第40話 逃走


 皆さん、前話に続き一人称でこんにちは!
 強ーーい悪役で登場させられたハズのオオクボです!

 おれ、今マッハで走っています!
 高速道路を走っている車にも追いつけてしまう足になれる魔法をかけて、葉月町をマッハで走っています!
 地元の神無月島を目指してマッハで走っています!

 ていうか、マッハで逃げています!

 駄目です!
 もう駄目です!

 怖いです!
 本気で怖いです!

 主人公が!

 杖を奪われてしまった以上、瞬間移動できないおれは、こうして走って逃げるしかありません!
 このまま一番の近道である高速道路に入って、神無月島まで逃げたいと思います!

「――ハッ! あれは!」

 オオクボは思わず足を止めた。

(おお、ヒロインのキラさんじゃないか……! このままキラさんをつれて神無月島まで帰り、そしてキラさんから破滅の呪文を聞き出し、その力を予備の杖で吸い取ってしまえば……! おれは最強だ!!)

 オオクボの企み、この土壇場にて実行。
 オオクボはキラに手を振りながら駆け寄った。

「キラさああああああん!」

「ん? おお、オオクボではないか」

「さあ!」と、オオクボはキラの前に屈んだ。「おれに乗ってください!」

「おんぶか?」

「はい! 神無月島では、女性をおんぶをして走るのが流行なんです! させてくださいっす!!」

「おお、そうなのか。良いぞ」

 と、オオクボの背に乗ったキラ。

(キラさん、あなたがバカで良かった!!)

 オオクボはキラを背負って立ち上がると、再び走り出した。

「へっ? ちょ、オオクボっ?」キラと一緒にいたミーナは、呆気に取られながらオオクボに手を伸ばした。「わ、わたしを置いていくのかーーーっ!?」

「すみませええええええん!」

 そんな声が返ってきたあと、オオクボの姿は見えなくなっていった。

「まったくもうっ、まだ買い物終わってないというのにっ…」

 頬を膨れませたミーナ。

「おい、ミーナ!」

 今度はリュウの声がして後方に振り返った。
 ――ときには、リュウが前方にいた。

「す、すごい足の速さだな、リュウ。オオクボに魔法かけてもらったのか?」

「いや、自分でかけた」

「おおーっ。リュウも使えるの――」

「んで」リュウが焦った様子で、ミーナの言葉を遮った。「キラはどうした!? 一緒に買い物行ってたんだろ!?」

「キラなら、ついさっきオオクボがおんぶしてどこかへ走っていったぞ」

「なっ、何だと!? どっちへ行った!?」

「あっちだ」

 と、ミーナが指した方向へと、リュウは顔を向けた。

「高速から神無月島に行く気かっ…! おのれオオクボーーーーーっ!!」

 リュウが走り出す。
 ミーナは慌てて叫んだ。

「オオクボはそっちの方向じゃないぞーーーっ!!」

「こっちのが近道なんだよーーー!!」

 そんなリュウの声が返ってきたあと、リュウの姿はあっという間に見えなくなってしまった。

「そうか、そっちのが近道なのか」

 そう納得したミーナだったが。
 数秒後、ぱちぱちと瞬きをする。

「あれ…? でもそっちって、海しかなくなかったか?」
 
 
 
 皆さん、再び一人称で登場!
 強ーーい悪役のハズのオオクボです!

 見てください!
 見てください、この今のおれの姿を!

 ついに…!
 ついにやってやりましたよ!

 ヒロイン・キラをさらってやりましたよ!
 キラを背負い、高速道路を華麗に走ってますよ!

 ざまーみろ、主人公!
 やっぱりおれは、強ーーい悪役だったんだ!
 キラの力を吸い取ってしまえば、もうおまえなんか怖くないぞ!

 このまま世界征服ヒャッホーーーイ♪

 皆さん!
 前話では言えなかったけど、今度こそ言えちゃいます!

 おれって…!
 おれって、おれって、おれって!
 なんっって、カッコイ――

「あ、リュウ」

 えええええええ!?

 キラの言葉に、オオクボは驚倒した。
 マッハで走りながら、後方に振り返る。

「どこ!? どこです、キラさん!?」

「どこって、私はおまえの背中にいるぞ」

「あらキラさん、そんなところにー…って、あなたじゃなくて! リュウさんですよ、リュウさん!」

 オオクボは目を皿にしてリュウを探すが、リュウの姿はどこにもない。
 近くを走っている車の中の人物を見ても、リュウの姿はない。

「オオクボは人間だから、見えるかどうか分からないのだが」

「大丈夫です、メガネをかけることによって視力2.0ですから!!」

 オオクボはそう言いながら、再び後方をくまなく探した。
 でも、やっぱりリュウの姿はない。

「どこです、リュウさんは!? おれが見えないくらい後ろですか!?」

「いや、後ろではなくて」

「じゃあ前っすかあああああ!!」

 と、慌てて前に顔を戻したオオクボ。
 必死にリュウの姿を探す。
 でも、やっぱりいない。

「どこ!? どこっすか、リュウさんは!?」

「いや、前でもなくて」

「じゃあ上!? そ、そうか、空からっ!」

 と、今度は空を仰いだオオクボ。
 見える範囲の空を確認する。
 だが、飛行機やヘリコプターはない。

「リュウさん、どこっすかあああ!?」

「良い天気だな、オオクボ♪」

「そう、そうっすね! で、リュウさんは!?」

「オオクボ、あの小さくマダラになっている雲はなんという?」

「秋に見えるウロコ雲っす! んで、リュウさんは!?」

「夏の入道雲の方が美味そうだと思わないか、オオクボ」

「そうっすね、ソフトクリームみたいっすもんね! ていうかキラさん、おれの話聞いてくださいっす!」

「何だ、オオクボ」

「リュウさんはどこに!? 前にも後ろにも上にも見当たらないんすけど!?」

「当たり前だぞ、オオクボ」と、キラが高速道路の脇の方を指した。「リュウは横にいるのだから」

 は? 横?
 ここ、海の上だよな?

 オオクボは眉を寄せて、キラの指した方向に顔を向けた。
 遠くにリュウかと思われる姿が見え、オオクボはぎょっとしてしまう。

「そ、そうか、水上バイクか何かで……!」

「水上バイク?」キラが首をかしげた。「何だ、それ」

「そのまんまっす!」

「水の上を走るバイクってことか?」

「そうっす!」

「ほう。で、それが何だって?」

「リュウさん、乗ってるんでしょう!? あの速さだし!」

「乗っていないが?」

「じゃあ、小型の船に乗ってるとか!?」

「乗っていないぞ」

「じゃ、じゃあ、何に乗ってるんです!?」

「見えないのか、オオクボ」

「あんまりじっくり見ている余裕ないっす!」

「そうか。走っているしな。いい加減、疲れないのか?」

「身体が風船のように軽くなるので、しばらくは大丈夫っす! キラさん軽いですし! そ、それで!? それで、キラさん!?」

「何だ、オオクボ」

「リュウさんは何に乗って海を!?」

「何も」

「え!? 何ですって!?」

「だから、何も」

「は!? 何ですか!?」

「だーかーらー」と、キラが声を大きくして言った。「リュウは何も乗ってないぞ」

「…………」

 何言ってんの、このバカ猫。

 オオクボは再び眉を寄せた。
 リュウに顔を向け、じっくりと集中して見てみる。

 何も乗ってないわけないでしょう。
 だってすごい速さですよ、あの人。
 大体、海面を走れるわけがな――

 ……え? 何?

 ………………。
 …………。
 ……。

 ――!?

「ぎっ……ぎゃあああああああああああ!!」オオクボは驚愕して叫んだ。「なっ、何であの人、海面走ってるんすかああああああああああああ!?」

「海水は真水よりも浮力が高いからな」

「だからって有り得ないっす!!」

「有り得てるではないか」

「信じられないっす!!」

「まあ、あそこまで速いのは、オオクボと同じ足の速くなる魔法を覚えたからだろうな」

「いつの間に!?」

「昨日、魔法学校の図書室にあった魔術書に書いてあったらしいぞ」

「爆睡するまでの数分間に身につけたってことっすか!?」

「30秒かかったらしいぞ」

「短いっす!」

「でもそれを覚えたとなれば簡単なことだろう、オオクボ?」

「すげー至難っす!!」

「片方の足が沈む前に、もう片方の足を踏み出せば良いだけだぞ」

「そんなのキラさんたち猫モンスターだからできるんす!!」

「グレル師匠もできるぞ」(←第21話参照)

「あなたたちおかしいっす!!」

「そうなのか」

「ていうか、この小説おかしいっす!!」

「ファンタジーだから良いのだ♪」

 良くねええええええええ!!

 心の中、オオクボは叫ぶ。

 だって!
 だってだってだって!

 怖すぎるっす、主人公!!
 何で強ーーい悪役のハズのおれが、こんなにも怯えないといけないんですか!?

 おかしいっす!
 この小説、まじでおかしいっす!

   やばい!
 やばいっすよ!

 おれ、このままじゃ、捕まるの時間の問題っす!
 あの主人公に!

 たっ、助けてえええええええええええ!

 悪巧みなんて実行するんじゃなかったっす!!
 まさか海面走るようなバケモノ相手の悪役なんて、知らなかったっす!!

 しかもあの人、おれより前方走り始めたっすよ!?
 どんな俊足してるんすか!?

 もしかしてあの人、おれより先回りして長月島で待ってる気すか!?
 ていうか、あの勢いだとそうですよね!?
 絶対そうですよね!?

 おれ、やーーべえーーーーー!!

 顔面蒼白するオオクボ。

 キラが言う。

「うーん。リュウはこちらには気付いていないようだな」

「そ、そりゃ、海面を1人走っている人間からしたら、高速道路を他の車に紛れて走っているおれなんて見つけ辛いっすからねっ…」

 そう言ったあと、オオクボははっとした。

(そうだ! リュウさんに気付かれる前に、Uターンすればいいじゃないか!)

 オオクボは己の足に急ブレーキをかけた。

「オオクボ?」キラが首をかしげる。「どうした? 葉月島に戻るのか?」

「はいっ! 夕方になる前に葉月島にキラさんを戻さないと、リュウさんが心配しますからね!」

「そうか。おまえは本当に良い奴だな。それにしても、リュウはどこへ行くのだろう」

「長月島に仕事があるって言ってたっす!」

「ほう、なるほど。それで近道になるだろう海を渡っているのだな、リュウは」

「そうみたいっす!」

 ありがとう、バカ黒猫!

 オオクボは踵を返した。
 振り返ると、リュウはそのまま長月島をめがけて走っていく。

 よし、このまま逃走だ!

 オオクボは必死に走った。
 マッハで走って走って走りまくる!

 逃げるんだ、悪役のおれ!
 あの恐ろしい主人公から!

 よくよく見たあの様子だと、きっとおれがキラをさらったことがバレてーら!
 つまり捕まってしまえば、おれに待ち構えているのは死っす!
 絶対の死っす!
 命乞いなんて無駄っす!

 こえええええええええええ!
 主人公、こえええええええええええええ!!

 よりによって、あの人の愛猫なんて狙うんじゃなかったああああああ!!

 死ぬうううううう!!
 殺されるううううううう!!
 助けてえええええええええ!!

 こうなったら、何が何でも逃げ切るしかねえええええええええ!!

「キ、キキキキキキ」

「あはは。サルのモノマネか、オオクボ」

「キキキ、キラさんっ!」

「何だ、オオクボ」

「じっ、実はおれ、リュウさんとカクレンボしてるんす!」

「ほお、そうだったのか」キラが声を高くする。「逃げている感がたっぷりだと思ったら、そういうことだったのかオオクボ!」

「そうっす! 協力してくれないっすかね!?」

「うむ! 良いぞー♪」と、キラが笑う。「リュウがいつ私の居場所を嗅ぎつけられるか、興味あるぞーっ♪」

「そう、そうですよね、キラさん! そうだ、この際、このまま葉月島を越して、文月島へカクレンボしに行きましょうか!」

「そうだな、オオクボ! やっぱりそれくらいしないとなっ♪」

 そういうことになった。

 オオクボは走って走って走りまくる。
 身体が風船のように軽いとはいえ、やはり長時間走るのは疲れる。
 なんせ、人間だし。
 それでもオオクボは走り続けた。
 リュウが恐ろしくて。
 なるべく遠くまで逃げないと、捕まってしまいそうで。

 そして気付いたら、オオクボは葉月島を越え、予定の文月島を越え、水無月島へと辿り着いていた。
 もうすっかり深夜で、さすがにオオクボは立ち止まった。

「ハァッ…ハァッ……!」

「大丈夫か、オオクボ?」

「だ、大丈夫っす、キラさん。泊まる宿を探しましょうかっ……!」

 オオクボはキラの手首を引っ張り、モンスターのペットと止まれるホテルを探した。

 幸い、3軒目でそれは見つかった。
 空いていたのは10階にあるツインの一部屋だけで、そこに泊まることになった。

 シャワーを浴びてバスローブに着替えたキラを見て、オオクボは思わず頬が染まる。

「…さっ、先に休んでてくださいねっ、キラさんっ……!」

「ああ」

 そう笑顔で答えたキラ。

 オオクボはバスルームに入った。
 頭からシャワーを浴びながら、自分の動悸が聞こえてくる。

 やばいんじゃないか、この状況って…!?
 モンスターって言ったって、猫の耳と尻尾を除けば、人間の女の子と変わらない見た目すよ…!?
 しかもキラさんて、すーげー美女の上に、せくすぃーぼでーーっすよ!?
 おれだって、健全な男の子っすよ!?

 今度は別の意味でやばいっす、おれ。
 予定外のことしちゃいそうっす、おれ。

 ていうか、おれ!
 悪役じゃん!?
 何、こんなことでドギマギしてるんだ!
 悪役らしく、ヒロインを襲っちゃえばいいじゃないか!

 腰にタオルを巻き、ばーーんとバスルームから出たオオクボ。
 その途端、首を傾げる。

 窓際、キラが外を見つめている。
 何だか様子がおかしい。

「…キラさん? どうしました?」

「……なんでも、ない」

 そう答えたキラの声が震えていた。

 オオクボは首を傾げ、キラに歩み寄った。
 その顔を覗き込む。

「――えっ…?」

 一瞬、オオクボの胸がどきっとした。
 キラの黄金の瞳から、涙が零れていて。

「ご、ごめんっ…」キラが笑顔を作り、手の甲で涙を拭った。「私はどうも、リュウがいないと眠れなくてなっ…。カクレンボ張り切っていたクセに、おかしいなっ……」

 キラの瞳から、ぽろぽろと零れ落ちる涙。

「…キ、キラさんっ……!」

 何だ、この猫……!
 かっ、可愛い!!

 オオクボ、胸キュン。
 本気で予定外のことに戸惑いつつ、オオクボは魔法でハンカチを出してキラの頬に当てた。

「な、泣かないでくださいっ! キラさんっ…! 大丈夫です、おれは魔法使いですからっ!」

「オオクボ…?」

 ハンカチを受け取り、ぱちぱちと瞬きをしてオオクボを見つめるキラ。

 オオクボはにっこりと笑うと、魔法でリュウのコピーを作ってみせた。
 動いたり喋ったりするわけではないが、見た目はそのままリュウである。

「わあ……!」キラが瞳を輝かせ、そのリュウのコピーに抱きついた。「すごいぞ、オオクボ…! まるで、本物のリュウみたいだ……!」

「これで眠れますかね、キラさん」

「うん…!」そう、笑顔で頷いたキラ。「ありがとう、オオクボ! 大好きだ!」

「…っ……」

 オオクボの頬が染まる。

 キラがリュウのコピーをベッドに寝かせ、その腕枕に頭をつけて瞼を閉じた。

 数分後、オオクボは呟く。

「……何すか、その寝顔」オオクボは一度キラから顔を逸らし、再びキラに向けた。「…やばいですよ、キラさん。もう…、やばいよ、おれ……」

 オオクボの唇が、キラの唇に重なった――。
 
 
 
 
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