第49話 破滅の呪文


 本当は今年最後の日に予定していた、リュウとキラの誕生日パーティー。
 1日早く行われることになった。

「誕生日当日は、どうしても外せない仕事入っちまったんだ。悪い」

 そう、リュウはキラに理由を説明した。
 キラは仕事内容を聞かずに、ただ笑顔で承諾した。

「分かったぞ、リュウ。明日の誕生日パーティー、楽しみだな」

「うむ!」と同意したのはミーナである。「わたしとレオンで、たくさんご馳走作るのだっ!」

「うん、がんばるよ!」

 と、レオン。
 ミーナとレオンは、クリスマスの次の日から毎日ここリュウ・キラ宅へと遊びに来ていた。

『テレビもラジオも付けてはいけない、外にも出るな』

 そんな主命令に従ったら、ミーナの瞬間移動で2匹ともここへ遊びに来るだろうとは思っていたリュウだが。

「なーにも、朝から晩まで遊びに来なくてもいーじゃねーかよ、おまえら? 今日なんて早朝に来たのに、何をこんな子供は寝る頃だろう時間まで遊ぶことあんだよ……」

「良いではないか」と、ミーナが口を尖らせた。「リュウは夜になると、キラを占領しているのだろ? ずるいぞ」

「ずるかねーよ。俺はキラの主なんだから。もういいから、そろそろ帰れよ。おまえらの主が心配すんぞ」

 と、リュウは半ば強引にミーナとレオンをテラスまで押していった。
 ミーナがぶつぶつと文句を言いながら、レオンと共に瞬間移動で帰って行く。

 やっと帰ったと、リュウは溜め息を吐いた。

「あいつら、本当おまえのこと大好きだな」

「ああ、可愛いな。本当、私は妹と弟だと思っている」

 そう言って微笑んで、キラがテラスに出た。
 テラスの手擦りに手を付け、キラは思い出す。

「ここ、だな。私とリュウが、初めて出会った場所は。この手擦りの前に私がうずくまっていて、リュウがリビングから出てきて……」

「ああ」

 微笑み、リュウはキラの隣に並んだ。
 キラが笑う。

「あの時の私からすれば、今のこの状況が信じられないだろうな」

「怯えて俺に牙向いてたもんな。こっちへ来るなって」

「ああ。そして私はリュウに助けられ、礼にネズミ取ってリビングの窓辺に置いた。まあ、当時は礼というより、借りは返したぞ人間って感じだったが」

「そうなのか」と、リュウは笑った。「でもおまえ、3日後にもここに来たのは何で?」

「本当は3日後にも来たのではなく、毎日来てたのだ。初めて人間に助けられたせいか、リュウのことが気になって仕方なかった。おまえが仕事へ行く姿を、いつも陰から見ていたのだぞ?」

 リュウは眉を寄せた。

「なんだよ。俺はおまえのこと見たくて仕方なかったのに、おまえは俺のこと毎日見てたのかよ」

「ごめん」そう言って、キラが笑う。「気になっていても、人間のリュウを信用しているわけではなかったからな」

「臆病だったもんな、おまえ。でもまあ、俺は見事に餌付けに成功したわけか」

「餌付け言わないでくれ…」そうキラが苦笑したあと、「まあ、実際ビールで餌付けされたのだが……」

「だな」

 と、リュウがおかしそうに笑う。

「そうやってリュウから物を与えてもらい、私は礼にネズミを……っていう生活が続いて」キラが微笑む。「私、いつの間にかリュウに惚れていたのだ。ビールを除いて1番最初に買ってもらった白いコート、本当に嬉しかった」

「ああ」

「その頃からだったかな。リュウのペットになりたいって思ったのは」

「だったらすぐに来れば良かったのによ」

「私にとっては、えらく勇気のいることだったのだ。私がリュウに首輪をほしいと訴えたとき、本当にどきどきしたのだぞ?」

「ああ、俺もした。俺があの時、ダセーことにソファーから転げ落ちたのは秘密だ」

「そうか」と、キラが笑った。「そして眠れないまま数日過ごして、この――」

 キラが自分の首輪に指先を当てて続ける。

「赤い首輪がリビングに置いてあったとき、今まで生きてきた中で一番嬉しかった。急いでコート脱いで、ブーツも脱いで、これを首に付けた。リビングのソファーに寝転がって、主となるリュウの帰りを待った」

「俺も、あのときはそれまでの人生で一番嬉しかった瞬間だったな。おまえが、ソファーて眠っている姿を見たとき」

「そしてすぐに食われた私がいた」

「ああ、すぐに食った俺がいた」

「冗談抜きで痛かったぞ」

「冗談抜きで気持ちよかったぜ」

「まったく私の主はっ……」

 キラが少し恥ずかしそうにリュウから顔を逸らす。
 それから少しして、キラが再び口を開いた。

「……リュウ」

「ん」

「私は、この世1幸せな猫だ」

「俺も、この世1幸せな主だぜ」

「そうか」と返して、リュウの顔を見上げて微笑んだキラ。「……リュウ、愛してる」

 大きな黄金の瞳から、涙が一粒伝う。

「キラ…?」

「愛してる、リュウ。愛してる……」

 キラがリュウの首にしがみ付いて、リュウにキスをした。

 愛してる。

 それは、キラは幾度となくリュウに言ってきた言葉。
 何だか今日は、痛いくらいにリュウの胸に響いた。
 寝る前のリュウの腕の中でも、何度もキラは口にした。

 そんなキラを抱きながら、リュウは心の中でキラに語りかけた。

 ああ、キラ。
 俺もだ。
 俺も愛してる。
 俺は必ずバハムートを倒して生きて帰ってくるから、結婚して幸せになろうな。

 骨になっても、一緒にいような――。
 
 
 
 翌日。

 明日のバハムート退治に備え、リュウとグレルは休日。
 同様に、リュウの助手であるリンクも。

 昼過ぎあたりから、リュウとキラのため、ミーナとレオンが一生懸命になって誕生日パーティーのケーキとご馳走を作った。
 とりあえずビールで乾杯し、それぞれ料理を口にする。

「あれ」と、リュウ。「これ作ったのどっち」

「わたしだぞ」

 と、ミーナ。

「うそ」リュウの目が丸くなる。「何で美味いんだ」

「なっ、なんだそれはっ!」と、ミーナが眉を吊り上げた。「し、失礼だぞリュウ!」

「だっておまえが以前に料理作ったとき、とても美味いと言えたもんじゃなかったぜ」

「にゃ、にゃにおう!?」

「まあまあ」と、レオンが割って入った。「ここのところ、僕とミーナ、キラから料理教わってたんだよ」

「へえ、道理で」リュウは納得した。「キラの味がするわけだ。褒めてやる」

「えらそうにっ! わたしはキラのために作ったのだ! リュウ、おまえは食べんで良い!」

「まあまあ」と、今度はリンクが笑いながら割って入った。「今日はリュウとキラの誕生日パーティーなんやから。な? ミーナ」

 フンと鼻を鳴らしてリュウから顔を逸らし、ミーナがキラの顔を覗き込んだ。

「ど、どうだキラっ? 美味いかっ?」

「ああ」と、微笑んだキラ。「美味いぞ、ミーナ、レオン。ありがとう、私は本当に嬉しいぞ」

 そう言い、ミーナの額にキスをした。

「――…っ……!」

 ミーナはキラにしがみ付いた。
 キラの胸に顔を埋め、必死に堪える。

(泣くなっ、泣くなわたしっ……! 泣くな!)

 リンクが笑った。

「なんやねん、ミーナ。大袈裟なやっちゃなあ」

「つーか」と、リュウが眉を寄せる。「おまえら、仲良すぎじゃねえ? 何で俺がキラと離されて、ミーナとレオンがキラを挟んで座ってんだよ?」

「い、いいじゃない、たまには」レオンが言った。「だって、今日は僕とミーナのお姉ちゃんみたいなキラの誕生日パーティーなんだもんっ…! 隣に座らせてよ」

「贅沢な奴らだなー」

「まあまあ、良いじゃねーかよーっと♪」グレルが言い、ソファー脇の紙袋を取り出した。「ここでプレゼントターーーイム!」

「おうよ!」

 と、リンクもソファーの後ろに置いておいたものを取り出す。
 リンクのものは包まれていなかったので、すぐにそれが何か分かった。

「じゃじゃーーん! どうや、リュウ! 今年こそ喜ぶもん買ってきたやろ、おれ?」

「おお」と、リュウが声を高くした。「気が利くじゃねーか、サンキュ」

 リンクからの誕生日プレゼントは、ベビーカーだった。
 そしてグレルからは、

「おお」リュウが包みを開け、またもや声を高くした。「何これ、特注?」

「おうよ! うちの雑誌で、最近作り始めたんだ。猫モンスターのベビー用品」

「ども、師匠」

 グレルからの誕生日プレゼントは、ベビー用の衣類だった。
 猫モンスター用に、ちゃんと尻尾の通す穴などもついている。

 それらを見て、キラが微笑む。

「ありがとう、リンク、グレル師匠」そう言ったあと、キラはおかしそうに笑った。「まだ子供できてないけど」

「おうよ!」と、リンクが笑った。「元気な子を産むんやで、キラ! ま、言わなくてもリュウとキラの子やったら元気やろうけど」

「うんうん、楽しみだぜ」と、グレル。「そろそろ妊娠すりゃあ、半年後あたりには産まれるし、今からワクワクしちまうなあ」

「ところで」と、リンクがリュウに顔を向けた。「やっぱあれか、リュウ? おまえからキラへの誕生日プレゼントは、やっぱ0時になってからか?」

「おう。なんせ本当の誕生日は明日だからな」

「ちっ」と、リンクが舌打ちした。「渡すとこ見たかったんやけどな」

「オレもー」

 と、グレルが続いた。
 グレルも今日の昼間に聞いていた。
 リュウがキラに、誕生日プレゼントにエンゲージリングを渡すことを。

 そして、リンクと共に聞いた。
 王子が、人間とモンスターの結婚をできるようにしてほしいというリュウの出した案件を、今朝の朝廷をもって通してくれたと。
 ここ葉月島で、来年の2月には人間とモンスターが結婚できるようになったのだ。

 リュウが王子からそんな最高の誕生日プレゼントとなる電話をもらったのは、正午前のこと。
 そのことをリンクとグレルにこっそり教えてくれたときの、リュウの本当に嬉しそうな表情。
 それを見て、リンクもグレルも嬉しくて溜まらなかった。

 リンクにとっては親友で、グレルにとっては可愛い弟子。
 そんなリュウの幸せが、嬉しくて嬉しくて、胸がいっぱいになった。
 リンクとグレルの瞳から、涙が零れた。

 にやにやと笑い、グレルはリュウの頭をくしゃくしゃと撫でる。

「この幸せ者めぇいっ!」

「めぇいっ!」

 リンクがグレルに続いて言い、リュウの肩を抱いた。
 2人に絡まれているリュウを見て、キラが微笑む。

「リンクはやっぱりリュウの親友で、グレル師匠はやっぱりリュウの師匠だな。リュウが困ったときは助けてくれるか?」

 リュウとリンク、グレルがぱちぱちと瞬きをしてキラを見た。

「別に俺は助けなんて――」

 というリュウの言葉を、リンクが笑いながら遮る。

「あったりまえやんかー、キラ!」

 グレルも続く。

「いつだってオレは愛弟子を助けるぞーっと♪」

 それを聞いて、キラは安堵したように微笑んだ。

「良かった」

 そう言って。
 
 
 
 誕生日パーティーは夕方から始めて午後11時になって終わり、キラとミーナ、レオンの3匹は後片付けを始めていた。
 リンクは酔いつぶれてソファーで熟睡し、リュウとグレルはその向かいのソファーでまだ飲んでいた。

 時計を見て、リュウはわくわくとして微笑む。

(あと1時間で、日付が変わる。そうしたら隠してるエンゲージリングをキラに渡して、人間とモンスターが結婚できるようになったこと知らせて……。キラ、どんな反応するかな)

 そんなリュウの横顔を見てグレルがにやりと笑い、リュウの脇腹を肘でつんつんと突く。

「何て言って渡すんだよ、リュウ?」

 グレルがキッチンで後片付けをしている猫たちに聞こえないよう、小声で聞いた。

「師匠まで聞かないでくださいっす」

「照れるなよーっと♪」

「う、うるせーなっ…」リュウは言い、話を切り替えた。「それより、0時前には帰ってくださいよ? 明日の朝、オオクボの杖使って瞬間移動で迎えに行くから」

「わーってんよ。んで? 何てプロポーズ?」

「しつけー」

 リビングのソファーではしゃいだ様子の主たちの傍ら、キッチンでは猫たちの笑顔が不自然に作られていた。
 ミーナと、レオンの笑顔が。

 3匹で後片付けをしたこともあって、それは30分ほどで終わった。

「リュウ」と、キラがソファーに座っているリュウを見て言う。「そろそろ入浴を済ませたらどうだ?」

「んー、そうするか」

 リュウが立ち上がり、バスルームへと向かっていく。
 キッチンの脇を通ったときに、一度キラを見て言う。

「おい、俺の可愛い黒猫」

「なんだ、私の愛する主」

「俺への誕生日プレゼント、忘れんなよ?」

「はいはい」

「クリスマスのときは赤のリボンで、今日は何色のリボンなの」

「見てからのお楽しみだ」

「そうかよ」

 リュウが笑い、バスルームへと入っていった。
 それを確認したあと、キラは冷蔵庫を開けて言った。

「もうないのか、ビール。まだ飲みたかったのだが」

「お?」と、グレルがキラの方を見た。「んじゃあ、オレがそこのコンビニで買ってくるぜーっと♪」

「ありがとう、グレル師匠」

「おうよっ!」

 グレルが立ち上がり、スキップしながら玄関を出て行った。

 そのあと、キラはリビングへと歩いて行った。
 ソファーで眠るリンクの顔をじっと見る。

「……よし、よく眠っているな」

 ミーナとレオンが見つめる中、キラが電話脇のメモ張を1枚取り、ペンを握った。

 ペン先が戸惑う。
 数秒後、キラはそこに一言書いてペンを置いた。

 約1年前、リュウに渡された赤い首輪に、キラの手がかかる。
 かちゃかちゃと静かに音を立て、それはキラの首から外された。

 1枚のメモと、赤い首輪。
 ガラステーブルの上に、そっと置かれた。

 キラがミーナとレオンに顔を向けると、2匹の握られた拳が小刻みに震えていた。

「……ミーナ、レオン。おいで」

 キラが呼ぶと、ミーナとレオンがキラに駆け寄ってしがみ付いた。

 2匹は必死に、必死に堪える。
 今にも溢れ出しそうな涙を。
 ミーナとレオンは、2匹で約束した。

 キラの前で、絶対に泣かないと。
 大好きな姉を、困らせないようにと。

「おまえたち、主たちに黙っていてくれてありがとう。普段通りに振舞うの、決して楽ではなかっただろう」

 ミーナとレオンが、首を横に振った。

「私の大切な妹、ミーナ」

 と、キラがミーナの額にキスし、

「私の大切な弟、レオン」

 レオンの頬にキスした。

「良いか。おまえたちは愛する主と共に、幸せになれ」

 ミーナとレオンは必死に頷いた。
 頷くのが、精一杯だった。
 口を開けば、涙が溢れ出してしまう。

「よし」と、キラが笑った。「これで私はこの世に悔いなどないぞ」

 キラがミーナとレオンから離れ、リビングの壁に立てかけてあったオオクボの杖を手に取った。
 テラスへと向かっていく。

「…あ」途中、キラが一度立ち止まった。「1つだけ、悔いといえば悔いがあったな」

 ミーナとレオンの顔を見て、キラが笑う。

「でもまあ、これはどっちにしろ敵わなかった夢だから良いけどな」

 それは何?

 そう訊ねているようなミーナとレオンの顔を見つめながら、キラは続ける。

「リュウと、結婚したかった」

「……」

「それじゃあな」

 笑顔でそう言い、テラスへと出て行ったキラ。
 オオクボの杖を天に掲げ、消えていった――。

 その途端、ミーナの身体ががたがたと震えだす。

「駄目だ、ミーナ!」レオンは涙をぐっと堪え、ミーナを抱き締めた。「まだ、駄目だ……! なるべく長い間リュウにばれないようにって、言われたじゃないか……!」

 ミーナが奥歯を噛み締めて涙を堪える。
 そのとき、リュウがバスルームから出てきた。

「なーんだよ、おまえたち。まだいたのか。0時前には帰れよ?」

「う、うんっ…」

 レオンが笑顔を作って、リュウに振り返った。
 リュウがリビングの中をきょろきょろと見渡す。

「あれ、キラは? 師匠もいねえ」

「え、えと、一緒にコンビニ行ったよ」

「何っ」リュウが眉を寄せた。「まあいいか、師匠と一緒なら」

 そう言い、リュウは武器倉庫にしている部屋へと入っていった。
 そこにコッソリと隠していたものを持って、リビングに戻る。

 リュウの手に握られている小箱を見て、レオンは訊いた。

「それ…、キラへの誕生日プレゼント?」

「おうよ」と、リュウがにやりと笑った。「おまえたち、これが何か分かるか」

「さ、さあ?」

「仕方ねーな、見せてやろう」と、リュウが小箱を開けた。「見ろ、婚約指輪ってやつだ」

「えっ…?」

 ミーナとレオンは声を揃えた。
 リュウが微笑んで続ける。

「人間とモンスター、結婚できるようになったんだぜ」

「――」

 声を失うミーナとレオン。
 2匹の顔を見て、リュウは瞬きをして訊く。

「どうした」

「――…っ……!」ミーナの瞳から涙が溢れ出す。「キラっ……!」

 突然テラスへと向かって駆け出したミーナ。
 慌ててレオンが抱きすくめた。

「駄目だ、ミーナ! 駄目だ!」

「離せっ! わたしの瞬間移動でも届くかもしれぬ!!」

「駄目だ! ミーナ、駄目だ……!!」レオンの瞳からも溢れ出す涙。「駄目だよ、ミーナ! 駄目だよ……!!」

「キラっ…! キラァ!! キラァァァァァァ!!」

 ミーナが泣き叫び、床に這いつくばって嗚咽する。
 あまりの騒ぎに、リンクが驚いて目を覚ます。

「なっ、何事やっ!?」

「――俺も……聞きたい」

 そう言ったリュウの顔を、リンクは見た。
 寝ぼけ眼が覚める。
 酔いまでも醒める。

 困惑しているリュウの瞳。
 その目線の先には、キラの名を叫んで泣いているミーナと、ミーナを必死に抱き締め声を殺して泣いているレオン。

 呆然とした様子で、リュウが訊く。

「何…したんだよ……?」リュウがミーナとレオンに歩み寄った。「おい…!? ミーナ、レオン! 泣いてちゃ分からねえ! キラはどうした!」

「――リュウ」

 リンクに呼ばれ、リュウは振り返った。
 リンクが目を落としているのは、ガラステーブルの上。

「な…、なんやねん、これ」

 リンクの声が震えている。
 リュウはリンクの目線の先のものを、慌てたように手に取った。

「――な、なんだよ、これ」リュウの手が震える。「……なんだよ、これ!!」

 キラの赤い首輪。
 そして一枚のメモ。
 そこに一言、キラの文字で書かれてある。

 『愛してる』

 それはキラがいつもリュウに伝えてきた想い。
 きっと生涯変わらないであろう想い。
 たしかな愛の言葉。

 何故だ。
 別れを感じさせる。
 永遠の別れを。

 リュウの頭が困惑する。
 混乱する。

 何が、何が起きている?
 キラは?
 俺の可愛いキラは?


 まさか――

 リュウは、はっとしてリビングの壁に顔を向けた。

「――おい、オオクボの杖はどこやった」

「……なっ、なんでないんや!」リンクが狼狽して声をあげた。「なんでっ…!? なんで……!? ま、まさか――」

 リンクはガラステーブルの脇に置いてあった、テレビのリモコンを引っつかんだ。
 テレビの電源を入れる。

「――」

 テレビの画面に映るバハムートを見て、リュウとリンクはすぐに気付いた。

 空を悠々と飛んでいるはずだったバハムートの様子がおかしい。
 首を左右上下に激しく振って、暴れている。
 何かを振り落とそうとしているように。

 次の瞬間だった。

 バハムートが、巨大な爆発に包まれたのは。

 数秒後に文月町にセットされていたカメラが吹き飛び、テレビの画面は砂嵐となった。
 そう、あのときみたいに。
 16年前のように。

「――…っ……!!」

 突如リュウに襲い掛かった恐怖。

 自爆?

 違う。

 あれは16年前にも見た。

 あれは、あれは――、

 ブラックキャットの『破滅の呪文』――。
 
 
 
 
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