第47話 悪夢


 今日はクリスマス。

 イヴはデートをしたリュウとキラだったが、今日はいつもの仲間――リュウ一行でクリスマスパーティーだ。
 いつものリュウ・キラ宅のリビングで、夕暮れからパーティー開始。

 キラお手製のケーキにご馳走。
 とりあえずビールで乾杯。

 一杯目から、やけにハイテンションな人物が2人。

「こんっっな嬉しいクリスマスパーティーは初めてやで! なあ!?」

 リンクと、

「おう! 楽しくて仕方ねーぜ!」

 リュウである。
 2人肩を組んで、堪えられないというようににやにやと笑っている。

「なんだあ?」と、グレルが弟子であるリュウとリンクを見て、ぱちぱちと瞬きをした。「おまえらが仲良しなのは知ってたが、今日はずいぶんといちゃついてんなあ」

「いちゃついてねえ!」

 リュウとリンクは声を揃えたあと、顔を見合わせた。
 またにやけてしまう。

 話は遡って本日の午前中。
 夜からはパーティーなので、リュウとリンクは早めに家を出て仕事をしていた。

「なあ、リュウ! 昨日のイヴどうやった?」

「あーもー、最高だったぜ俺の可愛い黒猫は! リボン最高! 生最高っ!」

「大声で言うなや、恥ずかしいっ! んでも、生ってことは子作りしたんやな?」

「おうよ! できたかは分からねーけど、いつかはできるだろ」

「ああ、おまえも父親になるのかー。なんか嬉しいなあ」

 なんて、凶悪モンスターを倒しながら、そんな会話をして。
 そのときだった。

 王子直々に、リュウの携帯電話へと電話が掛かってきたのは。

「リュウ、私だが」

「王子」

 リュウが声を高くして言うと、リンクがリュウの携帯電話に耳を近づけた。

「そこにキラはいるのか、リュウ?」

「いや、今日キラは家にいます」

「そうか。例の案件のこと、キラには言っているのか?」

 例の案件――人間とモンスターが結婚できるようにしてほしい、というもの。
 リュウが王子を伝って王に願い出て、王子は今その案件を通そうと精一杯協努力してくれている。

「まだです。それで、その案件は今どうなってます?」

「そのことで、良い知らせだ。早ければ今月末に案件が通り、来年の2月には人間とモンスターが結婚できるようになるだろう」

 それを聞いてリュウとリンクは顔を見合わせたあと、同時に頭を下げた。

「ありがとうございます!」

 と、電話の向こうにいる王子に。

「まあ、おまえらのためではなく、キラのためだからな。私は頑張っている」

「ありがとうございます、王子……!」

 王子からリュウへのクリスマスプレゼントだった。
 そしてもしかしたら、年末のリュウの誕生日にはもっと最高のプレゼントを持ってきてくれるかもしれない。
 もっと時間がかかると思っていたのに、こんなに早いなんて王子が本当に頑張ってくれている証拠だった。

 リュウと、親友を幸せを心から願うリンクは、抱き合って喜んだ。

 ――そして現在。
 そのテンションのまま、パーティーに参加しているわけである。
 このことを知っているのは、今のところ仲間の中でリュウとリンクだけ。

 よって、謎なハイテンションぶりにレオンが苦笑した。

「えと……、よ、良かった…ね……?」

「おう!」

 と、リュウとリンク。
 リュウがリンクとは反対側の隣にいるキラに、くるりと顔を向けた。

「で、俺の可愛い黒猫よ」

「何だ、私の愛する主よ」

「ガキはできたかっ?」

「まだ分からぬ」

 と、笑ったキラ。
 今の会話を聞いて、ミーナとレオン、グレルがキラに注目する。

「な、何……!?」ミーナの目が輝いていく。「こ、子供!? キラの子供!? わっ、わたし女が良いぞ! 女!」

「ねねっ、何っ!? 何の話なのっ!?」レオンも続いて目を輝かせる。「子供の予定あるのっ!?」

「おいおい、まじかよっ!」グレルも続く。「さーては、おまえら昨日子作り励んだなーっ? 何発やったんだよーっと♪」

「まあまあ、落ち着けや」と、リンクが笑った。「って言っても無理やろうけどな。おれもめっさ楽しみやねん、リュウとキラの子供」

「あれだよね」レオンも笑う。「どっちに似ても物凄く強いよね」

「うむ!」と、ミーナが興奮したように立ち上がった。「きっと最強だ! そしてキラの子供ならば美しく、気高く、優しく、とても賢い子だぞ!」

「いや、最後のはないわ」

 リンクがすかさず突っ込んだ。

 リンクの話を聞いているのか聞いていないのか、ミーナがテラスへと駆けて行った。
 窓をがらりと開け、大声で叫ぶ。

「コウノトリさああああああああん!! キラの子供は女が良いぞおおおおおおおおお!!」

「……。おい、リンク」

「な、なんや、リュウ」

「おまえの白猫、13だよな」

「お、おう」

「そろそろ現実教えてやれ」

「……」

 リンク、苦笑。
 まだコウノトリ、コウノトリと叫んでいるミーナを、恥ずかしいので引っ張り戻して窓を閉める。

 今度はミーナがキラのところへと駆けて来て、キラの腹に白猫の耳をつける。

「ミーナ」キラがおかしそうに笑った。「いてもいなくても、まだ何も聞こえぬぞ」

「そ、そうかっ」と、ミーナが頭を上げて、キラの顔を見た。「コウノトリは、女を運んできてくれるかっ?」

「さ、さあ……?」

 と、キラは困惑しながらリュウに顔を向けた。
 リュウが言う。

「安心しろ、ミーナ。そのうち男も女も、両方できる」

 リンクが笑った。

「何人…、いや何匹か? 何匹作る気やねん、おまえは」

「出来たら出来ただけ」そう言って、リュウが微笑む。「でかい家建てて、そこに俺とキラ、子供たちで住む。キラの好きな今のこの部屋も買って、ここに来たくなったら来て。家族みんなで、幸せに暮らすんだ」

「…ふ…っ……」

 キラが微笑むと同時に、その黄金の瞳から涙が零れる。
 人間である主と結婚できたみたいで、嬉しくて。

 キラを見て、リュウとリンクは微笑む。

 大丈夫だ、キラ。
 その願いは、あと少しで現実になる。
 そう、あと少しで……。

 グレルがリュウとキラを微笑ましそうに見たあと、リュウに訊いた。

「それで、リュウ?」

「何すか、師匠」

「子供の名前はどうすんだ?」

「気ぃ早いっすね、師匠」

「そうでもねーだろ?」と、グレルがぱちぱちと瞬きをする。「人間同士の子供は10ヶ月で産まれ、猫モンスター同士の子供は2ヶ月で産まれる。その中間取って、人間と猫モンスターのハーフは約5ヶ月で産まれるんだぜ?」

「…………」間の後、リュウとリンクは驚倒した。「――なっ、何ィ!?」

 一方の猫たちは、さほど驚かなかったようである。

「そうだったのか」と、落ち着いた様子でキラ。「2ヶ月で出てくると思ったのだが、5ヶ月待たなければならないのか」

「大変だね」と、レオン。「人間の血が入ると、お腹の中で成長遅れちゃうってことかな」

「2ヶ月じゃ、コウノトリは来ないのか」

 と、残念そうにミーナ。
 リュウとリンクはお互いの驚愕した顔を見る。

「お、おい、リュウ! お、おま、もしかしたら半年後には父親やで!?」

「お、おう、リンク! おおおおっ、名前考えねーとっ!」

「リュウとキラの子供だろ? んー」と、考えるグレル。「リュウとキラ。リュウ、キラ。リュウ、キラ。キラ、リュウ……。あっ!」

 ぱちんと指を鳴らし、

「キュウ!」

「却下」

 リュウとリンクが声を揃えた。

「ありえんわ、師匠」

「まったくだぜ」

 と、リュウ。
 少しの間考えたあと、微笑んだ。

「男ならシュウ、女ならミラ……かな」

「そうか」と、キラが笑う。「最初に産まれてくる子はシュウか、それともミラか」

「はいはいはい!」と、ミーナが手を上げる。「きっとミラだぞ! ミラミラミラ!」

「そら女の子はかわええけどー」と、リンク。「とりあえずは男がええやろ。シュウや、シュウ!」

「僕はどっちでもいいなー」と、レオンが笑う。「どっちも弟や妹みたいで、可愛いよ」

「オレもどっちでもいいぜ♪」と、グレル。「なんせ可愛い弟子とそのペット子だぜ? どんな子でもオレは可愛がるぜーっと♪」

 皆を見てキラは笑い、リュウに顔を向けた。

「父親としては、最初に産まれてくる子はどっちが良いのだ?」

「どっちでもいいな。どっちでも、俺とキラの子供には変わりねえ」そう言って、リュウは微笑む。「でもまあ、もし男が産まれて来たら、俺を継ぐ超一流ハンターにするぜ」

「女だったら?」

「そんなの決まってんだろ、キラ」

「? なんだ」

「ずえっっっっったい」

「絶対?」

「嫁にやらねえ!!」

 リビングの中に、どっと笑いが起きる。
 楽しくて、とても幸せな空間。

 それを壊すように鳴ったのは、ギルド長からの電話だった――。
 
 
 
 クリスマスパーティーの途中、葉月ギルド長から呼び出されたのはリュウとグレル――超一流ハンター。
 何事かと2人がギルド長室へと入ると、葉月島の他の超一流ハンターたち7人がやって来ていた。

(只事じゃない)

 リュウとグレルは確信した。
 リュウだけでなく、今は雑誌『NYANKO』の編集者として働いているグレルも呼び出された時点で、それは勘付いていたが。

 リュウとグレルの姿を見るなり、同じ身分でも他の超一流ハンターたちは頭を下げる。
 ギルド長が、椅子から重々しく立ち上がった。

「これで葉月島の超一流ハンターは、全て揃ったようだね。では、話を始めようか……」

 と、ギルド長が葉月島の超一流ハンターたちの顔を見回した。
 緊迫した空気の中、ギルド長が続ける。

「今頃、他の11島にあるギルドにも、超一流ハンターが集まっているだろう。今回の仕事は、全12島の超一流ハンター全員が集まっての大仕事だ」

 全12島の超一流ハンター全員で行う大仕事。

(それって…)リュウを嫌な動悸が襲った。(あの時……みたいじゃねえか)

 あの時――16年前の、悪夢のようだったあの時。
 当時最強を語られたリュウの父親の命が奪われ、誰もがこの世の終わりを感じたあの時。

 テレビの画面、まだ幼かったリュウの瞳に映った真っ黒で大きな翼。
 文月島タナバタ山の上を、悠々と舞う巨大なドラゴン。

 滅びたはずだったのに、突然現れたあの真っ黒なドラゴン。
 その力はどのモンスターよりも遥かに上回り、全12島が破滅の危機に晒された。

 それを救ったのは、ブラックキャットの中でも最強だったキラの父親。
 娘のキラを守るため、己の身を捨てて『破滅の呪文』を唱えた。

 テレビ中継に一瞬だけ映された、あの見たこともない程の巨大な爆発がリュウの脳裏に蘇る。
 そしてキラの父親と共に、この世から消滅した、あのドラゴン。

 まるで、あの時のようだ。
 あの時みたいに、あの……!

 あの――

「バハムートが、再び文月島タナバタ山の上空で目撃されたんだ」

 再び、リュウにあの時の悪夢が襲い掛かった。
 
 
 
 
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