第36話 弟子?


 キラの記憶が戻ったのは半月ほど前のこと。

 主の腕の中で幸せを改めて感じながら、キラは主の顔を見上げた。
 まだ目を覚ましていないリュウ。
 その寝顔は普段より少しだけ幼い。

「リュウ…」リュウの瞼に頬にキスして、キラは主を起こす。「目覚まし鳴ったぞ」

「…ん……」

 目を覚ましたリュウの瞳に愛猫の笑顔が映る。

「おはよう、リュウ」

 と、キラに唇にキスされて、リュウは微笑んでキラを抱き締める。

(昔のツンデレキラも可愛いが、やっぱこっちだよな。あぁ……、俺って幸せな奴だぜ……)

 そんなことを改めて実感するリュウに、キラが訊く。

「朝食、パンで良いか?」

「ああ」

「卵はどうする?」

「んー、そうだな。今日はスクランブルエッ――」

 ドサッ!

「グゥ……!」突然腹に重みが掛かって、リュウの言葉の語尾が潰れた。「…ってーな、おまえらは!」

 リュウの腹の上に落ちてきたのは、瞬間移動でやってきたリンクとミーナだった。

「ご、ごめんリュウっ…!」リンクが言いながら、慌ててリュウの上から避けた。「ギルド長に、リュウをすぐ起こせ言われたから寝室に瞬間移動しろゆーたら、こんなことにぃっ……」

「ギルド長に?」リュウは訊きながら、昨夜から切っておいた携帯の電源を入れた。「仕事か」

「いや……、留守電聞いてみぃ」

 と、リンクが言うので、リュウは従ってやった。
 そのギルド長からのメッセージは、

「もしもしー? まったく電源入れておいてよ、リュウ。まあ、緊急の仕事じゃないから良いけど。どうしてもリュウの弟子になりたいって神無月島からやってきた新米ハンター君がいてねー。どうしても、どうしてもって聞かないから、明日一度会って見てくれないかな。じゃ、よろしくー」

 とのこと。
 リュウは眉を寄せた。

「弟子、だと?」

 キラが言う。

「新米ハンター君ってことは、男か。私は良いぞ、リュウ。女ハンターだったら嫌だったが」

「弟子なんて面倒だっての」と、リュウが携帯電話を放り投げた。「リンク、おまえに任せた」

「弟子は嬉しいねんけどー…、おれには無理っぽいねん」と、リンクが苦笑した。「その新米ハンター君、魔法学校出てからハンターになったらしいんやけど」

「へえ、じゃあ今年で19か」

「うん。魔力テストでトップやったらしいで。そんなもんやから、いきなりおれと同じ一流ハンターレベルなんやって。二流・三流ならともかく、おれの弟子になったところで意味ないやろ」

「まあ、そうだな」キラが同意した。「とりあえず会ってみたらどうだ、リュウ? リュウの弟子になりたいが故に、わざわざ遠い島からやってくるなんて、なかなか可愛い奴ではないか」

「まあ…、会うだけ会ってやるか」

 ということで。

 2時間後、ギルド長室でリュウの弟子志望の新米ハンターと顔を合わせることになった。
 リュウとキラ、リンク、ミーナに加えて、知らせを聞いたレオンも興味津々とリュウ・キラ宅へとやってきた。
 同様に来たがっていたグレルは仕事で来れず。
 葉月ギルドまで車で移動し、奥のギルド長室まで歩いていく。

「何だか、わくわくするなっ♪」と、キラ。「どんな奴だろうなっ?」

「うむ、わくわくするなっ♪」と、ミーナが続いた。「強いことには間違いなさそうだぞ!」

「せやなあ」うんうん、とリンクが頷いた。「すでにおれと変わらない強さってことが気に食わへんけど……、これ以上ボケキャラは勘弁や」

「うん」レオンが苦笑した。「僕もツッコミキャラ希望……」

「何、すっかり弟子にする気でいるんだ、おまえらは。すぐ追い返すっての」

 そう言ったリュウ。
 ギルド長室に着き、ノックをして返事が返ってくる前にドアを開ける。

「おー、きたきた」と、ギルド長。「ほら、もう来て待ってるよ」

 ギルド長が指した方向に、リュウ一行は顔を向けた。
 ソファーに座っていた彼が立ち上がり、深々と頭を下げる。

「初めまして、皆さん! オオクボです!」

 リュウの背で、キラとミーナが顔を合わせて小声で話す。

「おい、ミーナ。意外だったな」

「ああ、キラ。意外だったぞ」

「どんな強そうな魔法使いかと思えば、レオンよりも小さいぞ」

「どんな強そうな魔法使いかと思えば、可愛い奴ではないか」

 その傍ら、リンクとレオンが顔を合わせて小声で話す。

「なあ、レオン」

「何、リンク」

「どっちやと思う」

「どっちかな」

「ボケやろか」

「ツッコミ増えないと困るよ」

 ひそひそと話している1人と3匹。
 リュウがオオクボと名乗った彼が頭を上げるなり、さらりとずばっと言う。

「俺、弟子いらねーから。帰って」

「ま、待て、リュウ!」キラが慌てて言った。「い、いきなりそれは可哀相だぞっ!」

「そ、そうだぞ、リュウ!」ミーナが続いた。「可愛い奴ではないかっ!」

「もう少し話してみようよ、リュウ」と、レオン。「すごく良い人そうだし(ツッコミかもしれないし)」

「せやな、とりあえずもう少し話くらいしてみようや、リュウ」と、リンクがリュウの肩を叩いた。「わざわざ神無月島から、おまえを訪ねて来たんやで? 可哀相やん(ボケやったら突き帰すけど)」

 リュウはキラたちの顔を見回したあと、溜め息を吐いた。

「分かったよ、うるせーな……」

 リュウがオオクボの向かいのソファーに座り、その両脇にリンクとレオンが座った。
 3人掛けソファーなので、キラとミーナは主の膝の上。

 まだ立っているオオクボに、キラが言う。

「もう座って良いぞ、オオクボ」

「あ…、はい。ありがとうございます」

 そう言い、オオクボがようやくソファーに腰を下ろす。

 リュウ一行は、まじまじとオオクボを見つめた。
 小柄な身体に、ちょっと長そうな魔法使いの杖。
 その先端には、直径10cmほどの丸く青い石がついている。
 メガネをかけているせいもあるのか、真面目そうに見えた。
 それにしても、強そうには見えない。

「なんというか…」キラが言う。「腰が低いな、オオクボ。そんなにかしこまらなくても、リュウはぶん殴ったりせんぞ」

「いえ、これは元からの性分でして」

「そうか、それなら良いが。それで、オオクボ。何故リュウの弟子に?」

「それはもちろん――」

「ずいぶんと半端な時期じゃねーか」リュウがオオクボの言葉を遮った。「普通、弟子入りすんなら春だろうよ」

「はい。つい先日までは、別の師についていたんです」

「どうやらね」と、ギルド長が口を挟んだ。「オオクボ君、その師を越えちゃったらしいんだよ。その師も超一流ハンターだったらしくてねー、驚きだよねー」

「めっさ強いやん!」リンクが声を大きくした。「それで、師はリュウしかいないって判断したわけやんな? うんうん、納得やで」

「別に俺じゃなくたっていーだろ。なあ」と、リュウはレオンの肩を叩いた。「おまえの主にオオクボ任せたぞ、レオン。あの人なら大丈夫だろ」

「えー?」レオンは眉を寄せた。「グレルは駄目だよ。リュウと同じくらい強い超一流ハンターっていったって、今は雑誌の仕事が忙しいもん」

「あー、そうか。じゃー、仕方ねーな」と、リュウが小さく溜め息を吐いた。「おい、オオクボ」

「はいっ」

「帰れ」

「え」

「んじゃ、俺仕事あっから」

「ま、待ってくださいっ!」

「待たねーよ」

 キラを左腕に抱っこし、ギルド長室のドアへと向かうリュウ。
 他の一同も、そのあとを追った。

 オオクボが必死になってリュウを追いかける。

「待ってくださいっ、待ってください、リュウさん!」

「しつけーぞ、オオクボ」

「おれを弟子にしてください! リュウさん! お願いします!」

「うるせー、帰れ」

「リュウさんっ…! リュウさん!! お願いです、おれを弟子にいぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「さー、おまえら仕事行くぞー。リンク、運転頼む」

 キラと共に車の後部座席に乗り込んだリュウ。
 レオンも後部座席に乗り、助手席にミーナ、運転席にリンクが乗る。

「ごめん、オオクボ……」

 リンクは苦笑しながら、車を発進させた。
 リュウが言う。

「リンク、今日のとこは遠いから高速乗れ」

「おう、分かっとる。それより、ええんかい、リュウ?」

「何が」

「オオクボ、可哀相やん。あんなに必死になっとったのに」

「弟子なんて面倒だ」

「でも、めっさ強いみたいやん? 仕事、楽になるんちゃうん」

 リュウが鼻で笑った。

「所詮、新米ハンターだろ。足手まといになるだけだ」

「まあ、ハンターの世界は甘くあらへんしな……」

 数分後、リンクの運転する車は高速道路へと入った。
 リンクお気に入りの音楽をかけ、車を加速する。

「ヘイヘイヘーーーイ♪」なんてノリノリで運転していたリンク。バックミラーを見たときに、眉を寄せる。「…ん? なんや?」

「どうしたのだ、リンク?」

 助手席に座っていたミーナが、首をかしげてリンクの顔を覗き込んだ。

「バイク…? いや、違うよな……って、え!? ちょ、ちょちょちょちょちょ!!」

「だからどうしたのだ、リンク」

「ちょ、ちょまっ……!! きっ、来た来た来た来た来た来た!!」

「何がだ、リンク」

「うしししししししっ」

「変な笑い方だな」

「うしっ、後ろっ!! 後ろーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

「後ろ?」

 と、声を揃えて後ろを見た一同。
 目が見開く。

「ぎっ…、ぎゃああああああああああああああああっ!!」

 あまりの光景に、リュウ以外の一同は絶叫した。

 誰か冗談だと言ってくれ!
 こんなことがあって良いのか!?

 く、来る…!
 来る来る来る!!

 き、来た…!
 来た来た来た!!
 来た来た来た来た来たぁーーーーーーっ!!
 オオクボが来たぁーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!

「待ってくださあああああああああああああああい!!!」

 と、己の足で走りながら、リュウ一行の車の横に並んだオオクボ。
 手でばんばんと後部座席の窓を叩く。

「待ってください! 待ってください、リュウさん!! おれを弟子にしてください!!」

「……タ、ター○ネーターか、おまえは」リュウは唾をごくりと飲み、リンクに言った。「おい、加速」

「お、おう!!」

 リンクは承諾して、車を加速させた。
 恐ろしさのあまり、時速250キロまでスピードをあげる。
 オオクボの姿が小さくなって行き、一同はほっと安堵した。

 ――のは、束の間で。

 ダンッ!

 と、車の天井に着地音。

「待ってください!!」

 バァンッ!

 フロントガラスにオオクボが逆さま状態で張り付き、リュウ以外の一同は再び叫ぶ。

「ぎゃああああああああああああああ!!」

 オオクボがフロントガラスをばんばんと叩く。

「止まってください!! お願いです!! 止まってください!!」

「うわあああああああああっ!!」恐ろしいわ、前が見えないわで、リンクはパニック状態。「リュウ! リュウーーーーッッッ!!」

「おい、リンク! 危ねえ、事故る!!」

「そっ、そんなこと言ったってええぇぇええぇぇぇ!!」

「ああもう、変われ!」

 見兼ねたリュウが、リンクと変わって運転席へと移った。
 オオクボが相変わらずフロントガラスをばんばんと叩いて言う。

「止まってください!! リュウさん!! 止まってください!!」

 必死なオオクボを徹底無視し、リュウはフロントガラスの隙間から道を確認して運転する。

「リュウさんっ、リュウさん!! 止まってください!!」

 ガツンッ

 オオクボが、杖でフロントガラスを叩き始めた。

「お、おい、オオクボやめろ」

「リュウさん、リュウさんっ!!」

 ガツンッ、ゴツンッ

「お、おい、やめろって!」

「リュウさん!! リュウさんってば!!」

 ガツッ、ゴツツッ!
 ガンガンガンガン!!

「おい、オオクボ!! やめ――」

「リュウさあああああああああああああん!!」

 ガシャーーーーン!!

 オオクボ、フロントガラス破壊。

 ゴオオオオオオオオオ!!

 車の中に突如舞い込む強風。
 ヒロインの顔は崩れるわ、息苦しいわ、オオクボは中に乗り込んでくるわで、車の中は大パニックに。

 オオクボがハンドルを握りながら言う。

「リュウさん、止まってください!!」

「あっ、危ねえ、離せオオクボ!!」

「止まってください、早く止まってください!!」

「高速でいきなり止まったら大事故になるだろうがっ!!」

「どこへ仕事に行くんです!? 地図は!?」

 きょろきょろと車の中を見回すオオクボ。
 助手席のミーナが、オオクボに地図を見せて目的地を指差す。

「こ、こここ、ここだぞっ。わ、わたしの瞬間移動では届かないところでっ…」

「大丈夫。おれの瞬間移動なら届くっすよ」

 と、オオクボ。
 目的地を確認し、車ごと瞬間移動。

 ズドオォン…!

 目的地――海水浴場の浜辺の上に、車が砂埃を立てて着地。

「…………」

 呆然としているリュウ一行に、オオクボが笑って言う。

「ほら、届いたでしょう? ジェットコースター乗ったあとみたいな顔になってますよ、皆さん」

「…………し、死ぬかと思った」

 と、リンクが口を切ると同時に、一行は揃って脱力した。

 また、とんでもない男が現れたものである。
 強そうだの弱そうだの、小さいだの小さくないだの、可愛いだの可愛くないだの、ボケだのツッコミだのという次元の話ではない。

 この男、とんでもない。

「リュウさん、おれを弟子にしてください!」

「……も、もう勝手にしてくれ」

「えっ? じゃあ、おれ弟子になっても良いんですよねっ? そうですよねっ?」

 もはや言葉すら出ないリュウ一行。

 その傍らで、オオクボの嬉々とした笑い声が響き渡っていた。
 
 
 
 
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