことが好き。カレンはオレのことが好き。カレンはオレのことが好き)
その事実を飲み込もうと、シュウは何度も同じ台詞を頭の中で繰り返す。
そしてじわじわと実感していく。
(あれ……、も、もしかして、カレンってオレのこと好きだからオレの弟子続けてるとか!? も、もしかして、オレに妹扱いされて機嫌悪くなるのって、オレのこと好きだからとか!? もしかして、この間の舞踏会、親父とじゃなくてオレと踊りたかったとか!? だからオレじゃなくて親父にドレス買ってもらってたのか!? オレと踊るために!? オレに見せたくて!? オレのためにあんなに可愛かったのか!? ていうか、もしかしなくてもオレのことが好きだから、中身入れ替わったサラに手ぇ出されても嫌じゃなかったのか!? むしろ嬉しかったんだっけ!? マジか、オイ!!)
今までのカレンの言動を次から次へと思い出し、シュウははっきりと実感する。
「サッ、サササササ……」
「ゴキブリか」
「サ、サラ!!」
「何」
「カっ、カカカ、カレンがっ……!」シュウの顔が見る見るうちに赤く染まっていく。「カレンが、オレのこと好きなんだってえええええええええええええっ!!」
「だからそうだってば」と、サラが溜め息を吐く。「やっと実感わいたわけ?」
「わ、わ、わわわわいたっ!! わっ、わわわいたぜ、オレ!!」
「で、ご感想は?」
「かっ、感想!? え!? かかか、感想っ!?」
感想はどうかと訊かれたシュウは、ぴたりと動きを止めて考えた。
数秒後。
「うわ」と、目を丸くする。「オレ、スゲエェ嬉しい……!」
「んじゃあ、兄貴もカレンのこと好きなんだ」
「そっ、そこまでは分かんねえよっ……」
「何で」と、今度はサラが目を丸くする番だった。「そんなに喜んでんのに」
「だってやっぱりおまえたち妹に対するものと似たような感じが……」
「ハァ!?」
と、サラの声色が変わったとき。
「いいのよ、サラ」と、仕事へ行く準備を終えたカレンが部屋に入ってきた。「シュウが嬉しいって言ってくれたなら、あたくし的には一歩前進なのですわ」
そう言ってカレンが嬉しそうに笑う。
「ええー? 本当にいいの? カレン」
「いいのよ、サラ。あたくしも思い切って告白してみたらスッキリしたし、シュウにとって迷惑でないのなら……」
「めっ、迷惑だなんてとんでもねえっ!!」と、シュウが慌てたように口を挟んだ。「ほっ、本当まじで嬉しいから、オレっ……」
だからさ、それってさ、カレンのこと好きな証拠じゃん?
カレンの気持ちに気付いたと思ったら、今度は自分の気持ちに気付かないのかよ。
バカ兄貴だね、まったく。
呆れて溜め息を吐いたサラ。
「でもまあ、いっか……」と、カレンの嬉しそうな顔を見て微笑んだ。「一歩前進、だしね! カーレンっ♪ さあっ! 甘いキッス、優しい口付け、夢の接吻、情熱のベーゼへレッツゴオォォォォォ!!」
「え!?」と、動揺したのはシュウである。「なっ、何言ってんのおまえ!?」
「ハァー? 何、嫌だっていうわけ?」
「オ、オレじゃなくてカレンがっ……!」
「カレンが嫌なわけないじゃん。ねえ?」
と、サラがカレンに顔を向けると同時に、シュウもカレンに顔を向けた。
カレンがシュウの顔を見上げ、頬を染めて言う。
「カっ…、カモオォォォォンですのよっ……!」
カレンに続き、シュウの頬も染まる。
サラはカレンとシュウの顔を交互に見ると、笑いながらドアの方へと向かって行った。
「ごめんごめん、アタシ邪魔かあ。そろそろ仕事行く時間だから、制限時間は3分ね。ドアが閉まったら、ハイどーぞっ♪」
サラが部屋から出て行き、ドアが閉まった。
カレンが俯きがちに、ベッドに腰掛けているシュウの前まで歩いて行く。
やって来たカレンを脚の間まで引っ張り、シュウは呟いた。
「な……、何て幸せな奴なんだっ、オレ」
カレンが目を閉じて顔を上げる。
シュウはカレンの頭を引き寄せて有難く口付けた。
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