第41話 捕獲


 ――深夜の水無月島。
 ホテルの10階にある一室。

 キラの唇に、オオクボの唇が重なっている。

(…リュウ……?)まだ完全に夢の中に入っていなかったキラが、オオクボの首に腕を回す。(…あれ、何か違う…? ていうか、今ここにリュウがいるわけが――)

 瞼を開けたキラ。

「――!?」驚倒して、オオクボを突き飛ばした。「わっ、わああああああああ!! ごっ、ごめんオオクボーーーーーーーーっっっ!!」

「おれの方こそすみません、キラさああああああああああああん!!」

 って、何謝ってるんだ悪役のおれ!

 そう自分に突っ込みつつも、オオクボはキラと一緒になって赤面し、パニック状態に。

「ごっ、ごめん! ごめんオオクボ!!」

「すっ、すみません! すみませんキラさん!!」

「なっ、何しているんだ私はああああああああああ!!」

「なっ、何してるんだおれええええええええええ!!」

「リュウと間違ってしまったああああああああああ!!」

「先にしたのおれの方っすからあああああああああ!!」

「リュウ以外の男とキスしてしまったああああああああ!!」

「唇柔らかかったですうううううううううう!!」

「良かったなあああああああああああ!?」

「ありがとうございますうううううううう!!」

「こっ、こんなことがリュウにバレたらあああああああ!!」

「こっ、こんなことがリュウさんにバレたらあああああああ!!」

 キスしたことが、リュウにバレたら……!?

 キラとオオクボは顔を合わせた。
 お互いの顔が、見る見るうちに蒼白していく。

「わ、私っ…」

「お、おれっ…」

「おーこーらーれーるうううううううううう!!」

「こーろーさーれーるうううううううううう!!」

「やっ、やばいぞオオクボ!!」

 キラがオオクボの両肩を握る。

「やっ、やばいっすよキラさん!!」

 オオクボがキラの両肩を握る。

「…ん?」ふと、傍らにあったものに目を落としたキラとオオクボ。「うわあっ!!」

 なんて、思わず驚いてベッドから転げ落ちてしまう。
 オオクボが魔法で作り出した、リュウのコピーがあることを忘れていて。

「お、おい、オオクボ。リュウにそっくりすぎて恐ろしいぞ」

「す、すみませんキラさん。そっくりにしすぎたっす」

「人形から殺気なんて感じるわけがないよな、オオクボ」

「人形から殺気なんて感じるわけないっすよ、キラさん」

「じゃあ私は何故、殺気を感じているんだオオクボ」

「じゃあおれは何故、殺気を感じてるんでしょうキラさん」

「何だかヤケに背中に寒気が走るぞ」

「何だかヤケに背中に寒気が走るっす」

 背中。

 キラとオオクボは、恐る恐る振り返った。

「――ぎっ、ぎゃああああああああああああああああああ!!!」

 揃って絶叫する。

 窓の外、リュウが胴にロープを括りつけてぶら下がっていて。
 瞬きすることなく、無表情に目を見開いてこちらを凝視している。
 殺気ムンムン。
 お色気ムンムン。(意味不)

 ガタガタガタ……!

 触れてもいないのに、分厚い窓が音を立てて揺れる。

 ガタガタガタガタガタ!

「――や、やばい」

 割れる!

 キラとオオクボが慌てて立ち上がったその瞬間、

 ガシャァァァァァァン!!

 窓ガラス、粉砕。

「ぎゃああああああああああああああああああ!!」

 キラとオオクボは再び絶叫し、その場から逃げ出した。
 オオクボの魔法で足を速くし、部屋から飛び出す。
 キラはバスローブのままだし、オオクボは腰にタオル1枚と手に携帯電話だけだったが、そんなの気にしている場合ではない。

 来る!
 来る来る来る!
 リュウが来るくうううううううう!!

 キラが泣き叫ぶ。

「ふにゃああああああああん!! 怒られるうううううううう!!」

 オオクボが泣き叫ぶ。

「うわああああああああん!! 殺されるうううううううう!!」

 キラとオオクボは非常用階段を駆け下りた。

 感じる!
 背後から感じる!

 リュウの殺気が!

 逃げろ!
 逃げるんだああああああ!!

 追ってくる!
 追ってくるうううううう!!

 リュウが階段を駆け下りて追いかけて来るううううう!!

 10階から5階まで駆け下りたとき、キラとオオクボは一度立ち止まった。
 振り返って見る。
 その途端、

「――!?」

 キラとオオクボは仰天した。
 リュウは6階と5階の間の踊り場から、5階まで一歩でポーーーンと飛んで来て。
 リュウが階段を駆け下りて追い掛けて来るうううううって、一段も駆け下りてなかった。

「ぎゃああああああああああああ!!」

 リュウを目の前に、キラとオオクボは死に物狂いで再び走り出した。

 怖いいいいいいいいい!
 助けてええええええええええ!

 キラは泣き叫ぶ。

「ふにゃああああああああん!! ごめんなさあああああああああい!!」

 オオクボは泣き叫ぶ。

「うわあああああああああん!! すみませええええええええええん!!」

 キラとオオクボは5階から1階まで駆け下りると、ホテルから飛び出した。
 ホテルの駐車場へと走って行き、ちょうどスポーツカーを降りた青年に駆け寄る。

「車貸してえええええええええええええ!!」

 キラとオオクボにぎょっとした青年の手から、キラは車の鍵を奪い取った。
 キラが運転席に乗り込み、オオクボは助手席に乗り込む。
 キラが急いで車を発進させる。

「おおっ! キラさん、モンスターなのに車運転できるんすか!」

「任せろ、いつもリュウの運転を見ているから覚えたぞ!」

 キラが荒々しい運転で駐車場から公道へと出る。
 その途端、キラが叫ぶ。

「ふぎゃああああああ!! 車が突っ込んでくるうううううううううう!!」

 続いてオオクボも叫ぶ。

「うわあああああああ!! キラさんっ、車線が違いますうううううううううううう!!」

 キラ、公道逆走。
 必死なハンドル操作で対向してくる車を避ける。

「あわわわわわわわわわ!!」

 二車線からやって来る車を交互に交わし、

「ヒィーーーーーーーッ!!」

 大型トラックの脇を接触数センチの距離で突き抜ける。

 深夜で車が少ないのが不幸中の幸い。
 これが真昼間だったら衝突は免れなかった。

「キラさんっ! Uターンで車線変えて!」

「駄目だ、オオクボ! そんなことをしている間に、リュウに捕まる!」

 と、バックミラーをちらちらと見ながらキラ。
 オオクボは振り返って確認した。

「勘弁してえええええええ!!」

 オオクボは蒼白した。
 スポーツカーとはいえ、対向してくる車を避けながらじゃスピードは相当落ちる。

 比べて、己の足で追いかけてきているリュウ。
 二車線を遮る白線の上を、直進して追いかけてきている。

「キラさん、やばいっす! リュウさんが追いついてくるっす!!」

「落ち着け、オオクボ! このまま進めば、あと少しで山だ! きっと車は少なくなるぞ!」

「なるほど! そこで一気に突き放すわけですね!」

 リュウが追いつこうかギリギリ、山道へと入ったキラ・オオクボの車。

 ここで一気に加速!
 時速300キロ!

   リュウが離れていく!
 このまま逃げ切れヒャッホーーーイ♪

「おお、やったぞ、オオクボ!」

「やりましたね、キラさん!」

「あれだな、オオクボ?」

「何です、キラさん?」

「足の速くなる魔法というのは、使う者の魔力によって変わりはしないのだな?」

「変わりますよ? 魔力が強ければ強いほど、速くなることができます。まあ、そのスピードなんて、己のもともとの足の速さにもよりますがね」

「……オオクボ」

「はい、キラさん?」

「来るぞ、リュウ」

「まっさかー! だって300キロですよ? リュウさんとはいえ無理っすよ」

 と、振り返ったオオクボ。
 その瞳に、だんだんとリュウの姿が映ってくる。

「――なっ…、何でええええええええええええええええ!?」

「当たり前だ、オオクボ!」キラが言う。「リュウはおまえよりも魔力があるし、もともとの足も人間離れしているのだからな!」

「ていうか、あの人って本当に人間なんすか!?」

「主を疑いたくはないが、疑ってきたぞ私も! ていうか、オオクボ! 前を見ろ!」

 そう言われ、オオクボは前に顔を戻した。
 道の果ては木々で遮られ、行き止まりとなっていた。

「こ、こうなったらキラさんっ、車下りて逃げるしかないっす!」

「ああ、そうだな、オオクボ! 山の中に逃げ込もう!」

 キラは急ブレーキをかけて止めると、車から飛び降りた。

「早く逃げるぞ、オオクボ!」

「はい!」

 オオクボも車から飛び降り、再びキラと自分に足の速くなる魔法をかけた。

 山の中を駆け出す。

 ヒロインは逃げる!
 悪役は逃げる!
 必死に逃げる!

 主人公から!!

 来る!
 来るぞ!
 追ってくるぞ!!

 逃げろ!
 逃げるんだ!!

 主人公から!!

 逃げる!
 死に物狂いで逃げる!

 どれくらい走ったか、キラが後方を確認しながら言った。

「おい、オオクボ。どうやら無事に撒いたみたいだぞっ」

「おお、やりましたねキラさんっ…!」

「あそこの岩陰で休もう」

「そうっすねっ…!」

 キラとオオクボは、大きな岩の陰にへとへとになりながら腰を下ろした。
 キラが言う。

「大丈夫か、オオクボ。おまえは人間だから疲れただろう」

「大丈夫です、キラさんっ。魔法使いだって、結構体力があるんですよっ?」

「そうか、それなら良かった」

 そう言って、キラが安堵の笑みを見せる。

 オオクボの胸が痛んだ。
 キラの笑顔を見つめていられずに俯く。

「どうした?」キラがオオクボの顔を覗き込んだ。「具合でも悪いのかっ…?」

「いえっ…」オオクボは首を横に振った。「…すみません、キラさん」

「?」

「……おれ、キラさんにたくさん嘘を吐いてるんです。キラさんのこと、騙しているんです」

「え?」

「『破滅の呪文』がほしい理由…。『大切な者を守るため』なんかじゃないんです。おれはキラさんみたいに、綺麗な心をしていないから」

「……」キラは困惑したように、オオクボから顔を逸らした。「じゃあ、他にほしがる理由って何があるのだ……?」

「それは――」オオクボの言葉を遮るように、オオクボの手に握られていた携帯電話が震えた。「あっ…、ちょっと失礼しますっ……」

 オオクボは小走りでキラから離れ、電話に出た。

「もしもし、ササキ!? ちょ、まじ助けて……!」

 電話の相手はササキと言って、オオクボと一緒に悪巧みを仕組んだ人物だった。
 神無月島の研究所にこもり、より良くキラの力を吸い取れるように色々と研究中である。

 オオクボと同様、ササキが焦った様子で言う。

「オレの方こそ助けて、オオクボ……! ま、まじ早く戻ってきてっ!」

「杖ないから瞬間移動できないんだよっ……! どうしたんだよ、ササキっ…!?」

「ハンターがっ…! ハンターが研究所に突っ込んで来てっ……!」

「ハンターっ?」

「黄色い頭のハンターと熊みたいな大男、それからホワイトキャットの小娘とミックスキャットの小僧だっ! おまえ心当たりないかっ?」

 オオクボは心当たりありまくりだった。
 リンクとグレル、ミーナ、レオンに決定だった。

(やられた…!)オオクボは思った。(超一流ハンター・リュウを舐めるんじゃなかった! いや、すげー舐めてないけど! あんな恐ろしい人、なかなかいないし!)

 リュウはきっと、葉月ギルド長を動かし、神無月ギルド長を動かし、神無月島ハンターを動かして調べさせたのだ。
 研究所の場所も、研究所で何が行われようとしているかも、何もかも全て。

「オ…、オオクボっ……!」

 キラの声が背後から聞こえ、オオクボははっとして振り返った。

「――!?」

 顔面蒼白する。
 携帯電話が手から落ちる。
 冷や汗が溢れ出てくる。

 そこには、リュウが立っていた。

「あっ……リ…リュウさっ……!!」

 オオクボの声が思うように出てこない。

 リュウの左腕に抱かれて――いや、左肩に担がれているキラ。
 がたがたと小刻みに震えている。

 リュウの大きな手が、がしっとオオクボの頭に乗る。

「みぃーーつけたぁーーーー……!!」

「みぃーーつかったぁーーーー……!!」

 リュウとオオクボのカクレンボ、終了。

 ああ…、皆さん、やっぱり今回も一人称でこんにちは。
 強??い悪役のハズのオオクボです。
 ご覧の通り、ただいま絶体絶命のおれであります。

 ついに、|鬼(リュウ)に捕まってしまいました。

 がしっと捕獲されました。  心の底でこの|主人公(リュウ)から逃げられないと、分かってはいたのですが……。

 実際に捕まってみた、おれ。

 ガクガクブルブル!
 ガクブーール!!

   死の覚悟がまだ出来ていません!
 でもおれはきっと、次回でおさらばとなることでしょう!
 大した悪さをする前なのに、おれは容赦なく殺されるでしょう!
 この|鬼(リュウ)の目に涙、なんて奇跡は起きません!
 うわあああああん!!

 皆さん、今までありがとうございましたああああああああ!!
 
 
 
 
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