第97話 ただいまトリプルデート(?)中です 前編
キラとシュウ、ミラ、サラ、リン・ラン、マナ、レナ、リンク、ミーナ、レオン、グレル、ハナの13人に纏わり付かれ、まるで肉団子状態になって葉月町へと続く一本道を約時速480kmで駆けて行くリュウ。
足元はスリッパだし、誰かの身体が顔に覆い被さっていて前は見えないが、猛然と駆けて行く。
「ふにゃあぁぁあぁぁあ! おっ、落ちっ、落ちるのだぁああぁぁあぁぁあ! ――ふにゃあっ……!」
と、リュウ宅のリビングから出て早々に肉団子から落ちたミーナの泣き声も聞こえず。
「パ、パパ止まって、お願い! パパ! ……きゃあんっ!」
と、一本道の中央辺りで耐え切れず肉団子から落ちてしまったミラの懇願も聞こえず。
「パ、パパパパパパパパ! ダ、ダメだよこのまま葉月町に入っちゃ! あ、危な――わあぁっ!?」
と、葉月町に入った瞬間、カックーンと左に曲がったリュウに振り落とされたレナにも気付かず。
リュウの足は止まらない。
それどころか、一人落ちるたびに身体が軽くなるものだから、そのスピードは徐々に増していく。
「よっ、避けて!! 避けてくださいっす、皆さぁぁああぁぁあぁぁああぁぁあぁん!! 死にたくないなら避けてぇぇええぇぇえぇぇええぇぇええぇぇえっっっ!!」
と、リュウが向かっている先にいる通行人や車に向かって必死に絶叫するシュウの声も混じり、騒然とする葉月町。
その頃、リュウが向かって行った方向とは反対側にある、とあるファッションビルの中にいたジュリたち――ジュリとリーナ、ミカエル、ユナ、シオン、ローゼ。
猫の耳を持つジュリとリーナ、ユナ、ローゼが同時に「ん?」と外の方向に顔を向けた。
「なあ、なんか外が騒がしくあらへん?」
「だよねえ、リーナちゃん。それに兄上の声が聞こえたような?」
「兄ちゃんだけじゃなく、うちの家族の声が聞こえた気がするよ、ジュリ」
「ですにゃ、ユナさん。ローゼも聞こえました気がしましたにゃ、皆さんの声」
と外を気にしている4人を見、シオンが言う。
「あれじゃねーの? 師匠がカレンに貧乳言って、カレンが大暴れしてるんじゃねーの」
「可能性あるな」と同意したミカエルが顔を引きつらせる。「って、物凄く危ないじゃないかソレ」
「大丈夫だろ、師匠がいるなら」
そう言ったあと、シオンがローゼの手を引っ張ってレディース物の服が売られているブティックの中へと入っていった。
そこのスカートコーナーを指差し、「それより」と話を変える。
「さあ、選べローゼ。好きなミニスカを。ミニワンピでも可」
「にゃ?」
「買ってやる。そして着替えろ」
というシオンの言葉を聞き、ローゼがはしゃいだ様子で服を選び始める。
ミカエル、苦笑。
「シオンおまえ、そこまでミニスカが好きなのか……」
「近所のスーパーに行くような服のままじゃ、ローゼだって嫌がんだろ」
「まあ、そうだな」
「つーわけで、ローゼの服代よろしく」
「……。…おまえさっき、ローゼに『買ってやる』って言ってなかったか?」
「あとで返す。何にも準備してねーとこをリーナに無理矢理引っ張られてきたから、財布持って来てねーんだよ」
「ああ、そうか。いい、ローゼは妹だ。私が買ってやるから返さな――」
返さなくていい。
と、言おうとしたミカエルの言葉を遮るシオン。
「ローゼのものは俺が買ってやんの」
と言うなり、ローゼに呼ばれてそちらに向かっていった。
その背を見ながら、ミカエルが笑う。
「まったく、子供なのは年齢だけだな」
「本当、そうなんだよね」と、ミカエルの傍らにやって来たユナ。「ジュリも背伸びたけど、少しシオンの方が大きくなっちゃったし。身体的にも子供とは言えなくなってきちゃったかな。パパ似で10歳のクセに色気あるって言われるし」
そう言いながら、近くにある服を手に取って見ている。
「ん? ユナも服欲しいのか?」
「う、うんっ…、あたしも普段着で来ちゃったから……」
「財布持って来てるのか?」
「あ」
忘れた。
と苦笑するユナを見、ミカエルがまた笑った。
「仕方ないな、おまえの服代も私が払ってやろう」
「本当? それじゃあ、今日家に帰ったらお金返すね」
「いや、これくらい構わない。買ってやるから好きなものを選べ」
「えっ、いいの!? きゃーっ、ありがとうミカエルさま!」
とユナの黄色い声が店内に響き渡る。
ローゼの服選びに付き合いつつ、ミカエルの方を見たシオン。
(ったく、相変わらずだな。ミカエルの欠点をあげるとしたら、優しいが故に中途半端な態度を取ることだ)
と溜め息を吐きながら、店の前のベンチにジュリと並んで座っているリーナに顔を向けた。
隣のジュリに話し掛けられているにも関わらず、ミカエルとユナの方を凝視している。
(なんやねん、ミカエルさま…。ユナちゃんと仲ええやん…。ほんまはユナちゃんのこと好きなんちゃうか……?)
と思うリーナの胸に駆け抜けるのは寂しさと、それから恐怖だった。
いつも支えてくれるミカエルが遠くへ行ってしまうと考えると怖い。
「ねえ、リーナちゃん? 僕の話聞いてる?」
というジュリの質問を聞いているのか、聞いていないのか。
リーナがすっと立ち上がって声を大きくした。
「ユナちゃんもローゼさまも、さっさ服選んで着替えてや。ジュリちゃん家でちょっとしか食べてへんから、うちお腹減ってんねん。あんまり待たせんといて」
と、機嫌が良くなさそうなリーナの表情を見、ユナとローゼが慌てて服を選んでレジへと向かって行く。
(ああ…、嫌な女やな、うち……)
と自己嫌悪に苛まれるが、リーナはいつも通りに振舞えそうにもない。
今日はジュリがレストランを予約しておいてくれているということも忘れ、ユナとローゼの服代を支払い終えたミカエルの手を引いて言う。
「なあ、はようどこかおいしいとこ連れてってーなミカエルさま。なあなあ、早くー」
「分かった分かった」と笑ったミカエルが訊く。「何が食べたいんだ、リーナ?」
「回るお寿司屋さーん♪」
と答えたのはリーナではなく、試着室で早速買ったミニスカートに着替えているローゼだ。
――というわけで、約30分後。
先ほどのファッションビルの近くにある回転寿司屋の中。
これから夕食時ということで少々混んでいたが、そんなに待たされずにカウンター席に着くことが出来たジュリたち。
皿が早く回ってくる壁際から、ローゼ、シオン、ジュリ、リーナ、ミカエル、ユナと並んでいる。
「ふにゃぁああぁぁあぁぁん♪ 本当にお寿司が回ってるのにゃぁああああぁぁああんっ♪ あっ、ケーキもあるうぅぅぅぅううぅぅぅううぅぅうっ!」
と大はしゃぎのローゼの一方で、リーナの顔が引きつっている。
「は、ははは。楽しそうやな、ローゼさま…。せやけど、うち、こんな庶民が来るとこ何十回も来とるんやけど…。どーせならお金持ちが行くような、回らへんお寿司屋さんが良かったわ……」
せっかくのデートなんだし。
と心の中で続けたときに、リーナはようやく思い出した。
(――って、あかんっ…! 今日、ジュリちゃんが高級レストラン予約しておいてくれたんやった……!)
ジュリの機嫌を損ねてしまったに違いないと、慌てて隣にいるジュリを見て口を開く。
「ご、ごめん、ジュリちゃんっ…! せっかくレストラン予約してくれたんに、うちっ……!」
「ん? ああ、いいよリーナちゃん。また今度行こう」そう言って笑い、ジュリがレーンから皿を取ってリーナに渡す。「はい、リーナちゃん。サーモン好きでしょ?」
「う、うんっ……、ありがとうジュリちゃんっ」
まったく機嫌が悪い様子がないジュリを見、ほっと安堵したリーナ。
(前のジュリちゃんなら、怒ったり泣いたり拗ねたりしてそうやったけど…。なんだか、うちの方がすっかり子供みたいやなあ……)
そんなことを思ったら、少し動悸がした。
リーナの中で『男の子』だったジュリが、『男性』に変わった気がして。
(な、なんやろ。きゅ、急にデカい口を開けて食べてるとこ見られるのが恥ずかしくなってしもた……)
と寿司を半分に齧って食べてしまう。
一口で食べるのがマナーだと分かっていても、口が開けられない。
そんなものだから、ジュリとは反対側の隣にいるミカエルが心配顔になって訊いてきた。
「どうした、リーナ? 食欲がないのか? 悪い、ローゼが回転寿司が良いだなんてワガママを言って…。いやまあ、私たちを強引にここに連れてきたのはシオンだが……」
「う、ううん。もうここ――回転寿司でええし、食欲がないとかやないんやけど……」
とリーナが口ごもっていると、ミカエルがふとユナの方に顔を向けた。
「って、ユナもあまり食べていないな。どうした? ――って、ああ、そうか。おまえは好き嫌いが多いからな」
「う、うん。食べたいのがなかなか回ってこなくって……」
「まったく、仕方ないなおまえは」と笑い、ミカエルがレーン上部にあるタッチパネルを操作しながら言う。「ほら、注文してやるから食べたいものを言ってみろ。これで注文するとな、ブラックキャット号が運んできてくれるんだぞ♪」
「へえぇ、そうなのっ? それじゃあ、んとね、んとねっ……」
と楽しそうなユナの声を聞きながら、再び気分が悪くなってきたリーナ。
(やっぱり仲ええわ、ミカエルさまとユナちゃん。ミカエルさまっていっつもうちのこと気にしてくれるけど、ユナちゃんのこともそれなりに気にしてるんやな。わざわざ注文までしたって、なんやねん……!)
思わず声を上げそうになったとき、ジュリが顔を覗き込んできた。
ミカエルに続いてタッチパネルを操作しながら訊く。
「リーナちゃんは、何が食べたい?」
「えっ? ん、んと…、色々好きなのあるんやけど、食べきれへんから……」
「それじゃあ、僕と一皿を半分こにして食べよっか。それならたくさんの種類食べれるでしょ?」
「えっ? ジュリちゃん、ええのっ? うちの好きなものばっかで?」
「うん、構わないよ」
「ほんまっ? ありがとう、ジュリちゃんっ! んっとな、もう1つサーモンとな、マグロとな、イカとな、エビマヨ軍艦となっ♪」
とジュリにタッチパネルで注文してもらい、今度は笑顔になるリーナだが。
その心境は、複雑だった。
(ああ、うち…、今日機嫌ええんやか、悪いんやか。どっちやねん、もう……)
とりあえず分かったことは……、
「ん? なんかまた外が騒がしいな」
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