第46話 クリスマス・イヴ


 今年が終わるまで、あと一週間。

 今日はクリスマス・イヴ。
 正午5分前、リュウはめずらしくリンク・ミーナ宅にいた。

「おおおっ」と、ミーナが頬を染める。「かっこいいぞー、リュウー」

「おう、そうか」

「ていうか」と、リンクが恥ずかしそうに顔を歪める。「キザやなー」

「うるせーよ。俺も相当迷ったが、キラが……な」

 と、リュウ。
 リュウはスーツに身を包み、赤い薔薇の花束を持っていた。

 キラにどんなクリスマスデートが良いか訊いたのは、一週間前のこと。
 ちょうど恋愛映画を見終わった後というタイミングが悪かったのか、キラがリュウにこう答えた。

「私も一度、普通のデートをしてみたいぞ。スーツ着て赤い薔薇の花束持って、時間になったら迎えに来てほしいぞ」

「…ま、待て、どこが普通だ」と、思わず言ったリュウ。「お、俺は王子じゃねーぞっ…!」

「分かってるぞ」

「はっ、花束やったって食うだろっ…!?」

「食わぬ。花瓶用意して待ってるぞ」

「で、でもな…」

「スーツに薔薇の花束なんて、私の父上の墓参りですでにやってみせたではないか」

「あ、あれは別だっ」

「一緒ではないか」

「つーか、スーツは構わねーけど花束は勘弁してくれ…!」

「むぅ」と、キラがむくれた顔をしてリュウを見た。「クリスマス・イヴのデートは特別なものだと聞いた。それくらいしてくれても良いではないか。年末のリュウへの誕生日プレゼントを、クリスマス・イヴにもやろうかと思ったけど、もうやらぬからなっ……」

「ふて腐れんなよ…――って、クリスマスプレゼントくれ!」

「スーツ着て花束持ってきてくれるか?」

「分かった、分かったから頼む!」

 というわけで。
 今に至るわけである。

「ちなみに」と、リンクが訊いた。「そのキラがリュウに送る誕生日プレゼントって何や?」

「何って、キラに決まってるじゃねーか。身体にリボン巻いて俺にくれるんだぜ」

「うーわー」リンクが赤面した。「おまえ、何させんねん。大体、毎日もらってるやん、ソレ。ていうか、今日もキラはそれをやるわけか?」

「おう。今夜ホテルのスウィートルームで渡されるんだぜ」

「うーわー」リンクがさらに赤面した。「羨ましいやっちゃなあ」

「あと数年したら、おまえもミーナにやってもらえ」

「な!? ばっ、なっ、何言って……!!」

「なんだ?」と、ミーナが首を傾げる。「リボンが、なんだって? よく分からなかったぞ」

「今のおまえにはまだ早いからいーの」と、リュウがミーナの頭にぽんと手を乗せた。「んじゃ、ミーナ。俺ん家まで送ってくれ。いつものテラスじゃなくて、玄関前にな」

「分かったぞ! では――」

「あっ! 待った、ミーナ!」リンクが瞬間移動しようとしたミーナを、慌てて引き止めた。「なあ、リュウ」

「何だ」

「今年の誕生日プレゼント、何がええ?」

「金」

「それ以外で」

「じゃあいらね」

「ほな、適当に買ってくるわ。…って、毎年同じ会話すんなや」

「毎年同じ質問すんなよ。っていうか、今年こそ俺を喜ばせてみろ」

「だーかーらー、何がええねん」

「適当に考えてとけ」

「うーん。…あっ!」とリンクが指を鳴らした。「おまえん家で半端ない消費量やろう、避妊具でも大量プレゼントしたろか」

「……いや」と、リュウが笑った。「もう、いらね」

「え…」

「じゃ、行って来る」

 と、ミーナの瞬間移動でリュウが去って行った。

「もういらないって……」

 と、リンクは数秒考える。
 そのあと笑った。

「ベビー用品売ってるとこ、探さないとな」
 
 
 
 衣裳部屋の中、キラは鏡の前で全身を最終チェックしていた。
 普段はほとんどしないメイクも、今日は少しだけしている。

「猫耳よーし、パウダーよーし、マスカラよーし、リップグロスよーし、前髪よーし!」と、くるりと回って合わせ鏡で自分の背を写し、「後ろ髪よーし、尾っぽもよーし!」

 またくるりと回って鏡と向き合い、

「リュウが好きなミニ丈ワンピよーし! つ、ついでに……、リ、リュウ大喜びのお色気下着よーしっ! そして…」

 と、キラは白いコートを羽織った。

「コートよーし!」そう言ったあと、キラは微笑む。「…覚えてるかな、リュウ。この白いコート」

 それは、アルコールを除けばキラが一番最初にリュウから買ってもらったもの――まだリュウのペットになる前に、買ってもらったもの。
 今年の冬がやってきて、キラはこれを久しぶりに着た。
 これを買ってもらったときの喜びを思い出す。

 そこへ、

 ピンポーン

 と鳴ったインターホンの音にキラははっとすると、衣装室から玄関へと飛び出て行った。

(来た! 私の主が!)

 キラがどきどきとしながら玄関のドアを開けると、最初に目に飛び込んできたのは真っ赤な薔薇の花束だった。

「わあ…! ありがとう、リュウ!」

 キラが瞳を輝かせる。

 キラの希望通り本当にスーツ姿で、薔薇の花束を持ってきてくれたリュウ。
 キラに花束を差し出して言う。

「いよう、迎えに来たぜ俺の可愛い黒猫――って」リュウの顔が驚愕する。「まじですーげーー可愛いじゃねーかこんちくしょうっ……!!」

「参ったか」そう言ってキラは嬉しそうに笑うと、薔薇の花束を持ってリビングへと駆けて行った。「ちょっと待っててくれ、リュウ! 用意しておいた花瓶に活けるのだっ!」

「おう」

 キラが戻ってくると、リュウが微笑んでいた。

「何だ、リュウ?」

「いや、懐かしいコートだなって」

「お、覚えてるのか、このコートっ…?」

「当たり前だろ。おまえが雑誌『NYANKO』のそのコート載ってるページ開いて置いて行ってよ。おまえに似合いそうだって思ってすぐに取り寄せて、酒を除けば俺がおまえに初めて買ってやった物だ」

「私、あのとき物凄く嬉しかったのだ!」と、キラが笑う。「嬉しくて嬉しくて、山ネズミをたくさん獲ったぞ!」

「ああ。リビングの窓辺見たときはその死骸の山にびびったぜ」

 キラがおかしそうに笑い、ブーツを履いた。

「じゃ」と、リュウがキラに手を差し出す。「行くか」

「うむ!」

 リュウの大きな手の上に、キラの華奢な手が重なった。
 
 
 
 いつもの葉月島葉月町は、カップルや家族で賑わっていた。
 指を絡めて手を繋いで、キラはハイヒールを履いても20センチも上にあるリュウの顔を見たり、俯いたり。

「なんだよ、キラ」

「そのっ…、私はまだリュウに恋しているのだなっ」そう言って、キラが顔をリュウに向けて笑った。「今日のリュウはかっこよすぎて、ちょっとドキドキするぞっ……」

「真昼間から発情か、仕方ねー奴め」

「ち、ちが――」

「よし、ホテル行くか」

「ええ!? ちょ、いきなりかっ!?」

「喜べ、スウィートだぜ」

「ま、待て! ホテルに入ってしまったら、明日まで出る気ないだろうっ!」

「当然だ」

「待て待て待て、私の主よっ! デートは!? というか、今から明日まででは私が死ぬぞっ!」

「冗談だ、俺の黒猫」と、リュウが笑う。「今日はデートプランが立ててあるからな」

「お、おまえが言うと冗談に聞こえぬのだっ…!」

「じゃー行くか、ホテル」

「行かぬっ……」

 キラは主の顔を見ながら思う。

 リュウは最近、とてもよく笑うようになったと。
 えらく機嫌が良い。
 今月の頭に王子と何かを約束して以来、ずっとだ。
 何を約束したのか、キラはまだ教えてもらっていないが。

「さて、俺の可愛い黒猫」

「何だ、私の愛する主」

「まずは昼飯食いに行こうぜ」

 リュウがランチにキラを連れて行ったのは、高級レストラン。
 予約していたキラの好きなものばかりのコースを堪能したあとは、買い物の開始だ。

 夜が来るまで。

 クリスマスプレゼントはダイヤモンドのネックレスが良いと言っていたキラだったが、それだけで済まないことをリュウは分かりきっている。
 キラは買い物に出かけると、ちょっとでもほしいと思ったものは買うし、それに加えて買い物時間が長いことは飼育2日目には分かったことだ。

 よく甘やかしすぎだと言われるが(特にリンクに)、リュウは止めようとはしない。

(結局行き着くところ、キラのための様で、俺のためだからな)

 キラが欲するものを買ったりしてやったりすると、キラが本当に嬉しそうに笑う。
 リュウはそれが見たい。
 ただ、それだけのことだった。

 今までキラにしてきたことを考えると、全てはこのリュウ自身のため。
 そう言っても過言ではないような気がした。

「なあ、俺の可愛い黒猫」

「何だ、私の愛する主」

「俺のこと本気で嫌いだと思ったことある?」

「私たち猫モンスターは、主に選んだ者を愛し抜く。それはなかなか至難だな」

「じゃー、あれか。おまえが長時間俺に抱かれてもう嫌だっていうときも、本当は嫌じゃねーのか」

「嫌だと思っても従ってしまう傾向にあるな」

「嫌よ嫌よも好きのうちってか」

「どこのオヤジだ、リュウ……」

「うるせーよ」リュウはキラにデコピンしたあと、キラを抱き上げた。「今の聞いたらホテル行きたくなっちまったじゃねーか、こんにゃろう」

 本屋にいたキラが、慌てて言う。

「ま、待て、リュウ」

「もう7時だぜ? そろそろホテルのディナー食おうぜ。んで、そのあとは部屋で――」

「まだミーナとレオンに、クリスマスプレゼントを買っていない」

「あいつらに本買うのか。レオンはともかく、ミーナは3行で寝るんじゃねーの」

「絵本なら大丈夫だ。買ってくる」

 キラがリュウの腕から降り、レジへと向かって行った。
 戻ってきてリュウの左腕に抱っこされて、本屋から出る。

 葉月町を彩るクリスマスのイルミネーションを見ながら、キラは言った。

「なあ、私の愛する主」

「何だ、俺の可愛い黒猫」

「ミーナにプレゼントする絵本をぱらぱらと見て思ったのだが」

「おう?」

「人間は本当にどうしようもなく追い詰められたとき、神に頼むのだな」

「神…ねえ」と、リュウが失笑した。「そんなもんいねーよ」

「リュウは神に頼んだことがないのか?」

「ねーよ」

「愚問だったな」と、キラが笑った。「リュウは強いからな」

 バカ猫め。

 リュウは思う。

 おまえは主のことを分かっているようで、分かってないな。
 葉月島を代表する超一流ハンターの俺は、確かに強く見えるだろう。

 でも、そんなの……。
 おまえが傍にいるからだ、キラ――。
 
 
 
 リュウが予約したホテルでディナーを堪能したあとは、極上スウィートルームへと向かう。
 とりあえず室内を探索して遊んだあと、キラは窓辺へと向かって行った。

 窓の外は、葉月町のネオン輝く夜景。
 それを見て、キラが言う。

「美味そうだな(コンペイ糖みたいで)」

「おまえの方が美味そうだぜ(早く食いてー)」

 リンクやレオンがいたら、突っ込まれてそうな会話である。

 キラがリュウの顔を見上げた。

「なあ、私の愛する主」

「何だ、俺の可愛い黒猫」

「あ…」キラの頬が恥ずかしそうに少し染まる。「アレ、やるのか本当にっ……」

「当然だ」リュウがにやりと笑う。「持ってきてんだろ?」

「も、持ってきたけど……」

「ちゃんとやれよ」リュウが言い、バスルームへと向かっていく。「俺先にシャワー浴びてくるわ。で、そのあとおまえが浴びて、アレやって出てくるように」

 アレ=キラからリュウへのクリスマスプレゼント=身体にリボン巻いてこい。

 さすがにちょっと恥ずかしすぎて、気が引けるキラである。
 かと言って、リュウは今日ちゃんとキラの希望通りスーツに身を包み薔薇の花束を持ってきてくれたので、やらなければならい。
 それに何より、主命令だし……。

 シャワーを交代する際、背に隠すようにしてリボンを持っているキラに、リュウが訊いた。

「リボン何色?」

「ク…クリスマスカラー?」

「赤か」

「ベ、ベッドに背を向けて入ってるのだぞっ! わ、私がベッドに入るまで、振り向いたら駄目だぞっ! あ、あと電気は枕元のだけっ! ぜ、絶対だぞっ!」

 そう言い、バスルームに入っていったキラ。
 シャワーを浴びて、下着を身につけて、鏡の前でどきどきとしながら身体に赤いリボンを巻いて、超赤面。

(か、勘弁してくれ私の主……)

 キラは恐る恐るバスルームのドアを開けると、部屋が暗くなっていることを確認して中から出た。
 ベッドのある部屋へと歩いていく。

 抜き足、
 差し足、
 忍び足…。

 壁からそっと顔を覗かせ、ベッドに目をやる。

(あれ?)

 リュウがいない。
 キラがぱちぱちと瞬きをした次の瞬間、カチッというスイッチ音と共に部屋が明るくなった。

「――ふにゃあっ!」突然背後から抱きすくめられ、キラは驚倒して声をあげた。「りゅ、リュウ!?」

「ああ、こんなところに俺へのプレゼントが……」

「ちょ、ちょっ……!」キラの首までもが赤く染まっていく。「電気は枕元だけって言ったではないかっ!」

「俺がいつ承知した」

「け、消してっ、消してえぇ!」

「うまーくリボン巻いたじゃねーか」

「み、見るなっ! い、嫌だっ!」

「嫌よ嫌よも好きのうちぃー」

「どこのオヤジだーーーっ!!」

 キラの身体が、ベッドの上にぽーんと放り投げられる。
 リボンを巻いた身体をキラが必死に両手で隠そうとしても、すぐにリュウの片手に掴まれて外されてしまう。

「ああ…、イイ」

「は、早くリボンを取るのだっ…、恥ずかしいっ……!」

「勿体ねーから取らずにやる」

「はっ…恥ずかしいわーーーっ!!」

「俺のものなんだから、俺の好きにさせろよ。あんまり暴れると腕縛っちまうぞ」

「う……」

「よしよし、おとなしくなったな」と、リュウがキラの黒猫の耳に、頬にキスする。「んじゃ、子作り始めるか」

「――えっ…?」

 キラが耳を疑ってリュウの顔を見ると、リュウが微笑んでいた。

「出来たら産めよな、俺のガキ」

「――…っ……」キラの瞳から涙が零れると同時に、笑みが零れる。「まるで、結婚したみたいだなっ……」

 キラの涙を指で拭い、リュウが唇を重ねる。

 大丈夫だ、キラ。

 心の中で微笑み、リュウはキラに語りかける。

 俺たち、本当に結婚できるんだぜ?
 一週間後の俺たちの誕生日に、エンゲージリング渡すから。
 おまえはウェディングドレス着て、いつもの仲間たちに祝福されながら挙式しよう。

 骨になっても一緒にいようぜ、キラ――。
 
 
 
 
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