第25話 芸術の秋
季節はすっかり秋へ。
リュウ一行は、リュウ・キラ宅のリビングに集まっていた。
「さて、予告通り『芸術の秋』を楽しみたいわけだが」と、キラがリュウの顔を見た。「今日の仕事は、午前中で終わったのだな?」
「おう。昼飯食ったし、どこかに行くか?」
「そうだな、芸術の秋だし、どこで何をしようか……」
「んー」レオンが口を開いた。「絵を描くのは? 僕はよく描いてるんだけど、公園とかで絵を描くのって楽しいよ」
「おお」ミーナが声を高くした。「絵ならわたしも好きだぞ!」
「何、そうなのか」キラが少し驚いたように声を出した。「私、絵なんて描いたことないぞ」
「え……」リュウはぱちぱちと瞬きをした。「そういや、そうだっけか。んじゃあ、スケッチブックと色鉛筆でも買って葉月公園に行くか」
そういうことになった。
というわけで、リュウ一行はスケッチブックと色鉛筆を持って葉月公園へとやってきた。
「俺たち(飼い主)は描かねーから、おまえら好きなもん描いて遊べ」
と、リュウ。
キラ、ミーナ、レオンの猫3匹は顔を見合わせた。
「だそうだぞ。どうする、ミーナ、レオン」
「わたしは何でも良いぞ、キラ」
「僕も何でも良いよ、キラ」
「うーん。そうか。では!」と、キラがにっこりと笑って言った。「自分の主を描こうぞ♪」
「おお」
と、声を高くしたのは飼い主3人だ。
照れくさい気もするが、愛猫に自分を描いてもらえると思うと嬉しくて。
猫たちが間隔を空けて芝生の上に座った。
キラがリュウに言う。
「リュウ、少し離れたところに立ってくれ。それでポーズは……うーん、剣でも持ってくれ。上手く描けないかもしれないが……」
「おう。初めてだし上手く描けなくても怒らねーから安心しろ、キラ」
「そうか。私がんばるぞ、リュウ」
ミーナがリンクに言う。
「リンクも少し離れたところにいてくれ。適当に座っててくれれば良いぞ」
「おう! かっこよく描いてな、ミーナ♪」
「実物が実物なんだから、それは無理があるぞリンク」
「おま……」
レオンがグレルに言う。
「グレルも少し離れたとこに立って、適当にポーズお願い」
「おうよっ♪ おまえは絵が上手いから、しっかり描いてくれよ! このオレの肉体美を――」
「いや、脱がないでいいから」
「えー?」
「早く服着て」
猫たちの絵描きが始まった。
モデルの主を、一生懸命スケッチブックに描く。
初めて絵を描くキラは、初めて色鉛筆を握って、どきどきわくわくとした表情をしている。
「ええと、私のリュウは?♪ 艶やかな黒髪で、背が高くて、八頭身で、頼れる腕で、足が長くて、かっこよくてー♪」
楽しそうな愛猫の顔を、リュウは愛おしそうに見つめる。
そんなリュウの横顔を見て、リンクは微笑んだ。
「キラ、どんなリュウを描くんやろな。キラって料理とか上手いし、手先が器用なんちゃうん? 初めて絵を描くとはいえ、上手いかもな」
「上手くても下手でも良い。俺は額縁に入れて飾るぜ」
「あっはっは! ほんまー? ほな、おれもそうしよ」
「オレはもう、何枚もレオンの絵を額縁に入れて飾ってるぞーっと♪」と、自慢げにグレル。「なんたって、まるで写真みてーに描くからな、レオンって♪」
「へえ」リンクは声を高くした。「すごいなあ、ミーナなんて5歳児並やで」
「おい!」ミーナがむくれた顔をして口を挟んだ。「聞こえておるぞ、リンク! ごっ、5歳児とは失礼な!」
「まあまあ」レオンが笑って口を挟んだ。「僕は、実物に近く描けるからって芸術とは違うと思うよ?」
「ほお」キラが声を高くした。「そうか、そういうものなのか。でもまあ、私のモデルは実物そのものが芸術だからな。実物に近ければ近いほど、芸術となる!」
「ずるいぞ、キラばっかりモデルが良くて」
「何を言っておる、ミーナ。おまえは実物のモデルから遠ざけて描けば芸術になるぞ♪」
「おお、さすがキラだぞ! そうだ、そうするぞ!」
「おまえらな……」
リンク、苦笑。
キラが張り切った様子で、色鉛筆を握った。
「よし、私たちペットの間で芸術勝負ぞーーーっ!!」
急遽そういうことになった。
ルールは簡単。
時間制限はなしで、単にモデル(自分の主)をいかに芸術的に描けるか、である。
大賞には、超高級ビール500ml缶×6。
涎が垂れそうになる中、ペットたちの勝負が始まった。
真剣な顔で主をスケッチブックに描いていく猫たち。
「私のリュウは、艶やかな黒髪で、背が高くて、八頭身で、頼れる腕で、足が長くて、かっこよくて……」
「わたしのリンクは、バカそうで短足でガキっ面だから、その反対に描けば芸術だぞー」
「僕のグレルは、うーん……、いいや、もう、そのまま描けば。熊みたいでも芸術になるよね」
それから30分。
レオンが一番最初に描き終えた。
「できたよ、グレル」
と、レオンが主のところへと出来上がった絵を持っていく。
「うんうん、さっすがレオンだぜ!」と、グレル。離れたところにいるリュウとリンクに見えるよう、スケッチブックをくるりと回した。「な、すげーだろ?」
「おっわ」リンクが目を丸くした。「ほんまに写真みたいやん!」
「確かにすげーな」リュウも続く。「才能だな」
「このまま行くと、レオンが大賞だぜ!」
と、大声を上げて笑うグレル。
たしかに、そのままのグレルではあるが、上手いものは上手い。
まるでグレルを写真に撮ったようで。
レオンが大賞と言っても、決して過言ではない。
「あぁもう」リンクは少し焦ってミーナに顔を向けた。「ミーナ、まだかっ? 芸術的なおれは!?」
「うむ、今できたぞリンク!」
「おお、持ってこいや!」
リンクのところへと、ミーナが出上がった絵を持っていった。
「やっぱり…」リンク、苦笑。「5歳児並やん、ミーナ。ほら……」
と、リンクが離れたところにいるリュウとグレルに絵が見えるよう、スケッチブックをくるりと回す。
「おお」リュウが目を丸くした。「すげーぞ、ミーナ。芸術だ。リアルリンクよりかっけーぞ」
「なっ、なんやてリュウ!! まっ、まだリアルのおれのがかっこええやんかっ!!」
「いや、ミーナの絵のがかっけーぞ」と、グレル。「なかなかやるじゃねーか、ミーナ! こりゃ芸術だぜ♪」
褒められ、ミーナが誇らしげに胸を張る。
これでミーナの大賞も夢ではなくなった。
残りはキラだ。
リュウがキラに顔を向けると、キラの顔が暗く沈んでいた。
「? どうした、キラ。描き終わったのか」
リュウが訊くと、キラが頷いた。
「描き終わった……けど、私のリュウはこんなのじゃないのだ。なんというか、特徴を意識するあまりにおかしなことに……」
「上手く描けなくても良いって言っただろ。気にすんな」
「しかし……、怒らないか? リュウ」
「怒るわけねーだろ?」
「絶対?」
「ああ、約束するぜ」
「そ、そうか…」
「ほら、持ってこい、キラ」
そうリュウが手を伸ばすと、キラが重々しく立ち上がった。
リュウのところへと歩いてきて、恐る恐るといったようにリュウにスケッチブックを手渡す。
「どれどれ」と、キラからスケッチブックを受け取ったリュウ。そこに描かれた自分を見て、身体が硬直する。「――…っ……!!!」
リュウの顔が引きつる。
リュウの身体が震える。
「ど、どうしたのだっ、リュウっ?」キラがおろおろとしてリュウの顔を覗き込んだ。「や、やっぱり怒ったのかっ? 怒ったのだなっ?」
「…キ、キラ……」
「な、何だっ? リュウっ?」
「お、おま……!」
何だ、この俺は!
リュウは必死に堪える。
込み上げてくるものを、必死に堪える。
堪えるんだ、俺!
堪えなければ、キラを泣かせちまうかもしれねえ!
今までだって、こういうとき何度も堪えてきたじゃねーか!
堪えろ!
堪えるんだ俺!
堪えろ!
ああ、やばい!
駄目だ!
こみ上げてきた!
やばい、やばいぞ!
キラ、悪い!
もう無理だ!
堪えきれない!
でも泣かないでくれ!
ていうかキラ、勘弁してくれ!
まじで勘弁してくれ!
俺に……!
俺に、こんなところで……!
「ぶわーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」
バカ笑いさせないでくれ!!!
突然爆笑し出したリュウに、一同はぎょっとしてしまう。
驚倒せずにはいられない。
だって、リンクやグレルでさえ、リュウが爆笑するのを初めて目にしたのだ。
一同に遠巻きになられながらも、リュウの笑いは止まらない。
「あーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」
助けてくれ!
心の中、リュウは叫ぶ。
この俺、超一流ハンター・リュウは世間一般にクールで知れ渡っているのに!
こんな公共の場で、キャラを崩させないでくれ!
キラ、おまえ、何てやつだ!
何の恨みがあって、こんなところで俺のツボを突いてくるんだ!
まず、縦長のスケッチブックを精一杯活かして描かれた、細長い俺!(ちょっとツボ)
次に、なすびのヘタのような髪型!(さらにちょっとツボ)
その次に、胴体よりも太いムキムキの腕!(そこそこツボ)
さらにその次に、身体の8割を占める脚!(ツボ)
そして何より……!
20頭身かよ俺っ!!(すげーツボ)
これが漫画じゃないのが残念すぎる!
キラ!
おまえ、ある意味天才だ!!
芸術大賞だ!!
いつまでも笑っているリュウに、リンクが近寄っていく。
「お、おい、リュウ? おまえどうしたん? 何をそんなに笑ってんねん」と、リュウの手からキラのスケッチブックを取ったリンク。「――はっ!? ちょっ…、あーーーーっはははははははははははは!!」
リュウに続いて爆笑した。
「こ、これ誰!? 誰やねん!? 脚なっっっが!!!」
腹を抱えて笑うリュウとリンク。
ミーナが眉を寄せて、リンクの手からスケッチブックを取った。
「そんなに面白い絵を描いたのか? キラ――…って」ミーナの目が丸くなる。「にゃーーーっはっはっはっはっはっはっ!! お、おい、キラ! なんだ、このなすびのような頭は!?」
ミーナも笑い出した。
レオンが苦笑して、ミーナからスケッチブックを取る。
「そんなに笑ったらキラが可哀相だよ」そう思いながら絵を見たレオンだったが。「…な、なんで腕が胴体よりも太……? …ぷっ……!」
やっぱり爆笑した。
最後にグレルがそのスケッチブックを取って、見るなり大爆笑した。
「こっ、こりゃ芸術だ!! 大賞だ!! キラ、おまえが大賞だ!! なんって芸術だよ、オイ!? ピ○ソもビックリだぜ!!」
というわけで、大賞を掻っ攫ったキラではあるが。
芝生の上で笑い転げている一同に、冷たい視線を突きつける。
「…………………」
「――!?」
キラの冷たい視線を感じ取り、一同ははっとして笑いが止まる。
キラの顔を見て、思わず顔面蒼白。
だが、もう遅い。
「ふっ…、ふにゃあああああああああああああああああん!」
キラは泣きながら走り去ってしまった。
慌てて追いかけた一同。
大賞商品の超高級ビールを予定の3倍買い与えた。
キラの絵を額縁に入れてリュウ・キラ宅のリビングに飾り、その絵を褒め称えた。
そうやって、必死にキラの機嫌を取った。
だが、キラは丸2日、口を利いてくれなかったのだった。
こうして、リュウ一行の『芸術の秋』は過ぎていった。
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