第95話 誕生日に……


「おう、おかえりジュリ。なあ、今年の誕生日プレゼントは何がいい?」

 と仕事から帰ったジュリが玄関先で靴を脱いでいるとき、舞踏会の警護から帰ってきたばかりなのか燕尾服姿のシュウにそう訊かれたのは3月の頭のこと。
 そのときになって、ジュリはようやく思い出した。

「あ……、そっか。僕、今月で16歳になるんだ」

「サラの弟子になってからというもの、忙しくて忘れてたんだろ」

「はい、そうみたいです兄上」

「ったく、サラも鬼だからなあ…。ああ、なんて可哀相なオレの可愛い弟……!」

 とシュウによしよしと頭を撫でられながら、ジュリはふと去年の誕生日のことを思い出す。

(僕、去年はリーナちゃんから戦闘服一式もらったんだっけ)

 とジュリが目を落とすと、そこにはそのうちの1つである戦闘用の靴。
 すっかりボロボロになっていた。
 リーナからもらったもの故に嬉しくてそればかり履いていたが、さすがにもう駄目そうだ。

「じゃあ、兄上。戦闘用の靴でお願いします」

「サイズは? 24.5cmでいいのか?」

「ちょっときつくなってきた気がするから、25cmの方がいいかなぁ」

「おう、分かった! 兄ちゃんがいい物を買ってきてやるからな!」

「ありがとうございます、兄上」

 そんな会話をしたのち、シュウと共に2階へと続く緩やかな螺旋階段を上っていったジュリ。
 向かって右から6番目の部屋――自分の部屋に入ろうと思ったのだが、向かって右から8番目の部屋――シオンの部屋のドアが開いているのを見て足を止めた。

 シオンとローゼは毎月舞踏会に行っている。
 シュウが帰ってきたばかりということは、シオンとローゼもそうに違いない。

(だからもう夜遅いけど、まだ起きてるよね)

 ならば「ただいま」を言いに行こうとジュリが思ったとき、シュウが苦笑した。

「今日の舞踏会大変だったんだよ……」

「大変だったって、何かあったんですか兄上?」

「王様がさ、シオンに勝負申し込んで」

「勝負? 何のです?」

「どっちが酒に強いか。シオンに娘は取られるわ、シオンの方がすでに力があるわ、舞踏会では自分よりシオンの方が女性たちに囲まれるわで、王様悔しいんだろうな。何でもいいからシオンに勝とうと思ったんじゃねーか?」

「それでお酒で勝負を?」

「おう。シオンはまだ子供だし、あの王様も人間にしては酒強いから、勝てる自身があったんだろうな。でも……」

「王さま負けたんですか、シオンに」

「おう…。ぶっ倒れて、シオンに部屋まで運ばれる始末。それを知ったら、なおさら気分悪くするだろうな、王様……」

 と、シュウがさらに苦笑する。

「シオンの方は大丈夫だったんですか? 舞踏会ではスパークリングワインが多いから、ビールより酔いやすいでしょう。それにやっぱりまだ子供だし」

「大丈夫じゃねーかも。顔には出てなかったが、あいつも相当酔っ払ってるぜ……」

 そんな言葉を聞き、シオンが心配になったジュリ。
 シオンの部屋へと向かって行く。
 その途中、中からローゼの狼狽したような声が聞こえて来た。

「シ、シオンっ……! ジュ、ジュリさんが来たから止め――」

 が、途切れた。
 何かに口を塞がれたように。

「シオン、大丈夫?」とシオンの部屋を覗きこんだジュリ。「って……?」

 ぱちぱちと瞬きをしながら、首を傾げた。

 それを見、どうしたのかと続いてシオンの部屋を覗いたシュウ。
 シオンを見るなり、

「――ちょ、おま……!?」

 それはもう驚愕した。

 ベッドの上にローゼ――王女が押し倒しているというだけでも大事(おおごと)なのに、キスをしている。
 いや、キスはキスでも子供同士のカップルらしくチュッと可愛いライトキスなら微笑ましかったのかもしれないが、このマセガキときたら熱い接吻をぶちかましている。
 ローゼの唇を奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って奪って離さない。

「こっ、子供らしいキスをしろっ! この色ボケ10歳っ!!」

 と、シュウに首根っこを掴まれてローゼから引き剥がされるなり、シオンが「ちっ」と舌打ちをしてシュウの顔を睨んだ。

「何しやがる、バカシュウ。舌使ってねーんだから子供らしいじゃねーかよ」

「子供らしくねえっ! チュッチュ、チュッチュ、チュッチュと、おまえガキのクセにマジ信じらんねえ! 子供は子供らしくチュッ○チャップスにチュッチュしてろ! ――って伯父さんに向かってバカとは何だ、バカとは!?」

「どう見てもバカだろうが。毎晩毎晩フィーバーフィーバー絶叫しやがってうるせーんだよ。てめえにローゼの猫耳の素晴らしさが分かるか」

「おい、意味わかんねーぞ酔っ払い……」

 とシュウが苦笑する一方、シオンの目がジュリに移る。

「なあ、ジュリ兄。そのシルクみたいな手触りの猫耳もばーちゃん譲りでなかなかだが」

「うん?」

「マリア譲りのローゼの白猫の耳は天下一品なんだぜ、羨ましいだろ」と、自慢げに笑み、シオンがローゼの両耳をいじりながら続ける。「見ろよ、この毛足が長い猫耳。ふわっふわのモッフモフなんだぜ? ん? 何? 長毛なのに絡まってなくて綺麗だね? そうだろう、そうだろう。なんたって俺が毎朝ローゼが起きる前に目を覚まし、枕の下に隠しているコームでこっそり耳毛をブラッシングしてるからな。毎朝だぜ、毎朝。毎朝欠かさずだ。だからこんなに美しい猫耳なんだぜ。やーい、羨ましいだろ短毛種。はっはっはー」

「えと……、酔っ払うと母上の尾っぽを自慢する父上みたいになるねシオン」

 というジュリの言葉に、まったくだとますます苦笑したシュウ。
 シオンの頭を掴んで枕に押しやると、すぐに規則正しい寝息が聞こえて来た。

「ったく、相当酔っ払ってたなコイツ。――で、大丈夫だったすか、ローゼ様?」

「ほ、本当にシオンの枕の下にコームが…。通りで耳毛に寝癖が出来なくなったと思ったのにゃ……」

「あの、ローゼ様? さっき大丈夫だったすか? 襲われてたけど」

 とシュウがもう一度声を変えると、はっとしたローゼ。
 キスシーンを見られたことを思い出し、顔をぼっと真っ赤に染める。

「えっ!? えと、あのっ、は、はい、大丈夫でしたにゃシュウさんっ!」

「さっきキスしてましたよね、シオンと」

「はい、ジュリさんっ! ――って、ふにゃあぁぁぁぁぁぁんっ……!」

 とローゼが恥ずかしさのあまりブランケットにもぐる一方、ジュリが呟いた。

「僕、リーナちゃんとあんなキスしたことなかったなあ……」

 そんな言葉を聞き、ローゼが「にゃ?」と首を傾げてブランケットから顔を出すと、ジュリが続けた。

「さっきシオンとローゼさまがしてた、唇を奪い合うようなキスです」

「ああ……って、奪い合い!? ロ、ローゼは一方的に奪われてただけですにゃ、奪われてただけっ……!」

「僕とリーナちゃん、チュッて軽いキスはしてたけど、あんなに激しいのは――」

「ふにゃああぁああ! 恥ずかしいからやめてくださいにゃ、ジュリさぁぁぁああぁぁあぁぁあんっ!」

 と、ローゼが再び真っ赤になってブランケットにもぐる。

「あ、ごめんなさいローゼさま。ただ、シオンは本当にローゼさまのこと本当に想ってるんだなって……、バカな僕が見ても分かるようなキスだったと思って。それじゃ、おやすみなさい」

 と、シオンの部屋の電気を消したジュリ。
 シュウと共にシオンの部屋から出てドアを閉め、シュウの顔を見上げて訊いた。

「兄上も、カレンさんとああいうキスしますか?」

「へっ!?」

 と少し赤くなってしまいながら、声を裏返したシュウ。
 ジュリから目を逸らして答える。

「そ…、その……、ま、まあ、うん、する…な……」

「やっぱりそうなんだ」

「う、うん…。あ…あれだ、ジュリ。キスって、一番愛情が伝えやすい行為だと兄ちゃんは思うぞっ……!」

 たしかにそうかも、とジュリはさっきのシオンとローゼのキスを思い出しながら納得する。
 そして物凄く今さらだが、気付いたことがある。

「僕去年、リーナちゃんに大人のキス教えてもらったときに、リーナちゃんの舌を噛んじゃったみたいなんですけど間違ってたんですね…! タラコと勘違いしたとはいえ、そんなんで好きな人に愛情が伝わるわけがないじゃないか……!」

 と、大衝撃を受けたジュリ。
 少しして、溜め息を吐いた。

「あのときの僕が今の僕だったなら、リーナちゃんに違うキスができたのに……」

 と呟いた瞬間、パンッと手を叩く音が聞こえた。
 音のした方にジュリとシュウが振り返ると、そこにはジュリの部屋から出てきたハナ。
 胸の前で手を合わせた状態で、瞳をきらきらとさせて声を高くする。

「ここはリーナちゃんとデートに行ってくるべよ、ジュリちゃん! ジュリちゃんのお誕生日パーティーの日にでも!」

「ええ? ちゃんとパーティーに参加させてよ。だって今年からは僕だけじゃなく、ハナちゃんのお誕生日パーティーでもあるんだよ?」

「オラのことは気にしなくていいだよ、ジュリちゃん! ジュリちゃんとミカエル様の間をうろうろしてるリーナちゃんに熱いキスをして、リーナちゃんの心を完全に物にしてくるだよジュリちゃん! なーに、多少強引なくらいのキスでいいだよ! 一押し二金三男ってことわざがあるくらいだからね!」

「いちおしにかねさんおとこ……って何?」

「男性が女性を物にするには、一に押しの強さが大事で、二にお金があること、三に男前かどうかってことだべ。強引さは大切だべよー、ジュリちゃん!」

「うーん…。でも僕、リーナちゃんに嫌がられたら強引には……」

「大丈夫だべよ、ジュリちゃん! リーナちゃん、ジュリちゃんにキスされて嫌だなんて思わないだよ!」

 ジュリがまた「うーん」と唸ると、ハナが「ともかく」とさらに声を高くした。

「ジュリちゃんのお誕生日パーティーの日に、リーナちゃんとデートに行ってくるだよ! 2人きりで!」

 そう、リーナと2人きりで!
 デートなのだから、リーナと2人きりで!
 キャッキャウフフの2人きりで!

 2人きり!
 2人きり!!
 2人きり!!!

 2人きり――

「――じゃ、なかったの?」

 なかったようだ。
 
 
 
 
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