最終話 夢


 葉月病院の3階。

 とある病室の前。
 廊下にリンクとミーナ、グレル、レオンの泣き声が響く。

 病室の中、ベッドに寝かせられているキラ。
 胴の上で手が組まれ、顔には白い布が被せられている。

「キラ……?」

 リュウの手が、キラの顔に被せられている布をそっと取った。

 白いキラの顔。
 まるで眠っているようだ。

「キラ…」キラを呼ぶリュウ。「キラ、俺だ。リュウだ。おまえの主だ」

 そう言いながら、キラの首に首輪を付けた。
 キラがずっと身につけていた、赤い首輪を。

「ほら、キラ。目を開けろ。主命令だ。目を開けろ……」

 優しいリュウの声。
 キラの頬に手を当てて言う。

「目を開けろ……、キラ。目を開けて、俺を見ろ。俺を呼べ。なあ…早く、キラ……」

 キラの頬の上。
 リュウの涙がぽたりぽたりと落ちていく。

 リュウの手が震える。

「キラ…! 頼むから、頼むから目を開けてくれ……! 俺を呼んでくれ……! なあっ…、なあ、キラっ! キラっ!!」

 病室の外から、リンクが中に駆け込んできた。

 もう、もう見ていられない。
 こんな親友の悲痛な姿なんて。

「リュウ…! リュウ……!!」

 リュウの身体を後ろから抱き締め、リンクは胸の痛みに涙を流す。

 リュウに何と言ってやれば良いのか。
 こういうとき、何を言えば良いのか。
 言葉が見つからない己を、リンクは憎む。

 その時、リュウが声を詰まらせながら口を開いた。

「なあ、リンク……、わ…悪い……」

「え…?」

 リンクは顔をあげ、リュウの顔を覗き込んだ。

「い…た……。いた…んだ……!」

 ぼろぼろと涙を零しているリュウ。
 その表情は、微笑みを浮かべていた。

「神様、いた……!」

「――」

 リンクはキラに目を落とした。

 次の瞬間。

 ふと笑みを浮かべた、キラの口元。

 ゆっくりと開いていった、キラの瞼。

 そして現れた大きな黄金の瞳が、リュウの顔を捉えた――。

「……リュウ」

 その名をはっきりと形にした、キラの唇。
 リュウの顔を見て笑う。

「死んだふり、ばれたか」

「当たり前だっ…、バカ猫がっ!」

 リュウが笑ってキラを抱き締める。

「…っ……神様、ありがとう…ございます……!」

 リュウの涙が幾多も頬を伝う。

 神様。
 神様、神様、神様。

 俺からキラを奪わないで下さって、ありがとうございます。

 ありがとうございます……!

 リュウは泣き崩れた。
 一方、呆然としていたリンクたちがギルド長たちの顔を見回すと、とても優しく微笑んでいた。

 ミーナが泣き崩れた。

 レオンが泣き崩れた。

 グレルが泣き崩れた。

「ま…、紛らわしいことすんなや!!」

 そう怒ったリンク。
 リュウの背で、やっぱり泣き崩れた。
 
 
 
   すぐに退院したキラは、葉月町を見て驚倒した。
 中央に何やら立派な石が置かれていると思ったら自分の墓だし、その脇には自分の銅像があるし。
 おまけに指差されて、化けて出たと叫ばれるし。
 墓は急遽大慌てで撤去されたが、キラは英雄ということで銅像はそのままになった。
 葉月ギルド長がテレビカメラの前、キラが生きていたことを全島の人々に伝えた。

 また、崩れたタナバタ山からキラを見つけ出したのはゲールだという。
 また同じことを繰り返さないため、文月島ハンターたちはバハムートの卵がないか探していた。
 そこへ偶然、ゲールがキラを見つけたそうな。

 それを聞いて感謝したリュウ一行だったが、病院でキラに死んだフリをさせたのもゲールだと知り、感謝の言葉は撤回された。
 超一流変態である彼は、単にその後のリュウからの仕置きが楽しみだったようなのだが。

 本日、2月のバレンタインデー。
 リュウ一行と葉月ギルド長、王子が教会に集まっていた。

「ああ…」リュウの瞳が恍惚とする。「俺の嫁、最高綺麗だぜ……。なんって嬉しいバレンタインチョコだ……」

「ああ…」王子の瞳も恍惚とする。「キラ、この世の何よりも誰よりも美しいぞ。リュウには勿体ないな」

「うるせーです」

「ふん」

 ウェディングドレスを身にまとったキラの前、リュウと王子の間に火花が散る。

 キラは苦笑したあと、ミーナとレオンに顔を向けた。
 ミーナが頬を染めて言う。

「すごいぞー、キラ! ものすごーく綺麗だぞーっ!」

 同様に、レオンも頬を染める。

「本当、とっても綺麗だよキラ!」

「ありがとう、おまえたち」そうミーナとレオンに微笑んだあと、キラは顔を強張らせて振り返った。「おい、ソコ」

 キラの目線の先には、リンクとグレル。

「いつまで笑っているのだ!」

 と、キラが眉を吊り上げながら顔を赤くする。

「あーーっはっはっはっは!」リンクが腹を抱えて言う。「だ、だっておまえっ! これっ…これ……!!」

「がーーっはっはっはっはっ!」グレルも同様に腹を抱えて言う。「キ、キラ、おまえの絵は相変わらず芸術だぜ!! 腹いてーぞ!!」

 リンクとグレルが指しているものは、キラ作の『キラ父の似顔絵』。
 額縁に入っているそれを見るなり、リンクとグレルはずっと笑いっぱなしだ。

「ああもう! だから描きたくないって言ったのだ!」

 そう怒るキラの脇を通り、リュウがその絵の前で合掌した。

「ああ、偉大な義父上よ……」

「ちょ…、て、手を合わせるなリュウっ! 恥ずかしいっ!」

「うるせー。このお方は神だ。俺の神だ! 神様様だ!」

 そう真剣な顔で言い、リュウは合掌を続ける。

 病院の中で皆で散々泣いたあと、キラから聞いた。
 破滅の呪文を唱えたときのことを。

「爆発の中、気を失う直前に一瞬だったがたしかに見たのだ。そしてたしかに、感じたのだ」と、キラはリュウたちの泣きはらした目を見ながら話した。「父上の腕が、私を庇ってくれたのを」

 それを聞いたリュウは、再び瞼が涙に濡れた。

(やっぱり義父上だった)

 そう、思った。
 ギルド長からキラが見つかったと電話をもらう前、リュウの頭に優しく触れたのはキラの父。

『大丈夫だ』

 リュウはそんなことを言われた気がした。
 だから確信していた。
 キラは生きていると。
 顔に白い布が掛かっているのを見ても、生きているのだと分かっていた。

 死に顔じゃない、いつものキラの白い寝顔。
 温かい頬。

(ああ…、生きている……)

 早く目を開けて、早くこのリュウを見つめて、早くこのリュウを呼んでほしかった。
 キラのその笑顔で、その声で。
 涙が堪えられなかった。

 神に――キラの父に、心から感謝した。
 感謝しても感謝しても、まるで仕切れないほどだ。
 もう2度も、キラの命を助けられているのだから。

 キラ作『キラ父の似顔絵』前、リュウの傍ら。

「おお、神よ……!」

 と、王子が並び、

「ありがとうなのだ、神様!」

 ミーナが並び、

「神様、ありがとうございます!」

 レオンが並び、

「ああ、神様、ほんまにありがとうっ!」

 リンクが並び、

「おおっ、神よーーーってか♪」

 グレルが並び、

「神よ、ありがとうございます……!」

 最後には葉月ギルド長が並んだ。

 リュウに続いて揃って合掌する皆を目の前に、キラは苦笑するしかない。
 上手い絵ならまだしも、はっきり言って誰の似顔絵だか分からないほどなのに。

 合掌し終わったあと、王子が言った。

「ところで、何てプロポーズをしたのだ、リュウ」

「教えませ――」

「ああ、それっすかあ?」と、グレルがリュウの言葉を遮った。「病室の中、ベッドに寝ているキラの肩を抱いてー」

 と、グレルが突如床に寝転がったリンクの肩を抱いた。
 当時のリュウの微笑みを真似し、

「愛してる、キラ。骨になっても一緒にいようぜ」

「えっ…?」リンクが当時のキラを真似る。「この指輪って、この指輪って……!」

「ああ、婚約指輪だ。人間とモンスター、結婚できるようになったんだぜ」

「えっ…? 本当っ? 本当なのかっ? 私、リュウと結婚できるのかっ?」

「ああ。結婚して、子供作って、家族みんなで幸せになって、最後には一緒の墓で、一緒に眠ろうぜ……キラ」

「リュウ……!(感涙)」

「――と、まあ、こんな感じです!」

 と、グレルが笑う。

「リュウってば結構クサいやろ、王子ー?」リンクも笑う。「ていうか、『一緒にいようぜ』より、『一緒にいてくれ』のが合うと思いまへんー?」

「ああ、思うな」と、王子が納得したように深く頷いた。「弱いからな、リュウは。キラがいないと死にかけるからな」

「そうそう、そうなのだ」と、ミーナが笑う。「キラなしのリュウなんて、弱っちくてとてもじゃないが超一流ハンターとは思えぬぞー」

「そうそう」と、レオンがうんうんと頷いた。「僕も、よーーーく分かったよ。リュウが弱いってことが。もう見てられないほどだったよ」

「ほお」キラが声を高くした。「そうなのか、リュウ?」

「う…、うるせえ!! つーか、わざわざ再現してんじゃねえ!!」リュウは耳を赤くして突っ込んだあと、キラの手を引いて祭壇に上がった。「ったく、さっさと式始めようぜ! …ほら、ギルド長」

 と、リュウが牧師役のギルド長を促した。
 リュウとキラは、さっさと指輪交換をしてしまっている。

 皆が指定位置に立ち、ギルド長が咳払いをしてから宣誓文を言う。

「汝リュウは、…(中略)…、誓いますか?」

「誓うぜ」

 と、リュウ。

「汝キラは、…(中略)…、誓いますか?」

「誓うぞ」

 と、キラ。

「では」と、ギルド長がもう一度咳払いした。「誓いのキスを」

 リュウがキラのベールをめくる。
 一度キラ作『キラ父の似顔絵』に振り返り、

「し…、失礼します」

 そう言ってから、キラに口付けた。

 微笑ましく拍手が漏れる。

 パチパチパチパチ。

 ちゅーーーーーー。

 パチパチパチ。

 ちゅーーーーーー。

 パチパチ。

 ちゅーーーーーー。

 パチ。

 ちゅーーーーーー。

 パ…。

 ちゅーーーーーー。

 …。

「長いわ!」と突っ込んだのは王子だ。「ええいっ、いつまでしておるのだ、リュウ!! 腹の立つ奴めっ!!」

「…よし」と、唇を離したリュウが、キラを抱きかかえた。「新婚旅行いくぜぃっ!」

「なっ、何ぃ!?」王子が声を裏返す。「い、いきなりか、おい!? まだここに来てからほとんど時間が経っていないぞ!?」

「だって挙式終わったし、キスしてたら子作りしたくて仕方なくなっ――」

「この、ケダモノめが!! …お、おい、待て! こら、リュウ!!」

「子作り子作りー。最初の子はシュウかな、ミラかなー」

 わくわくとしながら、教会の出入り口へと向かっていったリュウ。
 途中、キラがミーナにブーケを投げ渡してやりながら口を開いた。

「なあ、私の愛する旦那」

「なんだ、俺の可愛い嫁」

「その子供のことなのだが」

「おう?」

「もういるぞ」

「おう、もういるのか! よーしよーし……――てぇ!?」

 リュウが驚倒すると同時に、一同も驚倒した。
 注目される中、キラが続ける。

「病院で検査してもらったらから、間違いないぞ」

 キラの言葉を聞き、一同がキラに詰め寄った。
 ミーナが訊く。

「キラ、どっちだ!? どっちだ!? ミラか!? ミラだろう!?」

 リンクが訊く。

「どっちや!? シュウか!? シュウやろ!? おおおっ、約半年後が楽しみやでえええ!!」

 王子が言う。

「な、何!? 半年後には産まれているのか!? し、しかもすでに名前が決まっているのか!? わ、私はレディの…ミラ!? ミラ希望だぞ!!」

 レオンが言う。

「えええ!? どっち生まれるのかなあ!? あああもう、どきどきするよおおお!!」

 グレルが続く。

「おおおおお!! オレもどきどきするぜーっと!! シュウでもミラでもどーーーんと来いよーっとっ!!」

 最後にギルド長も続いた。

「やっぱ最初は男の子でしょう!! リュウの力を継ぐ、強ーーい男の子だ!! シュウ君がいいよ、シュウ君!!」

 キラが皆の顔を見て笑った。
 リュウの腕の中、リュウの顔を見て訊く。

「父としては、どっちが良いのだ? シュウか? ミラか?」

「だから言っただろ、キラ。俺とおまえの子に変わりはしねーんだから、どっちでもいい。だがな」と、リュウが真剣な顔になる。「シュウなら、俺を継ぐ超一流ハンターに育てる!!」

 そして、

「ミラなら、絶っっっっっっ対!! 嫁にやらねえ!!」
 
 
 
 ――それから約半年後。

 その子は無事に産まれた。
 父親にそっくりな黒髪と顔立ち、それから母親から受け継いだ黒猫の尾っぽ。

「ああ…、ありがとな、キラ。ありがとう……!」

 その子の母親であるキラと、それからその子の父親の親友であるリンクと、そのペットのミーナ、その子の父親の師匠であるグレルと、そのペットであるレオンの前。
 その子をそっと腕に抱いた父親の頬に、涙が零れ落ちた。

「産まれてきてくれて、ありがとうな。おまえは、どんな子になるのかな……」

 そう、父親のリュウは微笑んだ。

 嬉しくて。
 あまりにも嬉しくて、涙が零れ落ちてしまう。

 一度は壊れてしまったのかと思われた、幸せな夢。

 今たしかにそれを噛み締めながら、リュウは問いかけた。

「なあ、シュウ……?」
 
 
 
 
 ―――完―――
 
 
 
 
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