第17話 義父上


 ――文月島文月町。

 一週間ここで暮らすことになったリュウとキラは、雨が降りしきる中、宿泊先のホテルを探した。
 文月島でもモンスターをペットにすることが流行とあって、モンスターと泊まれるホテルはすぐに見つかった。
 どうせならと、リュウはキラが喜びそうなスウィートルームを選んだ。
 案の定、キラがはしゃいでルーム内を駆け回る。
 大きなベッドの上をぴょんぴょんと跳ねて、キラが言う。

「リュウ、リュウ、何だかんだで、楽しくなりそうだな。文月島の生活は。 だって、一週間も2人きりで過ごせるなんて、久しぶりではないか?」

「そういえば、そうだな」

 リュウは同意した。
 だって、いつもリンクやミーナ、最近は加えてグレルやレオンも一緒のことが多かったから。

  「さて…と」キラがベッドから飛び降りた。「まずはギルドに行こう、リュウ」

「駄目。キラ、こっち来い」

 キラは振り返った。
 リュウがにやりと笑って手招きしている。

「……。リュウに狼の耳と尾が生えているように見える」

「男はみぃーんな狼だぜ。ほら、こっち来いよ俺の黒猫」

「うん……」

 リュウに手を伸ばしたキラ。
 すかさず引っ張られて、抱きしめられる。
 黒猫の耳に、額に、瞼に、頬に、唇にキスされる。
 キラの主の愛撫は強引だ。
 でも、優しい。
 刺激的で、愛情いっぱいで、甘ったるい味がする。
 身体が、おかしくされる。
 幸せな夢の中に引き込まれていく――。

 RRRRR…

 いつもの何の変哲もない、リュウの携帯電話の着信音。
 キラは一気に夢から引き戻された。

「誰だよ……!? こんな番号知らねーぞ、俺は! 間違いだったら居場所突き止めてぶっ飛ばすぞコラ……!」

 今にもブチ切れそうなリュウ。
 キラは苦笑しながら言う。

「とりあえず出てみるのだ」

 リュウは電話に出た。

「はい……!?」

 殺意たっぷりに。
 返ってきたのは男の声。

「…あーとーにーしーてぇーー…(ハート)」

「――!?」

 この、気持ち悪い声は。
 この、語頭・語尾に間がある喋り方は。

「ゲ、ゲール…!?」

 疑問符をつけてみたリュウだが、紛れもなくゲールである。

 夢から現実へ、現実から恐怖へ突き落とされるキラ。
 リュウにしがみ付き、あたりをきょろきょろと見渡す。

「ど、どこだ!? 奴はどこかで見ているのか!?」

 キラの声が聞こえてか、ゲールが言う。

「…ふふふ…。…心配しなくても、覗いてなんかいないよ…。…私の第六感が、君たちがラブラブモードに切り替わったことを感知してね…」

「さ…、さすがは超一流変態め」

「…ふふふ…、…照れるではないか…」

「褒めてねーよ。つーか、俺の番号誰から聞いたんだよ!?」

「…で、今どこまでやってた…?」

「訊いてんな! それより俺の話を聞け!」

「…番号なら、リンクから聞いたよ…」

 リンク、おまえ帰ったらぶっ飛ばすからな。
 リュウの顔が怒りに引きつる。

 ゲールが続ける。

「…ラブラブモードになってないで、早くギルドへ向かってくれハンター・リュウ…。…私とて、超一流ハンター…。…暇というわけではない…」

 リュウは溜め息を吐いた。

「分かったよ。てめーの代理ってところがすげー嫌だが、今から文月ギルドに行ってやるよ」

「…ふふふ…、…ありがとう、ハンター・リュウ…」

「じゃーな」

「…あ…」

「? 何だよ、まだ何かあんのか?」

「…さっきどこまでやって――」

 電話を切ったリュウ。
 深く溜め息を吐き、怯えているキラを宥めるように抱っこして文月ギルドへと向かって行った。
 
 
 
 文月町の文月ギルドへと着くと、リュウとキラはギルド長室へと通された。
 睦月島でのこともあるし、あのゲールが副ギルド長を勤めるギルドだし、どんなギルド長かと心配していたリュウだったが、どうやら普通の人のようで安堵した。
 一週間ゲールの代理として働くということで、リュウはゲールが終えるはずだった依頼の内容が書かれている書類を受け取って目を通す。

「ふーん…、意外だな」

 超一流変態ゲールの仕事=超変態用仕事、だったらどうしよう。
 なんて思っていたが、普段リュウに依頼される仕事とそう変わりはなかった。
 数はリュウほど多くないが、副ギルド長ということがあるせいか、1つ1つの依頼の報酬額はリュウよりも多かった。

 報酬額の部分に目を落としたキラが、眉を寄せて言う。

「…なんだか、すごく納得がいかないぞ」

「ああ、俺もだ」

 何であのド変態が、という感じである。
 ギルド長室をあとにして、ギルドの出入り口に向かいながらリュウは訊いた。

「どうする、キラ。この量の仕事なら明日か明後日から始めても充分間に合うし、予定通りこれからおまえの親父さんの墓に行くか?」

「そうしようと思っていたのだが……」と、キラがギルドの中の時計を見上げた。「タナバタ山までは遠いしな…。明日の方が良いかもしれないな」

「そうか。助かったぜ」

「今日だったら何かまずかったのか、リュウ?」

「ちょっとな」

「?」

「おまえの親父さんに会うとなれば、あれ買わねーと」と、リュウが財布を取り出して手持ちの金をチェックする。「これくらいあれば、そこそこ良いのが一着買えるか」

 キラはぱちぱちと瞬きをしながら訊く。

「あれって、何を買うのだ、リュウ」

「スーツに決まってんだろ」

「へっ?」キラの声が裏返った。「ま、待てリュウ! 普段通りで良い! 父上に会うって言ったって、もう逝ってるのだぞ!? と、というか、ペットの父親に会うのに、そんなに決め込むのはおかしいではないかっ…」

「いいんだよ。俺にとっては一大イベントだ。花束は何がいいかな。やっぱ美味いやつ? スーツ買いに行くついでに、花屋もチェックしてくかー」

 と、リュウがキラを片腕に抱っこしてギルドから出る。
 傘を差しながら、キラは慌てて訊く。

「リュ、リュウっ? ま、まさか、これからスーツ買いに行くのかっ?」

「おうよ」

「普段通りで良いと言っているではないかっ! 墓だって、私が適当な石を選んで置いただけだしっ…」

「何っ」リュウが驚いたように声をあげた。「でけー墓石買って行かねーと」

「ちょ…!? ちょ、ちょっと待つのだ、リュウ! うきうき歩いてないで止まれ!」

 キラ喚くので、リュウは眉を寄せて立ち止まった。

「なんだよ、キラ?」

「本当にそこまでしてくれなくて良い!」

「させろよ」

「墓石の下に、父上が眠っているわけではないしっ…」

「え」

 どういうことだ。
 キラが続ける。

「父上はたしかにあのタナバタ山で死んだ。でも、父上のお身体は土に埋まっていないのだ」

「何で」

「必死に探したのだ。でも、見つからなかった。消滅してしまったから」

「――」

 消滅?
 どういうことだ。

 リュウの頭がますます混乱する。

「リュウ、私たちブラックキャットは1つだけ魔術を持っていると言ったな」キラが続けた。「私たちは、その魔術を普段使うことはない。強力すぎるが故に、己の命も失ってしまう恐れがあるから」

「ああ…、聞いた」

「父上は、それの呪文を……破滅の呪文を、唱えたのだ。私を、守るために」

「――」

 リュウの頭の中に、疑問がいくつも湧いてくる。

 ブラックキャットの中でも最強だったキラの父親が、破滅の呪文を唱えた?
 それほどまでに強いモンスターが現れたということか?
 文月島に?
 タナバタ山に?
 いつ?
 たしか、キラは4つの頃にここへ来たと言った。
 キラが4つということは、俺が5つの頃。

(――俺が5つの頃、親父が死んだ。あの、タナバタ山で……)

 リュウは、はっとしてキラの顔を見た。

「バハムート……」

 呟いた。
 父親の命を奪った、モンスターの名を。

 キラが一瞬驚いたように目を丸くする。

「そう…か。リュウも5つ。覚えているか……、16年前のことを」

「まさか…、まさかおまえの親父、あのとき――」

「明日」キラがリュウの言葉を遮った。「…明日、父上の墓前で話す。今日はもう、疲れた……。あのド変態のおかげで」

「……。そうだな」

 ゲールの顔が思い浮かび、思わずリュウの顔が引きつる。
 リュウが歩き出すと、キラが訊いた。

「ホテルへ帰るのか?」

「いや。スーツ買って、花束注文して、でけー墓石買って明日までに名を彫ってもら――」

「リュウ」キラ、苦笑。「だからそこまでしなくて良いと言ってるではないか」

「うるせー、させろ」

「何故だ」

「16年前のこと、まだ聞いてねーけど…。おまえの親父さんは、おまえを守ってくれた。これははっきり言える事実だ。スーツも花束も当然。どんなでけー墓石買っても、感謝しきれねーよ」

「リュウ……」

「本当、もう…」リュウの足が再び止まった。「良かった……!」

 リュウの腕が、ぎゅっとキラを抱きしめる。

「――…っ……」

 主の腕の中、キラの瞳から涙が零れ落ちた。

(父上…、父上、守ってくれて、ありがとう……!)
 キラが幾度となく言ってきた想い。
 でも、今ほどそれを強く感じることはなかった。

 この主と――リュウと出会わせてくれて、ありがとう。
 
 
 
 翌日。
 天気は小雨。
 リュウとキラはホテルで朝食を済ませると、レンタカーでタナバタ山まで向かった。
 文月町からタナバタ山までは、車で5時間もかかる。
 レンタルしてきたトラックの荷台には、大きな墓石が積まれている。
 リュウが一番大きいものを注文したものだから、そりゃもう、父の名前が彫られているその墓石にキラは仰天した。
 まるで父が王様にでもなったようで。
 トラックを運転しているリュウは高級スーツに身を包み、助手席のキラとの間には白い薔薇の花束。
 キラが味見して一番おいしかった花を選んだのだが、リュウときたら店にあるだけのその花を包んでもらった。

 約5時間後にタナバタ山に着くと、幸い雨が止んでいた。
 キラが作った墓は、キラの予想通りなくなってしまっていた。
 墓があった辺りに、リュウがその人間とは思えぬ怪力で新しい墓石をトラックの荷台から運んで設置。
 たくさんの花束を添え、リュウが墓前で頭をさげて挨拶をした。
 ペットの父親に挨拶なのに、まるで恋人の父親に挨拶をしているようなリュウに、キラが笑う。

「な、何笑ってんだよ、キラ…」

「だって、リュウ! おまえは私の主なのだぞ? 恋人の父が相手ならともかく、ペットの父に『娘さんは俺が幸せにします』なんて、おかしくないか?」

「おかしくねーよ。その言葉に嘘はねえ」リュウの手が、キラの頬に触れる。「そうだろ?」

「ああ……」と、微笑んだキラ。「そうだな。リュウでなければ、私はもう幸せになどなれない」

 リュウの首に抱きつく。
 キスをしようとしたら、リュウに引き剥がされた。

「ばっ、おまっ、キラっ…! お義父上の墓前で何をっ…!」

「良いではないか、キスくらい。大体、何を今さら」と、キラが眉を寄せた。「そんな清い付き合いをしているフリなどして――」

 リュウがキラの口を塞いだ。
 慌てて話を逸らす。

「で…!? で、キラ、16年前に、何だって……!?」

「ああ、そのことか」と、キラがリュウの首から離れた。「話す……か」

「おう」

「16年前――」

 キラが16年前のことを話し出した。

 16年前、滅びたはずのバハムートという、最強ドラゴンが文月島のタナバタ山に現れた。
 その強さはどのモンスターよりも遥かに上回り、全12島が破壊される危機に陥った。

 当時5つだったリュウも、よく覚えている。
 テレビの中継に映された、あの大きな黒い翼を。
 タナバタ山の上を悠々と舞う、巨大なドラゴンを。

 12島から超一流ハンターが急遽集まり、バハムートを退治することになった。
 その中に、リュウの父親もいた。
 必ず生きて帰ってくると言った父。
 リュウも帰ってくるだろうと思っていた。
 殺しても死にそうにないような、とても強い父だったから。
 でも、帰ってきた父は、もう二度と目を開けることはなかった。
 顔すら誰だか分からなくなっていた。
 バハムートの尾の一撃で、潰れてしまったから。

 次から次へと命を落としていく超一流ハンター。
 もうこの世は終わってしまうのだと、リュウはテレビの前で感じていた。
 きっと、誰もが同じことを思っただろう。

 そのときだった。

 バハムートが突然、爆発に包まれた。
 文月町にあったカメラは爆風に飛ばされてしまい、それは一瞬しか映らなかった。
 でも、リュウは見逃さなかった。
 あの、見たこともない程の巨大な爆発を。
 そして、バハムートの姿は跡形もなく消滅していた。

「それを人間たちは、バハムートが自爆したと言っているらしいが」キラが言う。「あれは、父上が破滅の呪文を唱えたのだ。私を守るために」

 そしてキラの父は、バハムートと共に自ら起こした爆発の中で消滅した。
 だから爆発のあとに探した父の身体は探してもみつからなかったと、キラは言った。

「信じてくれるか……、リュウ」

「当たり前だ……!」

 リュウはキラを抱きしめた。
 もう、キラの父には何と言えば良いのか。
 リュウの父親ですら歯が立たなくて、誰もがこの世の終わりを感じていた、あの時。
 この世を、リュウの愛するキラを、守ってくれたのは紛れもなくキラの父親。

(ありがとうございます……!)リュウの頭に浮かんできた言葉は、それしか見当たらなかった。(ありがとうございます…、ありがとうございます……!!)

 心の中で、そう何度も頭を下げたリュウ。
 一瞬、ふわりと頭に何かを感じて、顔をあげる。

「え……?」

 リュウの腕の中、キラがリュウの顔を覗き込む。

「どうした、リュウ?」

「いや、今、なんか……」

 誰かに、頭を撫でられたような気がした。
 そう言おうとして、リュウは口を閉ざした。

 首を傾げているキラの頭を撫で、リュウは言った。

「いや、何でもねえ」

「そうか」そう言ったあと、キラが笑った。「リュウの手は、父上の手に似ているな。父上はよく私の頭を、そんな風に優しく撫でたものだ」

「そう…か」と、リュウは短く笑った。「どうやら俺も撫でられたみてーだな」

「え?」

「何でもねえ。……さて、墓参りも終わったことだし、帰ろうぜ」

「そうだな」

 リュウとキラは手を繋ぎ、トラックの中に戻った。

 文月町へと近くなったとき、リュウの携帯電話が鳴った。
 運転中のリュウに変わってキラが出ると、ミーナの声が返ってきた。

「もしもし、キラか?」

「そうだぞ、ミーナ」

「聞いてくれ、キラ」

「どうした、ミーナ」

「葉月島は、もうすっかり夏だぞ! 早くキラと遊びたいぞ!」

「ああ、そうだな」

 キラは微笑んだ。
 夏は大好きだ。
 リュウと出会った季節だから。

 電話を切ったあと、キラはリュウの横顔を見て訊いた。

「なあ、私の愛する主」

「なんだ、俺の可愛い黒猫」

「夏は好きか?」

「ああ、好きだ」

 どうして?

 そうキラが訊く前に、リュウが微笑んで続けた。

「おまえと、出会った季節だから」
 
 
 
 
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