第99話 ただいまトリプルデート(?)中です 後編
すっかり日が暮れ、ネオンに包まれる葉月町の一角。
もう大分小さくなった肉団子の中央で走り続けていたリュウがようやく立ち止まり、怒声をあげた。
「ああ、いねえ…! アッチにもコッチにもソッチにもアソコにもココにもいねえっ……! どこ行きやがった、バカエル!!」
「や、やっと止まったで……」
と疲れた様子でリンクがリュウの背から降りると、それに続いてキラとシュウ、レオン、グレル、ハナもリュウから離れ、肉団子はようやくバラバラに。
リンクが続ける。
「なあ、リュウ。もう帰ろうや。ジュリたち、もう屋敷に戻ってるかもしれへんで」
シュウが同意して続く。
「そうだぜ、親父。こんだけ探していないんだから、もう屋敷に戻ってるだろ」
「ていうか」と、レオンも顔を引きつらせながら続いた。「これ以上、葉月町を破壊するわけにはいかないんだけど……」
うーん、と唸ったリュウ。
少し閉口したのち、
「それもそうか。いい加減、屋敷に戻ってるか。よし、帰るぞ」
とキラを左腕に抱いて、歩いて帰路へとついた。
それでほっと安堵した一同だったのが……。
「ん? 待てよ……まだ行ってねーとこがある」
というリュウの呟きが聞こえてきて、やばいと思い再びリュウを押さえつけようとしたが遅く。
「そうか、あそこにいやがるのか、バカエル!!」
止める間もなく、リュウはキラを左腕に抱いたまま再び駆けて行った。
「ま、ま、ま、待つのだ!! リュウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーー…………」
とだんだんと小さくなり聞こえなくなっていったキラの声と、あっという間に見えなくなったリュウの背。
ただでさえバケモノ並の俊足なのに魔法でさらに速くなったあの足に追いつけるわけもなく、残された一同はその場で立ち尽くしながら冷や汗を掻くしかなかった。
一方、リュウの左腕に抱かれているキラ。
足をじたばたとさせて必死にリュウと止めようとするが、リュウは止まることなく目的地へと向かって一直線。
「ま、待つのだ、リュウ! どこへ行くというのだ!?」
「あそこだ、あそこしかねえ! ネズミー通りだ!」
「ネズミー通りっ? リーナはネズミが好きではないのだから、きっとそこにはいないはずだぞ!」
「いーや、ネズミ好きのローゼがいるんだから行ってるはずだ! リーナがいくら嫌がろうと、ローゼバカのシオンによりズルズルと引き摺られてな!」
「…か…可能性ありまくりだぞ……」と苦笑したのち、キラは慌てて続ける。「で、でもネズミー通りはまずいぞ、リュウ! ネズミー通りはいつだって、猫モンスターやそのハーフで賑わっている! もう、人ゴミならぬ猫ゴミだ! 猫モンスターの主だっているし、怪我人や怪我猫は免れぬ! 危険だ! 止まるのだ、リュウ! リュウーーーっっっ!!」
と必死にキラが止めようとするものの、時速600kmに到達したその足ではあっという間に着いてしまい。
「よっ、避けるのだ、猫どもぉぉぉぉおぉおおぉおおぉおぉぉおおおおーーーっっっ!!」
キラの絶叫と共に、人ゴミならぬ猫ゴミであるネズミー通りの中へと突進していった。
ネズミー通りの一角にある宝石店――ジュエリーネズミの中。
ミカエルはきょろきょろと店内を見回した。
ついさっきまでいたはずのジュリとリーナが、忽然とその場から姿を消している。
「どこ行ったんだ、2人とも……」
「手ぇ繋いで出て行ったぜ、ついさっき」
と言ったシオンの方を見、ミカエルは顔を顰める。
「ちょっと目を離した隙にやられたか……、ジュリに」
「いや、リーナだ」
「何?」
「リーナが、ジュリ兄を引っ張って出て行ったんだよ。おまえがユナ姉を構ってる間にな」
「――え……?」ミカエルは困惑しながら傍らのユナに目を落としたあと、シオンに顔を戻して訊く。「この辺で2人が行きそうな場所ってどこだっ……?」
「さあな、知らね」
とシオンが呆れたように溜め息を吐く一方、シオンの隣にいたローゼが答えた。
「海ですかにゃあ……、ネズミー通りから近いし」
ミカエルは「そうか」と返すと、すぐさまユナの選んだブレスレットの会計を終え、そして店から駆け出て行った。
そしてその後を、ユナも慌てて追いかけて行く。
「待って、ミカエルさま! あたしも行く!」
それから10分ほどして、ジュエリーネズミから出たシオンとローゼ。
「どうする、ローゼ。俺たちは帰るか」
「うーん…。でも、ジュリさんたちのことが気になるしにゃあ……」
なんて会話していたときのこと。
ローゼの白猫の耳がぴくぴくと反応する。
「にゃ? なんか、ネズミー通りが物凄く騒がしいような…? ていうか、キラさんの声が聞こえる……?」
「は? ばーちゃんの?」
とシオンが眉を寄せた次の瞬間、後ろからシオンの耳にも聞こえて来た、猫モンスターやそのハーフ、人々の――ネズミー通りを歩いている者たちの悲鳴。
一体何事かと振り返ってみると、ネズミー通りを歩いていた者たちが辺りの店の中に逃げ込んでいく。
そして出来た通り道に姿を現したのは――
「うっわ…、師匠なんでキレてんだ……」
リュウとその左腕に抱かれているキラ。
リュウのあまりの形相に泣き叫び、シオンの背に隠れたローゼだったが。
リュウはローゼの傍らで急停止し。
がたがたと震えているローゼを右腕に抱き上げ。
殺気ムンムンで、こう訊いた。
「おまえのニイチャン、どぉぉぉこだぁぁぁぁぁぁぁぁ……!?」
「――!?」
ジュリの手を引っ張りながらジュエリーネズミを出、ネズミー通りを出、近くにある浜辺へとやって来たリーナ。
すっかり日が暮れ、打ち寄せてくる黒い波の手前、息を切らしながら立ち止まる。
(どういうことやねん、ミカエルさまっ…! どういうことやっ…! やっぱりユナちゃんのこと、好きなんちゃうんっ……!?)
リーナの顔を覗き込んで、その困惑したグリーンの瞳を見つめてジュリは訊く。
「どうしたの? リーナちゃん」
「…う…ううんっ……、なんでもあらへん」
と答えたリーナだが、そうでないことはジュリにばれていた。
ジュリが続ける。
「今日、何度も何度もミカエルさまのこと気にしてたね」
「えっ? そ、そんなことあらへんよっ…、そんなのことっ……! ほんまに、そんなことっ……!」
とリーナは必死に否定したが、そんな嘘もジュリにばれているだろう。
ジュリの少し傷付いた大きな黄金の瞳から顔を逸らし、言い直す。
「……ご…ごめん……ジュリちゃんっ……! 今日、ほんまはジュリちゃんとのデートやったのに、うちときたら……!」
ふう、とジュリの小さな溜め息がリーナの白猫の耳に聞こえた。
怖くてジュリに顔が戻せない。
(あかん…! ジュリちゃん、絶対怒っとる…! 当たり前や、うちが悪いんやから…! あかんっ…、怒鳴られるっ……!)
と、ぎゅっと白猫の耳を両手で塞いだリーナに小さく聞こえて来たのは、意外な言葉だった。
「僕って、本当にまだまだだなあ。もっと男を磨かなきゃ」
「――えっ……?」
リーナが白猫の耳から手を離してジュリの顔を見ると、それは決して怒りの色を浮かべてはいなかった。
呆れたような、そんな表情をしている。
リーナにではなく、己自身に。
「ジュ…ジュリちゃんっ…? お…怒らへんのっ…? うち、ジュリちゃんのこと傷付けるようなことしたんにっ……!」
とリーナが恐る恐る訊くと、ジュリが続けた。
「ここで僕が感情的になって怒ったって、リーナちゃんを泣かせるだけでしょ? そのことはもう、痛いくらいに学んだよ」
そう言って苦笑するジュリの顔を見つめながら、リーナは思う。
今日一日の中で何度か思ったが、改めて思う。
(ああ…、ジュリちゃんほんまに、大人になってく……)
ジュリといて、以前はなかった安心感を覚える。
すっかり『守る側』から『守られる側』になったと感じる。
そして起き始めた動悸の中、リーナはまた改めて思うことがあった。
(ジュリちゃんやっぱりもう…、もう……)
『男の子』じゃなく、
(『男性』に、見える――)
ジュリの襟元に、ふと伸びたリーナの手が合図。
ジュリの唇が、リーナの唇に重なった。
こちらへと向かって砂浜を駆けてくる足音を聞きながら、唇を奪い合う。
(うち、もう決めよかな……、ジュリちゃんに……)
約15m手前、ふと止まった足音。
うっすらと瞼を開けたリーナのグリーンの瞳が、そちらに向いていく。
(せやかて、ユナちゃんのことが好きなんやろ? ほんまはもう、うちよりユナちゃんのことが好きなんやろ? なあ、そうやろ? そうなんやろ……?)
と問い掛けるリーナの視線の先には、ミカエルの足元。
身体の横でぎゅっと握られた拳、大きく呼吸している胸、汗ばんだ首元、息を切らす唇。
そして、深く傷付いたブルーの瞳――
(――えっ……!?)
それを捉えた瞬間、胸が強く痛んだリーナ。
咄嗟にジュリから唇を離そうとしたが、ジュリの右腕に肩を抱かれて離せない。
一方、月明かりの下、重なっている2つの黒い影を呆然とした様子で見つめているミカエル。
「見ちゃ、ダメっ……!」
という背後からのユナの声と共に、視界が真っ暗に。
「……ユナ?」
「見ちゃダメ、ミカエルさま…! 見ちゃダメ……!」
ミカエルの目を押さえるユナの手が小刻みに震えている。
(ジュリのバカっ…! リーナのバカっ…! ミカエルさまの前でキスしないでよっ……!)
今ミカエルは、どんな心境でいるのか。
それを察した途端、ユナの胸がずきんずきんと痛みをあげる。
淡い紫色の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちていく。
「見ちゃダメ、ミカエルさまっ…! 見ちゃ…、見ちゃ嫌っ……!」
己の首の後ろあたりが濡れていくのを感じたミカエルの口元が、ふと微笑む。
「……まったく、おまえが泣いてどうするんだ、ユナ?」
「あっ…、ご、ごめんなさいっ…! あたし、本当泣き虫でっ……!」
「私は人間だから、こんな暗い中でははっきりとは見えない。その分マシだから大丈夫だ、気にするな」
そう言って目元からユナの手を取り、振り返ったミカエル。
ユナの涙を指で拭いながら続けた。
「……ありがとな、ユナ。帰って、きっとまだやっているだろうハナの誕生日パーティーに参加するか」
「えっ…? そのっ……、いいのっ?」
リーナのことは?
とユナが心の中で続けると、頷いたミカエル。
「ああ…、いいんだ……」
そう呟くように言い、ユナの手を引いて踵を返していった。
後方、小さくなっていくミカエルの背を見つめるリーナが、ジュリを力一杯突き飛ばす。
そして待ってと叫ぼうか瞬間、ミカエルとユナよりもさらに遠くから誰かがやって来るのを見つけ。
その顔を確認した瞬間、一気に体中の血の気が引いていった。
「リュ、リュリュリュ、リュウ兄ちゃん……!?」
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