第42話 答え


 皆さん、しつこく一人称でこんにちは。

 助けてくだああああああああい!!

 なーーんて命乞いしたところで悪あがきに過ぎないことは分かりきっている、強ーーい悪役のハズのオオクボです。

 おれ今、崖の上にいます。
 しかしポ○ョではありません。

 リュウさんがおれの前に立ちはだかり、尋問を始めようとしています。
 きっとそれが終わったら、おれは深い谷の底へと蹴り落とされるのでしょう。

 人間、死を覚悟すると冷静になるものですね。
 おれは今、とても落ち着いています。

 前回おれとキスしたところをリュウに見られたキラさんが、リュウの一歩斜め後ろでガクブルと震えています。

 あぁ、可哀相に。
 主が恐ろしいんですね。
 おれを谷に突き落としたあとは、怒られちゃいますもんね。
 でも怒られるだけですよね。
 殺されるおれと比べたら、天国のような罰ですよね。

 あぁ、良かった。
 キラさん、どうかお幸せに。
 どうやらおれ、あなたに惚れてるみたいです。
 でも恐ろしい天然バカなところは除きます。

 あぁ、キラさん。
 悪役のおれなんかに優しさをありがとうございました。

 さて。
 おれは何を尋問されるのやら。
 もう死ぬことだし、正直に答えたいと思います。

「オオクボ」

「はい、リュウさん」

「てーめえ、俺の黒猫相手に欲情したな……!?」

 うわああああ!
 やっぱそのこと切れてるううううう!!
 正直に答えると述べておきながら、YESと答えるのが恐ろしいっすううううう!!

 すみません、すみませんリュウさんーーーっ!!

「ちっ、違うのだリュウ! あ、あれは私がオオクボをリュウと間違って……!」

 おお…!
 キラさん、そんなに怯えながらもおれのことを庇ってくれるんすか……!

「おまえは下がってろ、キラ」

 そう言いながら、リュウさんの鋭い瞳が、跪いているおれを見下ろすっす
。  早く答えろと言わんばかりに。

「う……、えと……、し…てないっす」

 正直に答えると述べておきながら、嘘こいたおれがいます。

 ぶっちゃけ、欲情しました。
 キラさんに。
 一瞬でも欲情したことは現実であります。

「オオクボ」

「は、はい、リュウさん」

「滝のような汗だな」

「あ、暑くって…!」

「そろそろ冬を迎えようっていう、このときにか」

「お、おれ、とんでもなく暑がりでしてっ……!」

 やっぱりそんな言い訳は通じなかったっす。

 バキィ!

 そんなリュウさんの拳を頬に食らい、おれはぎりぎりのところで崖から落ちずに耐えました。
 谷に向かってグニャリと曲がった上半身を、フンヌーーッと腹筋運動の動作で戻します。

 こんな自分に思います。
 かっこつけて「死を目の前に落ち着いている」なんてこと言いましたが…。

 リアルに死を目前に感じてきた、おれ。

 すーげー死にたくねえええええええええ!!

 ――的な、感じがイパーーーイであります。

 どうしよう!
 どうしましょう!

   恐らく1%以下ほどの可能性であろう、『鬼の目にも涙』作戦に出ましょうか!?
 皆さんはどう思います!?
 この鬼主人公・リュウさんが、ヒロイン・キラさんをさらった挙句、キスしくさった悪役のおれを生かしておくと思いますか!?

 おれは到底、思えません!
 『鬼も頼めば人食わず』なんて言葉がありますが…。
 こちらから「殺してくれ」と一言でも口にしたのならば、次の瞬間それは叶えられてしまいます。
 つまり、「殺してくれ」と頼もうならば、容赦なく「殺される」運命のおれであります。
 かと言って、「殺さないで」と言っても「殺される」運命のおれであります。

 あーもー、どうすれば良いんですかあああああ!!

「おい、オオクボ」

 リュウさんが話を続けます

。 「はい、リュウさん」

「次、本題。答えによっちゃ、また神無月島に帰してやる」

 え!?
 まじっすか!?
 それって、おれを生かしてくれるってことっすよね!?

 おおおおお!!
 まさかの『鬼の目にも涙』が起きようとしてるんすかーーー!?

「その代わり」

「その代わり!?」

 なんすか、リュウさん!?
 生かしてくれるのならば、おれなんでもするっす!!

「オオクボ」

「はい、リュウさん!!」

「正直に答えろ。いいな?」

「はい、リュウさん!!」

 今度は絶対に正直に答えるっす!!
 絶対に嘘なんか吐かないっす!!

「オオクボ、おまえは、おまえの持っていた杖でキラの力を吸い取ろうとしていたそうだな」

「……はい」

 おれは頷きました。
 正直に。

「キラの力……魔法……。『破滅の呪文』が、おまえはほしかったんだな」

「……はい」

「何のためにだ」

 キラさんも気になっているかもしれないことを、リュウさんが訊きました。
 キラさんも、おれの答えを待っているかのような顔をしています。

 おれ、答えます。

「えと……、『世界征服』のた――」

「似合わねー」

 言い切る前にリュウさんに突っ込まれました、ハイ。

「ま、んなことはどうでも良いんだが」

 しかもどうでも良いんですかい!

「んで、オオクボ」

「は、はい?」

「力を吸い取られたモンスターは、そのあとどうなる」

 そんなリュウさんの質問に、おれはキラさんから顔を背けました。
 とてもじゃないけど、キラさんの目を見て言えることではありません。
 正直に答える覚悟ができていても、とても口にすることが難しいです。

 でも、正直に答えなければ――。

「二度と目を開けることなく生きた人形と化す、または……」

 それ以上言葉を続けることを困難とするおれに代わって、リュウさんが言います。

「死ぬ……、か」

 おれは頷きました。
 キラさんの顔が、見れない。

「……そうか。よく正直に話してくれたな、オオクボ」

 リュウさんの落ち着いた声が聞こえました。

 もしかして、言葉通り生かしてくれるんですか……?
 そうですよね、リュウさん……!?

 おれはリュウさんの顔を見上げました。

「リュウさ――」

「んじゃ」

 と、遮られたおれの声。
 そして、恐ろしいくらいのリュウさんの無表情がおれの目に入りました。

「逝って来い」

 やっぱりいいいいいいいい!?

 おれとリュウさんの間に、リュウさんの剣が一振り切り込みました。

「うわあぁぁぁぁあぁぁあ!!」

 もう駄目だ!

 おれは覚悟を決めて、ぎゅっと瞳を閉じました。

 ――が、次の瞬間。
 おれの右腕が握られました。

 キラさんに……!

「オオクボっ……!」

「キラさんっ……!」

 おれは驚倒すると同時に、感動に瞳が潤みました。

 あぁ、キラさん!
 なんて…!
 なんって、優しいヒロインなんだあなたは!

「大丈夫か、オオクボ…!? 今、上にあげるからなっ……!」

「あぁ、キラさん……!」

 ありがとうございます!
 大好きです、キラさんーーーーっ!!

「こら、キラ」

 と、リュウさん。
 おれを引き上げようとしたキラさんの腕に、そっと手を当てました。

 ちょっと、この人、何考えてんすか?
 気持ち悪??いくらいの優しい笑顔と、優しい声をしてますよ…!?

「なんだっ、リュウ…! 私はオオクボを助けるっ……!」

「バカだな、キラ。俺がオオクボを殺すと思ってるのか?」

 いや、思ってますよねアナタ!?
 そうですよね、リュウさん!?
 おれのこと殺す気満々ですよね!?
 ねぇ!?
 そうですよねぇ!?

「殺すんじゃ……ないのか、リュウ?」

「ああ。おまえたちを追ってくる間に、噂を耳にしてな」

「噂?」

「ああ。どうやら神無月島では、崖の上からダイブすることが流行ってるらしいんだ」

 ハァ!?
 ちょ、ちょっと待ってくださいよリュウさん!!
 アナタなんってこと言ってんですか、ネェ!?

 そんなこと言ったら…!
 そんなこと言ったら――

「おおっ! そうだったのか、リュウ! ごめん、オオクボ! 邪魔してしまったなっ! それじゃ、楽しんで来いっ♪」

 パッ!(手を放した効果音)

 このバカ黒猫ーーーーーーーーーーっっっ!!

 皆さんさようなら、オオクボでしたああああああああああああああああ!!!
 
 
 
 
 深い谷を覗いて、キラが笑う。

「見事なダイブだったな、オオクボ♪」

「そうだな」

 リュウの黒々とした瞳も、その谷に目を落とす。

(答えによっちゃ、って言っただろ、オオクボ。おまえの答えによっちゃ、俺はおまえを殺さなかったんだぜ)

 携帯電話が鳴り、リュウはその相手を確認したあとに出た。

「おう、リンク。そっちは片付いたか」

 電話の相手――リンクの声が返ってくる。

「おう、片付いたで、リュウ! 師匠が変な機械も研究所も、ぜーーんぶ破壊してもうたで! これでもう、悪いことはできないやろ」

「そうか。研究所にいた奴らはどうした。今回のことはオオクボが首謀者だったとは思うが、他にもいるんじゃないのか」

「おう、いたいた。吐かせたところ、ササキっていうのが一緒に企んでたらしいで」

「オオクボと同じところへ送ってやれ」

「え……」電話の向こうで、リンクが蒼白したのが分かった。「オオクボは、どうやって永遠の旅へ……?」

「崖からダイブだ」

「……。警察に突き出しとくわ。リュウの命令っていえば、終身刑くらいにはされるやろ」

「甘い気がするが、まあいいか。主謀じゃねーだろうしな。んで、リンク」

「おう?」

「オオクボの杖、壊さずに持ち帰って来いよ。使えるかもしれねーし」

「ん、分かった。ほいで、キラは無事なんやろ?」

「…まあ、一応」リュウは言いながら、キラに目を落とした。「仕置きが必要だがな」

 そんな言葉を聞いて、キラがびくっと肩を振るわせた。

「お手柔らかにな、リュウ……」

 リンクの言葉を承諾せずに、リュウは電話を切った。
 リュウの鋭い黒々とした瞳にじっと見下ろされ、キラが耐えられずに泣き出す。

  「ふにゃああああん! ごめんなさいいいいいっ! リュウとオオクボを間違ったのだっ…! 間違ってキスしてしまったのだっ! 本当なのだっ!」

「んなことくらいは分かってる。俺が怒ってんのはそうじゃねえ」

「逃げてごめんなさいいいいい!」

「そのことじゃねえ。…いや、そのこともすげー腹立ったけど。何おまえ、オオクボと一緒になってバケモノ見たみてーな反応して逃走してんだよ」

「ごめんなさいいいいいいい!」

「俺が言ってんのはだな、キラ」

「う、うん…?」

 キラは涙を拭って視界を良くし、リュウの顔を見上げた。

「何で俺の命令が聞けなかったのかってことだ。俺、言ったよな。オオクボには気をつけろってよ」

「だって――」

「言い訳すんな!」リュウの怒声がキラの声を遮った。「分かってんのかよ、おまえ! オオクボに殺されてたかもしれねーんだぞ!? まんまと騙されやがって……! だからバカだって言われんだよ、バカってな! 大バカだ、おまえは! 呆れるバカ猫だっ……!!」

 キラに背を向け、歩き出すリュウ。
 キラが追ってくる足音が聞こえた。

「リュウっ…!」

「……」

「置いて行かないでっ、リュウっ…!」

「……」

「リュウっ…! リュウってば……!!」

 キラが再び泣き出したのが分かった。
 でも、リュウは止まらない。
 キラの手を振り払い、山道を下りていく。

「だったらっ…」キラは立ち止まった。「だったら置いて行け! さっさと私を置いて、葉月島へ帰ってしまえ!!」

 う……。
 そう来たか、この猫め。

 リュウは思わず立ち止まった。
 顔を強張らせて振り返る。

「私に呆れたのなら、さっさとこの場に捨てて帰れ! おまえが私をいらないと言うなら、私はおとなしくおまえに捨てられる! おまえにとって邪魔なのなら、私は二度とおまえの視界に入らない! 死ねというなら死んでやる! 帰れっ…! さっさと帰れ!! 私の首輪を外して帰れ!!」

 キラが手を首輪にかけ、リュウは慌ててキラに駆け寄った。
 首輪を外そうとする手を、必死に握って押さえる。

「俺の命令なしに、勝手なことすんなっ……!」

 この、バカ猫め。

 リュウの腕がキラを抱き締める。

 キラ、おまえが俺がいないと駄目なんじゃない。
 俺が、おまえがいないと駄目なんだよ。
 それくらい分かれ……!

 このバカ猫が!
 大バカ猫が!
 バーカ!
 バーカバーカバーカ!!

 ガキか、俺は!

 ああもう、腹立つ!!

「おい、俺の黒猫! おまえの主は今すーげー怒ってる! 仕置きされる覚悟できてんだろうな……!?」

「――!?」

 おーしーおーきーー!?

 キラは蒼白してリュウの顔を見上げる。
 夜明け前の暗闇の中、リュウの鋭い瞳が光ったように見えた。

「今日これから、ぜってー縛ってやる」

「!? ご、ご主人様許してええぇ…!?」

「安心しろ、手しか縛らねーぜ。あ、手錠がいい? 最近は女も喜ぶように、ソフトに作られてんのも結構あるらしいぜ。ふわふわの毛ついたやつとか」

「ふ、ふわふわか。そ、それならまあ可愛いし良いかも……」

「黒猫だから黒いふわふわか、やっぱ」リュウがキラを左腕に抱き上げ、再び山を下り始める。「優しくしねーから、ぞくぞくするようなイイ声頼むわ。そうして主の怒りを静めろよ、俺の黒猫」

「怒ってるっていうより嬉しそうだぞ、私の主」

「気のせいだ、俺の黒猫。俺は今物凄く怒っている。怒りに顔が歪んじまうぜ」

「笑んでるぞ、私の主」

「気のせいだ、俺の黒猫。見ろよ、この不機嫌そうなドスドスとした足取り」

「ルンルンしてるぞ、私の主」

「気のせいだ、俺の黒猫。ああ、そういやおまえが借りてきた車で帰らねーとな。今ホテル帰っても窓ガラスねーし、とりあえず車の中で世が明けるまで俺の機嫌取れよ」

「えっ、く、車の中でっ…?」

「なーに、大丈夫だぜ。こんな山じゃ、いくら車揺らしても誰にも見られないぜ」

 足取り軽く山を下り、キラが乗ってきた車へと向かっていくリュウ。
 キラを車の中に放り込んだあと、一度通ってきた道に振り返る。

(じゃあな、オオクボ。正直に答えろって言ったのは俺だけど、おまえは答えを間違ったんだよ。おまえがもしキラの力を吸い取ったとして、キラが植物人間(猫)となることも死ぬこともなく、ただ『破滅の呪文』を使えなくなるなら……。俺は、おまえを生かしていた。そして、おまえにキラの力を吸わせていただろう)

 リュウは車の中に乗り込んだ。
 キラがリュウの首にしがみ付く。

「こら…、おまえは可愛がってもらうつもりか。仕置きだって言ってんだろ」

 そう言いながらも、キラに触れるリュウの手は優しい。

(何故ならな、オオクボ。キラは俺のためなら惜しみなく『破滅の呪文』を使っちまうからだよ。俺のためなら、己の命なんてあっさり捨てちまうんだ……)
 
 
 
 
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