第94話 4月から……


 バレンタインデーから一週間。

(リーナちゃんへのヒマワリの花束、如月島のヒマワリ畑まで行って摘んできたんだけどなぁ……)

 夜中に仕事から帰って来、キッチンでサラと向き合って食事をするジュリから溜め息が漏れる。
 キッチンにやって来るたびに、思い出してしまうのだ。

(どうしてリーナちゃん、ミカエルさまにもバレンタインチョコあげたんだろう)

「それはね、あんたとミカエルどっちも好きだと思ったから」

 と、向かいにいるサラ。
 心の中を読まれ、ジュリは驚いて声を高くする。

「サラ姉上、どうして僕の考えてることが分かったんですか?」

「リーナからチョコもらって以来、キッチンに来るたびに溜め息吐かれてたら嫌でも分かるっつの。あんただけじゃなく、ミカエルもだし。まあ、逆バレンタインをリーナにあげることをミカエルに知られてなかったら、あんただけチョコもらってただろうね」

「ああ…、ユナ姉上から逆バレンタインのこと漏れたんでしたっけ……」

「みたいだね。逆バレンタインのことでアタシたち女が騒いでるときに、ちょうどミカエルと電話してたらしくって。でもユナだってミカエルに知られたくなったと思うよ。好きな男が、自分以外の女に逆チョコあげちゃったんだからさ」

「そうですね。なんだかユナ姉上にも申し訳ないことしたなぁ」

「いや、あんたが悪いんじゃないから気にしなーい。それより、ほら、ちゃんとご飯食べな! 明日もハードだからね!」

「あ、はい……、サラ姉上」

 と承諾して食事を続けながらも、やはりジュリから溜め息が止まない。
 それを見てサラが一発張り飛ばしてジュリに活を入れてやろうかと思ったとき、リュウがやって来た。
 続いて、ついさっき話題を出していたユナに、リン・ラン、カレンもやって来た。

「リン姉上にラン姉上、ユナ姉上、カレンさん……ってことは、超一流ハンター以外の仕事のことで何か話でもあるんですか父上?」

 とジュリが訊くと、リュウがとりあえずサラの左隣に座った。
 カレンはサラの右隣に座り、リン・ランがジュリを挟んで座る。
 最後にユナがリュウの隣に座って全員席に着くと、リュウがジュリの方を見て口を開いた。

「サラの弟子はどうだ、ジュリ。辛いか」

「いいえ、父上。平気です。三途の川をチラ見するのも慣れましたし」

「そうか」

 と返してから少し間を置き、リュウが「それで」と話を切り替えた。

「もうすぐ4月が来るな、ジュリ」

「あ、はい。そうですね」と答えたあと、ジュリははっとしてキッチンの壁掛けカレンダーに顔を向けた。「僕、あと1ヵ月半もしないうちに、ハンター歴1年目になるんだ……」

 つまりそれは、弟子ハンターの期間が終わるということ。
 あと一ヵ月半もしないうちに、ジュリも半人前から一人前のハンターになって世間に出るのだ。

「ああ。だから、どうするジュリ。4月からはサラの『弟子』ではなくなるが、サラの元で修行を続けたいなら『助手』という形で続けられる」

「それとも、3月の末に階級決めるための試験受けて、4月から1人で働くジュリ? うーん、あんたは一流ハンターの試験を受けるのがいいかな」

 と、サラ。
 リン・ランとユナ、カレンの顔を見回しながら続けた。

「って、ああ……皆その階級についての話で集まったのか。親父やアタシ、兄貴、レオ兄、ついでにグレルおじさんは超一流ハンターだからこれ以上昇格できないし、関係のない話だけど」

「そうなのよ、サラ」と、カレンが怯えた様子でサラの腕にしがみ付く。「あたくし、4月からどうしようかしら。世のため人のために昇格試験を受けて、まだまだ人手の少ない超一流ハンターになった方がいいのかしら。でもあたくし、怖くって! あぁぁ、やっぱり駄目だわ! あたくしは一流ハンターが限界だわ!」

「いえ、超一流ハンター用のモンスターより、禁句を言われたときのカレンちゃんの方が怖いですなのだ……」

 と、カレンに聞こえぬよう小さく呟いたリン・ラン。

「え? 今、何か言ったかしら?」

 とカレンに顔を向けられ、慌てて首を横に振って話を逸らす。

「な、何も言ってないですなのだ、カレンちゃん! そ、それで、えーと……、わ、わたしたちはそろそろ超一流ハンターの昇格試験を受けてみようと思いますなのだ、父上!」

「な……、何ぃ!? だ、駄目だリン・ラン! 父上は心配だ!」

「大丈夫ですなのだ、父上! わたしたち、超一流ハンターになったら兄上と一緒に働きますからなのだ! いざとなったら、兄上がわたしたちのことを守ってくれますなのだ♪」

「……。…父上と一緒に働いていいよ」

「遠慮しますなのだ♪」

 とリン・ランに、にっこりキッパリと断られ、傷心のリュウ。

「あんなバカ(シュウ)のどこがいいって言うんだ、リン・ラン……!」と、隣に座っているユナを抱っこする。「おまえはずっとファザコンだよな、ユナ……!?」

「……う、うん、パパ。もちろんだよ」

 と、笑顔を作ったユナ。
 実際ファザコンには変わりないのだが、実はミカエルに恋してますだなんて絶対に言えない。

 さらに、

(ど、どうしよう…。あたしも一流ハンター昇格試験受けて、同じく一流ハンターになるだろうミカエルさまと2人で一緒に働きたいと思ってるなんて言えないよっ……!)

 でも、

(もしかしてミカエルさま、4月からもサラ姉ちゃんのところで助手になったりして?)

 だとしたら、どっちにしろミカエルと2人で働けないわけで。
 ユナは少し焦ってしまいながらサラに顔を向けて訊く。

「ね、ねえ、サラ姉ちゃん? ミカエルさま、4月からどうしそう? サラ姉ちゃんのところで修行続けそう? それとも、1人で働きそう?」

「ああ、あいつなら」と、リュウがサラの代わりに答える。「さっき電話して訊いたんだが、一流ハンターになってリーナと一緒にまた働きたいって言ってたな。まぁ、そうなるとリーナは二流ハンターのわけだし、リーナがミカエルの助手という形になるが」

「え……」

 とユナの眉が寄ると同時に、

「はい……!?」とジュリがさも不機嫌そうに声を上げた。「何考えてるですか、あの王子さまは! 一流ハンターの仕事にリーナちゃんを連れて行って、リーナちゃんに何かあったらどうするつもりなんだろう! 父上、サラ姉上、僕も4月から一流ハンターになってリーナちゃんと一緒に働きます! さっきまでサラ姉上のところで修行続けようと思ってたけど、ミカエルさまだけじゃリーナちゃんのこと守りきれませんから!」

 ユナが続く。

「ねえパパ、あたしも昇格試験を受けて一流ハンターになるね。そして、ジュリたちと一緒に働くね。だってほら、やっぱりあたし1人じゃ怖いから。本当はパパに着いて行きたいところだけど、足手まといになっちゃうのは嫌だし」

「そうか、ユナ。ってことは……」

 つまり――
 
 
 
 
「ええっ!? 4月からうちが、ジュリちゃんとミカエルさまとユナちゃんの助手として働くぅ!?」

 と、リュウが電話を掛けた相手――リーナが声を裏返した。
 眠り掛けだったらしいが、その驚きっぷりからするとすっかり目が覚めたであろう。

「おう、さっきそういうことになった」

 と、リュウ。
 リーナと話しつつ、書斎の回転椅子に座って書類と向き合いギルド長としての仕事中。

「そういうことになったって、ちょ……。うちの意見は無視!?」

「なんだ、4月からどうしたいか希望あったのか」

「き、希望っていうか、うちは引き続き二流ハンターとして1人でやるものかと思っとって……」

「おまえの瞬間移動は優れてるからな。忙しい一流ハンターや超一流ハンターにとって有難いもんだ。手伝ってやれ」

「て、手伝ってあげるのはええんやけど……な? そ、そのメンバーめっちゃ働きづらいんやけど……」

「だろうな。おまえジュリとミカエルの両方にバレンタインチョコやったしな、気まずいな」

「ああもうっ! 分かっとるなら、そんな意地悪せんといてやリュウ兄ちゃん!」

「大丈夫だ、ユナもいる。おまえとジュリとミカエルの3人だけじゃねーんだからマシだろ」

「いや、うん、あのな、リュウ兄ちゃん……」

 とリーナは苦笑する。
 そのユナもいるから余計に気まずいのだが、そのこともその理由もリュウには言わない方が良いだろう。
 リュウはユナがミカエルのことを好きだということを知らないようだから。

(知って半殺しにされるのは、何も悪くあらへんミカエルさまやしな…。めっちゃ可哀相やっちゅーねん……)

 口をつぐんだリーナに、リュウが訊く。

「どうした、リーナ」

「う、ううん、何でもっ……」

「いーや、おまえは何かユナのことで言おうとした」

 ギクッとしたリーナ。
 慌てて話を逸らす。

「あ、あ、あ、あれやな、リュウ兄ちゃん! 4月からの話の前に、3月――来月はジュリちゃんの16歳の誕生日やな!」

「そうだな。おまえ、去年はジュリに何プレゼントしたっけ」

「仕事に使えそうな服やったな。ジュリちゃんハンターデビューするからって。そ、それと……」

「それと?」

「キ…………ス?」

「何赤面してんだ、おまえ」

 とリュウが電話の向こうのリーナの顔を察して失笑すると、リーナが喚き出した。

「せ、せやかてせやかてせやかてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「キスなんておまえとジュリしょっちゅうしてたじゃねーか。子供がするよーなライトキスだが」

「あ、あの頃のジュリちゃんはまだ子供子供しとったからやけど、今の色んな意味で成長してきたジュリちゃんとすると考えたらな? 何だかめっちゃ恥ずかしいわっ……!」

「恥じてねーで、今年のジュリの誕生日にもしてやれよ。いや、教えてやれよ。大人のキス」

 リーナ、苦笑。

「ジュリちゃんに大人のキスしようとして、舌噛まれたこと思い出したわ……」

「ああ、おまえ、ジュリに舌をタラコと間違われたタラコ女だったけか」

「う、うっさいわ!」と顔を引きつらせたあと、電話の向こうで再び赤面したリーナ。「…て、てか、うち、もうジュリちゃんに教えられへんっ…! 大人のキスなんてっ……! ご、ごっつ恥ずかしいもおぉぉぉおおぉぉおぉおおおぉぉぉぉぉおんっっっ!!」

 と絶叫するなり、ブチっと電話を切った。

「あ、勝手に切りやがって。結局4月からはどうするんだよ。ジュリたちの助手でいいのか? いや、もう決定してるんだが」

 と電話を机の上に置いたリュウ。
 ギルド長としての仕事を続けながら、短く鼻で笑った。

「ったく、ガキの頃は『据え膳食わぬは男の恥』とかジュリに教え込むようなマセガキだったのにな」

 それにしても、

(リーナは一体、ユナのことで何を隠してんのか)

 とりあえず、嫌な予感だけはした。
 
 
 
 
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