第16話 文月島タナバタ山


 ――キラの叫びから5分後。

 縄で手足を縛られた誘拐犯の男と、そこから遠巻きになっているリュウ一行。
 おかしなことに、殺すつもりだったはずの男に、リュウは治癒魔法をかける破目に。

 男が言う。

「…ああ、快感だった…。…ふ、ふふふ…」

「ド変態がっ…!」

 リュウは言いながら、震えて怯えているキラを背に隠した。

 男が言う。

「…申し遅れたな…、私の名はゲールという…」

「てめーの名前なんざどうだって良いが」リュウは言った。「誘拐の目的は何だ」

「…調査だ…」

 リュウとリンクは眉を寄せた。

 リンクが訊く。

「調査って、なんのやねん」

「…ブラックキャットの力だ…」

「ブラックキャットの?」

 ゲールが頷き、続けた。

「…ここ文月島にはブラックキャットがいなくてな…」

「そうやっけ?」

 リンクはリュウに顔を向けて聞いた。
 リュウが言う。

「文月島はホワイトキャットはいるが、ブラックキャットはいねえ。ていうか、猫科モンスター自体少ないはずだ。犬科ならごろごろいるが」

「…ああ、そうだ…」ゲールが頷いた。「…最近になって文月島でもようやくモンスターをペットにすることが流行りだしたのだが…」

「どうでもええけど」リンクは苦笑した。「あんた、喋るの遅いな」

「…それで…」

「無視かい」

「…どうせモンスターを飼うならば、強ければ強いほど良いという意見がハンターの中であがり…。…最強を謳われるブラックキャットと、同じく最強を謳われるレッドドッグ…。…どちらが強いか、調査をしてこいと文月ギルド長に言われたのだ…」

 レッドドッグ――ブラックキャットやホワイトキャットと同じで容姿は人間に近く、赤毛の犬耳と尾が生えているモンスター。葉月島には生息していなく、主に文月島に多く生息する。

「ふーん?」そうだったかと、リンクは頷いた。「んで、ド変態のあんたは身を持ってブラックキャットの力を調査したんやな?」

「…ああ…」ゲールが頷いた。「…す、素晴らしかった…。…ふ、ふふふ…。…私の人生、ベスト3に入る快感だった…」

 リュウの背、キラの尻尾の毛が逆立つ。

「でも」リンクは苦笑した。「何でわざわざミーナを誘拐なんかしたん? そういうことなら、直接リュウに話せば良かったやん」

「アレだろ」と、リュウが溜め息を吐いた。「キラを怒らせることによって、真の力を調査できると思ったんだろ、どーせ」

「…そういうことだ…」ゲールが頷いた。「…悪いが君たちのことを、少しの間付けさせてもらった…。…そしてキラがミーナを溺愛していることを知り…、…ミーナを誘拐…といういうわけだ…」

「なるほどなー」リンクはうんうん、と頷いた。「あれやもんな。キラを怒らせるならリュウを誘拐でも良かったんやろうけど、リュウを誘拐したらリュウに殺されてしまうもんな」

「…ああ…」ゲールが頷く。「…ハンター・リュウは文月島でも有名だ…。…ハンター・リュウの力は人間の域を越えていると…」

「あははははは」リンクが笑った。「そうなんよー、リュウって人間じゃなくてバケモ――」

 ゴスッ!!

 リンクの言葉を拳で遮り、リュウはゲールに訊く。

「んで? 調査の結果、ブラックキャットとレッドドッグはどっちが強いと判断した」

「…私のこの強靭な肉体をもあっさりと引き裂いてしまう、その爪…! …圧倒的にブラックキャットだ…!」

「当たりめーだ、キラなんだから。調査の対象間違いだ、あんた。キラはブラックキャットの中でも桁外れの力なんだよ」

「…対象間違い…」と、ゲールが鸚鵡返しに言った。「…そうか、この調査は無意味だったか…」

「別のブラックキャットで調査し直すんだな、逃がしてやっから」リュウは言いながら、ゲールの縄をほどいた。「じゃ、俺たちは帰――」

 ゲールがリュウの腕を掴んだ。

「?」

 リュウが眉を寄せて振り返ると、ゲールが言った。

「…ハンター・リュウ…」

「なんだよ」

「…私は今から再び、調査のため葉月島へと向かう…」

「別の飛行機に乗れよ」

「…その間、頼みたいことがあるのだが…」

「は?」リュウはますます眉を寄せた。「何だよ」

「…私も超一流ハンター…。…文月島での仕事というものがある…」

「そりゃそうだ」

「…そこで、なのだが…。…私が葉月島へ行っている間、文月島で私の代わりに働いてくれな――」

「はいはいはいはい」リュウがキラを腕に抱き、倉庫の出入り口に向かう。「早く帰ろうなー、キラ。あー、怖かったなー」

「…ハンター・リュウ…!」

 ぐわしっ!!

 ゲールがリュウの肩を握った。
 力一杯握った。

「…頼む、ハンター・リュウ…!」

「嫌だ!」

「…私は『ブラックキャットの力を調査せよ』という文月ギルド長からの依頼を終えなければならないのだ…!」

「知るか! 俺だって暇じゃねーんだよ!」

「…ふふふ…。…大丈夫だ、ハンター・リュウ…」

「何がだよ!?」

「…ふふふ…、…私を誰だと思っている…?」

「超一流変態・ゲール、だろ」

「…正解だ…」

「じゃーな」

 と、早足で倉庫を去るリュウ一行。

 それから2分後。
 リュウの携帯電話が鳴った。

「はい」

「もしもしー、リュウかい?」相手は葉月ギルド長。「仕事の予定変更になったよー」

「は?」

 リュウは眉を寄せて立ち止まった。
 葉月ギルド長が続ける。

「んーと、今どこいる? 一週間ほど文月島に飛んでほしいんだけど」

「ちょ、ちょっと待ってください。なんで急にそんなことに?」

「あのねー、文月ギルドの副ギルド長が、一週間ほど葉月島で仕事しなきゃいけないらしくってねー。文月副ギルド長直々に、リュウに仕事の代理をお願いしたいって、ついさっき電話があったんだよー。断るとうちのギルドの格が下がるから、よろしくねー。あー、あとリンクの仕事までは変更できないから、リンクは連れて行かないでねー。じゃ、そういうわけで」

 電話が切れる。

 おっさん、あんた相変わらずだな。
 リュウは心の中で葉月ギルド長に突っ込んだ。

 というか。
 もしかして。
 ゲール=超一流ハンター=超一流変態=文月ギルド副ギルド長……!?

 思わず愕然としてしまうリュウ。
 背後に何者かの気配を感じ、はっとして振り返る。
 そこには、にやりと笑っているゲールの姿。

「ひぃっ…!」

 リュウの腕に抱かれているキラが、尻尾の毛を逆立てる。

 ゲールが言う。

「…ふふふ…、…ハンター・リュウ…」

「あ、あんた、文月ギルドの副ギルド長だったのかよ……!?」

「…ふふふ…、…そうだよ…?」

「き、聞いてねえっ…!」

 そんな、こんなド変態男にハンターを動かせる権力があったなんて。
 時には葉月ギルド長をも黙らせることができるリュウであるが、葉月ギルド自体の格が落ちると言われてしまえば、その命令に逆らうことができず。

 その上、キラが必死な様子で言う。

「リュ、リュリュリュリュ、リュウ! た、たった一週間だ! 一週間くらい、文月島にいてやろうじゃないかっ! か、観光気分でっ! な!? な、リュウ!? わ、私っ、すごく一週間だけ葉月島にいたくないぞ!」

 だって気持ち悪いから!
 だって恐ろしいから!
 超一流変態・ゲールが!

 尾を逆立て、爪を立て、リュウのシャツを握っているキラ。
 よっぽどゲールの変態ぶりが恐ろしかったのか、キラの様子が尋常じゃない。
 乱れている呼吸に、激しい動悸。
 視点を定めない黄金の瞳からは、今にも涙が零れそうだ。

「わ……、分かった」

 リュウは頷いた。
 キラがこんな状態になっているのに、葉月島に帰れるわけがない。
 今日から一週間、超一流変態・ゲールがいる葉月島になど。
 
 
 
 というわけで。
 リュウとキラは文月島に残ることに。

 リンクとミーナ、ついでにゲールを見送り、リュウとキラは文月町に向かった。
 ゲールの姿が見えなくなって、ようやくキラが平常に戻る。
 葉月島は明日には梅雨明けらしいが、文月町にその気配はまだないらしい。
 冷たい雨が降りしきっている。
 文月町のコンビニで1つビニール傘を買い、リュウの片腕に抱っこされているキラが手に持って差す。
 まずはホテルを一週間泊まれるホテルを探し、そのあと仕事内容を聞きにギルドへ行くことにした。

 文月島は全12島ある中で一番広く大きい島で、中央から南にかけてある文月町の大きさも、比較的大きい葉月町の3倍近くはある。
 摩天楼が多くそびえ立ち、人口の数も全島一だ。

 そして、北には大きなタナバタ山がそびえ立っている。

「タナバタ山…か」

 文月町から見渡して、リュウは呟いた。

(懐かしい…山だ……)

 タナバタ山には、リュウにとって忘れられない記憶がある。

(親父が、命を落とした山だ。殺しても死にそうに無かった、あの超一流ハンターの親父が……)

 幼い頃に追いかけて追いかけた、偉大な父の背中がリュウの脳裏によぎる。
 あの頃のリュウにとっては、とても大きかった。
 とても、とても大きかった父の背中。
 今はどれくらい、追いつくことができているのだろう。

(ここに来ると、思わず親父のこと思い出しちまうな……)

 立ち止まってまでタナバタ山を見渡していたリュウは、腕に抱いているキラに顔を向けた。
 きっと首をかしげて、このリュウの顔を覗き込んでいる。

 そう、思ったのだが。

「懐かしい…山だ……」

「え…?」

 と、リュウは首を傾げた。
 今、何と言ったのかと。

 キラの台詞が聞こえなかったのではない。

(キラ、おまえ……、さっき俺が思ったことと同じことを言わなかったか……?)

 というか、言った。
 たしかにキラは言った。
 タナバタ山を見て、『懐かしい』と。

 キラが黄金の瞳でタナバタ山を見つめながら続ける。

「リュウ、私な。一度だけこの島に来たことがあるのだ」

「どうやってだよ」

 リュウは少し驚きながら訊いた。
 葉月島の隣の島だと言っても、飛行機で2時間弱もかかる。
 野生だったキラが飛行機になんて乗るわけないし、まさか海を泳いできたとでも言うのだろうか。

「文月島へと帰る、飛行型のモンスターが葉月島を通りかかってな。まだ4つと小さかった私は、その背に乗せてもらったのだ」

「へえ、そんなこともあるのか。ていうか、何で文月島に?」

 野生のモンスターは滅多なことがない限り、己が生まれた島から離れることはない。
 しかも4歳のころなんて、よっぽどの理由があるように思えた。

 キラがリュウの質問に答えずに言う。

「リュウ、早く泊まるホテルを探そう」

「おい、キラ?」

 質問の答えは?

 リュウがそう訊く前に、キラが言った。

「ホテルを見つけて、ギルドで仕事を確認したら、行きたいところがある」

「? どこだよ」

「もう、跡形もなくなってしまっているかもしれないが……、父上の墓だ」

「は?」

 父親の墓?
 ブラックキャットが文月島に住んでいたなんて歴史はないはずだ。
 墓があるとしたら、葉月島じゃないのか。
 どこに父親の墓があるというんだ。

 キラが再び、タナバタ山に黄金の瞳を向ける。
 リュウの疑問に答えるように、キラが言った。

「私の父上の墓は、あの山にある」
 
 
 
 
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