第30話 運動会〜その5〜
葉月島ハンター&猫モンスターVS文月島ハンター&犬モンスター運動会IN葉月島葉月町葉月小学校校庭。
只今の得点は。
猫組679点、犬組540点。
猫組が大きくリード中。
といっても、これから行われる最後の競技では、勝った方に300点、負けた方に100点入る。
よって、犬組にも逆転勝利のチャンスがある。
その最後の競技とは――。
猫組の前に立ちはだかるリュウ一行。
「飼い主とペットで1組。全員強制参加…!」緊迫した空気の中、キラが口を切った。「私は今日の犬との戦の中で、これを一番楽しみにしていた……!! 葉月ギルド長命名、『THE・肩車騎馬戦☆ ハンター&モンスタースペシャル!』……!! 皆の者、準備は良いかーーーーー!!」
「おーーーーっ!!」
拳を突き上げる猫組。
運動会の最後を締め括るのは、『THE・肩車騎馬戦☆ ハンター&モンスタースペシャル!』。
主とペットのどちらかが騎馬になり、どちらかが騎手となる。
肩車をする方が騎馬で、肩車をされる方が騎手だ。
人間だけの運動会で行われる、「騎手の鉢巻を取れば良い」なんてソフトなルールではない。
倒したと判断されるには、騎手を完全に落馬させること。
なんといってもハンターとモンスターなので、怪我は必然。
爪や牙を使ってはいけない代わりに、手には武器や盾を装備。
さすがに武器は鋭利な刃物ではなく竹刀や木刀、先の丸い矢だが。
勝利の条件は、先に大将騎を倒した方が勝ちとなる。
大将騎の目印となるものは、頭に巻いている金色の鉢巻。
時間制限はなし。
また、あまりに逃げ回っている騎馬は失格とされ、戦場から離脱することになる。
リュウ一行率いる猫組の大将騎は、リュウが騎馬でキラが騎手。
猫組騎馬それぞれの行動は、キラが指揮を取って操る。
とは言っても、キラがまともな指揮を取れるとは思えないので、キラはリュウから言われたことを皆に伝えるだけであるが。
太鼓の音が鳴り響く中。
猫組、犬組共に。
いざ、戦場へ。
出陣――!
本日行われた運動会の中で一番と言って良いほどの気迫が、猫組・犬組の両々から溢れる。
大将騎がお互い宣誓で喧嘩を売り合ったあとは。
『THE・肩車騎馬戦☆ ハンター&モンスタースペシャル!』
開始――!
大将騎であるリュウとキラは後方へと下がる。
キラが左手に持っているメガホンで指揮を取り始める。
「よし、冷静に作戦通り行くぞーーーっ!! 第一部隊、位置に着くのだーーーっ!!」
猫組第一部隊が、前面に列を成す。
それを確認したあと、キラが叫ぶ。
「特攻ーーーーーっっっ!!」
「うおぉぉぉおおおぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉ!!」
ズドドドドドドドドドドドド!!
猫組第一部隊、雄叫びと共に特攻。
戦場の中央、やたら滅多に突っ込んでくる犬組の騎馬とぶつかり合う。
横一列に並んで特攻してきた猫組第一部隊に、犬組の騎馬たちはぎょっとして怯む。
その隙に猫組第一部隊、武器を振り回して攻撃。
次から次へと、相手の騎手を落馬させていく。
葉月ギルド長がマイクを握って実況する。
「おおーーっ!! 猫組、ちゃんと作戦を練っていたようです!! 犬組、これは溜まりません!! 犬組の前線にいた騎馬が倒されました!! 驚きのあまり、犬組全体が後方へと一歩引きます!!」
キラが高らかに笑い声をあげる。
「はっはっはーーーっ! 作戦もなしに突っ込んでくるから、そういうことになるのだ!」
「なっ、なんだとぅ!?」犬組の大将騎の犬が顔を赤くして喚いた。「猫のクセに生意気な口を叩いたな!! ええいっ、こっちも適当に部隊を作れぇぇぇぇぇい!!」
大将の声で、犬組が慌てて部隊を作る。
猫組第一部隊を模倣し、横一列に並ぶ。
「よぉし!! 行けえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉ!!」
ズドドドドドドドドドドドド!!
今度は犬組の部隊が、猫組第一部隊に向かって特攻!
思わずぎょっとした猫組第一部隊が反撃を食らって落馬していく。
文月ギルド長もマイクを握って実況をする。
「おおーっと! 犬組突如反撃だーーーーっ!! 猫組、溜まりません!! 第一部隊、壊滅寸前です!!」
「何……」リュウは眉を寄せ、キラに言う。「キラ、次の部隊行け」
「よし、分かったぞリュウ! おのれ、犬め!! 真似しよったな!!」キラは興奮に顔を真っ赤にし、次の支持を出す。「グレル師匠率いる第二部隊、位置につくのだーーーーっ!!」
「了解だぞーっと♪」
と、騎馬のグレル。
騎手のレオンを肩車しながら、第二部隊の中心に着く。
「グレル師匠に足並み合わせ、スキップで愛らしく特攻ーーーーーーっ!!」
「フフフン、フンフン♪」
ズドッ、ズドッ、ズドッ、ズドッ……!!
第二部隊の先頭、グレルが笑顔全快でスキップしながら犬組に特攻していく。
はっきり言って、グレル以外のスキップは意味があったのかどうかは知らないが……。
熊のような容姿をしたグレルが可憐な少女のように愛らしくスキップをする姿は、本気で気色悪い。
しかも、地響きが物凄く、近寄ったらよろけて倒れてしまいそうだ。
ていうか、そんなのに体当たりされたら逝く。
犬組の部隊は思わず逃げ出していく。
葉月ギルド長の笑い声が響く。
「あっはっは! これはこれは、猫組大将キラちゃん、ユーモア作戦に出ました! これは気持ち悪い! グレル最強の気持ち悪さだーーーーっ!! あーーっはっはっは!! 全身マジ鳥肌です!!」
逃げに逃げ回った十数の犬組騎馬が失格とみなされ、戦場離脱。
キラは高らかな笑い声をあげる。
「はっはっはーっ!! 見たか、犬共め!! これぞ我軍最強の武器と言っても過言ではない、『グレル師匠ぷりてぃースキップ』ぞ!! さぞ気持ち悪かろうて!!」
「おのれ、猫め!!」大将騎の犬が喚く。「卑怯な人間を用意しよって!! 本気で鳥肌が立ったぞ!! ええいっ!! 全員、唸って猫を怯ませろ!! 唸りながら突進しろーーーーーーっ!!」
「ガルルルルルルルルルルルルルルル!!」
ドドドドドドドドドドドドドドド!!
今度は犬組が唸り声をあげながら、猫組部隊に突っ込んできた。
我らが猫の3倍の長さはあろうか、犬の牙。
大将騎を除いた全騎馬で突っ込まれてきたら、残っていた猫組第一部隊も第二部隊も怯まずにはいられない。
グレル・レオンペアの周りだけは犬たちが寄ってこなくて、平穏無事という感じだが。
文月ギルド長が興奮して実況をする。
「犬組、大将騎を除いて全員で行ったぁーーーーーーーーっっっ!! これはっ、これは痛い!! 猫組第一部隊・第二部隊、次から次へと崩れて行きます!!」
キラが狼狽したように声をあげた。
「あああーーーっ!! お、おのれ、まるで集団リンチぞ!!」
「落ち着け、キラ」リュウが言う。「まず弓矢部隊に位置に着かせ、そのあと特攻している前線部隊を引かせろ。犬組部隊は恐らくまとめて追ってくるだろうから、そうしたらそこに反撃の矢を撃て」
「お、おお」キラは声を高くした。「さすがリュウぞ! 『飛んで火に入る夏の虫作戦』だなっ? バカな犬共めっ!! 弓矢部隊、位置に着け!」
と、キラが後方で待ち構えていたリンク・ミーナ率いる弓矢部隊を見て支持した。
「おうっ!」
騎手のミーナを肩車しているリンクが、弓矢部隊の中央――リュウ・キラ大将騎の前方に移動した。
その両脇と後方数列に渡り、弓矢部隊が整列する。
それを確認したあと、キラが次の指示に移る。
「第一部隊・第二部隊、引けーーーっ!! 失格にならない程度に引くのだーーーーっ!!」
キラの指示に従い、かろうじて残っている猫組第一部隊・第二部隊が踵を返してくる。
リュウの予想通り、それを逃がさんと追ってくる犬組の騎馬たち。
キラはにやりと笑い、弓矢部隊に指示を出した。
「弓矢部隊、ヨーイ!」
弓矢部隊が一斉に構える。
そして、
「打てえぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
キラが指差す方向――こちらへと向かってくる犬組の騎馬たちに、一斉に矢を放つ。
雨の様に降り注ぐ矢に、犬組の足が止まる。
矢の打撃と動揺でもろもろと騎馬が崩れていく。
葉月ギルド長が興奮して声をあげる。
「おおおーーっ!! これはすごい! 猫組、知略で応戦しています!! 犬組騎馬、大将を覗いて総崩れかーーーーーーーっ!?」
「おおーっ」キラが声を高くする。「見事な犬の崩れっぷりだ。さすがリュウぞ。力も頭も兼ね備えた姿に、もう心底惚れ惚れするぞー……」
恍惚とした様子のキラに、リュウはどきどきとしながら訊いてみる。
「なあ、キラ? 俺、あとで(ゲールから)良い物(超強力媚薬)もらうんだけどよ」
「ほう?」
「…ソレ、飲んでくれねぇ……!?」
「ソレが何かは知らぬが、リュウが飲めというなら、私は毒だって飲むぞ」
「マ、マジで(超強力媚薬飲んでくれんの)!?」
「うむ」
「まーじでぇーーーーーーーーーー!?」
早く帰って飲ませてえぇーーーーーーっっっ!!
リュウ、前話に続き再び壊れかけ。
テンション最高潮。
キラの手からメガホンを奪い、指揮を出す。
「猫組弓矢部隊も剣に持ち替え、全員今のうちに特攻っっっ!! 犬組がパニクッてる間に、片っぱしからぶっ潰せーーーっっっ!!」
「うおぉぉぉぉおぉぉぉぉおおおおぉぉぉおおぉぉぉぉ!!」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドーーーーーッッッ!!
やけにハイテンションなリュウの指揮に従い、猫組弓矢部隊も剣に持ち替え、特攻隊と共に突撃。
さらにリュウ・キラ大将騎も突撃。
「リュウっ」キラが戸惑ったように声を出す。「大将騎の私たちも行って良いのかっ?」
「おう! 俺たちは犬大将狙うぞ!」
「で、でも私、木刀を持たせられたものの、使ったことがないのだが」
「剣が使いづらかったら素手で殴れ、キラ! 爪や牙が駄目でも、拳なら反則にならねえ! 安心しろ、おまえにゃ一発も当てさせねーぜ!!」
と、リュウが張り切った様子で犬組大将の元へと駆けていく。
葉月ギルド長が立ち上がって声を張り上げる。
「おおおおお!! リュウの指揮のもと、猫組も全員で突っ込んで行きました!! 大将騎の姿も見えます!! てんやわんやの大騒ぎに紛れ、猫組大将騎が犬組大将騎へと奇襲をかけました!! 犬組大将、狼狽しています!! 我らが猫組大将・キラ様、使いづらそうな木刀を投げ捨てました!! 爪か!? 爪を使うのか!? いや、それは反則になる!! キラ様、拳を握った!! ジャブ、ジャブ!! ストレート!! フックフック!! アッパー!! さらにストレーーーート!! おおーっと、ここで犬組大将、木刀で突きを狙いましたが、リュウ騎馬によって避けられた!! さすがは我らが葉月島代表超一流ハンター・リュウ!! 動きが只者じゃない!! それにしても騎馬戦がまるでボクシングだ!! 猫組キラ様、強い!! これは強い!! フックフックフックフックフック船長か!!(謎) アッパいったぁーーーーー!! そしてトドメのストレーーーーーーートっっっ!! 犬組大将、溜まらず落馬しましたーーーーーーーーーっっっ!! よって猫組、勝利ーーーーーーーーーーーーーっっっ!!! 『葉月島ハンター&猫モンスターVS文月島ハンター&犬モンスター運動会IN葉月島葉月町葉月小学校校庭』、勝ったのは我らが猫組だーーーーーーっっっ!!」
秋晴れ空の下。
猫組は武器を投げ捨て、舞い上がった。
『葉月島ハンター&猫モンスターVS文月島ハンター&犬モンスター運動会IN葉月島葉月町葉月小学校校庭』の結果は。
猫組979点、犬組640点。
猫組、大勝利!
ハイテンションの猫組と、ローテンションの犬組の閉会式。
満開の笑顔で表彰台に上り、誇らしげに優勝カップと賞状を掲げるキラ。
そんな愛猫を見ながら、リュウの瞳が恍惚とする。
「ああ…、最高輝いてるぜ、俺の黒猫。すーげえ可愛いぜ……」
「あー、はいはい、そうやな」傍らにいたリンクは苦笑しながら突っ込んだ。「てか、リュウ」
「なんだ、リンク」
「おまえ、騎馬戦の最後の方、壊れてへんかった? いきなり全員で特攻なんて、さっさと終わらせたい雰囲気満々やったのは気のせいか?」
「分かったか、リンク。だってよ」と、リュウがにやにやと笑う。「キラがあとで飲んでくれるって言うからつい、な」
リンクは眉を寄せた。
「飲むって、何をやねん」
「俺がこれからゲールにもらうものだ」
「それって、リレーのときに賭けてたやつやんな? 何もらうん?」
「…そーれはぁー…」
と、突然現れたのはゲールだ。
「おっわ!?」
いつの間に!
そう驚くリンクの傍らで、リュウは驚いた様子なくゲールに手を差し出す。
「さあ、アレをくれ、ゲール。約束だろ」
「…ふふふ…、分かっているよ…」
ゲールがポケットから取り出したのは、青いガラスの小瓶。
リュウの手のひらに置き、ゲールが続ける。
「…一滴につき、約1時間の効果だよ…。…この瓶には約50滴入っているから、合計約50時間の効果だね…」
「おおお」リュウの瞳が輝く。「サンキュ。おまえダテに変態やってねーぜ」
リュウが小瓶を受け取り、ゲールが去っていったあと、リンクは訊いた。
「何やねん、その怪しい液体の入った小瓶は……?」
「超強力媚薬、だ……! これで今夜のキラは乱れまくりだぜ!?」
と、さらににやけるリュウ。
「はあ?」リンクは眉を寄せ、リュウの手から小瓶を取った。「……なあ、リュウ」
「何だよ、リンク。おまえまだガキのミーナに使う気か? やべー奴だな」
「ちゃうわっ! そうやなくて、コレ!」リンクはリュウの顔の目の前に、その小瓶を突き出した。「怪しいと思わへんのか、おまえ!?」
「……。…そう言われると…」
甘い誘惑につい興奮してしまって壊れかけていたリュウは、ようやく冷静になって考えてみた。
リンクの手から青い小瓶を取って、じっと見つめてみる。
リンクの言ったとおり、明らかに怪しい小瓶だった。
市販品には見えないし、何よりあの超一流変態・ゲールからもらったものだ。
今さらだが、ヤバイものを受け取ってしまったのではなかろうか。
リュウの表情を見て、リンクが溜め息を吐いて続ける。
「おまえ、こんな怪しいものをキラに飲ませる気なん?」
「飲ませたいよーな、飲ませたくないよーな……」
「どっちやね――」リンクは、はっとして言葉を切った。「と、とりあえず隠せやリュウ! キラが戻ってきたでっ……!」
「お、おうっ」
リュウは慌てて小瓶をポケットの中にしまった。
キラがミーナとレオンに優勝カップと賞状を渡して喜ばせてから、リュウのところへと駆けて来る。
ぴょんぴょんとやってきて、リュウの首に飛びついた。
「リュウ! 優勝カップとやらも賞状とやらも美味くないし遊べないが、もらうと嬉しいものだなっ♪」
「そうか、良かったな」
「うむっ!」キラが嬉しそうに頷いたあと、「それで」
と、リュウの顔を覗き込んだ。
「騎馬戦のときに言っていた、良い物って何だ?」
「え!?」
「私に飲んでほしいって、言ってたではないか」
「あ…、あー、あれな。あれはその」と、リュウはちらりとリンクを見ながら言う。「なんでもねーよ、うん」
「そ、そうそう」リュウに目で助けを訴えられ、リンクは続いた。「なんでもあらへんよっ? 気にすんなや、キラっ……!」
キラが首を傾げながら、リュウとリンクの顔を交互に見る。
「そうか? それなら、気にしないことにするぞ」
「お、おう。そうしろ」リュウは言いながら、キラを左腕に抱いた。「さて、閉会式も終わったことだし帰るか、キラ」
「そうだな、リュウ♪ 私たちの家へと帰ろう」
時刻はそろそろ夕日が見えそうな頃。
リュウ一行は帰路へと着いた。
運動会で見事に勝利したということで、キラやミーナ、グレル、レオンははしゃいでいる。
そんな中、リュウはちらりとリンクの顔を見た。
(どうすりゃいいんだよ、リンク)
リンクもちらりとリュウの顔を見る。
(どうすんねん、リュウ)
リュウが自分のポケットに目を落とし、
(この…)
同時にリンクもリュウのそのポケットに目を落とし、
(その…)
2人は心の中で声を揃えた。
(怪しい小瓶は……?)
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